ANGEL WALTZ 作:とくめい
予期しない襲撃者?により、外壁修理が終わり、戻ってきた幻十郎とみのり。
帰りの装甲車の中で、みのりがプリプリ怒りながら幻十郎と話している。
みのり
「あそこで敵が引かなかったら、どうする気だったんですか!」
「運良く逃げてくれたからいいものの、危なかったじゃないですか!」
そんな風に言われたが、幻十郎は腑に落ちない所を思い出していた。
幻十郎
「まぁ、危ないと言えばそうじゃが、やる気になれば、最初にワシを仕留められたじゃろうに……あの能力は目眩ましで済む能力じゃ無いじゃろ……」
幻十郎の言う通り、鎧を貫ける威力があれば、幻十郎の目をわざわざ眩ませなくても、その初撃で仕留められたはずだ。
なぜしなかったのか、みのりは考える。
難しい顔で静かになったみのりに、まだ目が見えていない幻十郎が答える。
幻十郎
「ワシを仕留める気がないと言うのは本当だったんじゃろうな……まだ目は見えてないがのw」
「それに、お前さんが苦手なタイプだと言って逃げたんじゃろ? お前さんが怖かった証拠じゃw」
ガハハと笑いながら、見えない目でみのりに言う。
そう言われたみのりは、少しムッとしながら幻十郎に言い返す。
みのり
「仮にその気が無かったとしても、目を見えなくしたのは事実ですし、身体に穴を開けられたのも事実です!」
「それに、私は怖くないです!!」
前半の正論から、女の子らしい可愛い所に怒るんじゃなぁと、少し微笑ましい気持ちになった幻十郎は、手探りでみのりの頭を掴み、ガシガシと撫で付けた。
みのり
「運転しづらいですよ! 拠点に行ったら検査しますからね!!」
怒りながらも手は払い除けないみのり。
それも相まって可愛いとさらに撫で付ける幻十郎、二人は拠点に戻って行った。
拠点に到着し、目が見えないため、話し方通りのおじいちゃんムーブで装甲車を降りる。それを待機していた医療班が介助し、みのりも細かい伝達をする。
第一部隊の隊員は数名集まったが、皆心配そうに副隊長の幻十郎を手伝っていた。 照れくさいのか何なのか、幻十郎が隊員達を蹴散らすように遠ざける。
幻十郎
「やめんか、そう何人も縋ると、医療班が邪魔になるじゃろうが!」
隊員
「副隊長、珍しくやられましたね。大丈夫ですか? 俺たちが代わりますよ」
冷やかす隊員に、幻十郎が叫ぶ。
幻十郎
「ガハハ! お前らに心配される程耄碌しとらんわいwワシの代わりなんぞ、20年早いわw」
明るく迎えるが、隊員達も心配しなければ、この突風の中をわざわざ表には出てこない。まして医療班が迎えているのに、余計に隊員が迎える必要がないからだ。
それだけ幻十郎が愛されているのだろう。
そんな事をみのりは考えていたが、やはり幾分邪魔には変わりないので、隊員を蹴散らす。
みのり
「副隊長は処置しますから! 他の方々は下がってください! と言うか戻ってください! 邪魔で運べません!」
歯に衣着せぬ物言いで、集まる隊員達を遠ざける。 やはり医療班は強い。
医療班 処置室
幻十郎を簡易ベッドに寝かせ、みのりと副班長が検査と治療を施す。
副班長は、未だ視力が戻らない幻十郎を検査し、ため息をつく。
副班長
「ん〜、もしかしたら、ちょっとこれは本部に戻らないと直せないかもしれませんねぇ」
その予想外の答えに、幻十郎が驚きながら言う。
幻十郎
「なんじゃと! そんなに酷いのか?!」
ただの目眩ましだと言っていた幻十郎が驚くのに対し、副班長がゆっくり答える。
副班長
「大した事はないんですよ。ただ、この作戦中は見えるようになるかどうかと言う所ですねぇ。目が眩んでいるだけといえば、眩んでいるだけなんですが……」
みのり
「目が眩んでるだけなのに、回復するのにそんなに時間がかかっちゃうんですか?」
副班長
「失明はしてないから回復するんですけど、急ぐなら本部に戻った方が早いですねぇ。黄斑部にもろに炎症が出てるので、まぁ要するに、絶対安静ですね」
そう言う副班長の話を聞き、慌てる幻十郎。
幻十郎
