ANGEL WALTZ   作:とくめい

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case 夜千与紗夜 ACT4【カナリアの覚悟】

秋浩が紗夜に秘書にならないかと相談してから、ずっと考えていた

 

秘書と言っても、何をすれば良いか、どうしていいか、全く分からない

 

総副隊長の秋浩は、気軽に聞いてくれと言っていた

紗夜はその言葉に甘える事にした

 

 

医療棟 総班長室

 

コンコンとノックの音が聞こえる

総班長室の中から、どうぞと声をかける

 

扉の向こうには、車椅子の紗夜が居た

はにかみながら、ちょっと気まずそうに

そんな様子に、菜琉はにこやかに対応する

 

菜琉

「いらっしゃい、遠慮なく入って」

 

その言葉は優しく、安心する声色をしてる

 

紗夜

「お、お邪魔します……」

 

まだ少し緊張している沙夜に、菜琉が優しく声をかける

 

菜琉

「秋浩くんから聞いてるよ、いつも無理に歩こうとして、病室の床に寝そべってるって」

「今日は車椅子で来てくれて良かった」

 

紗夜はその話を聞いて、少し恥ずかしい様な申し訳ない様な笑みを返す

 

紗夜

「……すみません、今はしてませんから……」

 

その答えに微笑みながら、菜琉は紅茶を沙夜に差し出す

拳のギプスを見ながら、医療班の不器用な愛情を噛み締める

 

菜琉

「ごめんなさいね、そのギプス、多分凄く心配だったんでしょうけど、重くない?」

 

紗夜はギプスに目をやり、苦笑いしながら菜琉に言う

 

紗夜

「はは、なんか物凄く怒られて、女の子がそんな無茶するなって」

 

菜琉

「そんな事だろうとは思ったけどね、ごめんね、ちょっと良い?」

 

そういうと、菜琉は部屋の観葉植物から葉を1枚とり、ボトルの水をギプスの中に入れながら、紗夜の手を取り能力を使う

 

そのまま菜琉が話を続ける

 

「多分うちの副班長に少し能力で治療とかされたかもしれないけど、まだ治らないから治しちゃうからね」

 

そういうと、ギプスの中で手に力が入るのがわかる

痛みで動かすのがやっとだった手が、ギプスの中で自由に動かせる

 

菜琉

「痛みはある?」

 

その問に首をブンブンと振る

 

良かったと紗夜に微笑みかけ、多分ギプスが取れると言われた

こんな硬いギプスを?

 

能力が発現したから、そのまま外せると言われた

 

その言葉を信じて、ギプスの中に力を込めて見る

 

ビシっ!

 

呆気なくギプスが割れた、紗夜自身驚いている

こんな硬い物を少し力を込めただけで割ってしまう

自分が能力者になった事を再確認させられる

 

菜琉

「まだ身体が能力に慣れてない、と言うか、発現直後に無理をしたから、能力に身体が追いつかないみたいだから、身体の方は自然治療になっちゃうけど、治ったら今まで通りだから、少し我慢してね」

 

その説明を聞きながら、自分の身体に何が起こってどうなったのか、夢ではない事を認識した

自身の能力の大まかな説明、発現の系統、それらを菜琉が説明してくれた

 

紗夜

「……あの」

 

菜琉の説明が一区切りした時、紗夜が口を開く

 

紗夜

「助けて頂いて、その、ありがとうございます…」

 

菜琉は一瞬キョトンとしたが、紗夜が何のお礼を言ったか察した

思い当たる節があった菜琉は、それに応える

 

菜琉

「ありがとう、でも助けたのはうちの副班長だから、もしお礼を言うなら彼女に言って欲しいかな?」

 

ちょっと意地悪気に言って見せる

紗夜は慌てて勿論そのつもりですと菜琉に言う

そのやり取りをしている時に、総班長室の扉が開き、総副班長の伽耶が入ってきた

 

伽耶

「失礼します…あっ」

 

予想しない紗夜に向かって、少し驚く

 

伽耶

「病室から出て大丈夫?、身体の痛みは?」

 

紗夜を見るやいなや、身体の心配をする伽耶

まだ少し傷が残る腕や身体を見て、逆に心配する紗夜

 

紗夜

「あ、あの、助けて頂いて、ありがとうございます…すみません、お役に立てなくて…」

 

その言葉を聞いて、伽耶が首を振りながら答える

 

