異世界実戦審査録―金星換装型一式戦闘機と共に―   作:Hetzer愛好家

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かつての相棒と

 夜。先程までの賑やかな様子が嘘のように消え失せ、心地良い静寂が研究室内を支配している。

 

 三雄とリリーとの間に、何か会話がある訳ではない。しかし、居心地の良い静寂を楽しむ二人は、お互い下手に干渉する事はなく、己のやるべき事に集中していた。

 

 リリーは、村の人々が出してくれた案を取りまとめると、早速「体験型遊戯」の試作品の制作に取り掛かった。

 

 三雄の兄が作った図面とにらめっこしながら、どの機体から手を付けようか思案する。

 

 一方の三雄は、もう一つの趣味である折り紙に没頭していた。

 

 研究室にあった、捨てる予定だった様々な紙を集めた三雄は、一つずつ丁寧に形を作っていく。

 

「三雄。記憶読むね」

「ええ、どうぞ」

 

 互いに顔を見る事もない。ただ、そこには確かな信頼関係が構築されていた。

 

 構う事なく、一羽目の折り鶴を完成させた三雄は、次の作品に取り掛かる。

 

 そんな三雄の記憶を読みながら、リリーは魔法を行使して、一枚の図面に手を触れた。

 

 図面の一番上には、勇ましい文字でこう書かれていた。

 

「九七式戦闘機」と。

 

 淡くリリーの手元が輝くと、地面に幾何学模様が出現した。その中心部には、三雄の長兄が書いた図面が置かれている。

 

「……それにしても、魔法なしでこの『揚力』や『トルク』の複雑な計算をしているなんて。三雄のお兄さんって何者なのかしら」

 

 思わずと言った様子で漏れた言葉が、手裏剣を作り終えた三雄の興味を引く。

 

 顔を上げた三雄は、遠くを見ながら言葉を紡いでいった。

 

「天才ですよ、長兄は。職人としても、設計技師としても」

「私から見たら、三雄も天才だけどね」

「いえ、長兄と比べれば、自分なんて足元にも及びません。そのぐらい、尊敬できる人なんです」

 

 その間も、リリーは作業する手を止めない。図面に記された機体の特徴を読み取ると、具現化する最終チェックを行う。

 

「まあ、確かに凄い人だと思う。今から具現化する九七式戦闘機も、貴方が乗っていた鉄鳥も、生半可な才を持つ人間ではまず生み出せない代物だよね」

「違いないですね。 ……それにしても、九七戦ですか。懐かしい」

 

 三雄が九七式戦闘機の事を考えた瞬間に、リリーの脳内に様々な情報が流れ込む。

 

 その全てが、九七式戦闘機に関する思い出であった。

 

 一つずつ、丁寧に記憶を読み解いていったリリーは、とある思い出に辿り着いた。

 

 それは、三雄の初陣の時の記憶である。

 

「ちょっ、貴方初陣から色々と無茶しすぎじゃない!?」

「あ、見ちゃいましたか。あの頃は、眼の前に浮かぶ敵機を排除するって事で頭の中がいっぱいでしたね」

「いや、だとしても初陣からこれは度胸が変な方向に決まりすぎ。鉄鳥の翼や脚を打撃武器のように扱っているのは、記憶の限りだと貴方だけだよ。それも初陣からこれって」

 

 三雄の初陣は、それはもう苛烈な物であった。

 

 結果だけ見れば、初陣となった第一次ノモンハン事変だけで四機を撃墜と、非常に優れたスコアを叩き出している。しかし、内訳をじっくり見てみると、初陣の撃墜スコアのうち半数は、機体を打撃武器のように扱って得た物なのだ。

 

 一機は片翼をぶつけて。もう一機は固定脚で敵機のコックピットを踏み潰して。どちらも、一生物の武勇伝として語り告げるであろう偉業である。

 

「大した事ではありません。必死だったんですよ、そのくらい。何なら、自分より滅茶苦茶な操縦をする人もいましたからね」

 

 しかし、彼は自身が成し遂げた偉業を、誰かに自慢するような真似は決してしない。

 

 ただ、生き残るための術であり、特別な事はしていない。そう自身に言い聞かせる事で、慢心を常に消していたのである。

 

 それを聞いたリリーは、納得したように頷きながら、九七式戦闘機の具現化に成功した。

 

「この機体も、本当に良い機体なんですよねぇ。設計は古臭いですが、恐竜的進化を遂げる戦闘機たちの中でも、未だに横方向の格闘戦能力は世界最強ですし」

 

 しみじみと語る三雄の脳裏に浮かぶのは、若かりし頃の青い日々。

 

 その中に、気になる思い出を複数見つけたリリーが質問を投げ掛ける。

 

