ANGEL WALTZ 作:とくめい
西暦3862年
火星
地球の隣に位置する惑星
大気は地球の1パーセント以下で、二酸化炭素が主成分の星
気温はマイナス60度がいい方で、夜にはマイナス100度にもなる
磁場が無く、宇宙線が降り注ぐ
地表には液体が無く、氷だけが存在する星
それを500年と言う歳月と、能力者と言う開拓民が、人が居住出来る程に変えてきた
しかし、星間大戦以降、率先して地球を出ようと言う人間は居なかった
いや、そこまで人口が増加しなかったから、皆地球で暮らしている
幾ら人が住めるとは言っても、隔離されている所は限りがある
火星全体で言ってしまえば、少々危険だがほぼ生身で闊歩出来る程には整備されている
だが問題は地形や環境では無い
人類の介入により、湿度や気温が上がった事により、新たな生態系が生まれた
地球の3分の1の重力、十分な酸素、地球で言う緑に似た植物も増えた
ここでの脅威は、なるべくしてなった動物達
哺乳類は少なく危険は無い
この星で一番危険なのは、地球で言う昆虫、虫達である
映画や漫画のような生態系が完成されている
そんな所に好き好んで移住する人間はいない、いるとすれば、大気発生装置等の機器を管理する技術者や、兵器や銃器のテストをする為に居る民間人くらいである
だが逆を言えば、犯罪者や組織の隠れ蓑になりやすい
民間人が少ないとは言え、人が居る以上、事件や事故が起こりかねない
地球の一般人組織の警察や自衛隊、軍隊等と繋がりの深い特殊部隊では、火星の任務は務まらない
必然的に、戦闘に特化した特別攻撃隊が、定期的に派遣され、生態の均衡を保ちながら、民間人の安全を確保している
隔離されている場所の外壁、大気を発生させる装置の点検や、人がいる場所の近くに外敵がいた場合の駆除
文字で書けば簡単そうだが、実際はミサイルを撃って勝てるかどうかの相手をしなければならない
そんな人類に脅威にしかならないものに対抗するには、やはり能力者……
それも戦闘に耐性があるBLITZ以外は、とてもでは無いが務まらない
各支部、または本部から当番制で任務に当たる
地球の各国の支部、日本の支部、本部
意気揚々と任務に当たる部隊もいれば、最後までいやいや任務に当たる部隊もいる
その反応は様々である
今この星に居る部隊
BLITZ本部の、対能力者特別攻撃隊
第一部隊の隊員達
BLITZの番隊は、数字の若い程能力や戦闘技術が高い
それはどこの支部でも共通認識である
西島京介、三条秋浩を除けば、特別攻撃隊の最強の部隊
ただの隊員すら、他支部の攻撃隊を相手に善戦出来る程
しかし、その分曲者揃いで、総隊長の京介、総副隊長の秋浩がいないと、なかなかの奔放さを持つ
第一部隊隊員
「副隊長!、こっちはとりあえず異常無しです!そのま次の大気発生装置に移動します!」
隊員が通信機に叫んでいる
幾ら大気が安定してるとしても、まれにスコールのように突風が吹き荒ぶ
そんな隊員に答える通信機
「次行ったら戻って来い!そこまでが今日の限界だ、明日、天候次第で拠点を移す!」
第一部隊隊員
「了解!」
暴風のせいで、通信機にノイズが乗る、風切り音でお互いの声が聞こえなくなる
頻繁にはないが、任務中に突風に見舞われると、ほとんど作業が進まない
通信機を切り、次の大気発生装置に向かい移動する隊員
まるで映画のワンシーンのような光景に、鼻で笑いながら腕を伸ばす
第一部隊 拠点
副隊長
「いやぁ、これはたまらんな!急に風が出ると、隊員の安否の方が気にかかる」
豪快だが、優しそうな表情の男が頭を掻きながら愚痴をこぼす
第一部隊 副隊長
水無月 幻十郎(30)
金属性
厳しい名前と、その体躯には似つかわない優しさで、隊員達には慕われている
金属性ではあるが、紗夜とは違うタイプで雷を操ったり電気を出せる訳では無く、どちらかと言えば錬金術に近い性質を持つ
文字通りの金属性
アメリカ支部の総隊長、ジェシカ・アルバロスと同じである
その副隊長の言葉と声に、反論する声
「うちの隊員は基本、ここの任務には適任ですよ、西島総隊長が異常なだけで、本来のBLITZの戦闘技術が行き渡ってる、心配し過ぎですよ」
カラカラと笑う声、心配する副隊長を他所に、隊員を信用している言葉をかける
第一部隊 小隊長
袈裟 那由多(28)
特異系(炸裂)
ありとあらゆる物質を炸裂させる特異系能力者