伽耶

「助けるのは当然だから、何も気にしなくて良いの、むしろ格好悪い所見せちゃってごめんね」

 

はにかみながら答える伽耶に、秋浩が重なる

また、自分の事を心配してくれる

仕事とは言え、あれだけボロボロにされたのに、こんな自分を心配してくれる

 

母親と義父には与えて貰えなかった物……

 

紗夜は、こんな自分にそんな風にしてもらう資格なんか無いと、2人に言う

無意識に車椅子の手すりを握る手に力がこもる

 

伽耶と菜琉が顔を見合わせて紗夜に向かってゆっくり話す

 

菜琉

「……一応ね、あなたの身元調査をさせて貰ったの、ごめんね」

 

その言葉にドキッとする

 

伽耶

「心配しないで欲しいんだけど、救助した子達も、身元調査して帰してるの、だから特別何かって訳じゃ無いの」

 

2人の言葉を聞いても、動悸が収まらない

確かにBLITZに救助されて、ただ帰される訳ではないのは普通だと考えた

 

だが身元調査?警察でもそこまではしないのでは?

その疑問に菜琉がすぐ応えてくれる

 

菜琉

「一応誘拐されてる訳だし、色々手がかりとか共通点とか探すのに一通りしたの、でもそれが何かって訳じゃ無くて」

 

菜琉の言う事は最もだ、ならどうしてその事を急に自分に?

 

菜琉

「……随分、大変な思いしたのね、頑張ったんだ、良く…頑張ったね」

 

その言葉で何となく理解する

自分の過去を洗いざらい知られた紗夜は、情けなくも、恥ずかしさで俯いてしまった

逃げ出したい、情けない過去を、教えたくなかった

 

そんな紗夜に伽耶が寄り添い、跪いて紗夜の目を見る、恐々と目を見返す

伽耶はまっすぐ、しかし慈しむ様な表情で、紗夜を見ていた、自分にはできない眼差し、思わず目を逸らしてしまう

 

そんな目で見ないで……

 

紗夜は自身がそこまで価値があるなんて、思った事がない、思えない

むしろ価値なんか無いとずっと思っていた

 

伽耶

「大丈夫、貴女がどんな辛い思いをしたとしても、私達はそれを笑わないし、貴女の気持ちがわかるから、貴女は立派に戦って来たよ?大丈夫」

 

菜琉

「急にこんな風に話してごめんね、秋…総副隊長に勧誘されたって聞いたから、改めてちゃんとお話したくって」

 

確かにこの2人も、命懸けで自分達を救ってくれた

訳の分からない2人組にボロボロにされた副班長は、自身より先に自分を気にかけて

 

総班長も、副隊長も、あの総隊長の西島さんを心配して駆け付けた

 

羨ましいと思った

 

でも、自分はそこに入れるのだろうか?

 

それを確かめたくて、自分を確認したくて、更に話をする

 

菜琉が話す、父親と母親と暮らしていたが、父親が能力者の巻き添えで死亡、その後義父と再婚後、紗夜の容姿や態度に対してのDVが始まる、それを苦にして家出や街を徘徊するのを繰り返す

 

菜琉

「それから、これは資料じゃ無くて、うちの隊員の報告なんだけど」

 

そう前置きして続ける

 

顔や身体に痣や傷があった事、悪い仲間に誘われても一人でいた事、容姿のせいでたまにちょっかいをかけられてた事

毅然と悪い誘いを断っていた事

 

答え合わせの様に1つずつ聞かれた

間違いはない、だが気になった、誰がそんな事を?

 

「……西島さん……」

 

紗夜は思わず口に出していた

彼が自分を見ていた事を、あの夜教えて貰っていた

 

彼は見ていた、気にもしてないのかと思った、けれどちゃんと見ていた

見ていてくれた

 

俯いていた紗夜に、菜琉も伽耶も寄り添いながら、話しを続ける

 

伽耶

「辛かったね、苦しかったでしょう、良く頑張ったね」

 

菜琉

「もう大丈夫だからね、もうそんな事心配しなくても良いから」

 

気付いたら、涙がとめどなく溢れていた

手の甲をポタポタと濡らしている

辛さからか、嬉しさからか、自分でも分からない

ただ、価値も無いと思っていた自分を、ずっと見守ってくれていた人がいた

 

菜琉

「大丈夫だから、少し落ち着こうか、お茶を入れるね」

 

そう言う菜琉と、紗夜に寄り添う伽耶

 

まるで紗夜を不安から護る様、必ず付いていてくれる

 

しばらく涙が流れる

伽耶がずっと沙夜の背中をさする

安心して欲しくてずっと紗夜に触れている

 

菜琉がお茶を入れながら沙夜に話す

 

菜琉

「……うちの隊員、助けた子達皆の身元調査したんだけど、みんな一人ずつ対応を変えてケアしてくれって言われたの」

 

一人ずつ?個別に対応を変える?あの時は十数人いた少年少女に、個別で?

