ANGEL WALTZ 作:とくめい
対能力者特別攻撃部隊
4番隊 副隊長
八神 香奈恵(20)
水属性(氷)
天真爛漫な性格ではあるが、それとは裏腹に、能力者の時代に感情を壊された1人である
香奈恵は元々両親と暮らして居た
産まれた時からの能力者であり、喜怒哀楽のきちんとある女の子
両親は能力者と言う事を恥じておらず、寧ろ天使が降臨したと喜んで居た
しかし、無自覚な能力者の扱いは、並大抵では無い
善悪の区別もつかず、意図せず発動させてしまう
周りに迷惑をかけて謝るのなんて日常茶飯事だったが、香奈恵の両親、八神夫妻はそれでも幸せな家庭だった
両親共に一般の非能力者だが、目に入れても痛くない我が子の為ならどんな苦労も喜んで乗り越えてきた
香奈恵が悪さをすれば、キチンと謝罪し、香奈恵にも何がいけないか、何が悪かったか説明し、香奈恵がわからなければ、言葉や例えを駆使して、 わかるまでキチンと説明していた
能力を使えばどんな事になるか、身体強化された肉体で人を傷つけるとどうなるか、幼い香奈恵が心から理解できるよう、怒鳴りもせず、声を荒げもせず
何度も何度も香奈恵に愛情と共に教え続けた
苦労もあったがそれも楽しんでいた
まるで絵に描いた様な愛に満ちた父母に恵まれ、香奈恵自身も幸せだった
両親にいつも笑ってる顔が好きだと言われていた
笑ってる顔が可愛いと言われていた
両親も、香奈恵が笑っている姿を見るだけで幸せだった
香奈恵自身、心根が元々優しかった、自分のせいで両親が困らない様に気をつけていたし、間違って迷惑をかけても、心から謝れる子だった
そんな中、嬉しく無い事件が起きる
香奈恵にとっては最悪の転機……
西暦3854
都心の平和な郊外の住宅地
何時ものように香奈恵が学校へ行く準備をしている
爽やかな朝に希望を胸いっぱいに抱え、今日は何をしようかな、どんな楽しい事が待っているかな
そんな期待に胸を踊らせていた
両親も香奈恵のそんな無邪気な姿を微笑みながら満喫していた
……そんなささやかな幸せが一瞬にして打ち砕かれた
外が不意に騒がしくなった
両親が窓の外を、何事かと覗く
数名の大人達が何かから逃げている
逃げて来た方に目をやる
一瞬目を疑った、大量の樹木が家や道を飲み込んで居た
どんどん木が住宅地を飲み込む
八神夫妻は危険を察知し、香奈恵に叫ぶように声をかけ、急いで逃げる
能力者の憂さ晴らしか、何かの目的か、そんな事を気にしてる余裕は無い
両親が考える事はたった一つ
大切な娘、香奈恵を無事に逃がす事
今まで住んでいた場所が、一瞬にしてジャングルと見まごうほどの豊かな森林と化した
家は砕かれ、道路は見る影も無い……
香奈恵の良く遊ぶ公園も、いつも遊びに来る隣のおばさんの畑も、荒廃した手付かずの森林に変わり果てた
集落の集会場を避難場所としていた為、逃げて来た人々が次々になだれ込んだ
八神夫妻もそこに入ろうとした時、叫び声がした
「……あの子能力者よ!!」
八神夫妻はハッと声の方に目をやる、交流は無いが近所に住んでた住人だ、不安そうに夫に目をやる妻
声が続ける
「こうなったのも、あの子のせいよ!!」
「あの子がここに入ったら、もっと大変な事になるわよ!!」
八神夫妻はその声に反論する、なにを馬鹿なと
「貴方達は香奈恵といつも接してたじゃ無いか、今まで危ない事は無かったじゃ無いか」と
優しい口調で決して声を荒げず、単純な誤解だと
能力者に畏怖の念を抱く者は決して少なくないのは知っていた、だからこそ香奈恵が困らない様、周りに気を配り、香奈恵自身もそれを理解していた
心根の優しい香奈恵が、両親の愛情をいっぱいに受けて学んだ事を、決して周りの人間に迷惑をかけないよう
しかし声は止まらない
周りが呼応するように次々捲し立てた
反論する声もあった、「何を馬鹿な」と、「今まで何を見てきた、あの子やあの一家が今まで何をしたんだ」と
しかし声は収まらない、「猫を被ってたに決まってる、本性を表した」とお門違いな声を叫ぶ
極限な時に人の本性が出る
…助かりたいが一心で平気で人を蹴落とす……
そんな小競り合いをしていると、異質な人影が傍に居た……
優しそうな顔つきの、物腰の柔らかそうな女性
慌てた様子も無く、お淑やかな表情のまま、無言で近よって来る
避難者が声をかける
「……あの、貴女は……」
そう言った男に女性が手をかざす
木像に変わる男
それを見て息を飲む避難者達
一直線に香奈恵に向かってゆっくり歩いて近づく
香奈恵は母親にしがみついて警戒する
そんな香奈恵に膝をつき、話かける
「……貴女が……能力者?……」
香奈恵は怯えながら頷く、母親は香奈恵を守る様に抱きしめる