「ねえ、三雄。記憶の中で何度も登場する、ギラギラとした笑みを浮かべた男の人は、もしかして貴方よりも滅茶苦茶な操縦をするって言った人?」

「ギラギラと……ははっ、確かに。ええ、相違ないです。彼は、私以上の滅茶苦茶な操縦に抵抗がない。協調性がなく、軍人としての評価は最低。でも、狂犬のような戦い方とは裏腹に、普段は明るく優しい。私の、たった一人の親友ですよ」

 

 フッと微笑んだ三雄を、リリーは思わず見つめる。

 

 どこか影のある笑みではない。過去に、親友と呼ばれた男と笑い合っていた時と同類の笑い方に、一瞬呼吸が止まる程の衝撃をリリーは受けた。

 

 動揺を隠すようにして、顔を背けて作業に戻ったリリーは、風防や機体の表面、そして機体を覆える程の大きさの魔法陣を展開し、構想していた魔法を付与していく。

 

 当初は風防のみに景色を映し出す方向で考えていたリリーだが、九七式戦闘機の操縦席が野ざらしになっている事を受けて、機体の周囲にも映像を映し出す結界を張り巡らせる事で、極力違和感を感じないような造りになるようにした。

 

 脳内で考えた事を、思い通りに現実に起こす技量は、鉄鳥を自身の手足のように動かす三雄と似通った部分がある。そう勝手に考える事で、リリーは仕事効率を上げていく。

 

「……よし、ひとまずこんな感じで良いかな」

 

 所要時間、僅か五分弱。一通り筐体として動かせる状態に持っていったリリーは、満足気に頷いた。

 

 その言葉を受けて、三雄が九七式戦闘機の左翼に軽く触れる。

 

「っ!?」

 

 すると、三雄は目を見開いて、小さく口を震わせた。

 

「三雄……? 三雄、大丈夫?」

 

 その様子を見たリリーは、ただならぬ気配を感じ取って三雄の肩を少々強めに叩く。

 

 だが、三雄はリリーの問いかけに応える事はなく、ブツブツと何かを呟くばかりだ。

 

 至近距離であっても、言葉の全てを理解できる訳ではない。しかし、断片的な言葉の数々から、三雄の身に起こった異常の正体を掴んだリリーは、即座に精神安定の効果がある治癒魔法を行使した。

 

「三雄、しっかり!」

「はっ、リリーさん……」

「ごめん。鉄鳥に宿っていた貴方宛の想いが、意図せず流れ込んでしまったみたい」

「……そう、でしたか。だから、亡くなった部下や友人の声が聞こえたのですね」

 

 切なげに笑う三雄に、如何なる言葉を投げ掛ければ良いのか分からないリリーは、目を伏せる事しかできない。

 

 だが、気を遣われている事を察した三雄は、すぐに表情を変えて九七式戦闘機の方に向き直った。

 

「リリーさん。こいつをちょっと動かしてみませんか? 正しく動作するのか、調べる必要があるでしょうから」

「えっ。それはまあ、そうだけど……」

 

 その言葉を受けて、三雄はヒョイと九七式戦闘機の操縦席に乗り込んでしまった。

 

 思わず止めようとしたリリーだったが、掛ける言葉が見つからない以上、自分にはこの筐体の起動以外にやれる事はないと悟り、黙って結界が発生するスイッチを入れる。

 

 それに合わせて、三雄も慣れた手付きで眠った状態の機体を一つずつ丁寧に目覚めさせていった。

 

 すると、結界と風防に映る景色が急激に変化していく。

 

「……これは凄い。初出撃した時に見た景色その物です」

 

 舞台は、三雄の初出撃となった第一次ノモンハン航空戦だ。特にリリーが何かを設定した訳ではないのだが、自動的にその風景が映し出されていく。

 

 風防や結界内の景色には、リアルタイムで出撃しようとする他の機体の姿もある。

 

 機体は次々と動き出し、大空へと駆け上がっていく。

 

『兄さん、どうか気をつけて!』

「……! 必ず帰ると、兄さんたちにも伝えておくように! 四藤機、発進します!」

『四藤機発進! 四藤機発進!』

 

 幻影か、それとも三雄の記憶を正確に再現した結果なのか。

 

 三雄は、右翼側に立っていた人物に手を振ってから、ブレーキを解除した。

 

 それに連動した動きを見せる景色。機体の様子も、実際に飛行する際の振動であったり、発動機の爆音が再現されており、本当に戦場に立っているかのような臨場感を醸し出している。

 

 地面まで張り巡らされた結界の景色が、地上から空中へと移行した事を受けて、思わず浮遊したリリーは、一糸乱れぬ編隊飛行に思わず胸を打たれる。

 

 その間も、“あの日あの時と全く同じように”手信号でやり取りをしていた三雄だったが、ある程度飛行した段階で、身に纏っていた雰囲気が激変した。

 

「敵機っ!」

 

 右上方を強く指を指しながら、三雄は機体を上昇させていく。

 

 それに呼応するように、編隊を組んでいた他の九七式戦闘機たちも、迂回しながら高度を少しずつ上げていった。

 