「待て待て! 仕事が出来んのか? それなら本部に戻って治してから、またすぐ戻る手配をしてくれ!」
そんな幻十郎に副班長は冷静に話す。
副班長
「戻るのは構いませんが、その時は総班長に報告致しますので、戻って来るのは無理ですねぇw」
カラカラと笑いながら、幻十郎に諦めて治療を受けさせようと話す副班長。
【医療班 第五班 副班長:弥生 三月(やよい みつき)】 特異系(毒物生成)。20歳。
ありとあらゆる毒物、薬物を生成する能力者。
触れたものは勿論、体内での生成も可能で、使い方次第でいくらでも暗殺向きな能力者ではあるが、本人が医療に興味があったのと、西島京介に対して自分のありとあらゆる能力を駆使した攻撃が効かなかった事が原因で医療班に所属している。紗夜麻菜琉総班長、八尺伽揶総副班長にも勝てない時点で、諦めがついたらしい。
そんな三月に幻十郎が問いかける。
幻十郎
「お前さんなら、すぐ治せるじゃろ」
それに三月が少し悩み、思いついて答える。
三月
「ん〜、金属のサビを取るのに、酸性の洗剤を使うとよく落ちますよね?」
唐突な質問だが、思わず頷く。
三月
「なら、金属のサビを落とすのに、濃硫酸を使う人はいませんよねぇ?」
ニンマリ笑いながら例え話をする三月。
意味がわかるみのりと幻十郎は、さすがにそれはまずいとションボリする。
幻十郎
「……そんなにか。困ったもんじゃのう……」
みのり
「能力者の向上した身体能力が仇となりましたね、今回は大人しくしてください」
能力で作ったアイパッチを、幻十郎の目に当てながら言う。
簡易ベッドの上で身を起こし、二人の説明を聞きながら頭を掻く。
みのりと三月がカチャカチャと機器を片付け、処置室から出たり入ったり忙しなく動いている中、幻十郎はみのりが能力で作った、幻十郎の涙と同じ成分のアイパッチをつけながら、困り顔で悩んでいた。
その姿を横目で見ながら、三月がみのりに小声で話す。
三月
「本当は治せるんですけどねぇ。万能じゃないので少し時間が掛かりますが、総班長にも言われてますし、安静にしてもらいましょう」
その言葉にみのりは納得した。三月が治せない訳はないと。
三月なりに心配してくれているのだと安心し、人差し指を口に当てて、二人は笑顔で作業を続けた。
パァーンッ!!
と豪快に扉を開く音。扉の外には小隊長、袈裟那由多が来ていた。
那由多
「幻十郎さん、やられちゃったの?w」
みのり
「やられてないです! と言うか静かに入ってください!」
やかましい登場に、医療班班長の正論のお叱り。 一瞬で那由多が静かになる。
那由多
「……お、おう、スマン…」
謝りながら、視線を幻十郎に向ける
いつも豪快に笑い飛ばす姿を知っているが故に、今の静かな幻十郎はなかなか珍しい
余程こっ酷くやられたのかと、心配そうに状態を聞く
目が眩んだだけと聞き、顔を覆いバカ笑いする那由多
それはそうだろう、深刻そうな表情で佇んでいれば、何か致命的な負傷でもしたのかと心配する
安静にさえすれば治ること、そして、今回の作戦中動けないというだけで[この世の終わり]のような顔をしている幻十郎に向かい、那由多はさらに笑い飛ばした。
バカ笑いする那由多を見たつもりの幻十郎。 だが、その顔の方向は絶妙に惜しく、隣の三月に向けられていた。
三月が笑いながら「今見てるのわたしですよ」と声をかけると、幻十郎は慌ててまた顔を横に振る。 ――だが、そこにあるのはハンガーに掛かっている白衣だ
それを見た那由多が、また堪えきれず笑い転げる。
締まらない。これがBLITZの強者の日常なのか。
那由多
「ダメだこりゃw、とりあえず安静にするか、帰還するかですねw」
幻十郎
「いやぁ、些か帰還はまずいんじゃないか?」
那由多に幻十郎が答える。
確かにこの任務は、幻十郎の能力があれば予定が大幅に早まるはずだった。
だが、元々それを計算に入れない日程だったので、おそらく少し遅れる程度で完了するだろう。
しかし、最大の懸念は、幻十郎とみのりを襲った[ライオット]――。 『エメラルドドラゴン』だと名乗ったその存在を、流石の那由多も見過ごすわけにはいかない。