女性は憂いを含んだ表情で言う
「……そう……貴女を探していたの……」
そう言いながら香奈恵に手を伸ばす
母親がそれを払い除け言う、怯えながらだが、子を護る母として毅然とした態度で
「……うちの子に…触らないで!…」
父親が割って入る、我が子と最愛の妻を護るように
それを見ていた避難者は、ハッとして声を荒らげる
「やっぱりその子のせいじゃない!!」
「早く出ていってよ!」
避難の原因となった能力者が目の前にいる事にパニックになった住民は、八神夫妻を責め立てる
各々好き放題に罵倒する
父親は唇を噛み、何とかこの状態を納めたがったが、元凶の能力者が目の前にいる事が仇となり、どうにもならない
目線を香奈恵から離さず、女性が呟く
「少し……騒がしいわね……」
その瞬間避難所に巨大な樹木が生え、避難者を飲み込む……
飲み込まれた避難者は次々木像に変わっていった
一通り収まった時、女性が言う
「これでゆっくりお話ができるわね……」
微笑みながら言う姿が、言葉とは真逆の惨状を生み出した事の恐怖をさらに煽る…
父親が語気を強めて言う
「なっ、何が目的だ!」
女性は言う
「その子が欲しくて…渡して下さらない?」
なにを馬鹿な提案だろう
拒絶の意志を示そうとした所、女性が続ける
「その子を渡してくれるなら……貴方達には何もしない……そのまま逃げてまた平和に暮らせば良いわ…………」
その言葉を聞いて夫妻が激昂する
「なにを馬鹿な!、ふざけた事を言うな!!」
「大切な娘を渡すものですか!」
父親が妻に叫ぶ
「逃げろ!香奈恵を連れて早く!」
言うや否や、母親は香奈恵を抱き抱え走り出す
抱きしめられながら香奈恵が見た光景
…父親が無惨にも樹木に身体を引き裂かれる姿……
叫び声一つあげず、香奈恵に向かい微笑む……
香奈恵の目にはその光景がくっきりと映った
無造作に父親の頭をもぎ取る異質な女性と砕かれた父親の姿
「逃げられたわねぇ…………困るわぁ……」
そう呟いてゆっくり歩みを進める女性……
郊外の森林?区域
母親は走った、息を切らし無我夢中で走る
何故こんな事に?何故香奈恵が?何故夫が?
平穏な日常が一変して惨劇の舞台になる、平和な暮らしを脅かす脅威……能力者……
抱いた香奈恵を見ながら思考する
(こんなにもあどけない我が子が……あの得体の知れない女性と同列に扱われるなんて)
……悔しかった……辛かった……悲しかった……
能力が発現した者は確かに非能力者と比べれば、存在自体が脅威になる、だからこそ厳格な教えを香奈恵に伝えて来た
それが能力者に襲われた途端、周りが敵意を剥き出しにする
同じ者と扱い始める
この子が何をした
この子を探していた理由も分からない……
混乱の中、必死に香奈恵を逃がす為に走り続けた……
不意につまづく
香奈恵を傷つけ無いよう身を入れ替える
張り巡らされた木々の根に足を取られた
太い根に足を引っ掛け、少し捻った
捻った足を擦りながら香奈恵に叫ぶ
「逃げて!」
香奈恵は拒否して母親にしがみつこうとする
それを母親は静止してさらに叫ぶ
「早く逃げなさい!お母さんを置いて遠くに!」
「BLITZの所に行きなさい!BLITZの人の所に逃げなさい!」
尚も香奈恵は拒否する
自分が居なくなったら、母親はどうなるのか、どんな目に遭うのか、今までの惨状を見た香奈恵は、えも言われぬ恐怖に母親から離れようとしない……
「お母さんが死んじゃうのやだぁ!!」
甘え盛りの子供の、至極真っ当なわがまま
母親はその言葉に胸が締め付けられる
厳格に育てたが故に、人に対して必要以上な優しさを持たせてしまった
こんな状態で無ければ喜ばしい事だが、そのせいで自分を置いて行けない
香奈恵を抱きしめ、諭すよう話す
「…お願い…お母さんは大丈夫だから…香奈恵に何かあったら、お父さんもお母さんも、生きて行けない…お願い…逃げて……」
そんな優しい母親を追い詰めるように声がした
「あらあら……なんて優しい母親の愛情でしょうねぇ……」
ハッと振り返るとそこには女性が迫って居た
怯える二人
女性は続ける
「別に私はあなた達を殺したいんじゃないの……その子を渡してくれたら、何もしないで帰るわ……」
香奈恵をかばいながら母親が言う
「……そんな事する訳無いでしょう……」
困り果てた顔でため息混じりに女性が言う
「困ったわねぇ……それじゃあ……また来世で仲良くなさい……」
何かされる……覚悟を決めた母親、香奈恵を突き飛ばし、香奈恵に微笑む
……今際の際に香奈恵に言う
…ア…イ…シ…テ…ル……
その瞬間母親は樹木に身体中を貫かれ、四散する
香奈恵は声にならない叫び声をあげ、無意識に能力を発動させる