爆発には熱が必要だが、那由多の能力は文字通り炸裂する
熱や火を使わない為、京介の火属性とは似ても似つかない
幻十郎
「そう言う所が危ないんじゃないか、京介もそうだが、今一つ危機感が足りん…」
訝しげに話す幻十郎に向かい、変わらずケラケラと答える
那由多
「せっかく気を使って総隊長って言ったのに、まぁ京介が異常なだけですからね、それを差し引いでも、うちの隊員はそこまで未熟じゃ無いのは、幻十郎さんが良くわかってるじゃ無いですかw」
自身の総隊長に向かって名前呼びをする2人、階級制度があるとは言え、さすがBLITZと思える関係
首を捻りながらゴツイ手で首の後ろを擦り、思いに吹けるように
幻十郎
「京介が総隊長だろうと局長だろうと、京介は京介じゃろ、それにアイツはワシらが想像出来る位置におらん、普通に接するのが一番良いじゃろう?」
「それに隊員は隊長格とは比べたらいかんじゃろうに、お前の悪い癖じゃ」
年に見合わない話し方、この男も京介の苦難を知っている
豪快だが優しさの滲む言葉を話す
菓子皿にある菓子をつまみ、胸に置いている本を読みながら言う
那由多
「……まぁ俺らが想像も出来ない事ですもんね」
「秋浩が大丈夫、って言ってるんだから、大丈夫でしょうにwほんとに心配性ですねぇ」
総隊長、総副隊長に対する絶対的信頼
この二人の言葉を聞くだけでも、あの二人がBLITZの中でどんな存在なのかわかる
本を胸に置き直し、那由多が幻十郎に話しかける
那由多
「っていうかずっと聞きたかったんですけど……」
那由多になんだと言う顔を向ける
那由多
「いつからその話し方になったんですか?w」
キョトンとした顔のすぐ後、豪快にガハハと笑いながら、那由多に答える
幻十郎
「ガッハッハッ、20歳にはこうなっておったわいw」
ある意味では恐ろしい特長
黙っていればなかなかのゴツ目のイケおじな容姿の幻十郎
口を開けば90歳の老人のような話し方
那由多が興味を持つのもうなずけるが、20歳にはこの話し方とは、どんな生活でそうなったのか
那由多
「なんでそうなったんですか?w」
那由多が軽く聞くと、少し目を伏せたがまたすぐに笑顔になって話し出す
那由多はその一瞬を見逃さなかった、あまり良い事では無いのかと少し焦るが、幻十郎の話にも興味があったのは確かだ
もしまずかったら謝ろうと考えながら話を聞く
幻十郎
「ワシの親はおらんでな、爺様に育てられての、爺様がこんな話し方だったもんで、すっかり写ってしまったワイw」
那由多
「あんまり聞いちゃいかんやつでした?」
幻十郎
「いや…、良くある巻き込み事故じゃ、能力者のな」
そこまで聞くと、那由多は話を止める
それ以上はさすがに土足で踏み込むもの、それは那由多にもわかった
那由多
「すんません、そこで止めてもらって良いですか、あんまり話して嬉しい話じゃ無いでしょうから」
気を使って話を止めようとした那由多に向かって、幻十郎はノリノリで話を続けた
ひざまづいて、手を下から掬うようなジェスチャーをしながら
幻十郎
「なんじゃ?これからが良い所なのに、ワシのオヤジは、この世の破滅をもたらすと言われた能力者集団に襲われた時、並み居る能力者を、ちぎっては投げちぎっては投げ、」
そこまで言った幻十郎に向かって、笑いながら止める
那由多
「それは流石にオカシイwそんなヤツ居てたまるか!wそれこそ地球滅亡になり兼ねんっすよw、そんなアホな能力者は京介1人でお釣りが来ますってw」
幻十郎の事を気遣い、話を遮ろうとした那由多の気遣いを、バカ話でいつものように流した
お互いの事を信頼しているからこそ出来る、不器用だが優しいやり取り
そんな二人の温かみのある会話を、通信機の風切り音が遮る
隊員
「副隊長、聞こえますか?」
即座に答える幻十郎
「どうした?問題か?」
慌ててはいるが、余裕を持って対応する幻十郎
それに対してゲンナリした口調で隊員が話す
隊員
「大気発生装置の外壁が砕けてます!、多分蟲が突っ込んだか何かでしょう、どうしますか?、こちらで直すなら少し時間がかかりますけど、今日中に終わりますが!」
その通信を聞いた二人は、顔を見合わせやれやれとした顔で答える
幻十郎
「いや、ワシが行く!その方がはるかに早い、周囲に警戒して待機しておれ!」
隊員
「了解です!すみません、よろしくお願いします!」