それを詳しく聞こうと、那由多がようやく息を整える。
那由多
「ところで。幻十郎さんの目をそんなに『面白く』したのって、エメラルドドラゴンって名乗ったんですよね?」
幻十郎
「(面白い……)……まぁ、それは間違いないのう。そこの班長も一緒におったのでな」
幻十郎の応えに、那由多が難しい顔で首を捻りながら悩む
みのりがその姿に、何を考えてるか問う
みのり
「何か悩む事あるんですか?」
考えながら那由多がそれに答える
那由多
「いやぁ、本部に応援案件かなぁって思ったんだけど、総隊長から一応権限貰ってるしなぁと思って」
それに三月が興味を示す。
三月
「権限ってなんですか? 何かの権限欲しかったでしたっけ?」
その問いに、幻十郎が答える。
幻十郎
「うちの部隊含め、例の『三大組織』と接敵した時にな、六番隊までは独自の判断で動いても良いと言われとるんじゃ」
「応援を呼ぶもよし、独断での戦闘も許されとる」
その説明を聞いた医療班の班長と副班長は、頭の上に電球でも浮かぶ勢いで納得した
那由多がウンウン唸りながら、妥協案のような提案と、拭い去れない懸念を口にする。
那由多
「とりあえず、幻十郎さんは拠点待機ですよねぇw。……それと」
「……襲った奴の他に『仲間』がいた場合が、最高にめんどくさいですねぇ……」
それは、現場を知る者としての当然の懸念だった。
確かに三大組織の人間とはいえ、こんな場所に一人でいてもおかしくはない。
だが、基本は誰かと連れ立っていると考えるのが妥当だ
真剣にどうしようかと悩んでいる小隊の二人と班長、そこに明るく三月が口を挟む
三月
「戦闘が心配なら、私たちが前に出れば良いじゃないですか。そんなに悩むことですか?」
医療班を最前線に出す?
能力だけを見れば悪くない提案だが、何よりリスクが大きすぎる。
第5班の班長と副班長という「生命線」を二人とも前線に投じるのは、部隊全体の生存率に大きく関わる。
ありがたい提案だが、那由多は即座に首を振った。 しかし、班長のみのりが、意外なほど好戦的にその案に乗っかる。
みのり
「それで良いじゃないですか! 三月さんと私のどちらかが残れば良いだけですし!」
那由多
「そうじゃなくて……! 治療を計算に入れないで戦闘するってことは、実質メディカルケアが死ぬってことなの! さっきみたいな緊急処置もできなくなるし、随伴したとしても『他の隊員の怪我は治さない』って宣告するようなもんなんだよ?」
みのり
「だから、うちの班員を多めに連れて行けば良いじゃないですか。それに医療班って言っても、三月さんも私も、能力自体は『戦闘向き』ですよ」
涼しい顔で言い放つみのりに、那由多は頭を抱えた。 (……菜琉ちゃんに文句言われる……)
幻十郎
「……理屈はそうじゃが。他の隊員の怪我を度外視しての戦闘。しかも状況によっては、お前さん一人で敵陣へ突っ込むことになるぞ? 本当にいけるものか?」
幻十郎のその問いに、不敵に笑いながらみのりが答える。
みのり
「――うちの班員は、そこまで弱くありません!」
客観的な根拠など何一つない。
だが、自信満々に言い切るその姿には、有無を言わせぬ説得力が宿っていた。
那由多はぐうの音も出ずに口を噤み、幻十郎は見えない目でみのりの気配を追いながら、「一体誰に似たのやら」と、困ったように頭を抱えた
幻十郎
「……そんな絆創膏より先に患者を打ちのめすような医療班は、伽揶坊だけで十分じゃ……」
諦めた幻十郎と那由多
二人は仕方ないと言いながら、先ずは拠点の移動準備をしようと声をかける
先程より風が静かになっていた
拠点を移動させるなら、今のうちに準備をし、いつでも動けるようにしておこうと話す
医療班の二人は、なぜかはしゃぎながら手伝いのために処置室を飛び出していった。
その遠ざかる楽しげな足音を聞きながら、那由多がポツリと零す。
「……一体何を期待してるんだよ……」
隣で、幻十郎も困ったように眉を寄せた。 「…………医療班って、そんなに退屈なもんなんじゃろうか……」
