ANGEL WALTZ   作:とくめい

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case 7【医療第五班の信頼】

攻撃隊の隊員と雑談をしていると、医療班が慌てて駆け寄ってきた。

 

那由多はその姿を見ると、顔が酷く青ざめ、何かに怯えているようだった医療班に対して、ただ事ではないと感じ、心配そうに声をかける。

 

「おいおい、大丈夫だ。落ち着け、ゆっくりでいい。座ろうか」

 

医療班は言葉が詰まり、上手く呼吸もできない様子だ。

那由多はさらに声をかけながら、別働の医療班を呼ばせた。

 

「誰か!もう一人医療班を呼んでくれ!」

 

やがて、落ち着いた医療班がようやく話し始める。

 

「す、すみません……あの、報告書にあったライオットが、今そこにいたんです! 私の隣に……」

 

「ライオット?」那由多は眉を上げ、詳しい話を促す。

 

医療班は言葉を詰めながらも、いつ居たのかわからない、音も気配も無く隣に居座り、死体を観察していた事、そして「また会える」と話したこと――

思いつく限りを次々に口にした。

 

最後に、医療班は低く息をつき、言った。

「第五版の医療班ではおそらく勝てません……班長達ならともかく、班員や第一部隊も危ういです……」

 

その言葉に、隊員が冗談めいて応じる。

「俺たちはそんな軟じゃないぜ。刺し違えても勝ってやるさw」

 

那由多も笑いながら返す。

「刺し違えたら間違いなく京介に墓蹴り飛ばされるぞw」

 

「…えぇ〜…」

 

医療班は少し笑顔を取り戻した。

いつものBLITZの光景――しかし、ライオットの危険性を伝えなければならないことに、医療班は焦る。

 

那由多は医療班の目を見る、死への恐怖で曇っては居ない、寧ろ何も諦めていない瞳

那由多は察し、背中を優しくさすった。

「怖かったんだな。わかってる。ゆっくりでいい」

 

医療班は必死に弁明しようとするが、焦るばかりでうまく言葉にできない。

 

「……、俺たちの悪い癖だよなぁw自分より身内がやられるか考えるのってw」

 

那由多の言葉に首が取れんばかりに頷く

確かに[ライオット]と言う未知の脅威の事を、心の底から恐ろしいと感じた……

恐ろしかった……

しかしそれは自身が死と直面したからではない

自分が手も足も出ないで仲間が蹂躙される事が怖かった

それだけの力の差を全身で感じてしまった

 

「……わたしは…自分の命など、惜しくはありません……」

 

那由多

「…知ってるよ……皆そうだからな……大丈夫だ、うちの隊員も総隊長も、そんなもんよりおっかねぇからw」

 

那由多の言葉に、医療班の胸に溜まっていた泥のような焦燥が、すっと溶けていった。

医療班はただ頷くしかなかった。

自分の感覚を尊重し、理解してくれる小隊長に、受け止めてもらえた安堵と笑いが混ざる。

 

那由多は小さくため息をつき、もう一人の医療班に任せながら思案する。

「参ったな…このタイミングか…」

「とりあえず、誰かみのりちゃんと三月ちゃんに連絡とってもらえるかw」

 

那由多は医療班の様子と、先の報告書、それと気配も見せずに立ち去った[ライオット]に警戒心を抱く

 

決して弱くは無いだろう、それと、目的を探らなければと頭を抱えた

 

連絡を受けて来たみのり

一通り遺体の山に騒ぎ、弔うような仕草の後、医療班の班員の話を聞き、メディカルケアを施し、話を纏める

那由多に向かって珍しく神妙な顔で話しかける

 

みのり

「……あのですね、聞いた特徴が一致してたので、間違いなく[ライオット]だとは思うんですが、それとは別に、ひとつ気にかかる事があるんですけれど……」

 

那由多

「?、気になる事?」

 

みのり

「……三月さんと連絡が取れてないんです……」

 

那由多

「通信機の故障?」

 

みのり

「いえ…通信機は問題無いんですが、三月さんの班にコンタクトをとったら戻って無いんです……」

 

那由多

「なっ!……まさか……」

 

那由多が声をあげる

三月がまさか裏切り者?

