異世界実戦審査録―金星換装型一式戦闘機と共に―   作:Hetzer愛好家

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眠れる獅子の咆哮

 早朝。何故だか早起きしてしまい、誘われるようにして研究室に足を運んだ三雄は、愛機を見て思わず息を呑む。

 

 機体の近くにある、仮眠用のベッドにリリーが眠っていた事に驚いたのもある。だが、それ以上に。ガワはいつも通りの一式戦闘機であるはずなのに、過去の愛機たちの気配を感じられるのだ。

 

「まさか、そんな事があるのか」

 

 机の上に置かれていた、重量物を牽引する鎖を持った三雄は、静かに機体を引っ張って外に出た。

 

 いつものように、眠る機体を呼び起こす作業を黙々と実行した三雄は、プロペラが回り始めた段階で機内に乗り込む。

 

 そして、すぐに気が付いた。スロットルレバーの側面に、新たに取り付けられたボタンに。

 

 意を決して、そのボタンを押し込む。

 

 すると、どうだ。瞬きする間すらないぐらいの超短時間で、内装と外装が大きく変化した。

 

「こいつは……!」

 

 計器類を見た瞬間に、三雄の脳内に強烈な電流が奔った。

 

 少し古臭く、やや不便な計器類。そして、吹き曝しとなっている操縦席。彼が知らない訳がない。

 

「……久しぶりだな、相棒(九七式戦闘機)

 

 わざわざ外から見なくても、三雄なら分かる。初陣からしばらくの期間、人機一体となって数多の戦場を駆け抜けた、最初の相棒。

 

 愛機(一式戦闘機)とは、また違った愛情をこの機体に向けていた三雄は、人知れず口角を釣り上げると、スロットルレバーを押し込んで離陸した。

 

 消音の効果を持つ魔法は相変わらず機能しており、外部に爆音が漏れ出る事はない。

 

 だが、三雄の耳には、確かに聞こえていた。

 

 一式戦闘機よりも旧式であるが故に洗練されておらず、たまに引っ掛かっているように感じる。しかし、軽快で小気味良いプロペラの回転音と、発動機の駆動音が。

 

「ホント、飛ばしやすいなぁ。でも、初めてこいつに乗った時は、暴れ馬すぎて手が付けられないと思ったっけ。一式戦闘機の時も、似た事を感じたな」

 

 高等練習機として搭乗していた九五式戦闘機から、九七式戦闘機に乗り換えた時の高揚感と小さな恐怖心を思い出しながら、三雄は機体を右に左にとロールさせる。

 

 クルクルと独楽のように回転する九七式戦闘機。過去に、曲芸も出来る戦闘機と言われた操作性の高さは伊達ではない。

 

 流石に縦方向の旋回では、一式戦闘機の方に分がある。しかし、横方向の純粋な巴戦ならば、戦争末期であっても最強であった機体特性を、三雄は誰よりも理解している。

 

 あの頃と全く同じように、速度の限り何度も横方向への切り返しを行い、自身の肉体の状態を確かめた三雄は、魔力気流に乗って失った速度を取り戻すと、次は高度を取るべく機首を上げる。

 

「よし、高度はこんな物か。 ……自然と、模擬戦の時の高度で上昇を止めた辺り、染み付いた癖の恐ろしさを感じるなぁ」

 

 去来する、過去の記憶の数々。

 

 計器の針は、唯一無二の親友と模擬戦を開始する際の高度を指し示していた。

 

 思い返す事がなかった訳ではない。リリーが記憶の断片を覗いた時に、一際目立つ存在であった事から、何度か親友との思い出を語る機会はあった。

 

 だが、特に関わりが深かった時期の機体で、仮想空間ではない本物の大空を飛び回っていると、どうしても色々と思い出すのである。

 

「アイツ、元気にして……いや、心配無用だったな。爆弾みたいな奴だし、怪我は何度も負うけど、死ぬ姿が想像できない」

 

 背面飛行と水平飛行を数秒おきに繰り返し、規定回数に達したら左旋回。方向を転換して、この場にはいないはずの親友が駆る機体が見えてきたら、左右に激しく動き回って射線から外れるように動かす。

 

 下手に水平飛行を続けていると、確実に撃たれて落とされる。そんな事を思い返しながら、尚も飛行を続けていると。三雄の持つ魔石から、ちょっと眠たげな声が聞こえてきた。

 

『あー、三雄? もしかして、空の上にいる?』

「おはよう、リリーさん。早速、機体を変形させて楽しんでますよ」

『正常に動作しているなら良かった。問題ない事は分かってるけど、動かしてみたら異常が起こる事もあるからさ』

「違いないですねぇ。兄たちから、散々聞かされた話です」

『あ、“自動修復”と“消音”は共通して使えるけど、変形中は遊覧飛行用の座席は懸架できないからね。変形後から、元の鉄鳥に戻った時は、三雄の思考を読み取って自動的に必要な装備が懸架されるけど、逆の場合は投下してからじゃないと墜落するから』