面倒くさそうな顔で支度をする幻十郎
那由多がそんな幻十郎を心配して声をかける
那由多
「俺も行きましょうか?、何かあっても嫌なんで」
そんな那由多の心配をよそに、幻十郎が答える
幻十郎
「その気持ちを少しでも隊員に分けてやれんか?、ワシなら心配無用じゃて、小隊長は動かんで指示でも出しとれ」
ガハハとひと笑いし、そのまま出ていく
その後ろ姿を見ながら、那由多はこぼす
那由多
「ったく…隊員はあんたと違って健康でしょうが…」
那由多のその引っかかる物言い、幻十郎の身体に何があるのか知っているのか
拠点外
幻十郎
「全く…ちょっと病気だからって他の隊員と区別しよってからに…、まぁ、あヤツなりの心配じゃろうが、そんなそうそう死にはせんわい」
幻十郎は末期の心臓病にかかっている
しかも地球由来では無く、作戦で星々を飛び回っているせいで、感染経路の分からないウィルスによる心臓病
医療班にも療養しろと言われてるが、さすが第一部隊、言う事すら聞かない
幻十郎のたっての願いで、京介には伝えるなと言われている医療班、総隊長に知られれば、強制的に医療ポット行きは確定だからだ
そんな状態の隊員を、菜琉が放っておくはずがないが、今回の火星当番が終わったら、療養を受けると約束した
呆れた菜琉を尻目に、にこやかに出撃した幻十郎、さすがに医療班にドヤされるのは堪えるようで、この任務後には約束通り治療を受けようと考えていた
そんな豪快な漢の後を、パタパタと追いかけて来る人影
その人影に気づいた幻十郎は、うんざりした顔で答える
幻十郎
「……なんじゃ、お前も着いて来るのか……」
「誰が好き好んでこんな暴風の中でついて行きたいと思いますか!、なんなら大人しくしてて下さいよ!!」
医療第五班、班長
三島 みのり(22)
水属性
幻十郎
「別にすぐ戻るじゃろうに……」
みのり
「戻るから良いってもんじゃ無いでしょうが!、それとも総班長に逐一連絡しましょうか?!」
そう言われて頭を掻きながら、やれやれといった表情で装甲車に乗り込む
幻十郎
「……乗らんのか?」
みのり
「ほんっとうに身勝手ですよね!戻ったら入院してもらいますからね!」
この凸凹なやり取りをしている二人、傍から見れば親子にも見えるが、良いとこ兄妹のような年の差である
三島みのりは、必ず同行する医療班の隊員で、今回はたまたま幻十郎の一番隊に随伴したが、菜琉から目を離すなと幻十郎の事を聞いている
何かあっては遅いのは勿論、菜琉なりの気遣いであろう人材を選ぶ
伽耶や自分が行けば早いだろうが、いつもそうは行かない
故に物怖じせず、気も配れ、医療技術や回復能力の高いものを随伴させた
医療班の番号は、強さ順等では決まって無い為、番号が若くてもイコール回復能力が高い訳では無い
装甲車内
幻十郎
「別に着いて来んでもすぐ戻るじゃろ…」
みのり
「総班長から、かた時も目を離すなと言われてます!」
「そもそもなんで任務に来るんですか、休んで下さいよ、仕事増やして」
プンスカ怒るみのりに向かって、幻十郎が疲れた顔で言う
幻十郎
「いや今回だけは来たかったんじゃ、前から随分間が空いたからの、ちゃんと見ておかんと、壁がもたん所もあるじゃろうからの」
そんな幻十郎の答えに、さらにプリプリ怒りながらみのりが言う
みのり
「それこそ他にも居るでしょ!何も病気を押してまで来なくたって良いじゃ無いですか!」
幻十郎
「まぁ、確かにな、じゃが慣れて仕事が早いのも事実じゃて、虫相手ならそこまで危ない訳でもなかろうに」
みのりは口をへの時にして幻十郎の話を聞く、言ってる意味はわかる、あまり責めたい訳でも無い、とりあえず身体を心配しているだけで、仕事の邪魔がしたい訳でも無い
静かに怒るみのりに、ウェストバックからチョコ味の栄養バーを差し出し、食べんか?と幻十郎が聞く
みのり
「食べますよ!」
奪い取るように頬張るみのりを見て、にこやかにハンドルを握り直す
しばらくして
幻十郎
「ほれ到着!」
「なんじゃあ?!予想より酷いのう…」
みのり
「あらぁ……結構な傷ですねぇ、穴にはなってませんが」
幻十郎とみのりを見つけた隊員が声をかけてくる
隊員
「ご苦労さまです」
軽い敬礼をしながら迎える、それに説明をしながら壁まで近づく
幻十郎
「これは虫か?、随分派手にえぐれとるのう…」
隊員