周りが一瞬で水浸しになる……濡れた傍から凍りつく……
女性は距離を取り様子を伺う
「あらあら……素敵な能力ねぇ……」
初めて人に向かって能力を使う、暴走する寸前のところで女性に鎮静剤を射たれ
香奈恵はそのまま力無く倒れる……
「良い実験台になるわぁ…」
とある建物の中
実験施設の様なものがひしめき合う中、一人の男が器具を洗浄している
扉が開き、そこに一人の女性が入ってくる
香奈恵を追いかけて居た女性だ……
器具を手にした男が目を向け、視線を戻して言う
「……遅かったな」
女性
「少し手間取っちゃってぇ」
男
「…相手が男では無いと時間がかかるな…」
女性
「そうなのよねぇ……何故か上手くいかなくて……」
男
「ふんっ……成果は?……」
女性
「勿論捕まえて来たわよ……私は少し休むわ……後は好きにしてちょうだい……」
女性はそう言うとあくびをしながら出て行く
男は女性が出て行くのを見届け、呟く
「いけ好かない女だ……」
冷たいコンクリートと鉄の部屋……
剥き出しの地面に寝転がる子供が数人
香奈恵はそこで目が覚める
周りを見渡すと、咳をしたり塞ぎ込む子供が見える
香奈恵は心配そうに声をかける
「…大丈夫?…」
子供
「きみも、連れてこられたの?」
香奈恵は状況を飲み込めないまま返事をする
「…うん…」
「…ぼくたちはみんな能力者なんだ…ここに連れてこられて…」
「…連れてこられた?…」
「…うん…薬を注射されたり…実験台にされてる…」
「え……」
香奈恵はその現実を受け止められない
あまりにも非日常な風景
目まぐるしい状況変化についていけるほど、達観してない子供ばかり
助けて、許して、帰りたい……
周りに居た子供は口々にそう呟いている
香奈恵は意を決して能力を使い何とか脱出しようとするが、能力が使えない
「…ダメだよ…みんな注射されて能力が使えないんだよ…」
香奈恵は絶望した…あんなに忌み嫌われて使ってはダメと言われた能力が、唯一ここから抜け出せる手段だと言うのに、それが使えない…
自分と歳が近い子供達がみんな能力者……
この子達も、自分の様に抜け出そうとしたはず
…能力が使えさえすれば…
入口に近づいて扉の破壊を試みる
……壊れない
何度も、何度も、何度も、ヒビすら入らない
「…怪我しちゃうよ…ぼくもやったんだ…壊れなかった…」
男の子が右手を差し出す
肉がえぐれ、骨が砕けてるのがわかる
自分より勇ましいはずの男の子の拳が、痛々しい怪我を負っている
肉体が常人の10〜15倍に強化されていても、この有様
香奈恵は男の子の近くに座り込む
「何されるのかな……」
男の子
「…分からない…ごめんね…」
それを聞いて香奈恵は諦めた……諦めて横になり、今際の際の両親の事を思い浮かべ、静かに涙を流した
「おかあさん……」
どれくらいたっただろう……香奈恵が目を覚ます
男の子の姿が見えない
何人かの子供の姿も無い
他の子供達は様子がおかしい……隅で身体を寄せ合い、ガタガタ震えている
部屋の外から叫び声が聞こえて来る、恐ろしい叫び声
辞めて、痛い、ごめんなさい、許して、そんな声が聞こえて来た
香奈恵が寄り添う子供達に擦り寄り、ガタガタ震える
次に何が起きるか分からない子供達は、震える他何も出来ない
年端もいかない未熟でか弱い
…次はあの声を出すのは自分の番かと思う恐怖に耐えれなくなり、泣き叫ぶ子供も居た
香奈恵もその一人…、恐怖でおかしくなるのを必死で耐えている
部屋の扉が開く、怯える子供達
入ってきたのは香奈恵を襲った女性
「あらあら……怯えちゃって……」
子供達は反応しない
「可愛いわねぇ……大丈夫よ……何もしないから……」
香奈恵を見つけ、近寄る
「こんにちは………ごめんなさいねぇ……あなたのご両親……大人しくあなたを渡してくれれば、死ぬ事も無かったのに…………」
香奈恵はそれを聞いて飛びかかる
しかし女性は意にも返さない、泣きながら女性を叩く
しばらくしてそれが止む……
困ったように女性が話す
「……ごめんなさいねぇ……でもあなたは他の子より強いから、私たちの仲間になれそうなの……それが少し楽しみなのよ」
「……だから仲良くしましょうねぇ……」
「私はアスモデウスって呼ばれているわ…七つの大罪って知ってる?……それの色慾からとったの…よろしくねぇ……」
香奈恵の頬を撫で、立ち上がり去って行く
恐ろしく不敵な笑みを浮かべ、頑張ってね、と残して
怖い…助けて…お父さん…お母さん…
悲痛な香奈恵の思いは、儚く打ち砕かれる
西島京介が香奈恵の手を取るまでに、幼気(いたいけ)な優しい少女の心は、修復出来ないまでに粉々に砕かれる
囚われている間、香奈恵は様々な実験台にされる