「ええ、理解してますよ。旧式の機体で、あの重量を吊り下げるのは無理がある」

 

 過去、特攻作戦の為に250キロ爆弾を無理やり九七式戦闘機に懸架させようとして、結果失敗に終わった光景を目の当たりにしてきただけに、ゴンドラを吊り下げるのは無理難題である事を三雄は理解していた。

 

 ゴンドラと人間の重量を合算すると、おおよそ100キロ弱。250キロ爆弾より軽く済むとは言え、それでも九七式戦闘機や九五式戦闘機では、積載量を大きく超える重量となる。

 

「それにしても、爆装の為の機能を、遊覧飛行を可能とする懸架物を吊り下げる為に使うとは、全く考えつきませんでした」

『これも、三雄のお兄さんが遺した図面のお陰よ。装備品の寸法についても、ビッシリと記載されていたからね。私だけの功績ではない』

「元は誰かの命を奪う為の機能を、誰かの笑顔を引き出す為の機能に変えてしまう。それを偉大な功績と言わず、何と言うのです? きっと、設計技師たちは両手を上げて喜んでいますよ」

『……ま、貴方がそう言うなら、言葉半分で受け入れようかしら』

「素直じゃないですねぇ、相変わらず」

『るっさい。アンタが言うな』

 

 口調は強いが、リリーは口元を緩めていた。

 

 それを何となく、雰囲気で悟っている三雄もまた、口元が緩くなる。

 

 しかし。そんな幸せな時間は、いつまでも続く物ではない。

 

 ふと三雄は、強い寒気を感じて機首を上げる。

 

「リリーさん。まだ遠いですが、こちらに向かって迫る殺意を無数に感じました」

『私も、大量の魔力を感知した。 ……マズイわね。帝国の奴ら、翼竜(ワイバーン)に乗って空から村を燃やすつもりみたい』

「何ですって?」

『奴らの常套手段だよ。にっちもさっちも行かなくなったら、取り敢えず空から焼き払う。私を相手にした際のリスクを考えて、これまで実行に移さなかったみたいだけど。魔法への対策が進んだ今なら、物量押しで何とか行けると踏んだのかもしれない』

「……目的は、リリーさんですか? 村と村人を焼き払い、精神的にガタガタになった貴女を降伏させて連れて行く、とか」

『そんな感じだと思う。これまでも、似た手口で領土を拡大し、その地域の重要人物を取り込んできた国だから』

 

 リリーが身支度を終え、高台に瞬間移動して空の果てを睨む。

 

 三雄の駆る鉄鳥の飛ぶ高度よりも、遥かに低空から侵入してくる事を知るリリーは、対空魔法発射装置に搭載された自動射撃機能を起動させてから、愛用の杖をキツく握って口を開いた。

 

『三雄。私がやるから、貴方は急いで村に戻って』

「バカな事を言わんでください。自分も戦います」

『いいえ、ダメよ。貴方はもう、戦場に立ってはいけない』

 

 それだけ言い残すと、リリーは魔石を高台に置き去りにすると、風属性魔法で飛翔を開始した。

 

「リリーさん。リリーさん、応答してください! ……クソッ、独りで抱え込むなと散々言っておきながら、自分は勝手に突っ走るなんて!」

 

 魔力の感知が出来ない三雄は、己の勘を頼りにするしかない。

 

 こんな時、機体に高性能な索敵装置があれば。レーダーがあれば。そんな無い物ねだりを無意識にしながら、三雄は必死に敵軍の位置を探る。

 

『-・ ・- ・・-・ ・・- ・-・-・- -・-・・ ---- -・--- -・・- ---・- ・-・・』

「っ、何だこんな時に……いや待て、誰だ!?」

 

 かつて、親友が駆る機体との通信を行う為に、特注で取り付けてもらったモールス信号の受信機が、喧しい音を立てて信号音を鳴らす。

 

 本来、受信機が動く事は有り得ない為、三雄はギョッとして叫んだ。

 

 だが、繰り返し鳴り響くモールス信号を解読する内に、三雄は目を見開いて信号を打ち返す。

 

 すると、ノータイムで返答が来た。

 

『|--・-・ --・-・ ・・ ・・-・・ ・・ ・-・・・ --・ -・-・ --・・- ---- ・・- ・--- 《指示通りに飛行を!》』

「了解! 道案内を頼んだぞ!」

 

 三雄がスロットルを全開にする。“自動修復”により、燃料切れの心配がない今、最高速度を維持した方が良いという判断だ。

 

 雲一つない碧天を、一筋の流星が大気を切り裂きながら驀進する。

 

 流星を駆る者の瞳は。争いのない大空を壊す不届き者を排除するべく、無機質な硝子色に染まっていた。

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