異世界実戦審査録―金星換装型一式戦闘機と共に― 作:Hetzer愛好家
三雄の繰る一式戦闘機が、一つの弾みもなく着陸を成功させ、動きが完全に止まると、村人たちは我先にと機体の元へ走り出した。
彼が機体から降りる頃には、一式戦闘機の周りは村人で埋め尽くされていたので、思わず目を点にする三雄。
「お兄さん凄かったよ! まるで鳥さんみたいだった!」
「はは、それはどうも。しかし、随分と人が集まりましたね」
「だって、本当に凄かったんだもん! あんなクルクルできるなんて思わなかった!」
空を飛んでいるところを見せてくれと頼んだ女の子が、足元に抱き着きながら興奮気味に言葉を口にする。
少年少女だけではない。成人した大人も、まるで子どものように目を輝かせて、口々に三雄を褒め称えた。
その中で一人、何気なく口にした言葉が。三雄に近づこうとしていたリリーの脳に、鮮烈な閃きを与える。
「こんな素晴らしい物を、無料で見れるなんて!」
最大限の褒め言葉として発したに過ぎないその言葉は、リリーにとって一つの光明をもたらすキッカケへと変化した。
「ねえ、皆。ちょっと提案があるんだけど、聞いてくれるかな?」
村でも一番の発言力を持つリリーの声に、ピタリと村人たちは話すのを止めて、彼女に注目する。
リリーが口にした提案は、結論から言うと村人全員に好意的に受け止められた。
三雄の繰る一式戦闘機による曲芸飛行の事業化。それは、常に貧困にあえぐネイト村の住民にとって、現状を改善させる事ができるかもしれない新たな事業であった。
「ごめんね、三雄。急にこんな事を言い出して……」
「いえ、全く気にしてませんよ。それより、そこまでこの村は常に貧困との戦いに苦しんでいるのですか?」
「……悔しい事に、ね。主な生計が、不安定な農業である事が一つ。そして、コルセア帝国や、山を一つ越えたところにある村との不平等な商業的やり取りが原因。お陰様で、この村は万年金欠だし、村を守るための設備もお粗末なの。安定した収入と言えば、私がシュトゥルム王国から依頼された魔法の研究論文の印税ぐらい」
言われてみれば確かにと、三雄はこれまでの村での生活を述懐する。
楽しげに農作業に励む村人たちであったが、その身なりはどうも貧しい感じが拭えなかった。村の設備も、どこか前時代的な物ばかりであり、古臭さが抜けていない。
戦時中の日本を知る三雄は、特に違和感を覚えずに馴染めていたのだが。思い返してみると、なるほどなと思わせる事柄が次々と出てくる。
「しかし、僕の曲芸飛行の収入だけで、そんな劇的に変わる物ですかね? 一時的な効果はあっても、恒久的な効果までは期待できないような……」
「うん、その通り。だから、もう一つ提案がある。貴方が持っている図面に記載された鉄鳥たちを具現化して、誰でも遊べる体験型遊戯として、曲芸飛行の後にでも宣伝しようと思うんだ。何なら、こっちを先に事業化した方が早いかもしれない」
リリーが口にした体験型遊戯の雛形は、日本の異常なテクノロジーを知る三雄から見ても、この短時間で生み出したとは思えない、凄まじい着想性と独創性を持った物であった。
異世界に住んでいた三雄や、この世界で様々な場所に足を運んだリリーの記憶を元にした映像を風防に映し出し、リアルタイムでスロットルレバーや操縦桿、ラダーペダルの動きを適用させ、実際に飛行しているかのような体験ができる遊戯として売り出すと言うのである。内部の気圧の変化や、飛行時の振動まで再現できれば、かなりの臨場感を楽しめるであろう代物だ。
「リリーさん、貴女と言う人は……」
半笑いになった三雄は、両手を上げて降参の意を示した。
「でしたら、ただ飛ぶだけではなく、様々な難易度の任務を設定しても良いかもしれませんね。易しい任務や操縦の基本訓練から、達成が極めて難しい任務まで揃えれば、何度も足繁く通ってくれる人が増えるかと」
「それ採用! ねえ、皆も何か意見があったら遠慮なく言って! もしかしたら、この村を救う一手になるかもしれないからさ!」
リリーの声に真っ先に応えたのは、村の子どもたちだ。溢れ出るアイディアの原石を、次から次へと口にしていく。
大人たちも、子どもに感化されて少しずつ意見を出すようになった。子どもが口にした意見をブラッシュアップする者もいれば、新しいアイディアを思いついて口にする者もいる。
