異世界実戦審査録―金星換装型一式戦闘機と共に―   作:Hetzer愛好家

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極限の曲芸

 共同生活が始まってから、一週間が経過した。

 

 強引な形で始まった共同生活だが、以降何か言い争うような事はなく、三雄とリリーは穏やかに生活を送っている。

 

 村の人々は、最初こそ遠巻きに見るか、こっそりとリリーに「大丈夫か」と聞いたりしていたが、それも三日が経過する頃には完全になくなった。

 

 理由は二つ。まず、村どころか世界でも指折りの魔法使いであるリリーへの信頼である。

 

 村の人々は、小さな村に閉じ込めておくには勿体ないと皆が考えるぐらいに、リリーの実力を信頼している。そのリリーが、三雄は問題ないと村中に触れ回った事で、ひとまず村は落ち着きを取り戻した。

 

 そしてもう一つ。三雄が、村人と会話を行う手段を手に入れた事だ。

 

 リリーが即席で制作した“マジックアイテム”の一つである、“言語理解”を付与されたピンバッジを受け取った三雄が、わざわざ村に住む人の家全てに足を運び、挨拶回りに出向いた結果、問題なしと判断されたのである。

 

 言葉遣いはガチガチに固いが、生真面目で勤勉、そして誠実な人柄が言葉の節々から滲み出る三雄が、村の人々に受け入れられるのにそう時間は掛からなかった。

 

 何なら、ネイト村に初めて訪れた異世界人という事で、警戒心が抜けた子どもたちに囲まれ、質問攻めをされる日々である。

 

 戦争漬けの毎日を送っていた三雄にとっては、久方ぶりの平穏な日常であり、あっという間に異世界での生活に適応していった。

 

 今日も、リリーの研究室に遊びに来た子どもたちと戯れながら、研究の手伝いをする。そのはずであった。

 

 子どもの一人が、こう発言するまでは。

 

「ねえねえ、これって動くの?」

 

 子どもが指差した物は、修復されて以降、研究室の入口近くに鎮座している一式戦闘機である。

 

「動くはずですが、それが何か?」

「また、お空を飛んでいるところを見たいなって思ったの! ほら、お兄さんこれに乗ってお空を飛んでいたでしょ? また見てみたい!」

 

 すると、その言葉に触発された子どもたちが、口々に僕も私もと言い出した。

 

 暫しの間、思案顔を浮かべていた三雄だったが、少しするとニコリと笑って立ち上がった。

 

「リリーさん。村の人たちに、こいつを飛ばしても大丈夫か聞いてきても良いですかね。問題なければ、少し曲芸飛行でもしようかと思うのですが」

「曲芸飛行? そんな事できるの?」

「ええ、勿論。ただ、バカにならない騒音が鳴り響くと思うので、許可は取っておきたいなと思いまして」

 

 なるほどと頷いたリリーは、立ち上がって一式戦闘機に触れると、軽く集中して手に力を込める。

 

 すると、一瞬だけ一式戦闘機とリリーが銀色に輝いた。

 

「……飛行時の騒音を吸収する、魔力の膜を張り巡らせておいた。これで、そこまで音は鳴らないと思う。あと、持ち運び用の鎖も預けておくわ。この鎖が触れてる物体は、一律で持つ人間の半分の重量になるから」

「ハハッ、流石ですね。なら、すぐにでも準備を始めましょうか」

 

 そこそこの長さがある鎖を一式戦闘機の足に引っ掛けた三雄は、そのまま研究室の外に出ると、やや離れた位置に機体を置き、忙しなく動き回って準備を進める。

 

 鍵を捻れば、全ての機能が一瞬で使えるようになる訳ではない。一つずつ手順を踏み、眠っている機体の機能を呼び覚ましていく必要があるのだ。

 

「プロペラ最高ピッチ到達。高空槓桿、カウルフラップ全開。油量問題なし。主燃料タンク及び主タンクコック……うん、燃料通ったね。手動ポンプで燃料を3.5キロまで加圧。次は……」

 

 手早く起動の準備を完了させていき、機内での操作が一旦終わったところで、機内に置いてあったエナーシャハンドルを手に外へ飛び降りると、主脚格納孔に差し込み、発動機を手動で起動させ、そのまま機内に戻った。

 

キイィィィイン……!

