異世界実戦審査録―金星換装型一式戦闘機と共に― 作:Hetzer愛好家
「ふう、一段落したか……」
拡張された倉庫に、新しく増えた筐体たちの出来栄えに満足しながら、リリーは呟いた。
所狭しと並ぶ、海軍の名だたる名機たちを模した筐体。三雄が持ち込んだ陸軍機の図面とは、また異なるコンセプトを持たされた機体ばかりであり、リリーが全てに目を通すには膨大な時間を要した。
その為、リリーは魔法によって周囲の時間の流れを大きく引き延ばす事で、莫大な時間を確保。海軍機たちの図面を細かく読み解く時間を無理やり得て、少しでも異世界の叡智を脳に叩き込もうとした。
なお、図面に記載されていた機体は、九三式中間練習機、九六式艦上戦闘機、九七式艦上攻撃機、九九式艦上爆撃機、零式艦上戦闘機の各型、一式陸攻、彗星艦爆、流星艦攻、月光、雷電、紫電、紫電改、二式水上戦闘機、瑞雲、彩雲、ニ式大艇である。
筐体として一つずつ顕現させる度に、機体に刻み込まれた様々な記憶の奔流と、リリーは一切無視する事なく向き合っていた。その為、現時点では零式艦上戦闘機の各型までの再現までしか終わっていない。
なお、筐体としての役割を与えた事によって、勝手に新しい任務が複数個追加されていたのだが、リリーはあまり問題視せずに放置している。
遊戯で体験できる事が増えるのは、基本的にメリットしか生まない。任務達成が可能かは別だが、何とかクリアしようとするリピーターを、これから更に増やす一因になるだろう。
「それにしても、礼一郎が乗っていた鉄鳥の図面に刻み込まれた記憶は、格別に濃かったな」
つい先程、筐体として顕現させた零戦の角張った翼に触れて、ポツリと呟くリリー。
礼一郎が駆る事を想定して作られた、カウルまで真っ白に塗り潰された零式艦上戦闘機五二型。その形状は、通常の物と大きく異なる風貌をしていた。
特に目立つのは、端を左右それぞれ50cmずつ切り落とした角張った主翼と、金星エンジンを換装した事によって正規品よりも巨大化した機首、そして苛烈な攻撃性能だろう。
純粋な速力の大幅な向上に成功している他、翼端を切り落とした事によって横転性能が高く、高速域でも舵が固まりにくくなっており、更には高高度性能も改善している。
また、軽量な機体に大馬力の発動機を換装した形になる為、加速力が従来型のそれを大きく凌ぐ形となった。合わせて、従来型よりも機体の剛性を高めてあるので、より自身は一撃離脱戦法を選択しやすく、相手側からの一撃離脱戦法はカウンターで狩りやすい機体となっている。
火力も大幅な改善が成されており、当時の陸海軍機における重戦闘機と遜色ない物に換装されている。直撃すれば、頑丈な敵国の機体でも一瞬で爆砕するだろう。
その代わり、零戦の長所である長大な航続距離や、低速域での格闘能力、エネルギー保持効率は劣化傾向にある。速度が乗っている間はカミソリのように鋭く曲がるのだが、それを継続して行う力は持たされていない。
他に看過できない問題点としては、真っ直ぐ飛ばす事すら苦労する操作性と、機首の巨大化によって悪化した視界、そして離着陸の異様な難しさが挙げられるだろう。礼一郎や三雄のようなベテラン以外が搭乗すれば、離陸した瞬間に墜落する危険も考えられるぐらいだ。
だが、礼一郎はこの暴れ馬のような機体を、完璧に使いこなしていた。
壊れていく三雄の身を案じた家族たちが総出となり、彼が受領する予定だった零戦五二型に手を加えた事によって生まれた当機に搭乗するようになってからの礼一郎は、正しく修羅と言える程の活躍をするようになったのである。
質と量。どちらも上回る敵国の戦闘機や爆撃機を、悪目立ちする真っ白なカラーリングに染めた機体で誘き寄せ、稲妻のような急旋回で幻惑し、尽くを喰い荒らす。
敵からは勿論の事、味方からも強く恐れられた礼一郎と白亜の零戦は、敗色が濃厚となった戦争末期においても、数々の伝説を作り出した。
「おっ、こいつは俺の機体を模した筐体か?」
「あれ、礼一郎? 何かあった?」
「お嬢さんの様子を見にきた。もうちょいしたら、三雄が夜食を持ってくるぜ」