能力を強化、能力の移植が主だった研究らしい
その副産物で、能力を抑制する薬や装置を開発、それがどの程度の副作用か測る為に、捉えた子供達に使用していた
ある者は抑制装置の強さに耐えれず、身体がボロボロになったり、薬の副作用で人の姿を保てなかったり
ありとあらゆる惨状を見せつけられた
香奈恵の他に二人だけが、どうにかそれに対応し、それを耐えていた
そして運命の日……
西暦3858 Xday
その日はBLITZの捜査により、スカーレットスコルピオの実験施設の一つが特定され、意気揚々と京介が突入準備を整えて居た……
京介
「いやぁっはっはっ!今日は愉快になりそうですなぁw副隊長殿w」
ふざけた言い回しに秋浩が怪訝そうに答える
秋浩
「……何故君は楽しそうかね……」
京介
「だって腹立つ施設の一つ壊滅させるんでしょ?w陽気にもなるさぁwww」
出たよと言わんばかりの表情を京介に向ける
秋浩
「……やり過ぎんなよ…」
何を言っても京介は聞かない…いや、聞かせる意味がない……
ふざけた会話はしているが、目つきが笑っていない
秋浩はどんな思いで京介が過ごしているかわかっている
だから咎めない、自分に出来る事は京介の不祥事を自分が被ってやる事だけ…それしか出来ない
局長から密命と称して監視と警護を命令されたが、秋浩はそれをサラサラ守る気は無い……
護るのは当然の事、何かBLITZに不利益が出ようとも、それを止める気は無い
局長はそれを見越して自分にそう命令したのか…
あの日から、覚悟を決めたのは京介だけでは無い……
意気揚々とポイントを確認し、京介自身も準備万端の状態で秋浩に声をかける
京介
「よし!wんじゃ行くわw先に行ってるからなwゆっくり着いてこいよw」
秋浩は予想の範囲から外れた言葉に目を丸くして京介の方を見る
もう居ない……
頭を抱えてため息を付く
数秒考え、諦める
菜琉が準備出来たようで秋浩に声をかける
菜琉
「いつでも出発できるよ!アレ?…京介くんは?」
秋浩
「…もう行った…」
菜琉
「……えっ……」
菜琉もまた頭を抱える……
菜琉
「……そっかァ……」
苦笑いでため息混じりに言う
研究施設
男と、色慾と自らを呼ぶアスモデウスが居た
アスモデウス
「もうこの施設は引き払うの?…」
資料を畳みながら男が答える
「もう実験は終わっているからな……ここで何かする意味もない…」
アスモデウス
「…子供はどうするの?…」
男
「あの水属性の子供か?……もう少し調整すれば戦力になる…」
アスモデウス
「…そう、連れていくのね…」
男
「…少々時間はかかるがな……最後に壊れたのは予想外だったが……使えるだろう……」
二人の不穏な会話が、この実験施設で起きた事を物語る
実験は終わり、水属性の子供……香奈恵の事だろう
……最後に壊れたと男は言った……
壊れるほどに何をされたのだろう……香奈恵は一体何をされてその幼気(いたいけ)な心を砕かれたのだろう
数日前
実験施設内実験場
生き残った子供達が、死んだ目で佇んで居た
やせ細り、栄養も無い食事のせいか骨も浮き出てる
光の無い虚ろな瞳で身を寄せ合う
男
「……実験は今日で終わりにしよう……」
予想外の言葉に目に光を灯す子供達……
期待に明るい顔をし、ようやく解放されると思った
しかし、そんなに簡単に帰すならば、初めから誘拐までして能力者を集めたりしない
男がアンプルの瓶を子供達に与えた……
困惑していると、それを飲めと命じられた
飲まなければ帰れないと
その言葉に急いで飲み込む
飲んだ傍から力がみなぎる
無気力だった身体に、今まで感じた事の無い力がみなぎる……
子供達は訳が分からなかった
なぜこんな薬を渡したのか
男は続ける
「隣の子供を殺せ」
子供達は耳を疑う
今まで必死に肩を寄せ、身を寄せあって生き残って来た同胞を殺せと言われた
香奈恵達は返事が出来なかった、二人は返事が出来ず怯えて居た
一人の少年が憤りをぶつける
「……ふざけるな!!こんな所に何年も閉じ込めて!ようやく出られると思ったら殺し合えだって?!……ふざけるなぁ!!!」
少年が男に飛びかかる、金属性の能力を迸らせ、稲妻の如き速さで襲いかかる
しかし男は動じない
…深いため息を着いたと思うと、飛びかかる少年の頭部を掴み、そのまま握り潰した…
男は言う
「残った方を帰す……」
その言葉に残った少女は叫ぶ
少女
「……もう嫌だ!…嫌だよ!!…死んで欲しく無い…殺したく無いよ……」
その姿に香奈恵も座り込む
香奈恵も少女と同じく、殺したく無い…死んで欲しく無いと……
男
「ならどちらも不要になる…生き残った方を帰すと言ってる……それでもか……」
香奈恵が言う