 

菜琉

「家庭の環境が違うみたいだから、傷も違うって言ってね」

 

伽耶

「大変だったと思う、多くは無いとは言え、指定が細かくて細かくて」

 

伽耶が苦笑いしながら答える

 

菜琉

「ある意味戦闘より大変だったでしょうね」

 

菜琉が入れたお茶とお菓子を2人に用意し、自分もソファに座る

 

伽耶

「やれこの子は親が共働きだから誰か付けろとか、やれコイツは何時も何か食べさせろだとか、医療班が皆疲弊仕切って、可哀想だったわよ」

 

菜琉

「私達はその時居れなかったけど、ある意味予想通りかな?って……誰かわかる?」

 

2人とも笑いながら問いかける、そんな指示をこの人達を含め、医療班に出せる人

 

紗夜は静かに頷く

 

菜琉

「独断で調べてたみたい、子供が夜の盛り場に居る理由なんて、だいたい家庭環境のせいだから、ちゃんと見てやれば危ない事も無いってね」

 

そんな風に言われ、紅茶の湯気が目に染みたのか、まだ目が潤む

 

伽耶

「恥ずかしい話、私達はその子達のケア所じゃ無かったけどね」

 

菜琉

「私達がそれを知ったのは大分後で、報告書と医療班の愚痴で知ったんだけど」

 

愚痴の様な言葉だが、2人とも少し楽しそうに話している

あんなに大変な目にあっても、救助された側を優先させる事を選ぶ

そしてそんな事を平然とやってのける人達

 

伽耶

「本当はそうなる前に、何とかしたかったんだけど、ごめんね」

「間に合わなかった」

 

菜琉

「救助したから良い、じゃ無くて、そうなる前に何とかしたかった、ごめんなさい」

 

なぜこの2人は謝るのだろうか、立派に自分達を助けてキチンとケアをしてくれた

あんなにズタボロになって、命懸けで

それなのに、間に合わなかったなんて

誘拐された事を、頭を下げ、自分に謝罪する

 

BLITZの隊員が、化け物と畏怖される能力者が、自分みたいな子供に

あまりにも身勝手で、あまりにも謙虚なその謝罪に、さっきより紅茶の湯気が染みる

 

 

そんな風に思わなくても良いのに、寧ろふんぞり返って助けてやった、みたいな態度が普通

……警察なんかよりよっぽど信頼出来る

 

「一人に声かけると、皆面倒見なくちゃいけないからさw」

 

あの人の言葉の意味が理解出来た

 

感情が入り乱れる

感謝して良いのか、喜んで良いのか、恥ずかしいのか、情けないのか

それらすべてが綯い交ぜ(ないまぜ)になって喉を塞ぐ

 

父親が言っていた、[自分に誠実なら必ずいい事がある]

 

これが、今が、そうなのかも知れない

 

「……お父さん……」

 

紗夜が呟いた

 

菜琉も伽耶も、それを聞かない振りをしながら紗夜の横で彼女の背をさすり、手を取り寄り添う

 

どれくらいそうしていただろう、決して長くは無かった、けど、ずっと二人が寄り添って居てくれた

 

菜琉

「ごめんなさいね、そんな風にさせる気は無かったんだけど」

 

菜琉が申し訳無さそうに言う、それに沙夜が首を振って応える

 

紗夜

「……ちょっと湯気が染みただけ…です……」

 

沙夜の言葉を聞いた2人が顔を見合わせる

そんな言い回しをする隊員を、2人同時に思い浮かべた

 

それが愛らしくて、可愛くて、少し笑う

一頻り笑った所で、少しキョトンとする沙夜に向い、菜琉が話をする

 

菜琉

「それじゃあ、本題に移るけど」

 

菜琉が微笑みながら言葉を続ける

 