数時間後。拠点の移動が開始された。
医療班と攻撃隊。
その二つを混ぜ合わせた変則的な部隊編成を組み、細かな指示が飛び交う中で拠点が動き出す。
幻十郎の傍に付く医療班を倍に増やす一方で、残りの班員たちは、欠けた幻十郎という『巨大な穴』を埋める戦力として攻撃隊に紐付けられた。
戦力の均衡を慎重に図りながら、実戦に投入できる人数を均等に振り分けていく。
――要するに。 負傷した幻十郎と、その護衛に付く医療班数名を除き。
残りの全員が、戦闘、及び本来の任務へと向かう『全戦力』となったのだ。
拠点 処置室
一人残された幻十郎、退屈なのか心配なのか、ベッドの上で、見えない目で天井を仰ぎながらボヤいている
幻十郎
「……変な組み合わせで仕事し始めたが、まぁ……、やっぱり心配になるのう……」
周りにいた医療班の面々も、作業の手を止めることなく、幻十郎のその言葉に静かに頷く
幻十郎と医療班、おそらく考えている事が根本から違う
みのりと三月の普段の姿を知る医療、任務時に随伴する攻撃隊、この二つの視点は似て非なるもの。
[心配]と言う言葉が、これほどまでに噛み合わないのも珍しい
大気発生装置 外周
みのり、三月、那由多はそれぞれ別の班としてグループ分けされ、皆別々に壁の点検と修復を行っている
虫の駆除、外壁の点検、修復
人員を総動員出来てる状態が故、些か作業スピードが早い
これならば幻十郎が居ない穴を埋め、任務の期間が早く終わりそうな勢いである
たまに虫が出現はするが、第一部隊の隊員が好戦中に、医療班が修理する、またはその逆に医療班が戦闘中に、第一部隊が修理をする
医療班員
「……虫嫌いなんすよ!」
そう言いながら、木属性の能力で一気に叩きつけ、樹木の蔓や幹で絡め取り木の養分にする医療班
第一部隊隊員
「……アレ、俺らよりエゲツなくなぁい?」
そこはかとなく不思議な光景が、そこかしこで見てとられる
人員増加の恩恵が、まさかの形で現れた事に、那由多も驚きを隠せない
いや、元々第一部隊もこのスペックは持ち合わせていたのだろうが、安全や確実性を考慮し、拠点に人員を留めすぎたのかも知れない。
次は少し考えようと思った矢先、通信機から叫び声が聞こえた
隊員と医療班員のグループから、慌てた声で那由多に呼び掛ける
隊員
『小隊長! 急いで、急いでこちらへお願いしますッ!!』
尋常ではない慌てように、那由多の背筋に冷たいものが走る。
那由多
「どうした、何があった! 落ち着いて説明しろ!」
隊員
『虫です! 見たこともない大きさの……それが、大群で迫っています!』
那由多
「虫の大群? 大きさはどのくらいだ!」
隊員
『……10メートル、いや、それ以上はあります! このままのルートだと西側の大気発生装置はおろか、民間の兵器試験場や実験施設まで破壊されます!!』
ありえない報告に、那由多の顔から血の気が引いた。
那由多
「うっそだろ……。そんなサイズ、記録には一度も出てねぇぞ……!」
「分かった、今すぐ合流する! うちの班は、俺以外はこのまま作業を続行してくれ!」
那由多は通信を切ると同時に、走り出した。
その途中、通信機から聞きなれた声がする
みのり
「小隊長!私が近いから向かいますよ?!」
その言葉に反応しようとした時、別の声が聞こえる
三月
「私の方が近いですよ?」
考えるのを諦め、思いのまま叫ぶ
那由多
「なら両方来てくれ!」
通信機からは、同時に了解と聞こえ、そのまま那由多が走り続ける
地鳴りが段々大きくなる、生演奏のJAZZのバスドラの様な重低音……近づいてきた
鬱蒼と茂る樹木の先には、見た事のない大きさの虫が闊歩していた
那由多
「……さすがに…デケェな……」
唖然とする那由多の元へ隊員が駆け寄り、報告する。
隊員
「小隊長!あの虫カッチカチです!、とんでもなくカッチカチで、攻撃しても意味がありません!」
そんな風に焦る隊員に、那由多はなぜか不敵に笑いながら言う
那由多
「カッチカチか……、ハハッ、ゾックゾクするだろ?w」