「多分肥大化した虫がいるのかもしれないですね、ですが、どう見ても一撃では無さそうなので、複数回にわたってやられたか、数匹いるか、どちらにせよ危険には変わりないですが」
その話を聞いた幻十郎は、そのまま作業を始めようと、隊員に話しながら言う
幻十郎
「少し丈夫に直さんとなぁ、手伝わんでも良いから、そこの娘っ子と待っとれ」
そう言うと、壁に手を当て、そのまま手が吸い付いたように壁を登って行く
傷の上程度に到着し、持っていた拳程度の石のようなものを、壁に叩きつける
その瞬間瞬く間に壁がうねり、傷が消える
それを確認した隊員は、手で丸を作り、それを見た幻十郎はそのまま降りて来る
降りるや否や、地面に手をつけそのままその手を掬うように壁に叩きつける
外壁の近くの地面がザワついてから1呼吸、壁が完璧に直っていた
幻十郎
「ふむ、こんなもんじゃろ」
見上げた壁に、大きく居座っていた傷が、綺麗さっぱり無くなっていた
満足そうに見る幻十郎が、隊員に聞く
幻十郎
「他にはなかったか?ここはとりあえず終わったが、あるようなら直しておかんと」
隊員
「言われた通りにここで待機してる間、他のグループに確認したところ、傷は無いと言ってます」
それを聞いてすぐさま答える
幻十郎
「ならそのまま戻れ、ワシは少しみてから行く」
了解と挨拶をしてから、自分の装甲車に乗り込み、隊員は拠点に戻っていった
その姿を見おくった後に、みのりが幻十郎に話しかける
みのり
「少し見るって、なんですか?こちらとしても早く戻って貰いたいんですが!」
せかすみのりに向かって幻十郎が諭すように答える
幻十郎
「そうせくな、直したと言っても確認くらいはしなきゃいかんのじゃ、それに」
みのり
「それに?」
幻十郎
「あの傷は虫にしちゃデカくてのう、気になっただけじゃ」
幻十郎は顎を触りながらまじまじと壁を見る
虫の大きさ、今まで自分が駆逐したサイズでも、10トントラック程度
しかし、さっきの傷はゆうにそれの2倍程度の大きさ
壁に傷をつけるのは、熱源や人の気配で餌と勘違いしてぶつかる程度だが、さっきのはあまりに大きい
執拗にしないとあそこまで深くはならない
幻十郎に嫌な予感が走る
第一部隊 拠点
オペレーター
「……、お疲れ様です、予定通りには進んでおられるようですが、日程の方は問題無く進みそうでしょうか?」
本部に報告している那由多が、オペレーターと話している
那由多
「問題無さ過ぎて、早く終わりそうかもねw」
「そっちはどう?何も問題無い?」
オペレーター
「こちらは滞り無く、同じ部隊の事ですので言っておきますが、西島総隊長が相も変わらずはしゃいでおります、特殊部隊の総隊長と喧々諤々なくらいです」
その報告を聞いて、やっぱりかとケラケラ笑いながら答える
那由多
「あっはっ!、あれは特殊部隊が勝手に絡んでるだけだよw、京介もそれは分かってるから相手にしてないでしょ?w」
オペレーター
「それは分かりますが……、自分はまだBLITZで浅いのですが、どうしてそんなに嫌われてるんですか?」
オペレーターが当然の疑問を伝える
事も無げに那由多が答える
那由多
「あ〜w、多分京介が特殊部隊の隊員の扱いに文句言うからだよw、あっちの総隊長は縦社会の考えしてるから、隊員が危険な目にあってもそれが仕事って押すタイプだしw」
オペレーター
「なるほど……、資料で拝見しましたが、クリムゾンインパクトの当事者では、やはり気になるのでしょうか?」
那由多
「まぁ、京介の元々の気概だろうなwアイツは優しいからw、特殊部隊の総隊長は、元々警察か軍出身でしょ?、アイツは理不尽なのを嫌うからねぇw」
オペレーター
「……ありがとうございます、すみません、業務以外の雑談をしてしまって」
那由多の言葉を聞いて、オペレーターはいくらか心当たりがあった
交流があるのはBLITZ全体だが、軽口を言いながら、女子が好きそうな差し入れをし、オペレーターを気遣うのは特別攻撃隊のみ、いや、隊では無く、頻繁に来るのは西島京介だったからだ
少し申し訳無さそうに謝られたが、那由多達、そもそも特別攻撃隊はそんな事をいちいち気にもしていない
那由多
「良いよ別にw話が聞きたかったら、医療班のトップか、うちのトップに話聞いたら良いからw」
「んじゃ定期連絡終わりでw」
オペレーター
「お気をつけて」