「…嫌だ……帰して……」
男
「…ならば仕方ない……」
男がゆっくり少女達に近づく
手を伸ばそうとしたその時、少女が叫ぶ
少女
「辞めて!!……辞めて……お願い……」
男が手を止める
少女が香奈恵に向かって話す
「……ねぇ…香奈恵ちゃん?……わたしのこと、殺して?……」
少女の考えもしなかった提案を、香奈恵が拒絶する
香奈恵
「い……いやだよ!……絶対嫌……なんで?……なんで?……そんな事言わないでよ……出来ないよ……」
香奈恵が少女に抱きつきながら言う
少女も香奈恵を抱き返す
掠れた声で耳元で話す
少女
「……ごめんね…ごめんなさい……もう……耐えられない……限界なの…辛いの…誰も傷つけたくないの……」
男はそれを見ている
「生き残った方を帰すって…だから…せめて香奈恵ちゃんだけでも…生きて欲しいの……」
少女は男に問い掛ける
最後に残った方を助けるのかと尋ねる……
男は頷く
それを見た少女は香奈恵に向き直り言う
「……お願い…助けて……殺して…」
香奈恵の手を掴み、自分の首に回す
解放される喜びに笑みを浮かべる
香奈恵は迷っていた…自分が力を込めれば、今の身体ではすぐ殺してしまう…だがこの少女はそれで終わってしまう
辛い日々を互いに慰め合って乗り切って来た……
そんな相手を殺したく無い……
迷っている香奈恵に少女が言う……
少女
「…生きて…生きて…香奈恵ちゃんの笑顔…見せて欲しい……」
その言葉にフラッシュバックを起こす
香奈恵の笑顔が世界一可愛い、笑っている時が一番素敵と言った両親
香奈恵を救う時に愛してると言った母親の最期、気付いた時には少女の首を落としていた
壊れそうな所でギリギリ耐えていた香奈恵の心が音を立てて砕けた……
最後まで頼った相手を自らの手で終わらせてしまった罪悪感、救えなかった悔しさ、何も出来なかった無力さ
そして両親の最期の記憶
気付けば香奈恵は笑って居た……
少女と両親、笑顔が好きだと……笑顔で居て欲しいと……願われたまま笑った……
自分の笑顔で繋ぎ止められるならばと……
笑った……
数日前に、残ったものすら失った香奈恵、全て失った……
鍵もかかってない暗い部屋……
今までいた子供達の衣服や血の跡が残った部屋で
……ただ一人……壊れた笑みを浮かべていた……
男とアスモデウス、二人が不穏な会話を交わしている最中、同時に動きが止まる
何かを察した様に飛び退く
瞬間、実験施設の天井を突き破り何かが飛び込んでくる
土煙の中、仁王立ちの男がいた
謎の男
「…貴様は誰だ?……」
京介
「ダスキンで〜すwww」
何かの正体……
BLITZ、対能力者特別攻撃部隊、新隊長西島京介が舐めきった態度で現れた
アスモデウス
「あらあら……BLITZにバレたのねぇ……」
京介はその声を無視し、男の方に向き直り、殴りつける
アスモデウスが叫ぶ
「ベル!」
男はモロに京介の拳を顔面に受ける……
しかし何事も無かった様にホコリを払う
ベル?
「……ようこそBLITZ……」
京介
「挨拶がわりだw取っとけw」
京介がヘラヘラと聞く
京介
「正直、何をしてたかなんかどうでもいいwお前らに聞きたい事は一つしかないw、てめぇらは、スカーレットスコルピオか?……」
その問い掛けにベルと呼ばれた男がゆっくりと応えた……
ベル?
「……お初にお目にかかる……」
「俺はグラトニーに準えて、ベルゼブブと呼ばれている……」
「お前の聞きたい答えは……YESだ……」
京介は予想通りであって欲しい答えに、口を裂けんばかりに開き、満面の笑顔になる……
その瞬間に京介がベルゼブブにもう一度殴りかかる
今度はベルゼブブが消える
その姿に京介が聞く
「それだけか?w」
ベルゼブブは嫌味な顔を浮かべ、舌なめずりをする
アスモデウスが、気だるそうにベルゼブブに聞く
「手伝いましょうかぁ?」
ベルゼブブはそれに対して余計な事をといった顔で応えた
「余計なお世話だ……お前は帰れ……」
アスモデウス
「あらあら……それじゃあお言葉に甘えさせて頂くわねぇ」
「BLITZさん?……良いかしら?」
茶化す様に京介に聞く、京介は満面の笑みで言う
京介
「うるせぇぞ年増ぁ!w逃げても良いけどお前も仕留めるからなぁ!w」
その返答にアスモデウスが血管を浮かべる
「あなた面白いわねぇ……誰だか分からないけど、後で殺してあげるわ……また会いましょう……」
そう言い残すとアスモデウスは身を翻し、そのまま姿を消した
やれやれと退屈そうに京介が顔を捻り、言葉を続ける
「……もう一つ言わせてもらっても良いか?w」
ベルゼブブが聞く
「なんだ……」
京介
「……てめぇじゃ分が悪ぃんだよ……」