 三雄が指を指した方向を見ても、特に何も見えず首を傾げたリリーだったが、すぐに戦慄する事になった。

 

 数分もすると、下方にポツポツと遠目に黒い点のような物が現れたかと思えば、それに向かって全ての九七式戦闘機が突っ込んでいくではないか。

 

 三雄の機体も例外ではない。スロットルを全開にして、前へ前へと加速していく。

 

 機影が三雄機から見てもハッキリする頃には、先頭を飛行する機体は既に機銃を発砲していた。

 

 一機が火達磨となって落ちていく中、翼が上下二枚ある独特なフォルムの機体が、三雄の乗る九七式戦闘機に発砲しながら接近する。

 

「隊長機が早速殺ったなっと……!」

 

 三雄がラダーペダルを踏みながら操縦桿を引くと、九七式戦闘機は華麗に旋回してばら撒かれる弾を回避し、そのまま鮮やかに敵機の背後を取る。

 

 あまりの早業にリリーが目を剥いている間に、三雄は敵機のパイロットを正確に狙撃し、最低限の弾数で撃墜を成し遂げてしまった。

 

「次っ!」

 

 間髪入れず、その場で鋭くバレルロールを敢行すると、三雄機を捉え損ねた敵機が射線上へ飛び出した。

 

 すかさずパイロットを撃ち抜くと、今度は後方をギロリと睨んで急旋回。旋回するための速度が足りず、今まさに撃墜されそうになっていた味方機と、それを狙う単翼の敵機との間に割り込む。

 

 敵機を操るパイロットが驚いている間に、三雄はスロットルを絞りながら相対速度を合わせると、さも当然かのように自機の右翼の先端を敵機の左翼に叩き付け、操縦コントロールを欠如させて撃墜してしまった。

 

 リアルタイムで機体の状況が反映される筐体である事が災いして、実際に九七式戦闘機の右翼が一部欠け落ちてしまった事に、リリーはギョッとする。だが、そんな状態でも三雄は一切のコントロール欠如を引き起こさない。

 

「“今度は”、隊長を殺らせるものか!」

 

 不安定に揺れる機体を制御しながら、三雄は左斜め下方に機首を向け、逆宙返りによって最短で反転した。

 

 三雄機の下方には、低空を逃げ惑う隊長機と、それを追う敵機が二機。

 

 片翼を破損し、更に急降下制限速度ギリギリまで加速した事で激しく揺れる機体の中でも、歴戦の英雄は冷静さを失わない。

 

 スッと目を細めると、敵機の進行方向を予測して機銃を数秒間発砲してから、もう一機の方へ目を向ける。

 

 自ら機銃弾に飛び込むようにして機体を損傷し、錐揉み回転して落下していく片割れには一瞥する事もなく、隊長機の激しい機動によって速度が失われつつあるもう一機の頭上を陣取ると、速度回復のため水平飛行に戻ったタイミングで降下。回避する間も与えず、九七式戦闘機の“脚”で、敵機のコックピットを叩き潰した。

 

「隊長!」

 

 墜落していく敵機を確認した三雄は、機体のコントロールを立て直してから、隊長機に声を掛ける。

 

 すると、隊長機を操る男は、手を振って無事を知らせた。

 

「良かった、今回は守れたか……」

 

 安堵した様子の三雄を見て、リリーは胸が引き裂かれるような思いがした。暗に、以前はどのような結果だったのかを察せたからだ。

 

 どんな思いで、かつての初陣と同じ空を空を飛び、自機を動かしていたのか。痛い程に理解したリリーが、一筋の涙を零す。

 

 その後は特に戦闘が発生する事もなく、全ての機体が無事に基地へと帰還を果たすのだった。

 

『四藤さん、どうかお元気で! ジジイになるまで長生きしてくださいよ!』

『四藤、ありがとう! 立派な航空兵になったようだな!』

 

 あの日、あの時、あの場所で。帰還を果たせず、一足先に靖国へと旅立った英霊たち。その機影は、着陸と同時に消えてしまった。

 

 しかし、その声は。確かに三雄の耳に届いた。




【四藤家長男が書いた図面より引用】

★九七式戦闘機(キ27)★

✧発動機:ハ一乙(離昇710馬力)

✧最高速度:444km/h / 高度3500m

✧上昇力:高度5000mまで5分22秒

✧降下制限速度:600km/h

✧航続距離:620km(正規)、1700km(最大)

✧武装:機首7.7mm機関銃2門

*図面隅の書き置きより
…時代遅れな設計だが、比類なき格闘戦能力を有している。特に“巴戦”の強さは抜きん出ていて、今後こいつの格闘戦能力を超える機体は現れないのではと思わせる程だ。

 当たらなければ何て事はない。厳しい訓練を乗り越えたお前たちなら、きっとこの機体を手足のように扱えるだろう。

*備考欄
…何かの間違いで固定脚が消し飛んだら、とんでもない事が起こりそうである。500km/hの大台にも手が届くのではないだろうか。
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