そんなはずはないと苦悶の表情をする

 

みのり

「多分その線は薄いです…」

 

みのりも同じ事を考えたようだが、冷静に否定した

それもそうだろう、自身の班の副班長、そんな素振りがあれば、否が応でもみのりの目に止まる

年相応の幼さこそあれど、みのりは医療班第5班の班長を務める

それが気付かないはずがない

 

みのり

「何より彼女は、沙耶麻総班長が私に預けた隊員です!有り得ません!」

 

自信と微塵の不安も感じさせない、曇りの無い瞳で、那由多をまっすぐ見つめる

異様な説得力のある眼差し、本人の性格がよく出てる

 

那由多もそれ以上言えず、みのりに納得した

しかしそれならば?

なぜ三月と連絡が取れないのか?

 

那由多が頭を悩ませる、そして思い付く案、

決して良い作戦ではないが、確実性と安全性を考えたら、一番効率が良い案をみのりに話す

 

那由多

「みのりちゃん……、俺たち二人で探さない?、作業はほかの奴らに任せて…」

 

少し不安そうに言う那由多

それに満面の笑みで応えるみのり

 

みのり

「……奇遇ですね!、わたしも今そう考えてたんです!、ですが、探すのはわたし一人です!」

 

みのりの少し威圧感のある言葉で、那由多が疑問を持つ

 

那由多

「なんでだよ、二人の方が……」

 

那由多の言葉を遮り、みのりがその理由を那由多に説明する

 

那由多は本来この修復任務のそもそもの統括であるが故、あまり単独で動くのは好ましくないと言う事

 

そして、みのり、三月の第五班の医療班の小班長と副班長の不在を、対応出来る数少ない人材と言う事

 

那由多はおそらく自身と二人ならば、隊員を危険に晒さず、何より迅速に探せると思って提案したのだろう

 

しかし、みのりからすれば大切な班員、小班長としての責務もあるのだ

それを他の小隊長に庇って貰っては、医療班の面目もない

 

みのり

「……それに、三月さんは私達に隠し事はしても、私達が危ない目に遭うのは嫌いでしょうから」

 

みのりの三月に対する信頼、どれほどBLITZが絆で繋がれているか、那由多自身もそれは理解していた、が、急な副班長の失踪で忘れそうになっていた

 

だが、三月の安否が気にかかるのだろう

その言葉には、不安が隠しきれていなかった

 

そんなみのりに那由多が答える

 

那由多

「だよなぁw、俺たちが隊員信頼しなくてどうするって話だよなぁw」

 

いつものおちゃらけた言葉

そんな声に少し安心するように笑うみのり

 

少しでも、みのりの不安を和らげたくて、頭に手を置き話す那由多

 

那由多

「ならみのりちゃんに一任するよ、勿論危なくなったらすぐ連絡しなよ?」

 

いつもの軽口、いつもの信頼、総隊長のような、どこから来るか分からない絶対的な自信に、みのりは信頼を置く

 

 

火星のとある場所

 

BLITZの隊員がいる場所より遠く、誰も寄り付かない

民間の兵器試験場も、大気発生装置も無い、火星の野生が豊富な場所の洞窟……

そこに、ライオットが一人佇んでいる

 

 

ライオット

「アレは驚いたなぁ……、虫が簡単に溶けて無くなる……」

 

一人言をつぶやきながら、簡易的に作ったベッドに横たわり、天井を見つめている

 

ライオット

「スカーレットスコルピオを探してくれば、まさかBLITZに遭遇するとは思わなかった……、それにアレは医療班の五班……」

 

物憂げに考え事をしながら、天井をボーッとみつめ何かを耽っている

 

ライオット

「……姉ちゃん……」

 

そう呟く手には、首から下げた小さい星のネックレスがあった

 

 

 

火星[???]

 

息を切らしながら、火星の森を歩く人影がある

大きな虫にも目もくれず、ただひたすらに険しい道無き道を歩く人影

 

「……あの虫……、自然のものにしては大きすぎる……それに、報告書にあった[ライオット]……」

 

 

人影の首には、三日月をあしらったネックレスが光る

 

つぶやきながら歩く人影は、ネックレスを握りしめていた

 

歩き過ぎて汚れた衣類……

それはBLITZの医療班の隊服

 

連絡の取れなくなっていた三月がそこには居た

 