刹那、ベルゼブブの身体から、四肢が離れて居た、何が起こったか分からない、何をされたか見えなかった……
傷口が焼け、血が出ない
熱くもない、異様な傷、そのまま床に叩きつけられる……
京介がベルゼブブに近付き、胸ぐらを掴んで話す
「……今は殺さねぇwその代わり後でゆっくり俺とお話してもらうぜぇw」
ベルゼブブが感じたのは、痛みや捕えられる焦りでは無く、目の前にいるBLITZの隊員に対する、純粋な恐怖……
自分の四肢をなんの感覚も無く切り離し、あまつさえ異常なまで殺意に満ちた笑顔
……コイツは殺すと言ったら殺す
誰だろうと、なんだろうと…
ベルゼブブを投げ捨て、周りを見回しため息を吐く
京介
「……大抵地下にある様な施設は何か残ってたり、人が捕まってたりするんだよなぁ……」
ゆっくり歩き始め、施設の中を散策し始める
手術室の様な部屋……薬の並ぶ棚……明らかに何かの生物の血液やサンプル……
……人間の成れの果て……
そんな惨状を見回り、奥に部屋があるのに気付いた
鍵は掛かってない
タバコに火を付けて一息つく
その瞬間部屋の壁や扉が溶ける
何かの合金か特殊な金属か、分からないが、全て溶け流れた……
その溶けた扉の向こうに…、香奈恵が居た……
壊れてしまった幼気(いたいけ)な少女が……笑いながら佇んでいた…………
京介は警戒もせず近づく
少女に声をかける…、返事は無い……、変わらず笑っている……
京介はBLITZの制服のポケットの中から、チョコレートを取り出し、少女にそれを向ける…
…少女はゆっくり受け取り、涙を流しながら口に運ぶ……
…泣きながら……ただひたすら泣きながら……
京介はその間ずっと笑顔で少女を待つ
何もせず、笑顔で少女が食べる姿を見ながら
少女が食べ終わるのを待って、抱き抱える
頭を撫でながら、優しく抱きしめて、来た道を戻る
丁度秋浩達他のBLITZが到着していた
京介が声をかける
「おうw遅かったなw」
四肢をもがれたベルゼブブの姿
少女を抱いて歩く京介の姿
何が起きたか聞く前に京介が口を開く
京介
「後で話すからよ……菜琉……いるか?……」
秋浩はその静かな怒りに満ちた京介に聞き返す事はしなかった……
秋浩
「……おう……上にいる……」
京介
「そうかwありがとな…w」
それ以上はお互い何も言わない……言えない……
ゆっくり医療班の元に向かう京介……
地表で待機していた菜琉
京介の姿を見て駆け寄る
菜琉
「どうしたの!?その子は?!」
京介が静かに菜琉に話す
「……悪い、この子見れる?……出来ればちゃんと……」
出来ればちゃんと、その言葉を聞いてすぐに菜琉は他の医療班に伝える
菜琉
「緊急輸送!本部の医療設備にこの子を運びます!!」
京介
「……なぁ……」
京介が菜琉に何かを伝えようとした……
菜琉が遮って言う
菜琉
「大丈夫だから!!あたしが付くから!!」
輸送する車両に乗る菜琉と香奈恵
香奈恵に向かって京介が声をかける
京介
「後で必ず行くからな…そのお姉ちゃんは、大丈夫だからよ……」
変わらず涙を流しながら笑ってる香奈恵の頭を撫でながら、京介が言葉をかける……
頼むと送り出す、見えなくなるまで見送る
地下に続く穴に向かって飛び降りる
秋浩が施設内の処理をしていた所に、京介が声を掛け戻る
京介
「うおぉお疲れちゃあーんw」
先程とうって変わって何時もの京介に戻った姿を見て、安心した様に返事を返す
秋浩
「おう、所でよぅ、この負傷者なに?」
京介
「知らん!!www」
秋浩
「んあっ?」
京介
「スカーレットスコルピオだって言ったから絞めたwww」
秋浩
「締めたぁ?!」
呆れるより先に京介が口にした名前に眉をしかめた
京介
「……スカーレットスコルピオって……」
それ以上は何も言わなかった
ベルゼブブのを体を搬送する為に隊員が運ぶのを静止して京介が声をかける……
京介
「……楽に終われると思うなよ……」
先程より強い殺意に、ベルゼブブは自身が逃げられないことを悟る…
秋浩は先程の少女が京介の殺意を呼び起こす原因になったと感じた
何も言わず、京介の肩を叩く
思い出した様に京介が声を上げる
「あ!!」
驚く秋浩
「うぉう!」
京介
「ごめんw任せていいか?w菜琉んとこ行きたいw」
秋浩
「…おっ、おう…行ってこい…」
BLITZ本部 医療棟
京介は菜琉と少女を探して受付に声をかける
京介
「お疲れ様wさっき菜琉来なかった?w」
受付の医療班は答える
医療班
「総班長ですか?先程処置室に入ったっきりですが、御用であればお伝えしますよ?」
それを聞いて言う
京介
「いや、行くから大丈夫よwありがとうw」
京介は処置室にまっすぐ向かう
丁度処置室から菜琉が出てくる所だった
