異世界実戦審査録―金星換装型一式戦闘機と共に―   作:Hetzer愛好家

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修羅の隣りに立つ狂人

 高い位置にあった日もすっかり山陰に引っ込み、星が空に姿を現し始めた頃になって、三雄と礼一郎はリリーの研究室に戻ってきた。

 

 三雄の時とは状況が異なり、既に鉄鳥に対する恐怖や不信感が薄れていた事と、言葉が問題なく通じる礼一郎が取っ付きやすい性格をしていた事もあって、村人たちにはすぐに受け入れられる事になった。

 

 物欲しそうに零戦を見ていた子どもたちを、自動で動く機体の翼や操縦席に乗せて、辺りを少し動き回ったのもあり、心象は最初からかなり良い。

 

 さて、そんな礼一郎の愛機である零戦だが。これは、単なる兵器と評価するには異質すぎると結論をリリーが下すぐらいに、摩訶不思議な性質をしている事が判明した。

 

 まず、礼一郎の意思一つで、ネックレスの状態と、即座に駆動が可能な機体の状態へ瞬時に変化できる事が分かったのだ。

 

 必要な時以外はネックレスの状態である為、収納に場所を全く取らないのは、リリーからしてもありがたい話である。

 

 しかも、機体はどうやら意志らしき物を持っているらしく、礼一郎の命令に対して忠実に応える事も分かった。現時点で言葉は発していないが、いつか当たり前のように人語を話しても不思議ではないと、早いうちに諦めておく事で、リリーは遠くない未来で自身を襲うであろう衝撃を、予め小さくする努力をしている。

 

 そんな零戦の機内には、見過ごせない物が操縦席の近くに置いてあった。

 

 置いてあったのは、紙の束とコーヒー豆が入った袋、そして海軍カレーの材料である。

 

 紙の束は、三雄が持っていた“図面”と全く同じタイプの代物であり、過去に四藤家の長兄が礼一郎に託した物だ。零戦以外にも、様々な海軍の名機たちの詳細が記載された図面があり、現代に残っていれば、全てが超重要文化史料として厳重に保管されるだろう。

 

 操縦していた時は、何処にも見当たらなかった物なのだが、夜になって機内を覗き込んでみると、ポツリと紙の束が整頓された状態で置いてあったので、礼一郎は思わず腹を抱えて大笑いしたぐらいだ。

 

「とことん俺たちは、一足先に靖国へ逝った者に愛されてるらしいな!」

 

 その言葉に、三雄は沈黙する形で肯定の意を示し、リリーは小さく身震いをした。

 

 図面があれば、リリーは機体を再現した筐体を作り出せる為、早速彼女は紙の束とにらめっこをしながら、膨大な作業に取り掛かった。

 

 なお、倉庫一面に広がる筐体を目にした礼一郎は目を思いっきり見開いたし、リアルな飛行シミュレーションが出来ると聞いて「嘘だろ!?」と叫んだし、その中に愛機を含む海軍機が追加される事を知って、今のうちからニコニコと楽しそうにしている。

 

「お嬢さん、マジで凄い人なんだなァ」

「間違いなく、後世に名を残す偉人だよ。彼女と出会えたから、僕はこうして異世界でも好きに大空を飛び回れるし、地上にいる間も空の事を考えられる」

 

 家のリビングで、三雄が作った栗まんじゅうと、礼一郎が淹れたブラックコーヒーを味わいながら。二人して、リリーの偉大さについて語り合う。

 

「あの、空を飛ぶ体験が出来る筐体とやらも、部隊に欲しかったな。あれが基地や空母の中にあれば、悪天候の日でも問題なく訓練できるだろ」

「新兵の訓練も、もっと安全かつ素早く進められるよ。墜落しても死なず、しかし実戦に限りなく近い訓練を可能とする。そんな夢を、あの筐体は見せてくれる」

「違いないな。俺としては、着艦の訓練が安全に出来る奴が、喉から手が出る程に欲しかった。新兵にゃ無理だろ、アレ」

「予行演習できるなら、きっと訓練生が殺到しただろうね。そしてその中には、きっと僕の姿もある」

 

 三雄が何を思い出したのかを察した礼一郎は、軽く吹き出してから「そうだな」と口にした。

 

 陸軍に所属していた三雄だが、完全に海軍と無関係だった訳ではない。

 

 ある戦場では、海軍の人間と共同で作戦に従事していた他、陸海軍双方の人間を仰天させ、歴史の闇に事実を葬る必要があるとまで言われた行為を取った事もあるのだ。

 

「懐かしいなァ、マジで。ニューギニア戦線での出来事だったよな?」

「あの時は、本当にもうダメだと思ったよ。何もない海の上で被弾して、燃料が噴いて。帰投までの燃料が足りないと分かった時の絶望感に勝る物はなかった」

「運が良かった、何て物じゃなかったよな。母艦が偶然、近場を航行していたのは」

 

 海上に浮かぶ航空基地とも言える航空母艦が、本当にたまたま近くを航行していたのは、二人にとって一生分の運を使い果たしたと思える程の幸運であった。

 

 しかし、ただ見つけただけでは意味がない。三雄が無事に基地への帰還を果たすには、更なる試練を乗り越えなければならなかった。

 

 それは、陸軍機による航空母艦への着艦だ。

 

