異世界実戦審査録―金星換装型一式戦闘機と共に― 作:Hetzer愛好家
穏やかな朝日に照らされたネイト村に住まう人々が、少しずつ目を覚ましていく中で、三雄たちは何かを感じ取り、一斉に外に飛び出した。
随分と頑強になり、外部からの侵入を防ぐ事も可能となった村の出入り口に、三人が据わった目を携えて立ったのとほぼ同時に、遠くに豪華な装備で身を固めた軍勢が、村の方へ向かってくるのが見えた。
「あれは……シュトゥルム王国の軍勢ね。礼一郎に用事があるんじゃない?」
「ハッ、朝早くからご苦労なこった。だが、何としてでも帰ってもらうぜ」
表情が、一気に狂犬のような凶悪な笑みへと変化した礼一郎が、一歩前に出てシュトゥルム王国の軍勢と相対するように、堂々と仁王立ちをして待ち構える。
その少し後ろに、三雄も油断なく立った。何も口にはしなかったが、彼もまた、礼一郎が無理に連れ去られるような事があれば、その場で暴れる心積もりであった。
「おお、勇者殿! やはりネイト村にいらっしゃいましたか!」
軍勢の先頭にいたのは、王国で礼一郎と最も長い時間会話をしていた、外務大臣のジークである。
今回の礼一郎の追跡に当たり、ジークは竜騎士団の人間を、なるべく連れて行かない方針を取った。
礼一郎と竜騎士団とでは、最悪のファーストコンタクトを果たしている。下手に刺激すれば、更に厄介な事になると、ジークは即座に判断したのだ。
「勇者じゃねえと、この前も言っただろうが。で、アンタらは俺を連れ戻しに来たのか?」
「名目上は、ですな。ですが、私は今一度、勇者殿とただお話しがしたく、貴方様を追い掛けてきた次第です」
「へえ、そうかい。だが、俺には魔王とやらを倒すよりも、更に重要な任務がある。アンタらを助ける暇はない」
一切の容赦なく切り捨てようとする礼一郎の態度に、ジークは改めて、竜騎士団の人間を連れて行かなくて正解だったなと、過去の己の判断を称賛する。
しかし、このまま引き下がる訳にも行かない。彼の立場上、何の成果もなく王国へおめおめと帰る事は、残念ながら出来なかった。
と、ここで口を閉ざしていた三雄が、礼一郎の肩に手を置きながら言葉を発する。
「レイ。もう少し、詳しく話しても良いんじゃない?」
「面倒くせえ。第一、話したところで通じるかも分からんだろうが」
「ジーク殿は、冷静に話を聞ける部類の人間だ。レイが、お偉方を蛇蝎の如く嫌っているのは知っているけど、ここは僕の言葉を信じてくれ」
礼一郎を連れて行かれる事を許せない三雄であるが、無闇に突っぱねるだけでは、話は延々と平行線を辿ると理解していた。
故に、ほんの少しだけ態度を軟化させ、正確に意思を伝えるべきだと発言したのである。
三雄の人を見る目が、基本的には正しい事を知る礼一郎は、僅かに考えた後に、ゆっくりと口を開いた。
「……俺は、殺戮を目的とする戦いは。戦争は、もう御免だ。今は、行方不明だった親友と、仲良く平和に隠居していたいんだよ」
その言葉は、凄まじい重みを帯びて辺りに響き渡った。
終戦まで戦い抜いた者だからこそ強く感じる、無為な殺戮への強烈な忌避感。そして、平和な隠居生活への渇望。
己が享受する、平和な生活を壊そうとする輩への殺意は計り知れないが、自ら打って出る戦いに、礼一郎は疲れ果てていた。
「……勇者殿。いや、礼一郎殿。お話ししてくださり、ありがとうございます」
その話を聞いたジークは、すぐさま決断を下した。
この男を、二度と戦場の最前線に立たせてはならない。送り出すなど、以ての外であると。
言葉の重みに圧倒されている兵士が何か言うよりも先に、ジークは口を開いた。
