異世界実戦審査録―金星換装型一式戦闘機と共に― 作:Hetzer愛好家
遠くで、鳥が唄を囀る。
三雄とリリーは、ほぼ同じタイミングで目を覚ました。
「んぅ、ふう、寝ちゃってた……えっ」
「……おはよう、リリーさん」
バッと弾かれるようにして、三雄から離れたリリー。その動きは、朝一番とは思えないぐらいに素早い。
泣き腫らした目元よりも、更に深く鮮やかな紅色に染まった頬を隠そうと、両手で顔を覆いながらそっぽを向く。
「そ、その……あの状態で寝ていたの?」
「ええ、まあ。どうも心地良くなってしまいまして、離れられませんでした」
包み隠さず暴露した三雄だったが、内心は全く穏やかではない。
異性と添い寝するなんて経験は、遠い幼き日の記憶を探らなければいけない程に、随分と久しぶりの事であった。家族以外の者とするのは、当然ながら初めてである。
羞恥心、なんて簡単な物では到底言い表せない。ある意味、感情の極致に立たされているような感覚であった。
気まずい沈黙が、二人の間に流れる。
何を話せば良いのか。そもそも会話をして良いのか。それすらも見失ってしまった二人は、目をお互いに逸らしたまま言葉を発さない。
しかし、いつまでもこの場で動かず、気まずい沈黙に延々と身を置いている訳にはいかない。どんな出来事があっても、生きている以上は腹が減る。
「……顔、洗ってきてください。自分は簡単な朝食を作りますので」
「う、うん。ありがとう……」
家に戻り、一日の始まりである洗顔、そして朝食の準備に二人して取り掛かる。
冷凍庫にあった冷凍米を、魔力で動く解凍器に入れてから、鍋に水を入れて鰹節モドキで出汁を取り始める三雄。
「……よく、寝たな。これだけグッスリと寝たのは、いつ以来だろうか」
食材を包丁で切り、鍋に次々と放り込みながら、一人呟く。
悪夢に魘される事もなく、寝付きの悪さから途中で目覚める事もない。当然ながら、敵機襲来のサイレンで叩き起こされる事もない。そんな、快眠と呼べるべき行為を、彼は何年もできずにいた。
「向こうの世界じゃ絶対にできないもんな。夜間の任務も多かったし、任務がなくても気は常に張ったままだし……」
過酷な戦場の
模範的で、質素で、実にありふれた。しかし、どこか落ち着きのある、日本式の朝食。
エネルギー消費が途轍もなく激しい航空兵だったが故に、食べる物はそれなりに豪勢だったが、それも日増しに質と量が悪くなっていった過去を思い返すと、何ともまあ贅沢な朝食である。
本土を守っていた頃は、輪にかけて食事内容が酷かった事も思い出した三雄が、何度目かの苦笑いを浮かべようとするも、台所にリリーが顔を見せた事で、顔に出る事は寸前で止められた。
「丁度良かった。完成しましたよ、朝食」
「うん……」
「先に食べて待っていてください。ちょっと仕込みをしたら、私も行きますので」
「……一緒に食べる。だから、待ってる」
「そ、そうですか。リリーさんが良いなら、別に構いませんが、お腹減りません?」
「大丈夫。独りの寂しさを耐えるより遥かにマシだから」
そう言って、和菓子の仕込みを始めた三雄の手元を、ジッと見つめるリリー。
あまりにも目を離さないので、少しだけやり難さを感じる三雄だったが、それを咎める必要も全くないと考え、すぐに思考を切り替えた。
寒天と砂糖を小さめの鍋で煮詰め、程良いタイミングでバットに流し込むと、優しい黄金色の色水を混ぜてから冷蔵庫に入れて、数秒してから取り出した。これで、一時間は冷やした事になっている。
三雄は固まった生地を包丁で丁寧に一口サイズに切り分けていくと、乾燥した強めの温風が出るマジックアイテムを手に取り、一気に生地を干していく。
完成した事で、三雄が満足気に頷いた事を見たリリーが、小さく首を傾げながらお菓子の説明を求める。
「これは?」
「琥珀糖という物です。本来なら完成まで数日を要するんですが、リリーさんが開発した便利な道具のお陰ですぐに食べられますよ」
「……凄く綺麗。キラキラしていて、まるで宝石みたい。でも美味しそう」
「故郷でも、かなり人気の商品でしたね。食べられる宝石っていう体で売り出していたので、特に女の子には好まれてました」
「むう、私は女の子って歳じゃないんだけど」
「おや、そいつは失敬。しかし、そこまで気にする事でもないかと。大人の女性にも大人気でしたから」
子ども扱いされた事にムッとするリリーだったが、腹いせに琥珀糖を一つ摘み食いすると、すぐに目をキラキラと輝かせた。
そんなリリーの目を、まるで宝石そっくりだとボケた事を考えていた三雄だったが、朝食を食べなければと考え、優しくリリーの頭を叩いてからお茶碗とお椀を手に持ち、リビングへ足を運んだ。
「残りは食べ終わってからにしましょう。まずはしっかり栄養を摂らないとですから」
「……やっぱり子ども扱いしてる。私、お酒を飲める年齢なんだけど」
「自分よりはお若いでしょう、リリーさん」
「そうだけど、そうじゃない……あ、この漬物美味しいね。酸っぱすぎなくて、程良い甘さがあるから食べやすい」
「漬物が苦手な弟でも、これだけは美味しいと食べてくれる自慢の一品です。もし良ければ、調理法を教えましょうか?」
「良いの? 料理のレパートリー少なかったから助かる」
昨晩の、湿度の高いやり取りが。そして、気まずい沈黙が、まるでなかったかのように。和やかに、二人は会話を積み重ねていく。
夜とは真逆の爽やかな空気が、そこにはあった。