 

 異世界の生き物では決して出せない、高周波の回転音が草原に響き渡る。回転が最高潮に達した瞬間、三雄はクラッチを繋いだ。

 

 すると、魔法では抑えきれなかった爆発的な咆哮と共に、三翅のプロペラが猛烈な勢いで回転を始める。金星六〇型の1,500馬力が、機体を震わせ、周囲の草花を猛烈な後方気流で薙ぎ倒して行く中、三雄は冷静に油圧と温度計の針を追う。

 

 三雄を追って出てきたリリーと子どもたちは、圧倒的な存在感を放つ一式戦闘機に目が釘付けとなる。村に住む人々も、三雄がやって来た時以来となる爆音に、恐る恐るながらも興味本位から外に出て、リリーや子どもたちと共に“その時”を固唾を呑んで待つ。

 

「四藤准尉、発進します!」

 

 普段の手癖で、そこにいない筈の整備兵に手を振りながら。三雄はブレーキを解除した。

 

 一式戦闘機の軽やかさに、金星エンジンの暴力的なまでの加速力が加わり、機体は呆気なく重力の鎖から解放される。

 

 空を切り裂きながら駆けていく一式戦闘機。ある程度速度が乗った段階で、降着装置を格納した三雄は、機内の計器を睨むと、そこまで高度を上げる事なく水平飛行に入る。

 

「……ああ、何事もなく空に上がれたな。発動機の調子も良さそうだ。新品同然の状態に戻してくれたリリーさんに感謝しなければ」

 

 機内で一人笑みを浮かべた三雄は、操縦桿を握ると、足元のペダルを踏み抜いて一式戦闘機を旋回させた。

 

 地上では、一瞬で遠くまで行ってしまった鉄鳥が、キレ良く旋回して戻ってきた事で、大きな歓声が上がる。

 

 高度数百メートルと、超低空を飛行しながら、機体は右に、左にと横転しながら直進。一回転しては綺麗に水平飛行へ完璧にピタリと戻る様に、何か凄まじい物を感じている村人たちは、そこから更に驚きべき機動を目の当たりにした。

 

 手始めに、機体で宙返りを実行した一式戦闘機は、機首が真下を向いて降下のフェーズに移行する直前に機体を180度横転。進行方向を真反対に切り替えながら、地面スレスレで機首を引き上げて再び急上昇していく。

 

 最初の宙返りよりも、遥かに鋭く半回転を終えた一式戦闘機が、背面飛行の状態から機体を横転させて水平飛行に移行したところで、ようやく村人たちは息を吐く。誰もが、無意識のうちに呼吸を止めていた。

 

「すっご……あ、でも機内の加圧は尋常じゃないよね。大丈夫かな……」

 

 リリーは急激な加圧による心身への負担を心配していたが、当の三雄はと言うと、機内で笑顔を浮かべていた。

 

 機体を横滑りさせ、機首が横を向いているのに直線飛行している、何とも不可思議な光景をサラッと見せながら、次なる曲芸飛行に胸を躍らせる。

 

「楽しいなぁ……」

 

 機体を左右に何度も錐揉み回転させる緊急回避制動を行いながら、ポツリと呟く。

 

 争い一つない、平和で自由な大空。最後に飛んだのは、いつだったか。三雄はもう、思い出せずにいた。

 

 それを悲しみ、悔やむ心は既に壊れている。残っているのは、妄執にも似た大空への憧れだけだ。

 

「それにしても、元いた世界とは飛行している感じがかなり異なるな。何か、妙な風が吹いているような……」

 

 長年の飛行経験で、特に問題なく機体を動かしていた三雄だったが、上下左右不規則に吹き荒れる謎の風の正体を掴み損ねていた。

 

 風の正体は、魔力気流(エーテルジェット)と呼ばれる乱気流であり、ネイト村周辺の山脈に絶えず吹いている物なのだが、今の三雄は知る由もない。

 

 ただ、悪い物とは認識していなかった。上手く利用してやれば、新しい曲芸飛行を生み出せるとまで、彼は考えていたぐらいである。

 