BLITZの医療班とは言えど、装備は特別攻撃隊と近い物を支給される

足元のタクティカルブーツは、それでも汚れ、泥を食み、重い足取りを更に重くする、だがそれをものともせず一心不乱に歩く、目もくれず、何にも関心を置かず、ただひたすらにどこかを目指して

 

通信機のスイッチを切り、目的がわかっていると言わんばかりの眼差し

 

三月は思い出していた

 

遠い昔の記憶

 

自分がか弱い子供の頃、父親は能力者に殺された……

何も分からず、何も出来ず、ただひたすらに恐怖した記憶

 

殺した能力者は、ただの戯れに父親を選んだ、実験だとのたまい、幼い幼女の目の前で、腹から[何か]が父親を食い破り、目の前で惨殺した

 

傍らでは弟が震えて泣きじゃくり、自分にしがみついていた……

 

弟を護る事を考えていたが、幼く能力も無いただの子供に、一体何が出来るのだろうかと、そこにはただ震える弟を、同じく震えながら庇う子供がいるだけ……

 

父親を殺した能力者は、幼い子供には目もくれずその場を立ち去った……

 

悔しさより、悲しさより、死の恐怖が勝った、自分が殺されない事を安堵した……

 

普通ならば当たり前の事、しかし三月はそんな自分を恥じ、情けなく思い、それからずっと自分を責め続けた

父親を守れなかった事、自分や弟が殺されなかった事に安堵した事、何より能力者に石のひとつも投げつけられなかった情けなさ

 

それからしばらくして、三月は能力を発現する

世間から忌み嫌われる存在になる

だが、その時の三月には世間の目より重要な事……

あの日父親を惨殺した能力者を見つけ出し、自らの手で始末をつけると誓った

齢10歳にして、全てを投げ捨てる覚悟をし、18歳でBLITZに入隊した……

 

 

歩きながら眉をひそめ、何かを思い詰めている様子で、ネックレスを握りしめる

何か思い当たるのだろう三月、苦しい表情のまま、思い詰めた様子で、空を見上げる

 

 

 

民間兵器試験場付近

 

民間の兵器試験場は、大気発生装置からだいぶ離された場所に建造されている

 

これは、誤射や事故等での影響を最小限に抑える為に、兵器会社と軍などでの取り決めによる物である

 

そんな人の気配も何もない場所に、みのりは居た

三月を探す為、単独行動を許され、なるべく隊員達の目が届かない場所まで移動していた

 

みのり

「ここまで来れば、そろそろ大丈夫ですかね、幾ら影響が無いとは言っても、やはり不足の事態は避けたいですからね」

 

そう一人言をいいながら、地面に両手を置き、能力を使う

 

湧き出した水が周囲の砂を飲み込み、巨大な鏡面となって広がる。

その精密な制御と圧倒的な物量は、医療班という枠を優に超え、第一線で戦う「隊長格」のそれと何ら遜色はなかった

 

みのり

「後は広がった水が、波紋で教えてくれるでしょう」

 

みのりの能力は、ただ水を操るだけではない、秋浩と同じ[使役]出来る

慈愛を旨とする医療班でありながら、彼女が抱えるその力は、あまりにも「殺戮」や「制圧」に向きすぎていた。

 

みのり

「あんまりこんな風に使える能力者が少ないから仕方ないですけれど、……やっぱり普通の人から見たら気持ち悪いんですかね……、水を操るのって……」

 

 

ぼんやりと、過去の澱(おり)を掬い上げるように呟く。

かつては自分も、能力者を嫌悪する「普通」の側だった。

 

始まりは、中学生の頃の些細な嫉妬。

昨日まで笑い合っていた友人が、一瞬で敵に変わった。

孤立した自分を救ってくれると信じていた両親は、世間体という飾りを汚されたことを憤り、みのりを「出来損ない」として扱った。

 

耐えて、我慢して、笑顔を張り付けて。

高校を卒業すれば終わると言い聞かせていた。

だが、たった一人の「親友」が他の生徒に混じって放った「気持ち悪い」という言葉が、最後の一線を踏み越えさせた。

 

気が付けば、学校は陸の津波に飲み込まれていた。 殺意のままに全てを押し流し、自分もこのまま消えようとした時。

 

学校全体を飲み込んでいた水が、瞬時に蒸発した

滴り落ちる余韻も無く、あれだけ大量の水が、文字通り消えて無くなった

みのり自身何が起きたか分からないまま、BLITZがなだれ込んで来た

その中の一人、穏やかな雰囲気だけど凛々しい隊員が、みのりに声をかけた

 