その答えを聞いた瞬間、焦り気味だった隊員は冷静になり、(だいぶ余裕だなぁ、この人……)那由多を虫の付近まで誘導した
巨大甲虫の数は10数匹、数は大したことは無いのだろうが、問題はその巨躯、一匹でもなかなかの災害になりうる
那由多は腕に付けていたミュージックプレイヤーを起動させ、リズムを取りながら飛び上がって虫の頭に乗る
那由多
「デカすぎんだろ……」
虫に手を当て、能力を発動する那由多
そのまま後ろに飛び上がる、飛んだ瞬間に虫の頭が炸裂する
しばらく歩行したが、頭を潰され動きを止める
ついでと言わんばかりに、死んだ虫の背中を炸裂させ、後続の虫の足止めをしようと考えたが、欠片が虫に命中しても、他の甲虫は意に返さない
那由多
「参ったな……」
呆れた様子の那由多、次の手を考えていると、下にみのりと三月が集まってきた
通信機越しに話す二人
みのり
「……デッカイですねぇ……」
三月
「……このサイズは想定してませんでした……」
丁度良い所に来たと言わんばかりに、那由多が声をかける
那由多
「タイミング良かったw、こいつらどうにか出来そう?」
二人は息を合わせて応える
三月、みのり
「勿論!合図したら避けて下さい!」
何をするのか分からなかったが、何かをするのは読めた
そのまま待機してると、みのりは地面に手を置き能力を発動する、地下水脈なのか大気成分なのか分からないが、大量の水が溢れ出す
それを三月は他の隊員に、自分達より後ろに下がれと合図する
みのり
「三月さん!お願いします!」
何故か三月に声をかけるみのり、言われた三月はそのまま溢れ出す水に手を入れる
過塩素酸塩が多く含まれているはずの水の中に、躊躇なく手を入れる
他の隊員はあっ、と言う顔をしたが、医療班だけは『うわぁ……』と言う顔をしていた
三月が手を入れた水は、すべからく変色し、毒々しい色合いに成る
それを見届けたみのりは、三月に目でアイコンタクトをし、那由多に叫ぶ
みのり
「(有機物相手なら、三月さんが多分一番効率が良いですからね!)どいて下さい!」
それを合図に那由多が飛び上がる
飛び上がった那由多に三月が言う
三月
「絶対その水には触らないでくださいねぇ、隔離治療コースになりますよぉ……」
那由多はそれを聞いて恐ろしい事を軽く言う三月を恨んだ
(先に言ってくれ……飛ぶ方向調整するのに……)
三月の「隔離治療コース」という何をされるか分からないコースに、那由多の生存本能が最大出力で警報を鳴らした。
死んでもその水にだけは触れたくない。
那由多は手にした鉄塊を掴み直すと、至近距離で無理やり「炸裂」させた。
爆風の衝撃を強引に推進力に変え、物理法則を無視した角度で軌道を捻じ曲げる。
体操選手よりも柔軟に見えるしなやかな機動。
だがそれは、己の肉体の限界を超えた「無理矢理な転回」だった。
那由多
「…ぐっ…ふんなぁあああ!!」
途中ミキミキと身体の至る所から音が聞こえたが、それよりも水に触る方が嫌だったのか、息も絶え絶え着地した
背中を抑え、痛みを我慢し、顔を上げて見えた光景
みのりが押し出した小規模な津波が、その行く末を全て飲み込み、ありとあらゆる命を貪っていた
第一部隊の隊員が「攻撃が意味をなさない」と絶望した、あのカッチカチの巨大甲虫の群れが――。
水に触れた端から、まるで熱湯に放り込まれた砂糖細工のように、脆く、儚く崩れ去っていく。
溶けているのか、それとも細胞ごと崩壊しているのか。
あまりに強烈すぎる毒性は、物理的な質量すら無視して、触れるものすべてを闇の中へと飲み込んでいった。
三月
「……自分でやっといて何ですが、火星の毒物でやるとなかなかエゲツないですねぇ…」
みのり
「…さすがにちょっと、三月さんが怖くなりましたよ……」
三月
「でも西島総隊長には効かなかったし、総班長と総副班長は、意に返さなかったんですよ?、総副隊長なんか相手もしてくれませんでしたし……」
それを聞いて余計に自分達の上官に対する恐怖が強まる那由多