深く考え込んでいたリリーのすぐ隣に、いつの間にかやって来た礼一郎は、自身の愛機を模した筐体を目にすると、何処か嬉しそうに笑った。
リリーは、ふと浮かんだ疑問を礼一郎にぶつける。
「ねえ、礼一郎。アンタの鉄鳥だけど、色々と気になる点があって」
「何でも答えるぜ。まあ、大方お嬢さんが気になった点の想像はつくけどな。最早、機体の原型を留めていない点だろ?」
「! ……そう、それよ。アンタの鉄鳥は、改造前とは全くの別物と表現しても良いぐらいに、“らしくない”。弱点は確かに解決しているけど、元あった長所の多くが死んでしまっている。これじゃあ、本末転倒な気がしてならないの」
零戦のガワを被っただけの重戦闘機。礼一郎の愛機を、リリーはこのように評価した。
純粋に足が速い。加速力もある。紙装甲でもない。火力は十分。しかし、元ある長所は薄められ、扱いづらさが目立つ。
この機体をわざわざ選ぶぐらいなら、もっと別の重戦闘機を選択した方が良いのではないかと、リリーは考えたのである。
例えば、紫電改。遅すぎた零戦の後継機とまで評された当機であれば、礼一郎の愛機よりも安定した戦いが展開できる可能性があった。
他にも、重戦闘機であれば雷電に搭乗するという選択肢も存在した。礼一郎の技量があれば、殺人機と評された雷電であっても、己の手足のように扱う事が出来ただろう。
だが、礼一郎はそれらの選択肢全てを、敢えて選ばなかった。
「まず、前提として零戦の特徴と、俺たちが戦っていた敵機の特徴を正確に知る必要があるな」
礼一郎は語る。改造前の愛機の特徴を。そして、敵機の特徴を。
「零戦は、低速域には凄まじい強さを発揮する機体だ。速力も、実戦配備された当初は比較的足が速い部類だったから、ある時期までは“無敵”とまで言われていた」
「無敵……その言葉は、誇張でも何でもないのね」
「ああ、向かうところ敵無しだったさ。自身が得意な戦い方を、バカ正直に相手側から仕掛けてくれていたからな」
「……無敵神話は、崩れたの?」
「盛者必衰。いつまでも無策な敵じゃない。零戦は確かに名機だったが、弱点も多かった。弾が掠れば一瞬で火達磨になり、急降下すればすぐに空中分解する、紙のような機体剛性。高速域では鉛のように重たい舵。そして、いつまでも現状維持の速力と、高高度での著しい性能低下。敵は、これらの弱点全てを的確に、そして徹底的に突いてきた」
礼一郎や三雄が相手にしてきた敵戦闘機は、低速域の運動性能は低めだが、速力と機体剛性、そして正面火力が非常に高い。
また、零戦のように高高度で性能の低下が起こる事もない為、極端に高度を上げてしまえば、追撃や迎撃を簡単に避けられてしまう。
航空機同士の戦いにおいて、速力差と高度優位は、勝利を目指す上で絶対的に必要となる要素である。どちらかを押さえる事が出来れば、それだけで負ける可能性を大きく下げる事が可能だ。
では、どちらの要素も押さえられてしまったらどうか。答えは、自ずと見えてくる。
「敵国の戦闘機が取った策は、徹底して零戦の得意分野に付き合わない事だった。上を押さえて、速度が乗った状態で一撃だけ加えたら、撃墜しようがしなかろうがそのまま急降下で離脱。その繰り返しだ。だが、その単純な策が、零戦には笑えるぐらいに効いた。三雄が過去に乗っていた、旧式の一式戦も同様だな」
「……そっか。一撃を避けて生き延びる事は出来ても、反撃には移れないのか」
「その通り。まあ、古参兵なら反撃して落とせるんだが、少なくとも新兵には無理だな。その古参兵でも、死ぬ時はアッサリ死ぬ。お陰様で、バタバタと若い奴らが死んでいった」
「でも、礼一郎の乗っていた鉄鳥なら、弱点が解決してるから、何とか太刀打ちできるって事?」
「気が付いたみたいだな。お嬢さんの言うように、俺の愛機は敵軍の取る策に対する反撃を最も得意とする。だが、ガワは旧式でカモとされる零戦のまま。しかも、戦場では悪目立ちする真っ白な塗装だ。舐めてる奴らは、雑な飛行を見せてやればホイホイ釣られるから、そのまま返り討ちに出来る。仮に手慣れが相手でも、原型機とはまるで異なる機体特性が、そのまま強力な初見殺しとして作用するから、勝ちを拾う事は難しくない。複数機が相手でも、簡単に負ける事はないさ」
