異世界実戦審査録―金星換装型一式戦闘機と共に―   作:Hetzer愛好家

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奇跡の体現者

 夜食のおにぎりを頬張りながら、和やかに思い出話の続きを始めた三雄と礼一郎。しかしその内容は、リリーが何度も戦慄して息を呑み、終いには「驚き疲れた」と頭を抱える羽目になる、凄まじいエピソードばかりであった。

 

「お前、お嬢さんに対して、兄貴が書いた図面の機体は全て問題なく操縦できると言ったらしいな。お陰様で、お嬢さんは全戦闘機乗りが、三雄のように色んな機体を乗り回せるもんだと思っていたらしいぞ」

「え、レイも一式戦や紫電を飛ばしていたし、合同訓練では高頻度で九七式戦闘機と九六式艦上戦闘機を交換してたじゃん。練習すれば、誰でも出来るでしょ?」

「俺は死ぬ気になって訓練したんだよ! 陸軍機は乗ってる事がバレたら懲罰もんだし、操作系が違いすぎて何度も死ぬかもと思ったけどな!」

 

 リリーは思わず、一式戦闘機と零式艦上戦闘機の図面を取り出して見比べたが、確かに操作系が全くの別物であり、礼一郎が死ぬかもと感じたのも納得の代物であった。

 

 同時に、礼一郎が考えるのも嫌になる量の努力と研鑽を積み重ねた事と、三雄の自己評価の低さが突き抜けている事実も認識する事になったが。

 

「三雄は、もっと自分がとんでもない事をやっている自覚を持つべきだと思うわ……」

「お嬢さんと全くの同意見だ。お前は自己評価が低すぎる」

 

 一体、何人の航空兵の心を折ってきたのだろうか。そうリリーが考えてしまうぐらいに、三雄のやっている事は異常である。

 

 つい最近、一式戦闘機から変形した九七式戦闘機を完璧に扱いこなし、コルセア帝国の軍勢を蹴散らした事も、よくよく考えたら頭のおかしい事をやっていると気が付き、リリーは目元を押さえる他なかった。

 

 礼一郎も、相変わらず自己評価が最底辺を突き抜けている三雄に、少し呆れていた。

 

 最も近くで、三雄の異常性を目の当たりにしていた礼一郎からすれば、彼の謙遜の言葉は何の説得力も持たない戯言でしかない。

 

「うーん、困った。昔からそうだけど、僕の事を買い被りすぎだよ。そんなに凄い人間なら、僕は手の届く範囲の人間であれば、誰も死なせてない」

「……それとこれは、話が違うだろ。と言うかな。お前が仮に凡人で、才能がない航空兵だったとしたら、もっと多くの人間が死んでいるだろ。この俺だって例外じゃねえよ」

 

 頑なに認めようとしない三雄の胸中には、自身が助けられなかった仲間への、深い悔恨の念が渦巻いていた。

 

 そんな三雄の腕を、リリーが強い力で握って注意を自身に向けさせる。

 

「貴方は、この村に初めて訪れた時、鉄鳥がどんな状態だったか覚えてる?」

「えっと、確か右翼が半分近く折れていて、発動機から噴いた黒煙で前方の視界が途轍もなく悪かったかと」

「おい待て三雄。お前、()()片翼飛行したのか? しかも、発動機に被弾した状態で? マジで言ってるのか?」

「え、うん。未帰還になったあの日、P-51三機と交戦した際に発動機がやられて、右翼も敵機にぶつけた衝撃で損傷してたよ。その後、何とか基地に戻ろうとしたら、いきなり霧に包まれたんだ。で、次に視界が戻ったら、もう僕はネイト村の上空を飛行していたよ」

 

 当時の状況を、改めて振り返りながら説明した三雄の顔には、それが何かとでも言いたげな表情が浮かんでいる。

 

 礼一郎は、それはもう深くため息を吐いた。

 

 行方不明となった三雄を見つけ出す為に、独自で様々な調査をしていた礼一郎だったが、最後の目撃情報と機体の状態が一致していた事に、頭を抱えたくなる思いがした。

 

