異世界実戦審査録―金星換装型一式戦闘機と共に― 作:Hetzer愛好家
ずっと立ち話をしている訳にも行かない。そう口にして、リリーは三雄を自身の家に招き入れた。
村長の娘であるリリーの自宅は、一人暮らしするには広すぎるぐらいの間取りであり、三雄を入れても全く問題なかったのである。
なお、一式戦闘機を着陸したまま放置する事は避けたいと三雄が口にした事で、リリーは風属性魔法を駆使して自宅近くまで牽引している。流石に重たかったようで、自宅に到着する頃には汗だくであったが、華奢な女子一人の力で戦闘機を運ぶ様子は、三雄に大きな衝撃をもたらした。
「いやあ、凄いですね。まるで魔法だ」
「“まるで”、じゃなくて“普通の”魔法よ。もしかして、魔法を知らないの?」
「存じ上げませんね。そんな便利な物があるなら、是非とも使ってみたいですが」
僅かに滲み出る嫉妬と羨望の念。
魔法を扱う事が日常であり、自身以外も日頃から魔法を使うのが当たり前であるリリーは、何故そのような感情が出てくるのか不思議だった。
リリーからすれば、三雄が操っていた鉄鳥も、未知の魔法によって産まれた物かと考えている程だ。しかし、どうもそれは違うらしい。
「ひとまず、身体を洗ってきて。着替えは、お兄様の物が洗面所の棚にあるから」
「よろしいのですか? では、お言葉に甘えさせていただきます」
かなり汚れた様子であった三雄を風呂場へ行かせたリリーは、温かい茶を用意してから、再度外へ出て一式戦闘機の元へ向かった。
邸宅のすぐ隣に建てられた、小学校の体育館ぐらいの広さを持つ“研究室”に、外で待機していた一式戦闘機をやや苦労しながら格納する。
「おっも……大型の馬の数倍は重量あるじゃん」
グチグチ言いながらも格納を完了させたリリーは、フワリと宙に浮いて機内を覗き込む。
機内はこじんまりとしていて、一人入ったらそれ以上は乗れないだろうと思わせるだけの広さしかない。
試しに座席と思わしき場所に腰を下ろしてみたリリーだが、かなり圧迫感がある造りで、ソワソワと落ち着かない。三雄がやっていたように、ガラスで造られた窓をスライドさせて密閉してみるも、妙な不安感が沸々と湧いてきたのを理解したリリーは、すぐに窓を開けて外に出た。
鉄の棺桶。それが、リリーが最初に抱いた感想であった。
「あれ、座席の横に紙が入ってる……?」
そう口にして、また機内に入ったリリーは、目に映った結構な枚数の紙を手に取る。
それは、精密な図面だった。一枚ずつ内容が異なり、かなり事細かに記載が成されている。
相当な枚数の図面が機内に持ち込まれており、全てに目を通すには時間が掛かり過ぎると判断したリリーは、ひとまず回収だけ行って自宅へと戻る事にした。
自宅のリビングに足を運んだリリーが、茶と図面をテーブルに置いたタイミングで、風呂から上がった三雄が顔を覗かせた。
分厚い上下の服を脱ぎ、ラフなシャツにハーフパンツを身に纏った三雄は、テーブルの上に置かれた図面を見て、ほんの少しだけ目を輝かせた。
「あ、取り出してくれたんですね。ありがとうございます」
「鉄鳥の移動がてらに、中を確認しただけ。で、これは何なの?」
「見ての通り図面ですよ。自分が乗っていた奴のもあるし、他にも沢山。全て、設計技師の長兄が書き起こした物です」
「あの狭い鉄鳥の中に、わざわざ持ち込んでいたんだ。女のアタシでも狭く感じたぐらいだから、貴方が乗ったら相当窮屈じゃない?」
「まあ、確かにその通りですね。でも、この図面は、今となっては長兄たちの形見みたいな物ですから」
長兄“たち”の形見と聞いて、何かを悟ったリリーは、それ以上は尋ねるのを止めて、別の話題を口にした。
「……取り敢えず、自己紹介がまだだったわね。アタシはリリー・ブラウン。村長の娘よ」
「これはご丁寧に。改めて、四藤三雄です。名字でも、名前でも、好きなようにお呼びください」
「じゃあ、三雄。多分だけど、貴方はこの世界の人間じゃない。異世界から、何らかの力が働いて迷い込んだ異世界人だと思うんだけど、何か心当たりはない?」
「異世界……いえ、後にしましょう。心当たりでしたら、あの濃霧ですかね」
三雄は、濃霧が現れるまでの経緯を語った。
一式戦闘機を駆り、複数の最新鋭機と数度に渡って激闘を繰り広げ、何とか全滅させたは良いが、右翼を半分近く失って飛行していたところ、何の前触れもなく深い霧によって視界が潰されたと言う。
「次に霧が晴れた時には、この村の姿が見えました。あの濃霧の中を進んでいる間は、一寸先の視界すらも確保できない有様でしたので、一番知りたい情報は分からずじまいですが」
「ううん、今はそれで十分。世界間を移動した事は分かったから」
「あの、異世界と言うのは……」
「言葉のままよ。歩んだ歴史が全く異なる世界と表現するべきかもだけど。この世界には、それなりの頻度で異世界人が来訪するの。原因は不明だけどね」