 航空母艦での運用を想定された海軍機とは異なり、三雄の機体には着艦後に急停止する為のフックが装着されていない。その為、完全に己の実力だけで、狭い飛行甲板の上で機体の動きを静止させなければならなかった。

 

 無論、着艦に失敗すれば、海面に墜落する羽目になる。しかも、着艦を何度もやり直しするだけの燃料も残されていなかったので、三雄は初めての着艦を、一発で成功させなければならない状況に置かれていた。

 

 しかし、三雄は神業的な機体コントロールによって、危なげなく着艦を成功させてしまったのだ。

 

 低速域に強い一式戦闘機だったからこその、完璧な着艦であったが、それでも海軍の人間に与えた衝撃は計り知れない。

 

 降着装置が零戦よりも脆い一式戦闘機で、着艦フックもなしに、飛行甲板の端ギリギリに停止させた三雄の操縦技術は、複数人から「魔法か?」と口にさせる程の代物であった。

 

「飛行甲板に降りたら、整備兵の人たちは腰を抜かしてたっけ」

「ははっ、だったな! まあ、フックがある海軍機でも失敗する事がある着艦で、普段は野蛮だ格下だとしている陸軍の奴が、文句一つ言えない完璧な着艦をやりやがったんだ。そりゃあ、天狗になっていた奴らもビビって腰砕けになるさ」

「補給中も、零戦乗りに揉みくちゃにされて大変だったねぇ。レイは全く助けてくれなかったし」

「親友が仲間に褒められて、俺は有頂天になっていたからな!」

 

 一度話し始めれば、次から次に懐かしく思い出が湧いて出てくる。

 

 陸軍の人間として、おそらく史上唯一の着艦を成功させた三雄の事を、同じ飛行機乗りとして黙って見ている者はいなかった。

 

 所属は違えど、同じ飛行機乗り。三雄の持つ技量は、平時から厳しい訓練をしていると自負している海兵たちから見ても、凄まじい物があったのだ。

 

 普段は冷ややかな目で陸軍の人間を見る海兵たちだが、三雄に対しては特に悪感情を抱く事はなく、短い時間ながら濃い交流を深めた。

 

 新兵は、三雄に着艦の時どんな感じがしたか、どんな意識でやれば上手く行くのかを聞き出そうとしたり、これまでの戦歴を聞いて目を剥いたりした。

 

 古参兵は、三雄の戦歴を聞いて何処か納得したような表情を浮かべたり、空戦理論について意見を交換する事で、この珍しい出来事を何としてでも自身の糧にしようとする者が多かった。

 

 中には、お礼と称して海軍特有の物品や上等なワインを、土産として渡す者もいたぐらいである。

 

「出発する時には、皆が飛行甲板に出て見送ってくれたよね。あの時は嬉しかったなぁ。余所者の、しかも陸軍に所属している人間に対して、あんなにも温かく送り出してくれるなんて、思ってもみなかったから」

「それぐらい、お前には人を惹き付ける魅力があるって事だ。特に古参兵は、皆が口を揃えて海軍に欲しいと言ってたぞ。ウチの隊長なんかも、その中の一人だ」

「あの零戦虎徹まで? それは光栄だね」

「隊長だけじゃねえ。帝国海軍の名だたる腕利きの殆どが、お前の技量を高く評価していたんだぜ。下手したら、陸軍よりも正当に評価されていたかもしれんな」

 

 部下が死なない事を最優先としながら、自身は真っ先に危険地帯に飛び込める凄まじい度胸。あらゆる絶望的な場面に対しても、模範解答を実現できる技量と空戦理論。しかし、一切その腕を誇示せず、ひたむきに更なる研鑽を重ねようとする姿勢。

 

 三雄の事は、空戦の腕が優れている者ほど、高く評価していたのである。

 

 かなり本気で、三雄を何とか海軍に引き抜けないかを、礼一郎に相談した人間が複数いたぐらいだ。

 

 その度に、礼一郎は親友の事を誇らしく思った。自身の功績が認められるよりも、何倍も嬉しく感じた。

 

 同時に、少しだけ後悔もした。自身も陸軍を志すか、三雄に海軍を勧めれば良かった、と。

 

 本土に帰ってからは、一層その念は強くなった。

 

 戦いが激しさを増すにつれて、比例するように心が壊れていく親友(三雄)を、ずっと隣で支えてやりたかったのだ。

 

 同じ隊なら。同じ海軍なら。自身が陸軍だったら。引き抜きが実現できれば。たら、れば。

 

 礼一郎にとって、三雄はただの親友ではない。幼い頃から付き合いが続く、家族のような存在である。

 

「なあ、三雄」

「うん?」

「この世界の空は、どんな感じだ? 冷たいのか、それとも温かいのか」

「……温かいよ。それに優しい。硝煙の匂いもしない。戦争で穢されていない大空だからかな」

「そうかい。なら、今度こそ守らねえとな」

 

 コーヒーを一気に飲み干した礼一郎は、胸の内で密かに決意する。

 

 あの時は実現が不可能だった事を、今度こそ。その為なら、俺は修羅に立ち戻る。

 

(二度と、お前を独りぼっちにはしない。親父さん、お袋さん、兄貴たち、そしてガキども。皆が、安心して成仏できるように)

 

 夜は更けていき、居心地の良い夜闇で、奇跡の再会を果たした二人の軍人を優しく包み込む。

 

 三雄と礼一郎は、その後も眠る事なく、過去の思い出話に花を咲かせるのだった。

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