「……悲しそう、だけど優しい目をしてる。……自分を殺すために能力を使っちゃダメだよ」

 

救助に来た医療班、沙耶麻菜琉だけが、暴走する怪物ではなく「一人の少女」としてみのりを見た。

「早く死ね」と言われ続けた人生で、初めて「死ぬために力を使うな」と咎められた。

自身が能力者を疎ましく思った事を恥じた

 

その瞬間に、決めたのだ。

この人のように、誰かの絶望を優しく包める大人になりたいと。

 

BLITZに入隊してから、ようやく知った。

学校でしか習わなかった「クリムゾンインパクト」の当事者こそが、あの日、自暴自棄になって学校を飲み込もうとした自分を止めた、沙耶麻菜琉。

そして、あの惨劇の唯一の生存者であり、当時は一兵卒に過ぎなかったにも関わらず、今はBLITZの頂点に立つ総隊長、西島京介であったことを。

 

歴史の観測者と、「なぜお前だけが生き残ったのか」と世界に忌み嫌われながら、それでも地獄から這い上がってきた執念の生存者。

 

そんな、世界の最果てにいるはずの者たちが、一介の少女が起こした「惨劇」を止めるために現れたのだ。 呆れるほどの格の違いと、あの日感じた言葉の重みの正体に、すとんと胸が落ちた。

 

 

俯きながら物憂げに浸るみのり、しかしその口元はうっすら微笑んでいた

 

みのり

「わたしはわたしです!……、三月さん!どこにいるんですか!」

 

唐突に叫んだみのりに呼応するように、足元の水に波紋が流れてくる

 

それに気が付くみのり、その波紋の先に向かって走り出す

 

水から伝わる波紋は、海洋生物のエコーに近い

波紋を立てた物、人、上手くすれば背格好やその重量、意識のような物もある程度は伝えてくれる

 

そこで気が付く

明らかに三月のものではない足跡、重量も女性のそれとは似ても似つかない

 

決して近くはない距離を、みのりは一縷の望みと、不安を抱きながら走り続けた

 

みのり

「三月さんに近い反応は無い……、ならこれは?、……嫌な予感が当たりませんように!」

 

那由多に連絡を取るか、呼んでも少し時間がかかる、ならば先に正体を確認してからでも遅くは無い

みのりは悩んだ据えに正体を先に確認する事を選ぶ

 

違和感に気が付く、先程から波紋が動かない

 

(待ち構えている?)

 

長い間走り続けたみのり、おそらく後1キロ程度であろう距離で、立ち止まる

呼吸を整え、波紋の位置であろう場所に目をこらす

 

水に波紋は起きていない、意を決してゆっくりと近づく

何かがおかしい、静か過ぎる

自身の鼓動の音の方が大きく感じる

 

後500メートル……

みのりは警戒しながら更に近づく

 

段々見えてくる、うっすらと人影が複数

いや、正確には動いている人影と、人に見える[何か]がもそもそと動いていた

 

近づき過ぎてる故に、自身の探知能力を解いているみのり

 

詳細を確かめる為に、後50メートル程の所まで近づいた

 

その距離ならほとんど見える、みのりが目にした人影と、[何か]、何かの正体、それは人の遺体?

 

人影は遺体の頭を持ち上げ、何かを観察しながら悪態を付いていた

 

「全くめんどくさい、わざわざこんな実験しなくても、BLITZの本部に行けば良いだけじゃねーか!、全くもってめんどくさい!」

 

男は吐き捨てるように悪態をつき、手元の死骸を無造作に放り出した。

岩陰からそれを注視していたみのりの目に、最悪の光景が飛び込んでくる。

 

死骸の腹部が内側から膨れ上がり、湿った音を立てて弾けた。 溢れ出したのは、既に中型犬ほどのサイズに成長した、粘液まみれの[虫]。

それは産声を上げる代わりに、骨を噛み砕くような不快な咀嚼音を辺りに響かせた。

 

(……気持ち悪い!グロい!出来れば見たくなかったです!)