礼一郎の話に、リリーは聞き入っていた。
事情を知ってから、改めて礼一郎の愛機の性能を見てみると、納得が行く点が次々と出てくる。
同時に、礼一郎の異常性も垣間見える事となったが。
敢えて、高い精度で拙い飛行を行う。その難易度の高さは、航空兵ではないリリーであっても、何となく理解できる物だ。
カウルまで白亜に塗り潰す行為も、敵を惹き付ける為の策であるのだが、こちらもマトモな感性であれば、選択肢に現れる事すらない。
「礼一郎の考え方は、凄く合理的。でも、敢えて言わせて欲しい。狂ってるよ、アンタ。その勝ち方を選択できる人間は、頭のネジが複数抜けてないと無理でしょ」
「よく言われる。だが、俺程度でそう思うなら、お嬢さんはまだまだ甘いな」
「それはどう言う……」
心底楽しそうにニヤリと笑った礼一郎は、静かに一人の名前を口にした。
「三雄は、俺より遥かにヤバいぞ」
「えっ」
「俺の戦術は、その気になれば誰でも真似できる。腕利きの中には、敢えて拙い飛行を見せる事によって未熟な敵機を誘い出してから、散々に喰い荒らす輩もいた。三雄も、時折やっていたと聞く」
「三雄も……?」
「だがな。三雄のヤバさはそこじゃない。アイツは、敵機を落とす為なら、平然と機体を打撃武器として扱う。一歩間違えれば、即座に墜落死する行為だし、生き延びても帰還を果たせるかは運試し。それでも三雄は、ケロッとした顔で肉薄していくんだ」
その言葉に、リリーは心の奥底が冷え込む感じがした。
彼女は、実際にこの目で見ている。初めて筐体を起動させた日に、三雄が九七式戦闘機の降着装置や主翼を迷いなくぶつけて、敵機を撃墜していた所を。
コルセア帝国の軍勢が侵攻してきた際も、彼は敵の総大将の乗る翼竜を、固定脚で踏み潰して撃破している。
三雄にとって、機体による肉弾攻撃は、通常攻撃の一環でしかなかったのだ。
「それだけじゃない。三雄は、戦闘する時は機体が空中分解する寸前の速度を維持しながら戦う事を好んだし、敵機の射線に飛び出して惹き付けた上で、全弾を消費させて無力化する事を何度もやっている」
「……待って。何言ってるか分からないんだけど。自分から敵の前に飛び出したって事よね? 聞き間違いじゃない?」
「残念ながら、聞き間違いじゃねえぞ。アイツは、仲間には命を大事にしろと説くクセに、自分の命は全く大事しない。独りにしたら、すぐに死んでしまうんじゃないかと思って、俺たちは気が気じゃなかった」
放っておけばすぐに死ぬ。リリーは、否定する事が出来なかった。
この短い期間で、何度も感じた事だった。ほんの少しの時間であっても、三雄を独りにしたら、フラッとあの世に旅立ってしまうのではないかと、リリーは考えていたのである。
生への執着の薄さは、軍人としての四藤三雄の強みであると同時に、最大の弱点でもあった。
死ぬ事に対する抵抗が薄いから、常人では決して考えつかないような攻撃手段を選択する。敵の前に飛び出して、自らを囮にする事も出来る。
しかし、危なっかしい。ある意味、赤子よりも目を離せない存在である。
「腕利きであればある程、三雄の事を尊敬していたし、心底恐れていた。あんな戦い方は、誰にも真似できない。敵に自身の機体をぶつけるってのは、自殺行為なんだよ、普通は」
「三雄は、何者なの……?」
「マジモンの天才だよ。アイツは謙遜しているが、一度でも三雄の戦いを見たら、嫌でも天才だと認める事になる。三雄と比べりゃ、俺は凡人の類だ」
「礼一郎が凡人って、そんな訳ないでしょ!? アンタの戦闘の記憶を垣間見たけど、どう考えても人間業じゃない動きばかりだったわよね!?」
そう。リリーの目から見れば、礼一郎もまた、天才に属する人間であった。
しかし、礼一郎は頑なに首を横に振る。
礼一郎の脳裏には、海軍内でも最強だと評された部隊長や、零戦の無敵神話を作り上げた偉大な先輩方の顔が浮かんでいた。