「では、これから体外的には、勇者殿はネイト村を拠点としながら、魔国シュトゥルモヴィークへ突入する準備を行っている事に致しましょう。これで、当面の間はシュトゥルム王国側も手出しする事は出来ませぬ。幸い、ネイト村には現代最強の魔法使いとまで謳われるリリー殿と、礼一郎殿の“戦友”だと思われる三雄殿もいらっしゃる。その上、体験型遊戯を使った実戦訓練も可能と来ている。重鎮たちも、そう簡単に口は挟めますまい。定期的に、私がネイト村へ視察に向かえば、現状の把握をしたい勢力も黙るでしょう。仮に支援を行うとなった際も、反対勢力はそう多くは現れないでしょうな」
「……いきなりどうした。変わり身の早さが尋常じゃねえぞ」
「はは、そう見えるでしょうな。私が礼一郎殿と同じ立場でしたら、おそらく同様の事を口にしたでしょうから」
怪訝そうに眉を顰める礼一郎と、苦笑いを浮かべるジーク。その両名を、護衛の兵士たちは呆気に取られて眺める事しか出来ない。
確かに、ジークの話は理路整然としており、筋が通っている。怖すぎる程に完璧な提案だ。
礼一郎が駆る“白い鉄鳥”は、誰も見た事のない形状をしてはいたが、王国内でも大流行している体験型遊戯で使う筐体を、実戦で扱えるようにした物だと認識されている。これは、爆発的に認知度が広まったばかりだったのが、功を奏した結果と言えるだろう。
その筐体を開発したリリーならば、更なる魔改造を行う事や、実戦用の筐体を量産する事も可能とされている。ネイト村に滞在する理由としては、王国からすると十分すぎる物である。
加えて、四藤三雄の存在も大きい。
彼が、体験型遊戯において指折りの実力者であった竜騎士団の若造を、操作難易度“松”であるにも関わらず、少しの苦もなく叩きのめした事は、中隊長のニック・ドランから報告が上がっており、シュトゥルム王国の重鎮たちの間では周知の事実となっている。
ちなみにニックは、気絶させた部下を連れ帰る前に、本気の三雄の操縦している様子を少しだけ見せてもらっている。
報告書には、「超低空背面飛行」や「空中静止による反撃機動」が事細かに記されており、これを見た重鎮たちは腰が抜ける程に驚いた。
そんな彼ならば、仮に鉄鳥が量産されて搭乗が叶ったとすれば、破壊の限りを尽くせる事が容易に想像がつく為、勇者の心強い相棒になり得るとされているのだ。
国民がどのような反応をするかは別だが、少なくとも国を運営を担う人間からは、表立った反対意見は出されないだろう。
まあ、実際には既に三雄の専用機があり、コルセア帝国の軍勢を壊滅させているのだが。これに関しては、まだそこまで調べが付いていないので、仕方のない事だ。
唯一、理解が及ばない事と言えば……。
「あ、あの外務大臣殿。何故に、そこまでの譲歩を為さるのですか?」
これである。重い口を何とか開いた兵士の質問に、その他の人間も同調するように頷いた。
ジークは、少しの間だけ目を伏せてから、その理由を口にする。
「軍役から一度は退いた息子が、再徴兵される事になった時に、礼一郎殿と似たような空気を身に纏っていたのですよ。結局息子は再び兵士となり、戦地で気が狂って爆発魔法による自決をしたと聞かされましたがな」
「おいおい、そいつは……」
「礼一郎殿、お気になさらず。もう随分と前の話です」
亡き息子のような悲劇を、わざわざ繰り返す必要はない。そんなジークの想いが、護衛の兵士たちの心を打つ。
「まあ、アンタが構わないと言うのであれば、その通りに進めてくれや。双方が不可侵であれば、変に問題が発生する事もないだろ」
「うむ、そうですな。さて、我らはそろそろお暇致しましょう。早速、礼一郎殿と取り決めた事についての報告をしなければなりませんのでな。リリー殿も、よろしいですかな?」
「不可侵を遵守してくださるなら、構いませんわ」
礼一郎とジーク、そしてリリーが固く握手をする事により、正式にシュトゥルム王国と礼一郎、そしてネイト村との間で条約が結ばれたところで。ホッとした表情が見え隠れする三雄が、指輪型の収納道具から無数の小瓶を取り出した。
