異世界実戦審査録―金星換装型一式戦闘機と共に― 作:Hetzer愛好家
「リリーさん。これ、本当に素晴らしい完成度ですよ。何もかもが、精密に事細かく再現されて……って、リリーさん!?」
「ごめん、ごめんね三雄。もう少しだけ、このまま泣かせて欲しい」
戦闘後の高揚感が抜け、九七式戦闘機型の筐体から降りた三雄は、ホロホロと涙を流すリリーに、ただオロオロとするばかりである。
彼は、女を扱う為の心得を持ち合わせていない。
長きに渡る軍隊生活が、女性と接する機会を徹底的に奪い尽くしていたのが原因だ。
(クソッ、こんな時“アイツ”に任せられたらどんなに……いや、奴が何を言っていたか思い出せ! 自分で解決しろ! 幼い弟をあやす時、私は何をしていた!)
この場にはいない、根明で女の扱いをよく心得ている親友に思わず助けを求めそうになった三雄だったが、自身に喝を入れて、必死に己の記憶を辿って解決法を見つけ出そうとする。
中身のないバカみたいな会話の記憶と、幼き日の思い出の中から、この場に即した手法をいくつか思い出した三雄は、善は急げと早速実行に移した。
「ちょっと失礼しますね、リリーさん」
「ふあっ!? み、みみ三雄何してるの!?」
「こうすれば、泣いてる女性を泣き止ませられると親友が言っていたので……」
不器用な手付きで、ゆっくりと頭を撫で始めた三雄に対し、思わず大きな声を出したリリー。
すぐに払い除けようと考えたリリーだが、脳内の思考とは裏腹に、身体は動こうとしない。そのままの体勢で、三雄の手のひらの感覚を享受し続ける。
混乱を引き起こす魔法を受けたとしても、酷く動揺する事は決してないと自負している彼女であっても、三雄からの不器用な優しさを、事も無げに必要ないと断じる事はできずにいた。
双方に黙り込んでしまい、何とも気まずい空気が流れる。しかし、五分、十分と時間が経過していくにつれて、その空気を徐々に受け入れ、もう少しだけと考え始めた段階で。先に我に返った三雄が、バッと手を離した。
「も、もう泣き止みましたね。いやあ、良かった良かった」
「え……」
動揺を隠せないリリーは、己の羞恥心や理性なんて物を全て忘却し、三雄の腕を強く掴む。
「何で、離れるの……?」
「へ? いや、リリーさん泣き止みましたし。あまり長い時間撫でるのもどうかなって。それに私の手は、数多の命を奪い取った事で血に塗れて穢れています。不用意に、貴女と触れてはいけないかなと」
「……い」
「え、何を」
「そんな事、ない! 三雄の手は、穢れてなんかないよ! 貴方自身の事を、己の口で罵倒するな!」
そう叫んで、リリーは再び涙を流し始めてしまった。
呆然と少しの間固まっていた三雄だが、そんな彼を見たリリーが涙はそのままに、キッと睨んで言葉を投げつける。
「私、まだ泣き止んでない。それに、落ち着いてないし冷静じゃない。私が良いって言うまでは、兎に角離れないで!」
「は、はい。承知致しました」
戸惑いながらも、気圧されてまたリリーの頭を撫で始めた三雄。
今度は離れまいと、撫でていないもう片方の腕を両手で握ったリリーは、鼻をスンスンと鳴らしながら三雄をジッと見つめた。
何となく目を逸らす三雄だが、ただならぬ気配を感じて目線を戻すと、リリーか少しだけ膨れっ面をしていたので、観念して見つめ返す。
(……困った。これは劇薬だ)
普段は人の顔を、まじまじと見つめるような事をしない三雄だからこそ。今現在、己の瞳に映るリリーの姿は、心臓と脳に凄まじいダメージを与えてきた。
夜光に煌めく長い銀髪に、澄み渡った碧天のような瞳。控え目ながらも、髪と瞳に存在感を消される事のない、形の整った唇。
繰り返すが、三雄は女の扱いを全く心得ていないし、異性との出会いが無縁な生活を何年も送っていた。
三十路が近い身ではあるし、長きに渡って戦場に身を置いていた事で、十代や二十代前半の若者たちと比べれば、“そう言った”アレコレは多少の落ち着きを見せている。
だが、浮世離れした美貌を持つ異性が相手なら、流石に話は変わってくる。
(っ、心を乱すな。私情を挟むなど言語道断)
一方リリーは、ひたすら三雄の瞳を覗き込みながら、数々の記憶を読み解いていた。
戦友を。そして恩師を失った時の喪失感、孤独、絶望。先程の戦いで、過去に三雄が味わった感情を、逃げる事なく受け止め続けていたのである。