 近隣の住民が、黒煙を吐きながら片翼で飛行する漆黒の一式戦闘機を目撃していたのだが、突然辺りが深い霧に包まれたかと思うと、パタリと消息が途絶えた。最後の目撃情報を礼一郎に伝えた者は、そのように話していたのだ。

 

 機体が酷くボロボロな状態であり、普通なら生還は絶望視される目撃情報である。実際、目撃者も「アレは墜落しただろう」と締め括っていた。

 

 礼一郎は、全くそうは考えていなかったが。

 

「お嬢さん。こいつ、機体がボロボロな状態で、どうやって着陸した?」

「一つのバウンドもなく、滑らかに着陸していたよ。着陸する前には、何度か旋回していた」

「だよな。そうだよな、うん。分かってた事だが、やっぱり信じられねえ。ヤバすぎるだろ、お前……」

 

 納得はしつつも、現実離れした情景を思い浮かべてしまい、簡単には状況を呑み込めない礼一郎。

 

「大袈裟だなぁ、レイ。別に初めての事じゃないでしょ」

「それがまずおかしいんだよ。片翼飛行を、何度も経験している事自体が異常だ。お前、海軍で奇跡の片翼生還を果たした奴が、大々的に報じられたのを知っているだろ?」

「ああ、樫村さんだよね。海軍の人は、国民に大々的に報道してもらえるのを、ちょっと羨ましいと思ってたよ」

「お前の場合は、何度もやるから新鮮味に欠けていただけで、本来なら“奇跡”と言われる行為だ。奇跡を当たり前に起こす奴が、凄くないなんて絶対に言わせねえぞ」

 

 戦況が不利になればなる程に、三雄の存在感は際立った。

 

 魔王、ゴッド、デストロイヤーと、印象的な活躍をする者には仰々しいあだ名が勝手に付けられる海軍に身を置いていた礼一郎は、三雄を知る海軍の兵士が彼を何て呼んでいたのか、誰よりもよく知っている。

 

 奇跡の体現者。それが、三雄に付けられたあだ名であった。

 

 帝国陸軍は、個の戦果を一切認めず、群として泥臭く動く事を当然とする。その為、三雄のような英雄の名が、歴史の闇に埋もれていく。

 

 親友(三雄)は、歴史の表舞台に立つべき英雄だと考える礼一郎にとっては、好ましくない考え方であるのだが……。

 

 そんな三雄と礼一郎のやり取りを見守りながら、リリーは魔法を駆使し、二人の戦場での記憶を閲覧していた。

 

 まだまだケツの青い新兵時代には、軍規を違反する事を承知の上で、機体を交換して辺りを飛び回ったり、模擬戦をしたり、都会方面へ遊覧飛行をしたり、勝手に曲芸飛行をやってみたり。かなり、二人して無茶苦茶やっていた。

 

 破天荒な礼一郎が軍規違反の常習犯なのは分かるが、三雄も案外ノリが良いタイプだったと知り、リリーは目が釘付けになる。

 

 かなりの問題児であった二人だったが、上の人間には相当気に入られていたようで、司令官クラスの人間にも説教と称して呼び出され、意見交換をしていた記憶が複数存在していた。

 

 他にも、陸海軍のエースと呼ばれるような怪物たちとの、胃もたれしそうなぐらいの濃度を持った記憶もあった。

 

「……何、この人たち。本当に人間?」

 

 思わず、リリーがそんな言葉を零してしまうぐらいに、彼らは“異常”の一言で片付けられない、理外の理を繰る化物である。

 

 リリーが、何の記憶を見たのかある程度悟った三雄は、小さく笑いながら彼女に言葉を投げる。

 