 

みのりは口を両手で塞いで必死に抑えこみ、感情が漏れ出さない様に注意する。

視線をさらに奥――暗がりのなかで蠢く「大きな物」へ向けた。

 

最初は岩の一部かと思った。しかし、それは節くれ立った巨大な「脚」だった。 視線をさらに上へ、上へと這わせる。

 

そこには、先ほど遭遇したあの巨大な虫と、同等かそれ以上のサイズを誇る怪物が、天井からぶら下がるようにして獲物を待っていた。

 

みのり

(……あのサイズ、やっぱり人工的に作り出していたんだ……!)

 

偶然の変異などではない。 誰かが明確な意図を持って、人間を「苗床」にこの怪物を量産している。 その事実が、みのりの背筋を凍らせた。

 

人影は懐を漁り、タバコを咥えた

目の前で起きている事が、さもないと言わんばかりにタバコに火を灯す

 

大きく一息呼吸し、タバコの煙を吐き出す

 

人影

「……あぁ!めんどくさい!BLITZに見つかったじゃねーか!」

「そこのちっこいの!出て来い!」

 

みのりはしまったと、身を隠した

なるべく目立たないようにしていたが、見つかってしまった

出ていくか?このまま一旦引くか?

どうするか考えてるみのりの耳に、人影が更に叫んでるのが聞こえる

 

「出てこないのか?なら俺がそっちに行くぜ?」

 

人影がこちらに向かって来る、仕方ない、意を決して出ようとしたその時

みのりの耳に聞こえた言葉

 

「初めから素直に出れば良かったんだよ、BLITZ」

 

???

みのりは一瞬混乱する、自分は姿を晒していない、ならば誰が?

物陰から身を隠したまま、恐る恐る視線を向けたみのりは息を呑んだ。

そこに立っていたのは、泥にまみれ、端々が破れたBLITZの制服を纏った三月だった。

 

いつも淡々とにこやかに業務をこなす、落ち着いたいつもの副班長の面影はなく、獲物を逃さない獣のような憎悪で血走ったその瞳、初めて見た三月の姿に、みのりは驚きを隠せず、そこから目が離せなかった

 

三月

「……やっと見つけた……、貴方だと思った、貴方でいて欲しかった……」

 

人影

「あぁ?、誰だお前?、いやBLITZの時点でどうでも良い、とりあえず虫の餌になってくれ」

 

人影は足元の虫を蹴りつけ、三月にけしかける

その光景を意に返さないで、人影を睨みつける三月、ゆっくりと1歩1歩人影に近づく

 

みのりがそれを見て異変に気付く

三月の足元が変色している、いや、変質?

赤い火星の土が、三月が歩く度にどす黒い何か粘性のある物が溢れていた

 

辺り一面にあまり嗅いで良い物では無い薬品臭がする

 

みのり

(……この臭い、高濃度の過酸化水素!、こんな広い場所で、密閉空間でも無いのに……まさか!三月さん!)

 

スンスンと人影が鼻を鳴らしながらニヤつき、三月に話す

 

人影

「お前、爆発でもさせるつもりか?なんの能力だ?」

 

三月

「知った所で意味は無いし、知る前に貴方はこの世から居なくなる」

 

人影は肩を竦め、コメディアンのようなジェスチャーをし、やってみろよと言わんばかりの挑発的な態度を取る

 

先程けしかけられた虫が、三月に襲いかかる

虫と呼ぶには動物的な動き

まるで良く訓練された猟犬の様に、三月に飛びかかる

 

それすら意に介さないで、自身の能力で溶かしつけた

タンパク質を分解し、跡形もなくドロドロに溶かした

 

まるで羽虫を払うかのような仕草で、生まれたての虫を処理し、尚且つあゆみを進める

 

二人の距離はもう手が届くほどに近く、三月は男を睨みつけ、男は余裕の笑みでそれを見下ろす

 

二人(三人)の周りには、爆発するには十分な可燃性ガスが充満していた

こんな開けた場所なのに、まるで何かで遮られるように

 

みのりはハラハラとしながら二人を見守っていた

条件が整った場所で、あと1つ要因があれば爆発する

男が加えているタバコの火種

 

男はこれ見よがしにタバコを手に取る

微動だにしない三月

 

みのりの目にはスローモーションのように映った

男がタバコを1口吸い、それを手から落とす

ゆっくりと地面に近付く、足の付け根辺りに差し掛かった瞬間

 

閃光と衝撃、そして熱が辺りを一気に飲み込んだ。

 

ドカァアン!!