実に端的な説明だが、三雄は何となく概要を理解し、なるほどなと頷く。
「三雄。貴方の世界は、どんな歴史を歩んでいたのかしら。ちょっとだけ覗いてみても良い?」
「構いませんが、覗くとは?」
「魔法を使って、貴方の記憶を閲覧するだけよ。害がある訳ではないから安心して」
三雄の額に手を翳し、目を閉じて集中したリリーは、内包する魔力を操って魔法を構築。息をするように発現させる。
リリーの身体から、淡い魔力光が滲み出し、室内をボンヤリと照らす。
彼女が持つ髪と同じ、美しい銀色の魔力光に、三雄は思わずといった様子で見惚れる。
一方リリーは、三雄の脳が記憶している風景を覗き見て、思いっきり顔を引き攣らせた。
自身が住む世界とは、まるっきり異なる進化を遂げた文明を目にして、三雄が異世界からの来訪者である事を確信したリリーだが、直近数年間の記憶があまりにも凄惨な光景ばかりだったのだ。
リリーが住む世界でも、戦争は存在する。内戦も紛争も、歴史上何回もあった出来事だ。しかし、それは全て過去の物であったり、村から遠く離れた国で起こる物であり、実際に彼女が経験した訳ではない。
だからこそ、その衝撃は強烈な物だった。戦争を生で経験した者しか知り得ない、ありったけの負の感情は、基本的に平和に暮らしていたリリーの心を大きく揺さぶる。
ほんの数分で、リリーは魔法を解除した。長時間、耐えられる気がしなかったのだ。
「どうでした? 何か、分かった事とか」
「……貴方が、異世界から来た事は確定した。でも、それより聞かせて。何故、貴方はあんな経験をしながらも、正気を保っていられるの?」
家族や友人が、目の前で人の形すらも失って死んでいく。そんな光景を数え切れないぐらい目にしながらも、正気を保っている。
リリーには、そう見えた。それが、あまりにも異常に感じ、聞かずにはいられなかった。
それを聞いた三雄は、自嘲するように笑うと、首を横に振る。
「そう見えるだけです。正気で戦争ができる人間なんて、何処にも存在しません。誰もが、壊れてしまっている」
「じゃ、じゃあどうして。どうして、貴方は戦い続けられるの。空に上がる度に、あんな……」
リリーは、そこで言葉が詰まってしまった。微笑を浮かべる三雄を見て、それ以上何も言えなくなってしまったのである。
三雄は、ただ静かに言葉を紡ぐ。
「軍に所属したからには、基本的に個人の意思は関係ありません。名目上は国の威信を示すだとか、より優れている人種である事を世界に見せつけるだとか。後は、資源や植民地の確保の為に、我々一兵卒は戦わされます。でも、いつかはそれが正義だとは感じられなくなる。国を、家族を、友人を守る為に、他国の人間を殺す。それを正義と思い込み続けるには無理がある。だから、己だけが知る、戦う理由や夢を作ってしまうのです。どれだけ自分本位の物でも構わない。正気を失い、心を壊してしまったとしても、それだけは決して忘れなければ、自己だけは保てる」
「その、戦う理由は」
「争いのない大空で、心置きなく愛機を飛ばす為に」
一瞬の言い淀みもなく、真っ直ぐに目を見て答えた三雄に、リリーはただ圧倒された。
だが、すぐに疲労感を滲ませる表情を三雄が浮かべたので、またすぐに話を聞けるような体勢を整えたが。
「しかし、いずれ負けると簡単に察せる消耗戦へ身を投じるのに、ほんの僅かばかり疲れたのも事実です。少しだけで良いので、心を休めたい。愛機が壊れている以上、空を自由に飛ぶ事はできませんけど……」
「……直そうか?」
「えっ」
何となく、放っておけない。そう思ったリリーが、何気なく発した言葉に、三雄は結構な勢いで食い付いた。
僅かにたじろぎながらも、リリーは続ける。
「アタシなら、多分修理できるよ。損壊が発生する以前に時を戻してしまえば良いだけだから」
現実離れしたリリーの言葉に、思いっきり目を見開いた三雄だが、無理だ不可能だと口にする気は起こらなかった。
彼女は、信頼に足る人物である。そう判断し、頭を深々と下げる。
「どうか、よろしくお願い致します」
「ん、任せて」
【四道家長男が書いた図面より引用】
★一式戦闘機三型★
✧発動機:ハ一一五-II(離昇1150馬力・水メタノール噴射装置付)
✧最高速度:560km/h / 高度6000m
✧上昇力:高度5000mまで6分44秒
✧降下制限速度:630km/h
✧航続距離:2120km(増槽あり)
✧武装:機首12.7mm機関砲2門(各270発)
*図面隅の書き置きより
…水メタノール噴射装置を取り付けた事で、最高速度と上昇力が向上し、運動性も最新鋭機と遜色ないぐらいの物となっている。二型の後期生産型と同様に、かなり無理が効く機体なので、一撃離脱に対する耐性もある程度は確保されている。何処かの誰かみたいな無茶苦茶な操縦にも、必ずや応えてくれるだろう。
*備考欄
…発動機の更なる改良を検討する。