異世界実戦審査録―金星換装型一式戦闘機と共に― 作:Hetzer愛好家
リリーの研究室前に、仲良く着陸した
その中から、三雄と礼一郎が顔を出し、地面に同時に降り立つと、安全圏で見守っていた村人たちが一斉に駆け寄った。
特に子どもたちは、初めて見る鉄の白鳥に大興奮だ。
見ず知らずの子どもたちに囲まれた礼一郎は、軽く悲鳴を上げながら三雄に助けを求めるが、彼はニコニコと笑うばかりで何もしない。
「三雄!」
「あ、リリーさん」
「その、無事で本当に良かったけど……彼は何者? それに、この白い鉄鳥は……」
観衆の頭上を飛び越えて現れたリリーが、三雄の胸元にそのまま飛び込む。
それを抱き留めた三雄は、突然の行動に目を見開きながらも、極力気にしないようにして口を開いた。
「彼は、“私”の親友ですよ。何かの要因で、こちらの世界に来ていたみたいです」
「えっ、たまに話してくれる親友さんって彼なの!? 何でまたこちらの世界に……」
そのタイミングで、礼一郎が子どもたちの包囲網を何とか抜け出して、三雄とリリーの元に辿り着いた。
一言文句を口にしようとしていた礼一郎だったが、リリーに抱き着かれている三雄を見ると、途端に口角が上がって彼の肩に己の手をポンと置く。
「おいおいおい、三雄お前やるじゃねえか! いつの間にこんな別嬪さん捕まえたんだ?」
「相変わらず気が早いな。リリーさんとは、君が考えているような関係じゃないよ」
「さて、どうなのやら。あ、お嬢さん初めまして。俺は九十九 礼一郎。三雄の親友で、元海軍の戦闘機乗りだ」
「よ、よろしく。と言うか、アンタは普通に言葉が通じるんだ」
「あ、確かに。自分は最初、村の人たちと意思疎通を取れませんでしたね」
この世界では、原則として異世界人との意思疎通は、“言語理解”の魔法を発動するか、それに相当する固有技能を持っていなければ不可能である。
しかし、礼一郎との会話は特に問題にならず、普通に意思疎通を取る事が出来ていた。
この僅かな情報だけで、リリーは礼一郎の正体が何者なのかを理解した。
「ねえ。貴方ってもしかして、シュトゥルム王国から来てたりする?」
「おお、よく分かったな。確かに俺は、シュトゥルム王国とやらからこの村に飛行してきたぞ。向こうでは、勇者殿だの何だの言われてたな。全て無視したが」
「ああ、やっぱりそうか……って、無視した!? どういう事!?」
「言葉のままだ。俺は勇者なんてガラじゃねえからな。で、それがどうした?」
思わず頭を抱えそうになるリリー。後々、絶対に面倒事が舞い込むのが確定して、今のうちから絶望したくなる。
そんなリリーを不思議そうに眺めている礼一郎と、変わらない親友の様子に軽く呆れる三雄。無責任な言動は、日本にいた頃から何も変わっていなかった。
「相変わらずだねぇ、レイ」
「何だようるせえな。お前だって、俺が勇者なんて大層なご身分じゃねえって事は分かるだろ」
「まあ、それはそうだけど。でも、その言い方だと王国に無許可で飛び出してきたでしょ。絶対に王国の人間が、君の行方を追ってくるよ。零戦の方も、解析したい事が山ほどあるだろうし」
「何とかなるって。最悪、空に逃げちまえば良いしな。その時はお前も付き合えよ?」
「はいはい。全く、人使いが荒いんだから」
軽い調子で言葉を交わす二人を、リリーはジッと見守る。
三雄が、ここまで気を遣わずに会話している姿を見たのは、彼女は初めてであった。
「……三雄って、敬語なしで喋れたんだ」
「え? そりゃまあ、人間なら誰でも出来ると思いますが」
「でも、同居人の私にすら敬語じゃない、三雄。一人称もわざわざ畏まった物にしてるし」
「あのー、リリーさん? 私、何か怒らせるような事をしましたか?」
有り体に言えば、リリーは無自覚にだが、少しだけ礼一郎に妬いていた。