「海軍には、空戦を芸術に変えちまう奴や、野生の勘だけで弾丸を全て躱してしまう怪物が、何人も所属していたんだ。俺の技量は、その怪物たちの背中を必死に追い続けた結果の代物なんだよ。それでも、全く届かないんだがな」
「あの頭がおかしい操縦をしていたアンタが、そこまで言うなんて……待って、その中に三雄もいるって事よね?」
「いや、その枠組みの中に収めるには、狭すぎる存在かもしれない。敵を殺す為の数式を立てる際に、自身の命が消えかねない行動を迷いなく組み込める奴は、海軍の猛者たちでも殆ど見なかった」
自らが死ぬ可能性の高い行動でも、やると決めて必ず実行する。“決死の行動”を、言葉の通りに実現していく三雄は、歴戦の猛者たちの間でも異質な存在感を放っていた。
何よりも、半ば自殺行為と言える選択ばかり取っているにも関わらず、生き延びて最前線で非常に長い期間戦える生存能力の高さは、帝国軍内でも随一だったと言える。
「あとな。もう一つ、絶対に見逃せない三雄の特技がある。お嬢さんは、三雄が様々な機体を乗り回していた話を聞いた事があるか?」
「ええ、少しは。この前も、筐体で愛用している黒い鉄鳥以外の物を選んで、色んな任務に挑戦していたわ。彼が言うには、図面に記載された鉄鳥の殆どを問題なく操縦できるって話だった」
「それだ。普通は愛機以外の機体を、マトモに飛ばす事はできねえんだよ。同じ機体でも、普段と違う奴に搭乗すると、違和感を覚えるぐらいなんだ。機種が変わったり、単発機から双発機に変わったら、慣らす為に最低でも半年近くを要するんだぞ」
「でも、三雄の記憶では、愛機の調子が悪ければ迷いなく別の鉄鳥に乗っていた気がするんだけど……」
礼一郎は、頭を押さえて軽くため息を吐き出した。
三雄がニューギニア戦線に身を置いていた頃や、本土防空の任に就いていた時は、愛機の発動機の調子が悪く、飛行が不可となる事態が頻発した。
そうなった時、三雄は他の動かせる機種を聞き出すと、迷わずそれに搭乗して出撃していたのだ。
それ以外にも、一度出撃して帰投してから再出撃する際に、任務達成に適任である別の機種に乗り換えてしまう事も非常に多かった。
その時々で、最適な機種を選択していただけだろうと考えてたリリーは、自身の見通しの甘さを思い知らされる事になった。
「機種が変われば、機体特性も大きく変化する。似た特性の機体であっても、操作感はまるで異なるから、最初は真っ直ぐ飛ばすだけでも一苦労するんだ。俺だって、緊急用にこっそり訓練していた一式戦以外の機体は、マトモに扱えねえよ」
「ま、待ってよ。それじゃあ、三雄が問題なく全ての鉄鳥を扱えるのって……」
かつて、図面に記載された機体を顕現させた際に、リリーは三雄に対して、全て操縦できるのかと尋ねた事がある。
三雄は、特に言い淀む事もなく、問題ないと答えた。更には、機体の特徴や思い出について、一つずつ丁寧に語ってくれた。
筐体を試運転する時も、三雄は一通り全ての機体に搭乗して、任務を淡々と達成していった。
中には、双発機や四発機もあったのだが、操縦に迷いは見られなかったし、泣き言を漏らすような事もなかった。自身の手足のように、全ての機体を扱ってみせたのである。
それが、どれだけの偉業であったのか。どれだけ、異質な事であったのか。
今になって思い知ったリリーが、戦慄して息を呑んだ。
「お疲れ様です、リリーさん。レイと、何を話していたんですか?」
そこに、タイミングが良いのか悪いのか。盆に三人分の夜食を乗せた三雄が現れた。
石化魔法を受けたかのように、固まって動けなくなってしまったリリーに代わって、礼一郎が小さく笑いながら答える。
「お前は凄い奴なんだって話をしていたんだよ」
「えー、僕の事を誇張してリリーさんに伝えないでよ。僕より凄い人なんて、海軍にもゴロゴロいたでしょ」
「アホ言え。三雄と同等の次元のヤベー奴が何人もいたら、負けを覆せる戦いが山程出てくるぜ」
「レイは大袈裟だなぁ」
困ったように笑った三雄と、肩を竦めて「ダメだこりゃ」とため息を吐いた礼一郎を、リリーは黙って見守る事しか出来なかった。