菜琉

「喜ばしい事に、BLITZに入りたいって言ってくれた子に、うちの副隊長が勧誘したみたいだけど」

 

その言葉で、紗夜は何をしに来たか思い出した

 

伽耶がその様子を見て言葉をかける

 

伽耶

「ある程度は副隊長に聞いてるけど…あんな思いをしたのに、本当に入りたい?……」

 

菜琉もそれを心配そうに聞く

 

菜琉

「……うちの総隊長の意見、貴女にじゃ無くて、[貴女みたいな子]に対してなんだけど」

「わざわざこんな危険な仕事じゃ無くても、もっと平和に暮らせる仕事があると思うの、勿論、貴女に合う仕事を斡旋する事も出来るし、望むなら可能な限り希望を叶えられるけど……」

 

遠ざけたい訳じゃ無い、純粋に自分を案じての言葉、得体の知れない物に襲われ、命の危険をその身に感じた自分に、これ以上の傷を増やしたくないと……

 

紗夜は黙って聞く

 

伽耶

「うちの総隊長はね?、苦労なんかは自分達がすれば良いだけって考えてるの」

 

菜琉

「貴女みたいに何も知らない子は、そんな危険な所じゃ無くて、平和に何も知らずに暮らして欲しいって言う考えだから」

 

副隊長の言葉……

 

[自分見たいな子がBLITZに入るのは、総隊長が好きじゃない]

 

意味がわかった

BLITZの総隊長、彼は誰よりも他人の安寧を望んでいる、この人達も

自分達が薄汚れ、傷付いても、他人の平和を望んでいる

 

……なら貴方達の安寧を、誰が気にかけてくれるの?……

 

世界から化け物と忌み嫌われ、石を投げられる事もあっただろう、それでも世界を、人を救おうとするこの人達の安寧を……

 

難しい顔で何かを考えている沙夜をみて、菜琉も伽耶も何も言わず、静かに見守る

 

漫画やアニメの様に、キリッと向き直りそれでもやりたいです、なんてありえない

 

自分の命を天秤にかける

天秤の反対側に載っているのは、たった一つの自分の命

そんな仕事を自分達はしている、年端もいかない女の子に、そんな事をさせたい訳がない

 

考える時間も必要だし、うんと悩んでくれた方が良い

 

……自分達は壊れている……

 

だからこんな仕事を平然としている、無論一般人の心配はする

けれどこの子達の感覚の心配ではない、それは重々承知している

 

願わくば、そんな所にいて欲しくない……

居たいと思って欲しくない……

 

少し重くなった空気を軽くしようと、伽耶が口を開く

 

伽耶

「うちの総隊長がいつも言ってるんだけどね、[俺達が苦労して済むならそれで良い、ガキが鼻垂らしてなんにも知らずに暮らすのが本当の姿だろう]なんてね、ちょっと自分もそう思っちゃう……」

 

菜琉もそれに被せて話す

 

菜琉

「……悪く取らないでね、私達はあの日より、もっと酷い経験をしてきたの、勿論総隊長も」

「ごめん……それは嘘、1番酷い目にあったのは、総隊長の彼だね……」

にこやかではあるが、苦しそうに話す総班長、少し目が泳いでいる

 

その言葉を聞いて思い付く

 

「……クリムゾンインパクト……」

紗夜が呟いた

 

学校の授業にも出る様な事件、あの事件の当事者達が、今目の前で話している

 

言葉の重みは並の比ではない

 

沈黙が続き、沙夜の事を案じた2人は、ごめんと言いながら今日はこれまでにしようと口を開く

 

伽耶

「ごめんね、嫌な気持ちにさせて、そんなつもり無かったんだけど」

 

菜琉

「私もごめんね、少しリラックスするのにお茶、飲んでって、今入れ直すから」

 

ソワソワしながら動く2人

気を使ってるのが傍目にも良くわかる

 

ボロボロになって、魂を裂かれる思いをして、それでも他人を気にかける

 

紗夜はそんな2人を見て、重くなった唇を静かに開く

 

紗夜

「わたしは!!」

突然の叫びにも似た大声に、伽耶も菜琉もビクッ!と動きを止める

 

「……私は貴女達の辛さは、全部わかる事が出来ない…です…、けれど、けれど貴女達が今のまま辛いままで、苦しい思いをして良いなんて思えない…何が出来るかなんて分からないし、貴女達を救いたいなんておこがましい事も言えない!!……だけど、だけど、貴方達を放っておいて平気で居られない……上手く言えない……ごめんなさい……上手く言えない……お願いします…貴方達の傍に居たい……」