京介が出てきた菜琉に声をかける
京介
「菜琉!どんな様子よ?」
菜琉は京介の質問に顔をしかめながら答える
菜琉
「……出来る事はしたわ、でも能力のせいか投薬のせいか……身体の中で暴走と沈静が起きててボロボロだし、何よりずっと笑顔で一言も話さないの……今は眠ってるけど……」
それを聞いた京介はやはりと言う顔で頭を掻きながら言う
京介
「そうか…どのくらいで目が覚める?」
菜琉
「分からない……1日か、数日か、数時間か……」
京介
「……わかった、ありがとうなwなんかあったら声かけるから、そん時は頼むわw」
菜琉は京介が何を考えたかピンと来た、そして優しく肩に手を置き伝える
「うん…無理、しないでね…」
京介は何も言わず、そう言った菜琉の頬に顔を寄せ、肩を叩き笑顔で去って行く
菜琉
「……全く、何も言わないんだから……」
頬を膨らせ拗ねた様に呟く
BLITZ本部 攻撃部隊隊舎
廊下を歩いている秋浩に京介が声をかける
京介
「なぁなぁなぁw秋浩w」
高めのテンションで呼び止める京介
何時もの事かと答える
「なんだよ」
京介
「俺しばらく仕事休むからw、いつまでかはわかんないけどよw、詳しい事は菜琉に聞いてくれたら多分わかると思うからw、んじゃ後頼む!!w」
唐突にサボります宣言をされた秋浩は、京介の言ってる事が認識出来るまで時間がかかったが、片手を切るポーズで颯爽と走り去って行く京介の背中に叫ぶ事しか出来なかった
秋浩
「急に休む?!お前いったい何言って……」
遠くから京介が叫ぶ
京介
「お前の権限でクビにしてもいいからぁ〜!!w」
それを聞いてさらに呆れる
「出来るかボケ!!ったく……毎回毎回唐突に」
呆れはするが、顔は微笑んでいる
秋浩はそのまま医療棟で話を聞いて来るかと考え、踵を返す
同じく医療棟
香奈恵のいる病室に京介がいる
ただ静かに眠っている香奈恵の頭を撫でながら佇む
何日たったのだろう、京介は香奈恵の病室に連日連夜泊まり込んで香奈恵と一時も離れずに居た
時折、心配した忍が菜琉の許可を得て京介の元に尋ね、一緒に香奈恵を見守って居た
香奈恵の事を色々聞いた
忍
「ねぇお兄ちゃん?この子だぁれ?」
京介
「悪い人に悪い事された女の子だよwお兄ちゃんが助けたんだ……」
忍
「お兄ちゃんが助けたの?凄いねぇ、えらいねぇ!お兄ちゃん頑張ったねぇw」
忍がふざけて京介の頭を撫でる……
京介は無言で笑いながら忍に撫でられ続ける
助けた?…京介は自問自答する
こんな状態で、助けたなんて偉そうな事を言える立場か……
自身に対して呆れる
助けてなんかいない…助けられなかったんだ……
入れ替わり立ち代り、忍や響華が京介を心配し、病室に見舞う
その中で、香奈恵を慈しむ京介を、時には忍が、時には響華が、菜琉と共に支えて居た
忍や響華は香奈恵の事を聞かされ、共に哀れみ共感した
忍は同じ歳と言うのもあり、余計に心配していた
忍
「早く起きないかなぁ、一緒に遊びたいなぁ」
BLITZに保護されてから3週間後、香奈恵がようやく目を覚ました
何も言わず、自身の状態も把握出来ず、ただ笑みを浮かべ目を覚ます
菜琉が言っていた、PTSDになってる可能性が高いから、あまりショックを与えない事
能力が強く、小隊の副隊長程度に強いと言う事
能力の暴走で周りに危険が及ぶ可能性もある事
そして京介に対して、度が過ぎ無い様にと
目覚めた香奈恵に対し、優しく笑顔で声をかける
京介
「……おはよう……」
香奈恵は笑顔だが答えない
笑顔のまま黙ってる香奈恵を、京介はゆっくりとした動作で、何もしないと見せる為に抱きしめる
優しく優しく、ゆっくり、強く、抱きしめる
それから京介は菜琉の静止を笑顔で振り切り、自宅に住まわせると言った
馬鹿を言うなと周りに咎められたが、知った事かと笑顔で断る
秋浩と菜琉はやれやれと言った表情で頭を抱えていた
唯一最後まで香奈恵の事を考えろと抗議していたのは伽耶だけだった
しかしその伽耶も、京介の屁理屈に押し負ける
知らない奴ばかりより、歳の近い忍が居た方が早く回復する可能性もあると、自信満々に言われたら呆れもする
西島家
香奈恵と手を繋いで、京介が帰宅する
優しく笑顔でなるべく柔らかな話し方で、ここで少し一緒に暮らすんだよと
扉を開けると、優しく微笑む響華、それと楽しみで待ち焦がれたと言わんばかりに走り寄る忍
二人共香奈恵を優しく、暖かく迎えた
西島家で暮らす様になって、しばらく経つと、忍が香奈恵にベッタリになる
余程香奈恵を気に入ったのだろう
何をするにも一緒、風呂、食事、寝るのも一緒
さすがの奔放な京介でも、些か心配になって声をかける
学校も休んでいたからだ