初めて彼と出会った時、上澄みの上澄みだけを覗いて、すぐさまギブアップしていたリリーだが、今回は違う。
(私だけだ。この世界で、三雄を真の意味で独りにせず、現世に繋ぎ止めておける存在は)
記憶を覗き込み、過去や現在の感情を読み取る事は、事象の正確な理解に繋がるだけではない。その後の行動次第では、魂レベルで相手に寄り添う事だって可能なのだ。
それが、リリー側に大きな負荷を強いる行動だとしても。彼女は迷わず、その道を選ぶ。
「三雄。少しずつで良いから、独りで何でもかんでも抱え込むのは止めて。辛ければ、遠慮せず私に何でも話して。私が、貴方を現世に繋ぎ止める、最後の鎖になる」
「何故、そこまで。貴女に何一つ利点がないのに」
ここまで修羅の道を、自らの意思で選ぶ理由。単なるお人好しでは到底片付けられないと感じた三雄が疑問を呈す。
「世の中、損得勘定だけじゃないし、理屈だけでもない。言葉では説明できない何かが、行動指針になる事だってある。今は、そう考えて欲しい」
「……変わった人ですね、リリーさんは」
「よく言われる。それでも、私は貴方の助けになりたいの。どれだけ否定されても、拒絶されても」
何が彼女をここまで掻き立てるのか。そして、どの感情が基盤となっているのか。リリーはまだ知らない。
ただ今は、三雄の助けになりたい。心から笑えるようになって欲しい。そんな一心で、前へ前へと出続ける。
そんな、ひたむきに真っ直ぐ、己の思いの丈をぶつけてくる様は、三雄の脳に深く刻まれた記憶の一部を強く刺激した。
『独りで抱え込むな! 親友である俺にも背負わせろ、この不器用が!』
かつて、親友に胸ぐらを掴まれながら、熱い想いをぶつけられた日の記憶。
『四藤さん、もっと
『頼られる方が、自分としては嬉しいです! 中隊長の助けになれるなんて、部下冥利に尽きますから!』
可愛い部下たちに、縋るような目で頼み込まれた、とある熱帯夜の記憶。
もう随分と昔のように感じる、対等な立場で接してくれる人物との会話が。少しずつ、三雄の冷え切った心を温めていく。
気が付けば、三雄は無意識に涙を落としていた。
「あれ、何で……」
「三雄、今は考えない。そして、否定もしないで。ただ、感情のまま自己表現すれば良いの」
リリーの言葉がトドメとなった。
堰を切ったかのように、ボロボロと溢れ出てくる涙。何年も流せず、ひたすら溜まっていくばかりだった物が、今になってようやく解放された。
人の温かみに触れただけで、感情の抑えが一切効かなくなる程に、三雄の心が酷く荒んでいた証拠である。
それでも三雄は、無理にでも涙を止めるべく、目を閉じて呼吸を整え、精神集中を行おうとする。
大和男児は強くあれ。弱さは決して人に見せるな。涙を見せるなど、言語道断。
強烈な刷り込みは、そう簡単に抜ける物ではない。
「……紙。そうだ、紙は」
「三雄?」
「折れ。そして無になれ。人としての感情を抑えろ……」
うわ言のように呟きながら、リリーの元からフラフラと離れた三雄は、近くにあった様々な大きさの紙を集めると、その場に座り込んで猛烈な勢いで折り鶴を作り始めた。
最初の数個は、それはもう酷い出来栄えであった。折り目は滅茶苦茶、先端はヨレて弱々しい。しかし、すぐに手元の調律は完了し、精密機械のように形の整った折り鶴を量産していく。
それに比例するようにして鎮まっていく、人としての感情。代わりに発露するのは、模範的な軍人としての鉄仮面だ。
しかし、鉄仮面が完成する間際。リリーが、三雄の手から紙を奪い捨てると、一層激しく涙を流しながら彼の頭を正面から抱き締める。
「お願い、もう止めて……! この世界では、辛い思いをしなくて良いの! 貴方は戦わなくて良いし、心を殺す必要だってない! だから。だからっ、そんな風に鉄仮面を被らないでよ!」
「リリー、さん」
「貴方が真の平穏を感じられるように、私は何だってする! 人殺しによって、これ以上心が壊れないように。優しい手と心を持つ本当の貴方が、毎日のように笑えるようにっ!」
その後もリリーは、三雄を抱いたまま激しく泣きじゃくった。
少しすると、泣き疲れて寝息を立て始めたリリーに抱かれたままの三雄も、人肌の優しい温かみによって眠りへ落ちていくのだった。