プツっと通信を切り、マグカップから飲み物を口に運びながら、面倒くさそうな顔でため息をつく
那由多
「いちいち絡まなきゃいいのにwバカだなぁ、あいつら」
そうこぼす那由多
ポケットから写真入れを取り出し、物思いに老ける
クリムゾンインパクトの前に撮った特別攻撃隊の写真、そこに写るのは五条司と那由多や他の隊員、そして医療班の面々、勿論亜紀も写っていた
那由多
「……あんた達の種は立派に育ってるよ……」
少し擦れた写真入れの角をなぞりながら、あの当事の事を思い出す
火星の赤い砂嵐の音、それが、那由多の耳の奥で、かつての地球の青い風の音へと変わっていく
指先に触れる写真の冷たさが、いつの間にか、陽だまりのような温もりを帯び始めていた
……西暦3855年、まだ、誰もが明日を疑わなかった頃の話……
まだ若い那由多が、総隊長と話をしている
那由多(21)
「今度の作戦は俺留守番ですかw」
司
「悪いなw全隊とは言え、いくばくかは残さないといかんからw」
那由多
「まぁ仕方ないんで良いんですけど、よりによってルーキー入れるんですか?w」
司
「そこは悪いな、実戦積ませたらアイツは十分ものになるwそれに、面白いw」
その答えに、意味がわかる那由多はケラケラと笑いながら続ける
那由多
「いやぁ、総隊長が言うならそうなんでしょうねぇwなら仕方ないですw」
「まぁ、とりあえず無事に帰ってからまた話しましょうw、待ってますんでw」
司
「おうw土産話、楽しみにしとけw」
西暦3862年 火星
那由多
「……あれが最後とは、なかなか締まらねぇw」
那由多はそう呟き、空になったマグカップをテーブルに置いた
カツン、という乾いた音が、かつての地球の風の音を完全に消し去る
写真を左胸のポケットに仕舞い込んだ時、彼の瞳からは[弟分]の面影が消え、代わって[第一部隊の小隊長、那由多]としての鋭い光が宿った
那由多が物思いにふけっている時、大気発生装置の幻十郎達が虫と遭遇していた
幻十郎
「いやぁっはっはっw参ったのう、まさかこんなにワラワラ湧いて来るとはなぁw」
みのり
「騒ぎ声で寄ってきたんですかね?」
大気発生装置の外壁に登って見下ろす二人
先程二人で話しながら確認を行っていた所、虫が大群で押し寄せて来た
何か目的があった訳では無いだろう、二人を襲う訳でも無い
ただの通りすがりではあるが、辺り一面虫だらけ
あまりに気持ちの良い光景では無い
幻十郎
「虫にそんなデリケートな感覚は無いじゃろうwただの通りすがりじゃて」
楽観的な幻十郎に、持ち運ばれて一緒に外壁の上にいるみのりは、医療班とは言えやはり女の子、相応の反応をする
みのり
「あんまりこう、ワラワラいるのを見て気分が良いものじゃ無いですが……」
そんなみのりを茶化す幻十郎
幻十郎
「なんじゃ?虫が嫌いか?w」
みのり
「嫌いと言うか、ここまで数がいると気持ち悪いです…」
その答えにガハハと笑う幻十郎
みのりの頭を撫でる
幻十郎
「意外に可愛い所もあるのうw」
「心配せんでも、すぐ通り過ぎるわいw少しの辛抱じゃw」
子供扱いされた事が少し恥ずかしいのか、それとも腹立たしかったのか、みのりが強く言う
みのり
「子供扱いしないで下さいよ!」
口調とは裏腹に、幻十郎の手を払い除けないのを、素直で可愛いと感じ、また笑う幻十郎
殺伐とした戦場で、ほんの少しだけ微笑ましい関係
この不思議な関係は、きっと五条司や西島京介が築き上げて来たのだろう
司が遺し、京介が守り抜いてきた、この家族のような距離感
それは、冷徹な軍隊には決して真似できない、彼らの[強さ]の源泉だ
そんな微笑ましい一時を邪魔するように地鳴りが聞こえる
虫の足音のせいでは無く、明確に何かが起こしている地鳴り
虫とは違う異変に、幻十郎が目を細めて遠くを見る
よく見えない、が、何かがいる
虫が来た方向、それを目を凝らし凝視する
幻十郎
「……なんじゃろうな、民間人の兵器試験じゃ無さそうじゃが……」
みのり
「何か見えます?私はよく見えないんですが……」
幻十郎
「お前さんも気付いたか、何かおるぞ…」
幻十郎がみのりの頭に手を置いたまま、その[何か]をもっとよく見る
刹那、幻十郎はみのりを抱き抱え、壁から飛び降りる
その瞬間、鋼鉄より硬い外壁が砕け散った
幻十郎がその壁を砕いたものの正体を確認する
見えない、なぜ?何が当たった?