(……京介はまぁ、納得出来るが、菜琉ちゃん達が意に介さないって……秋浩、お前は逃げたな……)
聞いてる間、背中を抑え続けていて動く余裕が無かった
みのり
「……この間襲われた時に、外壁に付いてた傷……今の虫が正体ですかね?大きさとか傷の付き方とか」
思い出すようにみのりが話す
報告書にあった外壁の傷、今まで見た事が無い巨躯の虫、那由多は考える
確かにあの傷と一致しそうな破壊痕、おそらく今のが犯人だろうと口を開く
那由多
「た、多分今のが外壁を破壊した犯人だろうね、幻十郎さんに見せたかったよ」
地面に這いつくばったまま、締まらない姿で二人に言う。
英雄の凱旋とは程遠い、あまりに締まらないその姿に、ある意味「元凶」である三月がトコトコと寄ってきた
三月
「どうしたんですか?筋痛めました?大丈夫ですかぁ?」
口調とは裏腹に、本気で心配する三月に、お前のせいとは言いづらい那由多
何とか見栄を張って応える
那由多
「へ、変な体勢で身体捻ったんだよ……」
皮肉込みで言ったつもりだが、医療班に当たるつもりもないので、現状報告が精一杯
三月
「筋だから急に治せないんで、痛み止めしておきますねぇ」
そう言うと、這いつくばっている那由多の上着をめくり、背中と脇腹、尾骶骨辺りを優しく触れる
そうすると、不思議な程痛みが無くなっていく
さすが医療班、毒と薬は紙一重とは良く言うもので、その治癒能力に目を見張るものがあった
三月
「あくまでも麻酔での痛み止めですから、あんまり無理しないでくださいねぇ」
「私は総班長達みたいに、人体の治療はできませんから」
痛みが無くなり、応!と勢い良く立つ那由多
凛々しい顔で三月にお礼を言うが、下半身は生まれたての子鹿のようにカタカタ震えていた
「……っ、ふ、ふふ………ちょっと、あっちに行ってきますね……」
必死に顔を背け、肩を震わせて立ち去ろうとするみのり。
その「小隊長への配慮」が、今の那由多には何よりも突き刺さった。
那由多
「……おい! 笑うならちゃんと笑え! 気を使われる方が余計に恥ずかしいんだぞ!!」
震える足で踏ん張りながら、必死の形相で叫ぶ那由多。
その叫び声で、みのりは耐えきれずその場に崩れ落ち、ゲラゲラと腹を抱えて笑い転げた。
那由多
「誰が産まれたての子鹿だ!やかましいわ!」
よせばいいのに追い討ちをかける
その例えが良かったなか、みのりはうずくまりカタカタ震えていた
わざと笑わせようとするのは、特別攻撃隊の隊風なのか、小隊長自ら怪我(精神的)を負って雰囲気を作る
その元凶の三月は、何だかよく分からない状態で微笑んでいる
その和やかな雰囲気とは裏腹に、みのりの津波が過ぎ去った場所には、ありとあらゆる生命の残骸が、ドロドロとした一本の道を作っていた。
まるでモーゼの十戒の如く、地平線まで何も遮るものが無くなったその光景を、那由多は一息つきながら見つめる。
後方に下げられていた第一部隊の隊員たちも、言葉を失っていた。
攻撃に転用した「医療班」の能力が、これほどまでとは思いもよらなかったのだ。
口々に感嘆の声を漏らす隊員たち。
しかし、そんな破壊の権化がもし「敵」に回った時の、あるいは「暴走」した時の怖さを、那由多だけは痛いほど理解していた。
京介を思い出しながら、ため息混じりにこぼす
「……あれが俺に統率出来るかね?……」
「……京介や菜琉ちゃんがどれだけ今のBLITZに必要なことか……」
ひと騒ぎしたところで、次の作業に移動しようと、みのりが皆に声をかけた
みのり
「とりあえず一段落したので、今日の分をやってしまいましょう!」
「移動しますよ!私達は戻りますからね!」
パンパンと手を叩き、ホコリを払いながら叫ぶ
にこやかに話しながらも、頭の中では違う事を考える
(あの外壁の傷は今の虫達がつけたもの……多分それは間違いないですけど、問題は今まで観測された事が無い虫が現れたこと……人為的?突然変異?……能力者も突然変異ではあるけど、数週間前には報告すら出てない……)
おそらく那由多や三月も同じ事を考えていたであろう
