異世界実戦審査録―金星換装型一式戦闘機と共に―   作:Hetzer愛好家

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自分だけの黒棺

 気を失いそうになるぐらいに青い、碧い大空を、銀色の流星たちが一糸乱れぬ綺麗な編隊を組んで駆け抜けていく。

 

 先にネイト村へ戻ったリリーは、彼らの帰りを研究室の前で待ち続ける。

 

 リリーから、戦闘前に緊急事態の報を受けていた村人たちも、固唾を呑んで三雄たちの帰還を待っていた。

 

「あっ、見えたよ!」

 

 誰よりも早く、編隊を見つけた子どもがピョンピョンと跳ねながら、大空の一画を指差した。

 

 村人たちが歓声を上げ、大手を振って彼らを迎え入れる。

 

 これまでのリリーのように、村を守ってくれた英雄たちの帰還だ。村人たちの心根には、感謝と歓迎の念が自然と浮かび上がる精神構造が、全員に根付いていた。

 

 上空をゆっくりと旋回している最中も、一切の乱れがなかった編隊だったが、やがて一機が編隊から外れて着陸体制に入る。

 

 いつものように、滑らかな着陸と静止を見せたのは、あれだけ激しい戦闘を繰り広げておきながら、一つの傷も見られない三雄機であった。

 

 三雄は、着陸後すぐに機外に飛び出して地面に降り立つと、手を振って次機の着陸を促す。

 

 すると、機体の何処かしらに損傷を負った九七式戦闘機が、一機ずつ着陸を行っていく。

 

 機体を酷く損傷しながらも、三雄と同じく、ただ一つのバウンドも見られない綺麗な定点着陸を成し遂げた九七式戦闘機たちは、機体の動きが完全に静止したと同時に、空気に溶けるようにして消えていった。

 

 辺りには、着陸時に車輪から鳴り響く接地音と、発動機の爆音。そして、心臓をも震わせる程の冷たさと、誰もが無意識に涙を零す人肌の温かさを併せ持った、不思議な風だけが遺された。

 

 誰もが唖然とする中、三雄は空を見上げ、ビシリと敬礼を取ると、硝子色の瞳から涙を流しながら、腹の底から叫ぶ。

 

「四藤小隊長、並びにノモンハンの大空にて未帰還となった全ての僚機! 全機、無事に帰還致しました!」

 

 それだけ言い残すと、三雄は涙を乱雑に服の袖で拭い、九七式戦闘機に鎖を繋げて研究室の中へ入ってしまった。

 

 それを追い掛けようとする村人もいたが、すかさずリリーが止める。

 

「今は、一人にしてあげて」

 

 ただならぬ様子のリリーに、村人たちは素直に引き下がった。

 

 彼女自身は全く気が付いていなかったが、リリーが誰かの為に涙を流している姿を、村人たちは初めて見たのである。

 

 故に、何も聞かず。静観する事を決めた。

 

 一方三雄は、研究室に九七式戦闘機を鎮座させると、右翼に手を触れた状態で目を閉じて、黙祷を捧げていた。

 

 リリーを援護し、三雄の道案内を行ったのは、彼にとって特別な思い入れのある部下たちと、同室で暮らす仲の良い同期で構成された小隊だったのだ。

 

 ノモンハンで、初めて小隊長になった彼が率いた僚機たち。個々の腕は十分であったし、いざとなれば体当たりしてでも守ると意気込んで出撃した三雄は、帰還後には今にも吐きそうな表情を浮かべて、上層部へ報告に上がった。

 

 小隊長機以外、全滅。その報を、上層部は特に感情もなく受け取ったが。彼はそうも行かない。

 

 長らく、眠ろうとしても僚機が墜ちていく様子が脳裏に浮かんでマトモに眠れなかっし、眠れないならと自室に備え付けた仏壇に手を合わせるか、お供え物の和菓子を作るか、荒ぶる心を折り紙で必死に鎮めようとする日々だった。

 

 しかし、戦場に立っている限りは、休息の期間を与えてくれない。優秀なら尚更だ。

 

 そして三雄は、頗る優秀であり、今後の成長も見込める逸材であった。

 

 三雄は、それから何度も小隊長や中隊長を務め、毎回のように生きて帰ってきた。僚機が全滅するような、激しく厳しい絶望的な戦場で、自機が片翼を失うぐらいボロボロにされても、卓越した操縦技術によって帰ってきたのである。

 

 出撃を重ねるに連れて、酷く精神が摩耗していっても。いや、摩耗すればする程に、彼の操縦技術は冴え渡った。

 

 一日の大半を空で過ごすようになったのも、ノモンハン航空戦で小隊長機以外の全滅を数度に渡って味わってからである。

 

 狂ったように、彼は訓練だと嘯いて、空へ何度も上がった。燃料の限り飛び回り、操縦技術を磨き、ギリギリで着陸して補給を行い、またすぐに離陸する。時には、食事すら忘れて飛行をした。一日の飛行時間が、半日を大きく超える事すらあったぐらいだ。

 

 そんな姿を、軍の上層部は楽観的に捉えた。それどころか、これこそが帝国陸軍に所属する、全ての航空兵が目指すべき姿だとまで言い切った。

 

 しかし、三雄はそんな評価を一切意に介していなかった。ただ、大好きな碧天に浮かんでいなければ、すぐにでも自責の念から発狂してしまいそうだったから、飛んでいたに過ぎない。

 

 そんな三雄を嘲笑う者も多かったが、心配する者も同じぐらい多かった。肉体的、精神的な疲弊から、今に墜落するとまで忠告した者もいたし、唯一無二の親友である海軍の兵士は、会う度に腕を強く引っ張って「休むぞバカ野郎!」と口にした。

 

 それでも、三雄は変わらなかった。いや、変えられなかったの方が正しい。

 

 結果、九七式戦闘機だけでも総飛行時間は数えるのが面倒になるぐらいの長さになったし、比例するように戦場での被弾は目に見えて減っていった。僚機は変わらず、入れ替わりが激しかったが。

 

「……この機体には、良くも悪くも思い出が多すぎるな。良い物、悪い物問わず」

 

 目を開けてそう呟いた三雄は、機内に乗り込むと、スイッチを押して機体を一式戦闘機に戻した。

 

 光を吸収する、艶消しの黒で塗られた、金星エンジンを搭載する一式戦闘機を見ると、不思議と三雄の気持ちは落ち着いた。

 

 家族愛の結晶であり、熟達しすぎた三雄の操縦技術にも問題なく付いてこれる当機に乗るようになってからは、部下が死ぬ頻度は激減した。

 

 戦局が圧倒的不利で、質と量どちらも完敗しているような状況下であったが、この機体に乗っている時だけは、僚機を一切失う事なく帰還を果たせた。

 

 最終的に、当機に乗っている間に未帰還となったのは、三雄本人だけであった。

 

 味方にとっては“黒い天使”で、敵軍にとっては“黒い悪魔”だった金星搭載の一式戦闘機は、三雄と終生を共にする相棒であり、黒棺である。

 

「こいつが棺桶なら、悪くないか」

 

 リリーが聞けば、ビンタしてでも訂正を迫るような言葉を漏らした三雄は、そのまま機内で目を閉じて、昼寝を始めるのだった。

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