 

唐突に大声を上げ、車椅子の手すりを、指がめり込む程震わせながら握りしめ、顔を真っ赤にし、一気に捲し立てながら、苦しそうに自分達に優しさを与えようとしている沙夜に、2人は驚きながらも紗夜に寄り添う

 

涙が溢れて伝えたい事もままならない、語彙が足らず悔しがりながらも、自分達を想って言葉をかけてくれている少女

 

伽耶

「……優しいね」

 

菜琉

「……貴女の気持ちを見てなかったね、ごめんなさい」

 

紗夜

「謝らないで!……謝らないで下さい…謝るのは、私の方です……」

 

伽耶と菜琉は顔を見合わせ、紗夜の肩を抱く

拙い言葉で自分の意思を必死に伝え、震えながら自分達と同じ所に居たいと願う

 

子供らしい我儘だが、心から絞り出した本気の想い

 

それ以上余計な事を言えば、彼女の魂の想いを無下にする

 

菜琉は何も言わず、紗夜を抱きしめ、寄り添う

伽耶も、それを分かって沙夜の手を握る

 

紗夜が落ち着くまで、それほど時間はかからなかった

鼻を啜(すす)り、まだ涙が流れる顔を二人に向ける。

 

紗夜

「……ひしょ……って、何すれば……いい……んですか……」

 

当初の目的を思い出した紗夜が、くしゃくしゃの顔で、思い出したように問う

その姿を見た二人は、思わず笑いながら、紗夜を落ち着かせようと動き出した

伽耶は抱きしめたまま、紗夜の細い背中をトントンと一定のリズムで叩き、菜琉はタオルを用意し、お茶を淹れ直しながら言う

 

菜琉

「ちゃんと落ち着いてから話そうね」

 

伽耶

「うん。落ち着いてからでいいから。とりあえず顔を拭いて、お茶で一息入れよう?」

 

えずきながら頷く紗夜を、優しく撫でる

先ほどまでの重苦しい空気が嘘のように

三人の間に柔らかな笑いが漏れた

 

整った顔つき、美麗な容姿ではあるが、その中身は年相応の女の子

叫んで泣いて、鼻水を垂らして無様になっても、それでも本気で人を慈しめる、心の優しい女の子

 

そんな彼女が泣き止むのを、BLITZの隊長格が甲斐甲斐しく慰める

どこか贅沢で、そして少しだけ微笑ましい光景だった

 

紗夜が落ち着くのを、ゆっくり、ゆっくり待つ

 

一頻り泣いた沙夜は、まだ鼻をグズグズさせてはいたが、紅茶を啜り、クッキーを食べる程度に落ち着いて来た

 

それを確認した菜琉は、ゆっくり頭を撫でながら話す

 

菜琉

「……ありがとう…私達の事、想ってくれて……」

 

紗夜は少し恥ずかしがる素振りで、小さくすみませんと呟く

 

それに伽耶が答える

 

伽耶

「嬉しいんだよ、悪くないから謝らないで」

 

紗夜が、総副隊長と同じ事を言うんだなと思い、顔を赤らめ小さく頷く

 

菜琉

「それじゃあ、秘書のお仕事なんだけど」

 

菜琉が口を開く

 

菜琉

「とりあえず総隊長に机に座らせて、仕事をさせる事が初めの仕事かな?」

 

伽耶

「あ〜、副隊長と要相談だね、こればっかりは一人じゃできないし」

 

2人が何を言ってるか、よく分からない

机に座らせて仕事をさせる?副隊長と相談?

この人達なら出来るのでは無いかと、紗夜が疑問を感じる

 

そんな顔を見て、菜琉が言う

 

菜琉

「あそこの総隊長はねぇ、なかなか事務仕事ができないんですよ〜」

 

なぜか少し嬉しそうに言う

 

それから2人から、なぜ秘書が欲しいかや、BLITZの総隊長のサボり癖や、BLITZの業務、クリムゾンインパクトの詳細、BLITZとして何をして、何が起き、何をされたか

様々な話をされた

 

恐ろしい経験、凄惨な過去に笑い話も色々織り交ぜながら、何となく沙夜はやらないといけない事が思い浮かんだ

 

一通り話しを聞き終わり、菜琉が確認する様に紗夜に問いかける

 