そして、手を離した者たちの間にスルリと入り込むと、三雄は小瓶をジークと礼一郎に手渡した。
「ジーク殿。シュトゥルム王国と勇者礼一郎、そしてネイト村との友好の印として、こちらを。レイも、ほら」
「ほう、これは……宝石のような美しさがありますな」
「この村でしか売ってない、琥珀糖と言う物です。私の故郷では、ご令嬢の方々に大変な人気がございました」
「……なるほど。相変わらず上手いな、お前は」
両者の間を取り持ちつつ、新たな顧客の獲得も試みる三雄の手法に、礼一郎は面白そうに笑った。
ジークの方も、三雄の思惑は理解していたが、全く気にしていない。何なら、視察と言うの名目でネイト村に足を運べば、その都度彼の新作和菓子、或いは出来立ての和菓子を食べられるのではないかと考えている。
少なくとも、この三者間で不利益が発生するような事はないと分かったところで、ジークは兵を引き連れて村を立ち去るのだった。
ジーク達の姿が見えなくなると、礼一郎はパッと身に纏っていた鋭利な空気を露散させる。
「あー、帰った帰った。よし三雄、飯を食ったら模擬戦やるぞ!」
「その前に、曲芸飛行の練習させてくれるかな。3日後には、山を一つ越えた先にある村で、サーカスをやる予定だからさ」
「おっ、こっちの世界でもサーカスやるのか? 何だその面白そうな話、俺も混ぜてくれよ」
目を離すと、すぐにでも大空へ駆け上がろうとする二人にリリーは少し呆れながらも、仕方ないかと言う表情を浮かべてから、三雄の背中にフワリと飛び乗る。
彼女の突然の行動に、大層驚いた三雄であるが、ニヤニヤとその様子を見守る礼一郎を見て、何となく大袈裟な反応をしたら負けだと悟った。
「えっと、リリーさん?」
「礼一郎も参加するなら、演目をまた考え直さないとよね。なら、すぐにでも案を出し合わないと」
「ま、まあ確かに。いつもの癖で、現地で演目を調整する事になる所でしたよ」
「え、それじゃダメか?」
「ダメよ。私は二人と違って、勝手が全く分からないもの」
本心からの発言ではあるが、建前の側面が強いのは、リリー本人も気が付いていない。
曲芸飛行の練習の為に空へ上がってしまえば、三雄は自分には構ってくれない。礼一郎と、二人だけの世界に入ってしまう。そんな、無意識の独占欲と焦燥感からの発言であった。
もっとも、礼一郎にはしっかり見抜かれていたが。
(さて、双方に無自覚だと骨が折れるが、腕の見せ所だな。どんな面白え光景が最後に広がるのか、今から楽しみだぜ)
腕を組みながら、ニヤリと笑う礼一郎。それを見た三雄とリリーが、「何考えてるんだろう」と言いたげな表情を浮かべた。あまりにもその表情が似ているので、礼一郎は思わず吹き出しそうになる。
「おい三雄。たまには、空戦の時のようにお嬢さんの気持ちを読んでみるのはどうだ?」
「ちょ、礼一郎!」
「いきなりニヤニヤしたと思ったら、いきなり何を言ってるんだ君は」
「まあまあ、物は試しだ。お前、空戦では敵機の動きを気持ち悪いぐらいに読み当てていたじゃねえか」
「あれは、単なる理詰めの動きでしかない。この動きをされたら、咄嗟にこう動きたくなる。そこを突く。それを空戦中、常に考えておく事を徹底していただけだ。それが結果、読み勝ちみたいに見えてるだけだよ」
「ほうほう。で、お嬢さんの気持ちを理詰めで推し量ると?」
「人の気持ちにまでその手法を適用できたら、きっと誰もが苦労せず生きられるだろうねぇ」
三雄の発言に、ほんのり頬を膨らませているリリー。取り組む前に諦められた事に、妙にムカッと来ている。
彼女はせめてもの抗議として、全体重を三雄の背中に預ける事を決めた。軍人として鍛え上げられた彼の身体は、少しの揺らぎも見られなかったが。
精神的には、かつてない程に荒れ狂っている事は、礼一郎だけが見抜いていた。