一度伝染した火は、際限なく燃え広がっていく。
それを見た三雄は、ニコニコとその様子を見守っていたのだが。ふと何かを思いついた表情を浮かべて、一旦その場を離れた。
「あれ、お兄さんどうしたの?」
唯一、それに気が付いた女の子が、トテトテと三雄に駆け寄って質問を投げ掛けた。
三雄はそれを見て、一層笑みを深くしながら、手招きしてリリーの家の中へ入っていく。
「ちょっと、手作りのお菓子を皆さんに振る舞おうと思いまして。ほら、あの様子だと意見の出し合いが白熱化しそうでしょう? となると、それ相応に頭も使いますから、糖分補給が必要になるかなと」
「えっ、お兄さんお菓子作れるの!?」
「ふふ、こう見えても昔は、和菓子職人になるための訓練をしていたので」
この一週間で、冷蔵庫の中身を完全に把握した三雄は、必要な材料と道具を手際良く取り出すと、慣れた手付きで料理を始めた。
大きめの鍋に水、蜂蜜、塩、粉寒天、上白糖を入れて沸騰するまでかき混ぜると、密かに制作していた大量の手作りこし餡を投入。そのまま弱火で加熱を続ける。
こし餡と砂糖の入り混じった甘い匂いが立ち上り始めた段階で、三雄は用意していた複数の型に、木ベラを使って煮詰まった材料を流し込むと、粗熱を取ってから冷蔵庫に入れた。
「本来なら、二時間程度は待たないとですが……リリーさんお手製の冷蔵庫ですから、ボタン一つで時間を進める事で、待ち時間は短縮できます。ですので、これで完成です」
「わあ、何これ美味しそう! ねえねえ、これはどんなお菓子なの?」
「これは、“羊羹”と言う和菓子です。私の故郷では、和菓子を作る職人さんがいるんですよ。ささ、一口どうぞ」
包丁で薄く切り分けた羊羹の一切れを手渡された女の子は、迷う事なくそれを口の中へ入れた。
そして、目をキラキラと輝かせながらピョンピョンと小さく飛び回り、最後には三雄の足元に抱き着く。
「甘くて美味しい!」
「それは良かった。では、四口ぐらいで食べられる大きさに切り分けますね」
片手で羊羹を全く同じ大きさに切り分け、小さな皿に次々と乗せていきながら、もう片方の手では鍋をかき混ぜる。
数百、数千回と繰り返したその動作には、一切の迷いが見られない。女の子は幼いながらも、三雄がどれだけの研鑽をこれまで積んできたのか、年相応の範囲で理解した。
次々と量産されていく三口大の羊羹を眺めながら、女の子は自分のためにわざわざ切り分けてくれた、ちょっと大きめの羊羹を頬張って、職人技を目の裏まで焼き付けていく。
「……よし、これで全員分が完成ですね。運ぶのをお手伝いしてくれますか?」
「うん、任せて! 魔法を使えば、いっぱい一気に運べるから!」
「それは心強いですねぇ」
片手に皿を五枚ずつ持った三雄と、魔法を駆使して残った皿を宙に浮かべて運ぶ女の子がリリーの家から出ると、たちまち彼らは村人たちに囲まれた。
「皆さん、もし良かったら甘いお菓子でも如何ですか? 頭を沢山使っていると思いますので、ここらで糖分補給をしましょう!」
「本当に美味しいよ! 皆も食べて食べて!」
その言葉を合図に、皿を配られた村人が羊羹を口にしては、目を見開いて三雄を思わず見つめる。そんな光景が乱発する中で、リリーも羊羹を一口食べると、目の奥までキラキラさせて三雄の肩を掴んだ。
世界でも五本の指に入る魔法使いであるリリーだが、実は大の甘党である。
魔法の行使には脳を酷使するため、彼女は疲れるとよく甘い物を口にしているのだが。これまで糖分補給として食べてきたどんな食べ物よりも、三雄の作った羊羹は美味と感じたのである。
「ちょっと三雄、こんな美味しいお菓子が作れるならもっと早く言いなさいよ! これ、お店出せるぐらいの代物じゃない!」
「あら、お気に召したんですか?」
「ちょ、別にそうじゃな……ああもう、そんな事は何でも良い! 兎に角、これからは遠慮せずバンバン作って! 私、魔法を使うとすぐに頭が疲れちゃうから!」
「はいはい、承知しましたよ」
もっともらしい理由を付けたつもりのリリーだったが、三雄を含む村人たちは、温かい目で彼女を見守っている事をまだ知らない。
何なら、ツンデレ乙と言いそうな表情を浮かべている者までいた。
三雄の作った羊羹による糖分補給の効果もあってか、その後も新事業に関する案は、日が沈むまで尽きなかった。