菜琉

「今までの話を聞いても、まだその気はあるかな?」

 

先程とは違い、まっすぐ菜琉を見据えながら答える

 

紗夜

「貴女達と、居たいです……」

 

その答えに微笑みながら、紗夜の頭を撫でて言う

 

菜琉

「……よろしくね」

 

伽耶

「その前に身体治さないと、そう言う話にすらならないけどね」

 

……もっともな指摘だった

 

紗夜は自身の身体がズタズタなのを忘れていた事を恥ずかしがった

 

紗夜

「……ハイ…」

 

 

伽耶

「試験はまぁそこまでじゃ無いから、入るのは容易だけど、発現したばっかりだから、訓練とかはキツイからね」

 

菜琉

「無理にやろうとしなくていいから」

 

2人が沙夜に歓迎にも似た挨拶をしていると、秋浩が入ってくる

 

秋浩

「……おぉ、いたのか」

 

紗夜の姿に驚いて、声をあげる

菜琉がそんな秋浩に声をかける

 

菜琉

「秋浩くん、どうしたの?また逃げられた?」

茶化すように菜琉が聞く、頭を掻きながら答える

 

秋浩

「あの野郎、尋常じゃねぇ逃げ足だからな」 何故だか少し嬉しそうに言う

先ほどの話を聞く限り、逃げ回れるだけ元気だという証拠なのだろう。

 

紗夜に向けて心配する様に話す

 

秋浩

「身体はまだ治らないだろ?、秘書の話でも聞きに来たのか?」

 

紗夜がその質問に、初めとは違う表情で答える

 

紗夜

「ハイ、何となくわかりました」

 

そうかと返事をすると、少し声を張って3人に聞かせる様に話す

 

秋浩

「嫌だとか、無理だと思ったら、すぐ辞めるんだぞ?」

「誰も責めないし、根性が無いとか思わないから」

「そりゃあここに居る全員に言える事だからな、こんな仕事、無理までしてやるもんじゃねぇ」

 

ここに居る全員、菜琉と伽耶も含まれる

嫌になったら辞めても良い

秋浩が何を言っているか、2人は理解している

お互いがお互いを思うが故の、不器用な優しさ

 

知ってか知らずか、紗夜が秋浩を見ながら答える

 

紗夜

「……多分、皆さんが居れば辞めませんよ」

 

可愛らしい顔で微笑みながら答えた

 

それからは、完治するまでの間、語学や基礎知識の勉強に明け暮れる日々

言葉使いも、自分なりに秘書っぽく直してみたり

身体を使うなと言われれば、大人しく従うほかない

心配した菜琉総班長や、秋浩副隊長がお見舞いに来ては、沙夜を太らせようと山のような差し入れを置いていく

伽耶副班長は、さすがに食べさせ過ぎだと二人を咎めながら、自分もしっかりと高級な焼き菓子を忍ばせてくるのだ。

 

仲が良いのは、見ていれば分かる。

 

西島総隊長は秋浩副隊長とたまに顔を出すが、秘書の話はまだしていない

BLITZに入隊することだけを伝えられたようで、「無理はするな」「キツかったらすぐに言え」と、判で押したような言葉を繰り返す

そして、顔を合わせるたびに、隙を見ては彼女に入隊を諦めさせようとする

 

大雑把とは言え、他の隊長格に聞いていた通り、彼は決して器用ではない

言葉を選んで、結局ありきたりな励ましに落ち着くその様が、今の沙夜には逆に[可愛く]見えてしまう

もちろん、本人には死んでも言えないが

 

子供のような素直さと、総隊長としての重い責任

正反対のものが同居しているその不器用さを……愛おしいと言っても良いのだろうか

 

そんな不器用な総隊長は、やはり、優しいのには変わりなかった

 

 

身体を動かしても良いと言われ、ほ ぼ完治したと言われた頃、菜琉班長に言われ、検査込みでテストをしようと言われた

 

初めて能力を本気で使える身体

しかし、無理をしないよう注意された

 

木火土金水の金属性

 

あの日もそうだったが、どうやら自分は電気を使えるらしい

思わず電気代がかからないなんて思ってしまったが、そこまで下げるには訓練しないと、と言われてしまった

 

幾つかテストを受けた

どうやら派手に電気を飛ばしたりは出来ない、と言うか、馴染んで無いのもあって上手く使えないらしい

 