「どの人が、気になりました?」

「全員よ。図面に記載された性能以上の動きを皆がしている。特に、貴方たちが新兵だった頃の先輩方は、明らかに人智を超えた化物にしか見えなかった……」

「ははっ、確かにその通りだな! お嬢さん、特に誰が気になったか教えてくれねえか?」

「そう、ね。まずは、酒瓶を常に手にしている呑んだくれかしら。見てくれはただの酔っ払いで、地上では超級の問題児扱いなのに、空に上がれば天下無双。情報量が多すぎて、軽く目眩を起こしそうだわ」

 

 三雄と礼一郎が、二人して全く同じタイミングで吹き出した。

 

 リリーが口にした情報だけで、彼女が誰について語っているのか、二人にはバッチリ理解できたからである。

 

「あー、あの人か。確かに地上と空とで、見え方が全く異なるわな!」

「レイにとっては、最初期の師匠的な存在だったね。あと、飲み仲間だっけ?」

「そうそう! 俺みたいな若造にも、あの人は分け隔てなく接してくれてたんだわ! あの人との飲み会は、色んな意味でスリルがあって、最高に面白かったぜ!」

「高頻度で、憲兵や上官に喧嘩売ってたからねぇ」

「ちょ、その人も軍人よね!?」

 

 リリーの中の、規律を守るお硬い軍人の像がガラガラと崩れていく。

 

 問題行動を起こす軍人は、三雄や礼一郎だけではない。しかも、問題児に限って腕が良い事が多いので、統率を取る司令官は大変だっただろうと、リリーは同情した。

 

「確かに、軍人としては真似しちゃいけない部類の御仁だったけど、戦闘機乗りとしては誰もが尊敬していたんだよ、リリーさん」

「ああ。隊長と並んで、海軍の戦闘機乗りの頂点に立つ男だった。結局、俺は模擬戦で一度も勝てなかったな」

「理外の理を駆使しているんじゃないかってぐらい、強かったよねぇ。同じ機体に乗った時は、絶対に勝てなかったよ。愛機に乗っていれば、何とか食らいつけたけど……」

 

 サラリと、海軍の戦闘機乗りと同じ機体に乗り、模擬戦をした事があるという旨の発言が飛び出たので、リリーは目元を押さえて呻き声を出した。

 

 礼一郎は礼一郎で、呆れた表情を浮かべながら、リリーの肩を優しく叩く。

 

「ちなみにな、お嬢さん。三雄は、伝説扱いされる人たちが、口を揃えて零戦を極めさせたかったとまで言わせているぜ」

「……操作系が違う鉄鳥でも、三雄は超人たちに夢を見させるぐらいに、完璧に扱ってみせたって事よね」

「ご名答。何なら、飛ばせる機体がないからと言って、若年兵の零戦を借りて空に上がる事もあったぐらいだ」

「あー、それも懐かしいね。後でしこたま怒られたっけ」

 

 普通は、怒られるだけで済まされない暴挙であるのだが、三雄の独断行動で助けられた命があまりにも多く、成功した作戦も多数あった為、軍の上層部も下手に手を出せなかったのである。

 

 他にも、陸海軍の猛者たちが口を揃えて、「四藤がいなければこの基地は終わる」と再三に渡って上層部に訴え続けた事も、三雄が五体満足で無茶苦茶やれた理由の一つだ。

 

「ねえ、三雄。貴方がこれまで戦った猛者の中で、最も腕利きだと思ったのは誰だったの?」

 

 新たに生まれた疑問を、リリーは隠す事なく三雄にぶつける。

 

 数多の猛者たちに一目置かれていた三雄だが、その殆どと一度は模擬戦を行っている。

 

 その記憶を見たリリーは、純粋な好奇心からこんな質問を投げ掛けたのである。

 

「うーん、悩ましい質問ですね。一人ひとりに異なる良さがあったので。あ、でもその中で、格別に強い人がいましたよ。その人には、曲芸飛行を戦闘でも用いる術を習いました」

 

 はて、そんな人物はいただろうかと、礼一郎は深く考え込む素振りを見せる。

 

 リリーも、そのような人物の記憶が見当たらなかったので、何処かで見落としたのかと考えた。

 