それに気が付いた礼一郎は、ニヤリと煽るように笑って三雄と肩を組んだ。この男は、面白そうな事を察知する能力がバカみたいに高いのである。
なお、三雄はと言うと、リリーが何故いきなり言葉尻が冷たくなったのか理解できず、頭の上にはてなマークを浮かべていた。
「大丈夫だ三雄。お嬢さんは妬いてるだけだぜ。この俺にな」
「え、そうなんですか?」
「っ、妬いてない! と言うか、アンタも余計な事だと分かって、わざと口にしてるでしょ!」
「ははっ、反応が実に分かりやすい。図星だったようだな」
「うるさいっ」
さり気なく三雄との距離を縮めながら、礼一郎と言い合うリリーの顔は、分かりやすく紅くなっていた。
本来であれば、真っ先にこの場を収めなければならない三雄が、顔を紅くしたリリーの美しさに見惚れて使い物にならない為、言い合いは止められる事なく加速していく。
止める隙を見失った三雄は、ただ二人の言い合いを見守る事しか出来なかったが、何故だか嫌な気持ちにはならない。
お互い、悪意を持って言葉を投げている訳ではないのもある。だがそれ以上に、中身のない会話と言う物が、どうも懐かしくて。そして、面白く感じていたのだ。
「ふっ……」
人知れず、三雄が小さな笑みを零す。
その笑みを見逃す二人ではない。リリーは息を呑み、礼一郎は満足気に頷いた。
穏やかな、少年のような笑みを初めて見たリリーは、無邪気な表情に目が釘付けとなった。
大人として。そして軍人として、己を厳しく律する三雄の姿ばかり見ていただけに、そのギャップの大きさに、心が強く動かされそうになる。
礼一郎は、長らく見る事が叶わなかった親友の、失われていた心からの笑みを目に出来た事で、ただ満足していた。
戦争が始まって、戦況が日増しに不利となっていく中で、いつの間にか失われてしまった三雄の本来の笑い方は、最後に見た時と全く同じであった。
「やっと、心から笑ったなァ」
「レイ……」
「その笑い方。もう、二度と忘れるんじゃねえぞ。俺たちが経験した地獄とは全く異なる、平和な空がある世界では。お前の固い軍人としての笑みは、絶対に必要ない」
三雄の中では、まだ戦争は終わっていない事に、礼一郎は気が付いている。
自身が体験した“終戦”を、彼は知らないのだ。いつか負ける、いつか終わると頭の中では理解していても、“終戦”を経験せずに、ふ戦いは完全に終わったのだと認識する事は、三雄にはまだ難しい。
行方不明となった親友を探し出す以外に、生きる理由を持たなかった礼一郎だったが。今ここに、新たな生きる理由が見つかった。
「お嬢さん。俺も、この村で生活て良いか?」
「……王国には、何て説明するつもり?」
「魔王を殺すよりも、もっと大切な事が見つかったと言うさ。無理にでも納得してもらうし、何があってもお前たちに危害が及ばないようにするから、そこは安心しろ」
「そう。なら、村の人たちに挨拶回りしておきなさい。終わったら、私の家の一角を貸すから」
リリーとしても、礼一郎が村で生活する事対する抵抗感は、最初からほとんどなかった。
三雄に関するアレコレで、どうやっても嫉妬する場面は出るだろうが。それ以上に、自分だけで彼を本当に支えられるのか、ちょっと不安に感じていたのである。
新しく、異世界から来た鉄の白鳥を研究するとでも言っておけば、幾らでも体裁を取り繕えるだろう。
「と、言う訳で。またよろしくな、三雄」
「えっ、本当にこの村に住み着くの? 夢じゃないよね?」
「俺もまだ、現実味は薄いと感じているがな。それより、村の案内と仲介を頼むわ。流石に一人では回れねえよ」
互いに笑い合いながら、三雄と礼一郎は民家の方へ歩き出した。
それを見送ったリリーは、一つだけ息を吐いて気持ちを切り替えると、穏やかな風に吹かれて佇む二人の愛機を眺める。
彼女は、まだ知らない。
同じ心臓を持たされたこの二機が、短い期間でどれだけの地獄を駆け回ったのかを。