「自分の思う使い方してみて」

 

思う使い方……シンプルな、至極簡単な方法

小隊長クラスでは、おそらくやらないであろう使い方

 

身体の電気信号の増幅

 

目を閉じ、イメージする、そして軽く走る

 

地下訓練場の壁に激突した

 

「……痛い……」

 

慌てた菜琉が走り寄ってくる、顔から行ってしまった

 

菜琉

「早かったねぇ、辞めようか、広い所で今度やろう?」

そう言われたが、自身も興味があった、大丈夫、出来ると答えてもう一度試して見る

 

パリパリと言う音が、段々バチバチと変わっていく

 

もう一度集中して発動する

 

それを見ていた菜琉、瞬き程の時間に、菜琉の視界から消えた

 

周りを見回すが、何処にもいない

一瞬遅れて爆発音にも似た轟音が聞こえ、地下訓練場に台風かと思う暴風が吹き荒れた

 

菜琉

「……わぁ、これは止まれるのかなぁ……」

 

何処にいるか分からない紗夜を探す

天井付近から声がしたり、自分の真横から人影が見えたり、縦横無尽に動き回っているのはわかるが、止まらない

しばらくして、上から何かが落ちてくる

 

それを見た菜琉は、能力で紗夜を受け止め、ゆっくり地面に降りて来た

 

息も上がり、ゼイゼイ言っている沙夜に向い、心配そうに声をかける

 

菜琉

「……だ、大丈夫?……」

 

息も絶え絶え、震えながら沙夜が答える

 

紗夜

「……き、筋肉痛で……動け……ない……」

 

まさかの答えに理解が出来ず、菜琉は止まる

理解した瞬間におかしくなって思わず笑ってしまう

 

菜琉

「そっかァ、筋肉痛になっちゃったかぁ、しばらくはまた寝たきりだね」

 

答える余裕が無くなるほどの筋肉痛になった紗夜は、微笑む菜琉に無言のまま運び出された

 

 

総班長室

 

先程の話を、副班長の伽耶にしながら、データを整理していた

 

伽耶

「そんなに急に全開にしたの?、加減ないなぁ」

 

菜琉

「コントロールが出来ないのに、逆に良くあそこまで出来たと思うよ」

「上手くすれば身体はすぐ鍛えられるでしょうね」

 

2人は笑いながら沙夜の事を分析する

 

電気信号の増幅がコントロール出来れば、ある程度は体外で電気を発生させる事も可能だろう

 

しかし、能力発現直後に筋肉痛になったと言う話は、記録はおろか噂でも聞かない

逆に強くなれる可能性があるのかと、伽耶も菜琉も少しホッとする

 

 

医療棟 病室

 

チューブに繋がれ、酸素マスクを付けられた沙夜がベッドに横たわる

 

頭には、会話用に脳波で言葉を伝えられる機械が取り付けられている

 

菜琉と伽耶に話を聞いた秋浩がお見舞いに来た

想像とは違う姿に少し驚きはしたが、いつものように話しかける

 

秋浩

「今日はベッドから降りられんらしいなw」

 

「キンニクツウデ、コキュウモ、ジブンデ、デキナインデス」

 

スピーカーから紗夜の悲痛な訴えが聞こえる

それを聞いた瞬間、秋浩が後ろを向いて肩を震わせる

 

それを見た紗夜は、感情が伝わらないが、精一杯怒る

 

「ワライマシタネ、ワカッテマスヨ、キンニクツウデ、コキュウキツケルナンテ、ジブンデモ、オモワナカッタンデスヨ」

 

抑揚の無いスピーカーの音声が、さらにツボをくすぐる

 

限界に近かった秋浩は、紗夜に向かって手のひらを伸ばし、自分の顔を覆い、何も言うなとジェスチャーする

 

「ヒドイデスヨ、コレデモ、ワタシ、クルシンデルンデスカラネ」

 

笑いを堪えて、何とか言葉をかけようとする秋浩は、深呼吸して呼吸を整え、ゆっくり話す

 

秋浩

「まぁ、入隊試験はまだ余裕あるから、無理しないでゆっくり休め、能力も慣らさないと、今みたくなるからな、お疲れ様」

 

一瞬の優しい顔に、紗夜も少し安心したが、やはり我慢出来なかったのか、最後に吹き出してしまう

 