幻十郎の頭の中の経験をフル回転させ、おおよその検討をつける
幻十郎
「……光?」
みのり
「なんですか急にぃいいいい!!」
落下しながらそういえばと考え、壁の途中に張り付く
幻十郎
「おう、スマンすまんw」
みのり
「びっくりするじゃ無いですか!壁も壊れるし!なんなんですかもう!」
幻十郎
「……結構余裕じゃのう……」
丁度虫の列が切れ始めた所で、幻十郎がみのりを抱えたまま地面に降りる
その頭上をまたもや[何か]が壁を砕く
その砕かれた破片が降り注ぎ、数匹の虫に当たる
虫達はそれで威嚇体勢になり、幻十郎とみのりに気がつく
幻十郎
「ありゃ、これは少しめんどくさいのう」
みのり
「……虫に今襲われそうですか?……」
面倒そうな幻十郎とは反対に、みのりは怯える
大きさはミニバン程度ではあるが、さすがに虫にしては大きく、その大きさの虫に地球では見ない違う恐怖を抱く
さすがに誰でも自身より大きい昆虫はあまり気分の良いものでは無い、こと虫が好きではない人間なら、その細かい造形に嫌悪を覚える
虫嫌い特有の恐怖を感じるみのりを横目に、幻十郎はやれやれと戦闘態勢をとる
地面から鉄分、金属分が足からはい上り、幻十郎の身体を覆う
無骨な金属の鎧を纏い、その手には先の尖った大ハンマー
幻十郎
「やっぱりこの形が楽じゃなw」
そう言うと一気に虫に飛びかかる
頭を潰し、その勢いで背中に移動し、背面から一息で叩き潰す
あっという間に一匹戦闘不能にする
続けて次々に虫を相手に飛び跳ねる
数匹いた虫があと一匹になる、そのままの勢いで留めを指そうとした時、先程の光が幻十郎を襲う
直撃し、態勢を崩す幻十郎
幻十郎
「しまった!、気にせんかった…」
虫の目の前に無防備に落ちる幻十郎
虫からすれば格好の餌、いくら硬い鎧をつけていても、虫の顎は大きさに比例する
おそらく一瞬で噛み砕かれるだろう
みのりがそれに気付いて走り出し、幻十郎を助けようとした時、余裕の笑みを浮かべ呟く
幻十郎
「餌になるにはまだ早いわいw」
そう呟いた幻十郎を襲おうとした虫が、地面から生えた金属の柱に、一斉に貫かれる
それこそ他に刺すところが無くなるくらいに滅多刺しにされる
キーキーと断末魔をあげて動かなくなる虫
幻十郎
「ワシを食おうなんて、今世では叶わんぞw」
そんな余裕な幻十郎にみのりが駆け寄る
みのり
「大丈夫ですか?!怪我を見せてください、綺麗に吹っ飛びましたから」
そんなに慌てるほどでも無いだろうと鬱陶しそうにみのりの言う事を聞く
メディカルパックを開き、バイタルチェックと怪我の治療、手際が良い所の動きでは無い
常に危険と隣り合わせのBLITZの医療班
そんな事は朝飯前なのだろう
幻十郎
「そんなに慌てんでも良いじゃろうに…」
みのり
「ダメに決まってるでしょう!ほんとに総班長呼びますよ!」
幻十郎
「……総班長はやめてくれぃ、あれも京介と一緒ですぐ飛んで来るタイプじゃからのう…」
みのり
「なら大人しく言う事聞いてください!!まったく……バイタルは正常ですが、少し興奮したんで脈が早いですね、これを飲んで下さい」
みのりが差し出したのは、幻十郎用の心臓の薬、科学班に菜琉が作らせた錠剤
さすがにそれを断る理由も無いので、大人しく受け取り口にする
苦い薬を飲み下し、幻十郎はひとつ、大きな息を吐いた
渋々大人しく対応している幻十郎がこぼす
幻十郎
「…そんな慌てんでも死にはせんじゃろうて……」
みのり
「ダメです!!総班長には逐一気にしろと言われてるんです!!そのくらい貴方は危ないんですからね!!あんまりグチグチ言うと、本当に送り返しますよ!!」
幻十郎
「……分かった、分かった、大人しくするから、その怖い顔を仕舞え…」
そんなやり取りをしていると、遠くから何者かが近付いてくる
その気配に気付いた幻十郎が目をやる
幻十郎
「さっきの主かの?…」
みのり
「もう!本当に邪魔ばっかりして!」
緩い……この二人はなぜここまで緩い対応をするのか
五条司という男が遺した毒か、それとも救いか
あるいは、このBLITZと言う地獄で[人間]であり続けるためには、これほどまでに壊れている必要があるのか
幻十郎が治療も程々に、立ち上がり構える
幻十郎
「話ができるタイプじゃとありがたいんじゃがなぁ……」
みのり
「治療の邪魔しないで下さい!!貴方が思ってるよりこの人は重症なんですから!!」