「よーし、ものは試しだ。やってみよう」

 

左右のバレルロールの実行後、スロットルを全開にした数秒の直線飛行により速度を回復させた三雄は、操縦桿をグイッと引いて機首を真上に向けた。

 

 1500馬力のパワーと軽量級の機体重量も相まって、垂直方向に猛烈なスピードで上昇していた一式戦闘機だが、やがて保持していたエネルギーが底を尽き、あとは落ちていくだけの状態へ移行する。

 

 それは、地上で見ていた村人たちにも何となく理解できる事であり、あっという間に速度を失って上昇を止めた鉄鳥が、反転して降下してくるのを待つ。

 

 だが、三雄の考えは、全く異なる物であった。

 

「戦闘フラップ全開。僅かに機体を左に傾けて……今ッ!」

 

 三雄が引いていた操縦桿をやや押し込んだ瞬間。強烈な魔力気流が機体の真下から吹き荒れる。

 

 展開した戦闘フラップにより、翌面荷重の量が上がっている一式戦闘機は、魔力気流を一身に受けた事で、機首を真上に向けた状態のまま、降下も上昇もせずその場に留まった。

 

 まるで、空の一角に縫い付けられたかと錯覚するような鉄鳥の姿に、村人たちは皆が呆気に取られる。

 

 時折、左右から吹き付ける魔力気流によって、機体が横転している。だが、それでも上昇気流に乗り続けてピタリと空中に静止している様は、これまでに見せたどんな激しい機動よりも、鮮烈な印象と衝撃を与えた。

 

 時間にしてものの数秒。しかし、何よりも長く、永遠に感じられた数秒後、一式戦闘機は突如として魔力気流に吹き飛ばされたかのように、凄まじい乱回転を引き起こしながら降下を始めた。

 

 ヒラヒラと。しかし激しく、そしてランダムに回転しながら落ちていく様子は、まるで木の葉が落ちていくかのよう。

 

 極限の“静”から、究極の“動”への切り替わりに、村人たちが歓声を上げる。

 

「いけない、三雄!」

 

 唯一リリーは、機体の制御を失ったのではないかと冷や汗を流す。

 

 だが、機内の三雄は何処までも冷静であった。

 

 顔色一つ変える事なく、横転する方向とは逆にラダーペダルを踏み抜きながら、操縦桿を力の限り引くと、先程までの乱回転が最初からなかったかのように、機体は安定した水平飛行に移行したのである。

 

「……うん、初めてにしては上出来じゃないかな、木の葉落とし。“アイツ”から聞いただけの情報だったけど、やってみれば意外とやれるもんだね」

 

 不気味なまでに冷静沈着な三雄。かつて、互いに“親友”と称する程の仲だった男から聞いただけの、幻の技を初めて成功させたとは思えない落ち着きぶりであった。

 

 そんな三雄とは正反対の、最初から動揺してばかりのリリーは、誰にも聞こえない声で独りごちるのだった。

 

「これが、地獄の戦場を駆け抜けた男の技量……」

 

 その後も続く数々の曲芸飛行に湧く観衆に隠れて。一人、戦慄するのだった。




【四藤家長男が書いた図面より引用】
★一式戦闘機一型(キ43-I)★

✧発動機:ハ二五(離昇950馬力)

✧最高速度:495km/h / 高度4000m

✧上昇力:高度5000mまで5分30秒

✧降下制限速度:500km/h(※翼面荷重に注意せよ!)

✧武装:機首7.7mm機関銃2門(または12.7mm×1、7.7mm×1)

*図面隅の書き置きより
…新型機、一式戦闘機。通称「ヨンサン」だ。何だか、誰かを思い出させる通称だな。

 性能は、おおよそ先代機を強化した物と考えてくれて構わない。降着装置を引き込むようになった事による、速力の向上は著しい。格闘戦能力も、あの曲芸機に近しい物はある。物足りないかもしれないがな。

 しかし、弱点も同様だ。何なら、以前にも増して気を遣う必要があるだろう。無茶な急降下なんざ実行した暁には、あっという間に地獄行きだぞ。

*備考欄
…武装が豆鉄砲すぎる。要強化。
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