「レイは会った事がない人だと思う。基本的に、実戦には出ない人だったよ。でも、模擬戦は鬼みたいに強かったし、迎撃に上がれば、毎度のように無双していたけど」

「何だと? そんな奴が、実戦で曲芸飛行を用いたって言うのか?」

「航空審査部員の人だったからね。その人とは、本土で訓練中に発動機が不調を起こして、緊急で多摩飛行場に不時着した時に知り合ったんだ」

 

 懐かしそうに遠くを見る三雄が、静かな口調で語り始めた。

 

 多摩飛行場は、新型機や試作機の試運転を行い、問題点を洗い出すと言う非常に特殊な役割を持たされていた。

 

 そんな多摩飛行場に、訓練機の故障で緊急の不時着を行った三雄は、一人の審査官(テストパイロット)に目をつけられたのである。

 

 ただの不時着ではなく、発動機が完全に停止して滑空しか出来ない機体で、地面を横滑りしながら止まるという、訓練生とは思えない操縦技術を見せつけた事が、後に“魔術師”とまで称された審査官の興味を引いた。

 

「凄い人だったよ、本当に。複葉機で単葉機を圧倒していたし曲芸飛行は極限の領域にあった。でも、戦闘中の曲芸飛行は、相手を自滅させる事が可能だと考える、かなりの変態でもあった」

「……思い出したぞ。伝説の部隊の看板エースだろ。海軍でも、超弩級の変態として噂になっていたな。ウチの隊長も、顔を顰めていたっけ」

 

 命のやり取りをしている最中に、曲芸飛行を行う胆力は、並大抵の物ではない。

 

 普通は、戦闘用の機動ではない曲芸飛行を行えば、すぐさま殺されてしまうだろう。しかし、その審査官は、実戦でも曲芸飛行を用いる事が可能なぐらいに、操縦技術が極まっていたのだ。

 

「一度だけ、一緒の戦場に立った事があるけど、あの人は空中静止や垂直反転で、複数の護衛機を翻弄していた。あとは、螺旋飛行中に急減速して、敵機の頭上に取り付く真似もしていたね」

「待って、三雄。垂直反転って、確か貴方がこの世界に来る直前の戦闘でやっていなかった? それに、曲芸飛行の中で空中静止もやってたわよね? もしかして、あの機動は件の審査官から習ったの?」

「お、鋭いですねリリーさん。仰る通り、曲芸飛行の多くは多摩飛行場の審査官から習った物です。ある意味、師匠みたいな御方ですね」

「なるほどな。お前が、あの魔術師の直属の弟子だったなら、これまでの異常な戦果の数々にも、一定の納得がいく。だが、何故に航空審査部に出向しなかったんだ? お前の技量と、どんな機体でも扱える稀有な才能は、多摩の奴らからしたら喉から手が出る程に欲していたと思うんだが」

 

 事実、三雄は複数回、航空審査部への出向を提案された事がある。

 

 しかし、その全てを三雄は、丁重に断っていた。

 

「審査官は、間違いなく天職だったと思う。でも、僕は最前線で戦いたかった。比較的安全な時代の本土には、どうしても戻りたくなかったんだ。先に知り合った人たちの命を、見捨てる事になると思ってたよ」

「……そうかい。まあ、三雄らしい答えだな」

「それに、ここならリリーさんが作ってくれた筐体で、審査官に近い事が出来る。僕は、それだけで満足だ」

 

 過去は過去。今は今。今は、少なくとも過去よりは幸せである。

 

 少しずつだが、三雄の考え方にも変化が生じていた。

 

 出会ったばかりの頃、過去のしがらみに囚われていた三雄を知るリリーや、責任感が強すぎて自壊していく様を近くで見ていた礼一郎は、ほんの少しだけ安堵する。

 

 どうか、このまま獅子(軍人)を深い眠りに落としてくれ。二人は、そう願わずにはいられなかった。

 

 夜は更けていき、やがて日が山々の間から顔を出し、空が白み始める。

 

 遠くで鳥が朝の訪れを囀るまで、三人は様々な話に花を咲かせるのだった。

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