確かにおかしい、今までその兆候すら無いものが、唐突に目の前に現れた
以前のエメラルドドラゴンと何か関係があるのだろうか……
考えても仕方ないと、頭を振って自分の班に戻るみのり
三月が虫の成れの果てを観察しながら那由多に声をかける
三月
「ちょっとこれだけ少し調べたら戻りますねぇ……」
ようやく落ち着いた那由多は、三月の言葉に手を挙げて応え、各々にお礼を言いながら自分の担当班に戻る
そんな二人を見つめる三月
微笑んではいるが、少し俯いている
珍しく能力を使って疲れたのか、それとも何か考えているのか
表情が読めないまま、三月が二人を見送った
雑談をしながら戻る那由多に、通信が入る
「小隊長!聞こえますか?」
少し慌てたような声に、那由多が返す
那由多
「どうした?何か問題か?」
隊員
「……問題と言えば問題なんですが、あの、口では説明出来ないです!こちらに戻って頂けませんか!」
比較的余裕に話している隊員の言葉を、訝しげに感じ急いで戻る那由多
那由多が自陣の班に戻った時、他の隊員達が騒いでいる中、説明をしに駆け寄った隊員
隊員
「小隊長、あの……こちらを見てください……」
案内されたのは、拠点の大気発生装置の裏手。
影になったその場所に、那由多は言葉を失った。
そこにあったのは、積み上げられた「モノ」の山だった。 服の端切れから判別できるのは、それが民間人であろうということ。
そしてその傍らには、先ほど戦ったものより一回り小さい、大型犬サイズの虫の残骸が折り重なっている。
腐臭を放つ新鮮な死体。
水分を失いミイラ化したもの。
そして、白骨化したもの。
それらがまるで、何かの「儀式」か「貯蔵」のように、装置の傍らに整然と並べられていた。
虫が人間を襲ったのではない。まるで、人間が虫の「苗床」としてここに運び込まれたような、吐き気を催すほどの違和感。
命の[軽さ]を、おそらくどんな種族、人間よりも理解しているBLITZの隊員
そんな彼らでもこの光景が異常なのは、よくわかる
大気発生装置の外壁の調査を一旦止め、そこにある[モノ]を調査する
隊員
「あんまり気持ちの良いものじゃないですね……、まぁ確定で『地球人』ですが、変なのは『能力者』も混じってます……」
那由多がその言葉を聞いて驚きを隠せない
『能力者』、発現しただけで畏怖の存在になり得る
幾ら弱くても、抗う術はいくらでもあるはずの能力者。
それがこれほど易々と「死体」へと変わり、大気発生装置の裏に並べられているという現実。
能力者と思しき骨に那由多が歩み寄る
通常、能力が発現した個体には、最低でも常人の10倍から15倍の身体能力が付随する。
それに耐えうるよう、肉体は骨密度から筋肉量に至るまで異常な向上を遂げるのが定石だ。
故に、肉が削げ落ち、白骨化した後であっても、その「異常なまでの骨の重厚さ」を見れば、能力者か否かの判別は容易だった。
じっくり死体を観察する那由多
少し異常な事に気が付き、隊員に聞く
那由多
「…なぁ?、この肋さ、中から外に開いてね?」
隊員
「……これは良くないパターンですねぇ……」
那由多
「お前達って、その良くないパターンの最悪って、対処出来る?……」
隊員
「……外壁直しながらでも余裕ですw」
その答えに笑い、同時に考える
那由多
「……やっぱりBLITZって、イカれてないと務まらんねぇw」
隊員
「まぁ、総隊長がアレですしw」
ホラー映画であれば、誰もが絶叫し、腰を抜かすであろう凄惨な光景。
だが、数多の死線を潜り抜け、常人の数回分の地獄を、任務でも、その数奇な人生でも、その目に焼き付けてきたBLITZの隊員たちにとって、それは単なる「面倒な事象」に過ぎない。
非能力者の目には、彼らは血も涙もないサイコパスや、イカれた能力者集団に映るだろう。
だが、その蔑みを受けながら、自分たちに石を投げる者たちを護るために、BLITZは存在する。
常に己の命を天秤の端に乗せ、生きる執着を捨て去ることで、彼らはその「矛盾」を成立させていた。