物怖じしない性格が災いしてか、人影に声を荒らげるみのり
幻十郎は少し慌て、みのりを静止するが、そんな言葉を聞く気は無いみのりは、なおも人影に続ける
みのり
「やるのは停めませんが!せめてあと10分待って下さい!!その後ならいいですから!」
聞く訳が無いだろうと、さすがの幻十郎も呆れ、警戒したまま構える幻十郎
人影の歩みは止まらない、が、二人の近くまで何もせず近づく
肉弾戦の間合いには入ったが、特に何もしない
その人物が口を開く
「……治療するならしなよ」
まさかの返答に幻十郎が驚く
その言葉を聞いて、みのりは幻十郎を座らせ、治療の続きを始める
みのり
「意外に聞き分けが良くて助かります」
そうは言っているが、そこまですんなり治療出来る事に、みのり自身も驚く
何を考えているか分からない
武士道精神の様なものか、それともただの余裕か
砂嵐の音が、遠くで鳴り響いている。 みのりが幻十郎の肩に医療用パッチを貼る「ペリッ」という乾いた音が、やけに大きく響いた。
人影は、ただそこに立っている、 呼吸ひとつ乱さず
腑に落ちない幻十郎は、目線を離さず人物に問う
幻十郎
「……名前を教えてもろうても良いか?」
教えられなくても構わないが、そんなに聞き分けが良いなら、と試しに聞いてみる
「……ライオット……」
応えた事に驚くが、何よりその名前、なかなか物騒な名に、幻十郎が続ける
幻十郎
「なかなか面白い名前じゃのう……物騒な名じゃ…」
みのり
「暴動ですか……」
暴動や騒乱とは縁遠い風貌、顔が隠れる長髪に、色の白い肌、血色の悪い唇
ライオットと名乗った人物は、それにさらに言葉を重ねる
ライオット
「俺がつけた訳じゃない……勝手に呼ばれてる……」
幻十郎
「呼ばれてる?……どこかの所属か?……」
ライオット
「……エメラルドドラゴン……」
二人の動きが一瞬で止まる
焦りも出ただろう、だが、確かに目の前の男は、エメラルドドラゴンと口に出した
BLITZが最重要としている犯罪組織の一員が、目の前に立っている
たった一人でBLITZの部隊と渡り合える能力者集団のうちの一人
緊張する二人
みのりを護ることに幻十郎が神経を向け始める
みのり
「なんですか!命を狙いに来たんですか!」
我慢し切れずみのりが言う、確かにそうだろう、三大組織のうちの一人が、明らかにBLITZの隊員を攻撃した
当然の質問
そんな質問に答える訳がないと思ってはいるが、聞かずにはいられなかった
幻十郎がさすがにそれは言わんじゃろう、と言った時、ライオットが口を開く
ライオット
「命は…別に…」
命は別に?
狙っては来てないと言う事なのか?
頭が追いつかない
ライオットはさらに続ける
ライオット
「BLITZを狙いに来た訳じゃない…、多分お前らは色々勘違いしたままの認識だ…」
勘違い?何を言っている?ますます理解が追いつかない
みのりが医療パックを閉じる[カチリ]という小さな音が、10分間の静戦協定の終わりを告げた
幻十郎
「……はてさて、このまま続きを始めるか?それともおしゃべりをするか?、おしゃべりなら助かるんじゃがな……」
淡い期待で話す幻十郎、しかし、ライオットは手を壁に向けて一閃の光を出す
壁に当たった光は、壁を切り裂き大きな傷をつけた
熱で溶ける事も無く、鋭利な破壊痕
初めに壁に付いていた傷の主かと思ったが、明らかに性質が違う
それを見て幻十郎は大きなため息を吐き、覚悟を決めて言う
幻十郎
「……仕方ない…、続きは相手が終わってからじゃな…」
そう言う幻十郎に向かって、ライオットは懐から鏡を出す
小さい、掌くらいの鏡を数枚
それを幻十郎の方に投げる、当てるつもりは無い軌道
その鏡に気を取られていた直後、幻十郎の足に痛みが走る
幻十郎
「なっ……」
幻十郎の鎧を砕き、負傷させていた
それを見ていたみのりは、すぐさま加勢しようと動く
幻十郎が、みのりの前に金属の壁を出し、物理的に動けないよう隔離した
みのり
「なんですかこれは!今すぐ退けて下さい!」
騒ぐみのり、幻十郎はライオットから目を離さず答える
幻十郎
「医療班が怪我したらいかんじゃろうに…それに能力での治癒は自分には効かんじゃろ!」
医療班と言うか、治癒の能力者はその能力を自身には使えない
原理は分からないが、能力の使用者自身を治療能力では治療できない
そんな事が出来れば、今より大幅に人が救われるが、さしもの科学班でも、未だに解明出来ていない