しかしさすが西島忍、兄に負けない屁理屈を捏ねる
通信でも他でも、学校はいっぱいあるから心配しないでと
響華も心配していたが、忍も京介も大切な子供
何があっても支える覚悟があった
故に忍の提案をやや肯定気味に聞き、微笑みながら京介を諭す
顔を覆い笑いながら天を仰ぐ京介、BLITZでは見えない貴重な光景だ
京介も隊を休んでずっと香奈恵に着いている
少しでも、ほんの少しでもいい、砕けた心の欠片を繋げられる様に
同時にBLITZでは香奈恵の親族を探して居た
両親は数年前に他界していたからだ
身寄りが実質的にいない香奈恵に、本当の家族を探してあげたかったからだ
調べた所、郊外に祖母がいたのを発見した
八神 初枝
物腰の柔らかい老婆が、香奈恵の話しになった途端、血相を変えてBLITZにしがみついて言う
あの子はどこか、無事なのかと
事情を話し、すぐにも引き取りたいと申し出を受けたが、香奈恵の身体の事を考え、もう少し待ってくれと交渉した
菜琉が交渉に当たったが、京介の所で何かの切っ掛けで少しでも日常を取り戻してくれればと願っていた
西島家では相変わらず過保護に香奈恵と暮らして居たが、数日経っても香奈恵は笑ったまま話さなかった
食事も恐る恐る、入浴も1人では出来ず、睡眠もあまり取らなかった……
しかしそこは西島家
忍や響華、京介の献身な接し方で、ほんの少しづつ凍って砕けた心を、取り戻し始めていた
数週間後のある日
忍が何気無く香奈恵に話しかける
忍
「ねぇねぇ香奈恵ちゃんw笑ってる顔、凄く可愛いよw話せる様になったらね、香奈恵ちゃんのお話も聞きたいなw」
何気無い、本当に何気の無い一言
その言葉に香奈恵の中で目まぐるしく記憶が呼び戻された
父親の事、母親の事、実験施設での記憶、共に耐え抜いた子供達、香奈恵が命を奪った少女……
笑顔の香奈恵の目から涙が溢れる、滝の様にとめどなく、感情が決壊しない様ギリギリの所で耐えていたものが、一気に溢れ出した
それと同時に周りが凍り出す
香奈恵の心に呼応する様に、香奈恵の心を映し出す様に
それを見た忍がゆっくり香奈恵を抱きしめる
優しく、優しく、ゆっくり、強く
髪を撫で、背中を擦り、大丈夫、大丈夫と声をかける
忍
「うんと怖かったんだね、辛かったんだね、大丈夫だよ、もう大丈夫、わたしとお兄ちゃんがずっと一緒にいるからね……」
香奈恵が西島家に来て初めて声を荒らげて泣いた
町中に響くかと思う声で泣きじゃくる
怖かった、痛かった、辛かった、悲しかった
考えもしない感情だけを載せた言葉
それを忍はずっと抱きしめる
いつまでも抱きしめる
離さないと知って貰えるよう、怖くないとわかって貰える様
京介と響華が何事かと部屋を覗く
無駄に察しの良い家族
その様子を見て響華が京介を胸に抱く
「お兄ちゃん、お疲れ様……」
響華が呟いた
京介と響華は、忍達に気付かれない様に戻る
しばらくして、忍と香奈恵がリビングに来る
忍が香奈恵と共に京介の隣に座る
京介は隣に座る香奈恵の頭を撫でる
優しく、何も言わず、微笑みながらゆっくりと
忍も香奈恵を撫でる、同じ様にゆっくりと
香奈恵は堪らず京介にしがみつく、先程とは違い静かにゆっくり涙を流す
香奈恵が何を思ったのかは分からない
だが京介にしがみついて、笑顔のまま涙を流す姿を見て、大丈夫、怖くない、俺たちがいる、大丈夫、大丈夫、そう言葉をかける
どのくらい泣いたか分からない
泣き疲れた香奈恵はそのまま京介の膝で眠りにつく
数週間後
BLITZ本部 医療棟
菜琉が書類に向かって淡々と仕事をこなしていると、医療班の隊員が西島隊長から連絡が来てると話す
菜琉はそれを了承し、受け取る
簡単な挨拶、うん、うんと相槌を打つ、急に驚いて声を荒らげる、喜びながら涙を流す
そのままどこかに連絡する
2時間後
BLITZ本部 隊長室
西島京介、沙夜麻菜琉、三条秋浩がいる
そこにもう1人、八神初枝
隊長室の扉が開く
モジモジした香奈恵、目を丸くしておぼつかない足取りで、香奈恵の元に歩み寄る初枝
それを見て手を差し伸べる香奈恵
「大丈夫?w」
笑顔で香奈恵が聞く
初枝は涙ながらに答える
「……うん、うん、大丈夫だよ、生きてて良かった、良かった、心配してたよ、会いたかった、ごめんね、見つけられなくてごめんね……」
香奈恵
「大丈夫だよwおばあちゃん!w」
初枝
「迎えに来たんだ、一緒に暮らしてくれるかい?」
笑顔だが、少し不安そうな言い方で香奈恵が言う
「うんw」
初枝
「良かった、ずっと一緒だよ、心配無いよ、おばあちゃんと一緒にいようね」
香奈恵はそのまま初枝に抱きつき、何も言わず笑顔で頷く
今までとは違う、満面の笑みで……