彼らは、自分の人生ですら地獄だったのに、さらに任務で地獄を上書きし、それでいて他人の平穏を護ろうとしている
『矛盾に矛盾を塗り重ねて存在する』
総隊長・西島京介を筆頭に、この組織には「壊れた者」しか居ない。
悲しい現実。
そこまでして、心を、人間性を削り取ってまで、BLITZであり続ける必要があるのか。
その問いに耐えられない者は、静かに部隊を去っていく。
ここに居てはいけない、居たいと願ってはいけない。
去れる者にはまだ、自分たちがとうに失った「人間らしさ」という光が残っているからだ。
那由多は、相変わらず不敵に笑う隊員の横顔を見つめ、自分もまた同じ歪な笑みを浮かべていることに自嘲した
そんな話をしながら隊員達と相談していた反対側で、医療班が死体を検死?していた
医療技術は本物な医療班が、様々なサンプルを取り、死因をわかる範囲で特定しようとしていた
真面目に検死を続けていた医療班の隊員が、ふと、視界の端に映った「違和感」に指を止めた。
そこには、いつからいたのか、一人の人影が立っていた。
顔が隠れる長髪に、色の白い肌、血色の悪い唇
細い身体を包むのは、BLITZの隊服ではない、見慣れぬ衣服。
医療班が声を上げる暇さえなかった。 瞬きをした次の瞬間、その人物はいつの間にか隣にしゃがみ込み、死体の胸元をじっと覗き込んでいた。
「……。こんな事やってたのか。…なんて面倒な。」
掠れた、しかし妙に透き通った声。
医療班が反射的に交戦しようとした時、その人物は視線すら向けずに制した。
「……動かないで貰えると嬉しいな。何かしに来た訳じゃ無いから。……コレを見たら戻るから。ちょっと一緒に見させて欲しいだけなんだよね」
まるで、散歩のついでに珍しい花を見つけたような口振り。
だが、その言葉に含まれた絶対的な「拒絶」の気配に、医療班の指先は凍りついたように動かなくなった。
医療班は理解させられた。
この男には勝てない。
幾ら医療班と言えど、攻撃隊と遜色ない経験を積んで来た。それが、呼吸一つするのにも緊張して、上手く動けなかった。
自分の中で経験がある。明確に殺意を持った隊長格……。
目の前にいる不健康そうな男は、殺意こそ見えなかったが、放たれるプレッシャーは隊長格と同じ感覚だった。
人影
「……さっきの虫も、これが原因か。……まぁ、溶けて消えたのは驚いたなぁ。」
「……前に会った子に似た能力だったなぁ」
死体を見つめるその瞳には、恐怖も、嫌悪も、ましてや憐れみも無い。
――ただの「観測者」としての冷徹な好奇心。
医療班は、呼吸することさえ忘れたまま、得体の知れない「隣人」と共に、無言で死体を見つめ続けるしかなかった。
不意に口を開く人物
「……俺が誰か気になるでしょ」
その言葉に、背筋を凍りつかせた医療班の隊員は、逃げ場のない絶望の中で意を決し、小さく頷いた
人影
「……エメラルドドラゴン。」
「多分君のとこの誰かは、俺のことを知ってる。……俺は君たちが『苦手なタイプ』だから、あまり会いたくないけど……」
その言葉で、医療班の脳裏にひとつの報告書がフラッシュバックした。
砂嵐の火星、幻十郎とみのりを襲撃した、正体不明の能力者。
「……ライオット……」
震える声で漏れ出たその名に、医療班は即座に後悔した。
虎の尾を踏んだのではないか。
だが、ライオットと呼ばれた男は、柔らかい口調で答えた。
ライオット
「名前はみんなに知れてるんだ……失敗した」
「また会うかもね」
医療班が瞬きをした一瞬。
そこにはもう、不健康そうな男の姿はなかった。
ただ、火星の薄暗い大気の中に、彼が放った「光」の残滓だけが、ダイヤモンドダストのようにキラキラと虚しく舞っている。
医療班は、彼が消えた後もなお、しばらくの間、呼吸の仕方を忘れたように立ち尽くしていた。 掌には、緊張による冷たい汗が滲んでいる。
遠くで那由多たちが笑い合う声がする。
なのに、ここだけ違う空間に迷い込んだような、まるで別世界の出来事のように遠く、非現実的な感覚――。
その寒々しさに耐えかね、逃げ出すように、彼らは那由多たちの元へと駆け寄った。