そのやり取りを見ていたライオット
静かに鏡をまた投げる
今度は意識をライオットに向けたまま、何が鎧を貫いたか目を凝らす
一瞬、ほんの少しだけ見えた
キラリと瞬いた後、幻十郎の身体をそれが貫いている
やはり光、ビーム?レーザー?それが何か詳細が分からないが、鏡に反射するならば、熱はないと考える
ならばと鎧を変化させ、鏡面に仕立て直す
いやらしい笑顔で幻十郎が言う
幻十郎
「いっひっひっw、お前さんの能力は、これには効くかの?w」
そんな事もできるのかと、感心するライオット
しかし構わず鏡を投げる
それに対して幻十郎が構え、そのまま突っ込む
多少驚いたが、ライオットは構わず能力を使う
意気揚々と突っ込む幻十郎が、唐突に転倒する
何が起きたのか本人も分からなかった、派手にすっ転ぶ直前に目にしたのは、眩い光
そのせいで目が眩む、ただ目が見えない
見えないと言うか、眩しくて目が眩んだ
突っ込んだはずの足が、地面を踏みしめるつもりが、空を切る。
ガツン、と顔面から地面に転倒し、衝撃と共に鼻を突く砂の匂い。
幻十郎
「しもたな……その手があったか、まぁ確かに理にかなっとる……」
無駄に抗わない幻十郎に向かって、次の手をどうしようか考えるライオット
それに向かって叫び声を投げつけるみのり
みのり
「いい加減にして下さい!何が起きてるか分からないけど、さすがに怒りますよ!」
その言葉と同時に、みのりを隔離していた壁から津波のような大量の水が溢れ出した
それに驚いたライオットが、飛び退きそれらをかわす
飛び退いた先には水の壁、しかもサビを含んだ赤い水
ライオットは一瞬警戒した、だがそれはライオットの意識を足止めする為にわざとみのりが混ぜたもの
それに気を取られたライオットは、みのりの水に押し潰された
そのままで済めば良かったが、エメラルドドラゴンの一人がそんな事でどうにかなるとは思えない
大量の赤黒い水が、乾いた火星の地表を飲み込んでいく
轟音と共に押し寄せた濁流のただ中
逃げ場などないはずのその場所から、ライオットは重力を無視したような跳躍で、遥か頭上の外壁へと張り付いていた。
ライオット
「危ないな、君には何もしてないだろ」
呆気に取られた幻十郎は、まだ目が眩んでいるが、その言葉に反応する
幻十郎
「なんじゃ!どうなった?」
その声を他所に、みのりがライオットに言う
みのり
「もう良いでしょ!タダでさえヒヤヒヤするのに、これ以上心労を増やさないで下さい!」
落ち着いたのを見計らって、地面に降りるライオット
その様子を見て答える
ライオット
「だから殺すつもりは無いと言ってるのに……」
みのり
「攻撃しといてその気は無いって、通用しないでしょ!」
「そんなに争いたいなら、私が相手になります!!」
みのりの周りに水が蠢いている、今にも飛びかかりそうな勢いで、みのりに呼応する様に
その言葉に、ライオットが両手をあげる
意味が分からないみのり、そのまま警戒する
ライオット
「今日は帰る…君は苦手なタイプだ…」
そう言うと、ライオットが光って消える
呆気にとられたみのりと、状況が飲み込めず狼狽える幻十郎
幻十郎にみのりが言う
みのり
「もう少しそのままで動かないで下さい!取りあえず治療したら説明しますから!」
幻十郎
「さっきのはどうした!」
みのり
「分かりませんが、帰りました…」
幻十郎
「帰った?!……」
ライオットが消えた場所には、弾かれた光の粒子だけが、火星の砂嵐に混じってキラキラと虚しく舞っていた。
ああも簡単に、死線は引いていくものなのか
濁流の音も消え、後に残ったのは、荒い呼吸を繰り返すみのりと、視界を奪われたまま地面に座り込む老兵の姿だけだ。
一体どういう事なのか、みのりは疎か幻十郎二人とも全く分からなかった
とにかく幻十郎の治療をしないと行けないみのりは、そのまま治療し、幻十郎は混乱した頭を整理しようとしたが、何も纏める事が出来ないまま、みのりにされるがままだった
幻十郎
「……なんじゃったか訳がわからんが、兎に角無事で良かったのう…」
そう言いながらみのりの頭をまた撫でる
処置の邪魔だと言いながら、手は払い除けない
みのり
「動かないで下さいよ!やりずらいです」
ほんの少しだけ息を整えたら、外壁をまた直さないと行けないと思い、それでも血の気の多い医療班が無事だと胸を撫で下ろした