紗夜はそれを見て、スピーカーから言語化出来ない音を出す

それほど恥ずかしかったのだろう

 

秋浩は悪いと言いながら、病室を出て行った

その後ろ姿を眼球だけで追いかける

 

全身の微小な筋肉ですら、使い切ってしまうほどの電気信号を全身に流してしまったが故に、小指1本動かせない

 

恥ずかしくて布団に潜りたくても、そんな事をすれば痛みで死んでしまいそうになる

 

「ツギハ…ウマク…シナイト」

 

紗夜の決意がスピーカーから流れた

 

 

紗夜が筋肉痛で動けなくなってからしばらく、筋肉痛と療養を繰り返していた

初めての時は、それこそ数日動けなかったが、そのスパンが段々短くなって行った

最後には筋肉痛が無くなり、常時能力で強化出来る様になっていた

 

それと、紗夜が検査しながらのテストで、視神経や脳神経の電流を少し強くしてみた

 

不思議な現象が起こる

視認する物が静止、またはスローモーションに見えた、ある意味盲点である

その現象と、強化された紗夜の身体能力があれば、大抵の敵や、作戦はこなせる

しかし、それには繊細なコントロールが必要になるため、誰でも出来る訳では無いらしい

 

菜琉に真剣な顔で注意を受ける

「紗夜ちゃんは適正値が異常だから、心配無いと思うけど、普通はそんな事すると命の危険に繋がるんだからね?幾ら能力者が強くても、その限界はわかって無いんだから」

「……と言うか、そんな事すると、身体的なリミッターがかかって、出来ないはずなんだけど……」

 

電気の体外放出も、纏わせるなら出来る様になった

着実にBLITZの隊員として強くなった紗夜

 

入隊試験も、危なげなく合格する

BLITZは比較的、誰でも入隊できるが、誰にでも務まる訳では無い

任務の辛さ、訓練のキツさについていけ無い者達は、自ら去る事になる

ついていけても、真っ当な感性を持っていると、務まらない

それほどBLITZと言う組織は、異質な物になっている

 

 

総副隊長室

 

秋浩がソファに座ってタバコを咥えながら、コーヒーを啜る

対面側には紗夜が座る

 

身なりを整え、本人曰く伊達メガネをかけ、いかにも秘書、と言う姿をしている

 

秋浩が感心しながら見つめる

 

秋浩

「……格好から入るタイプか?」

 

自分で言ってて少し面白かった秋浩

 

紗夜はそれをものともせず答える

 

紗夜

「そう言う訳では無いのですが、西島総隊長には視覚から攻めて行った方がわかりやすいかと思いまして」

 

秋浩は無駄に納得してしまい、横を向いて笑いを堪える

 

秋浩

「……確かに」

 

ここ数ヶ月、よく観察してると感心する

京介を管理する為に、色々な情報を吸収し誰よりも理解しようと奮闘していた

 

自分の思いつきとは言え、ここまでして貰えると、少し申し訳ない

 

秋浩

「ごめんな、ここまでしてもらって」

 

秋浩の言葉に沙夜が優しい声色で答える

 

紗夜

「……謝らないで下さい、私自身、好きでやってますので、三条副隊長にも、感謝していますよ」

 

秋浩はその言葉に、微笑みで返す

 

行こうかと立ち上がる

 

 

総隊長室

 

西島京介総隊長が、机に突っ伏して眠っていた

わかりやすい熟睡、起きる気配すらない

 

そこに秋浩達が入ってくる

 

秋浩

「あーらら、寝ちゃってら」

 

秋浩がやれやれといった顔で紗夜を見る

紗夜は少し安心したような顔で微笑み、秋浩に言う

 

紗夜

「……起きるまでお待ちしておりますから、副隊長はどうぞ遠慮なくお仕事に戻って下さい」

 

その言葉に秋浩が答える

 

秋浩

「……頼むわ、メモ置いてくから、何か言われたら見せてやって」

 

紗夜

「はい、頑張りますね、お気をつけて」

 

総隊長室から手を振りながら秋浩が出ていく

熟睡している京介に向き直り、紗夜が顔を近付けほんの少し、能力を使う

世界が止まって見える、京介の顔をまじまじと見つめ、だらしなく、それでいて愛くるしいと感じるその顔にゆっくり近付く

頬に軽く口付けをし、能力を解く

そして囁く

 

紗夜

「……お願いしますね……西島さん……」

 

 

 

 

 

 

 

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