 

鼓膜を突き破るような炸裂音。

一瞬の突風が荒野を薙ぎ払い、目も眩むような光が視界を白く塗り潰す。

元々遮るもののない場所だったが、爆風がすべてを浚(さら)い、さらに何もない空白地帯へと変えた。

 

ゆっくりと爆煙が晴れていく。 そこに残されていたのは――。

間一髪、みのりが放った水の防壁に護られた三月。

そして、爆風を真っ向から浴びたはずなのに、衣服の汚れ一つない無傷の男だった。

 

とっさに三月を護り、岩陰から飛び出してきたみのり。

復讐の執念に意識を割き、みのりの気配を欠片も察知できていなかった三月は、驚愕に目を見開いて叫ぶ。

 

三月

「みのりさん! どうして……!」

 

みのり

「……三月さんを探しに来てたんですよ! そしたら、あまり見たくない現場に遭遇しました!しかも、……そこで自爆覚悟の副班長がいるなら、護るのが班長の当然の役目でしょう!」

 

三月は唇を噛んだ。

確信があるあまり、周りに気を配る余裕を失っていた自分を悔やむ。

命令無視の単独行動、その自分を追って、班長であるみのりまで危険な場所に踏み込ませてしまった。

これ以上心配をかけたくない。三月は、痛む胸を押し殺して突き放すように続ける。

 

三月

「処罰なら後で幾らでも受けます! お願いです、ここから離れてください! 私に……ここを任せて!」

 

そう叫ぶ三月の肩は、先ほどの熱波のせいか、わずかに震えていた。

だが、みのりは退かなかった。

復讐心に囚われ、般若の如き形相を見せる三月の瞳を真っ向から見据え、弥生三月という一人の人間を、死なせるわけにはいかない。

 

みのり

「お言葉ですが! たった一人で死ぬような真似、させるわけにはいかないんですよ! 私も三月さんも、医療班なんですけど?!、欠けたらいけない人材なんですよ!」

 

緊迫した場面でも、これほど余裕を持てるのは、どんな組織でもBLITZ以外にはいないだろう。

死線を潜り抜けてきた者たちだけが持つ、歪で強固な信頼の形。

 

そんな二人のやり取りを黙って見ていた男が、退屈そうに首を鳴らした。

 

「……面倒くせぇ。もう、いいか?」

 

男が手を高く掲げた。

それが合図だったかのように、次の瞬間火星の地殻そのものが悲鳴を上げるような轟音が響き、大地が割れた。

 

現れたのは、先ほどの虫とは比較にならない――山の一部が動き出したかのような、異形の巨躯。

形もサイズも、どのデータベースにも存在しない新種の「化け物」だった。

 

みのりは反射的に三月の体を抱き抱えると、水の噴射を推進力に上空へと跳ねた。

眼下に広がるのは、人がアリのように小さく見えるほどの絶望。

 

みのり

「よりによってこんな物を……! あなた、火星をどうする気ですか!!」

 

「火星なんかどうでもいい。俺たちはBLITZを叩きのめせるなら、なんだっていいんだよ」

 

その言葉が、三月の脳裏で過去の記憶と激しく衝突した。 ――実験と称して父を惨殺した、あの男の冷笑。

 

[実験]、[BLITZ]、そして目の前の[異形の虫]。

 

十年前のあの日から、何も変わっていない。 こいつらは、ただ自分たちの目的のために、誰かの人生を「資材」として消費し続けている。

 

三月

「……実験で! 今まで、何人の命を……父のような人間を何人殺してきたのか、覚えているんですか!!」

 

喉が裂けんばかりの絶叫。

だが、男は退屈そうに耳を掻き、冷たく言い放った。

 

「覚えてるわけねぇだろ。……それに、この実験は俺が引き継いだだけで、元々やってた奴は死んだんだよ、クリムゾンインパクトの時にな」

 

三月

「……っ!!」

 

目の前の男が「あの日」そのものではない。 その事実が、三月の憎悪をさらに真っ黒く、行き場のない怒りへと変質させていく。

 

仇はもうこの世にいない。

10余年あまり、片時も忘れず、殺すことだけを考えてきた「あの男」は、自分とは無関係な場所であっけなく果てていた。

 

その虚脱感を塗り潰したのは、それを遥かに凌駕する、どろりとした漆黒の殺意だった。 目の前の男は、その「死んだ男」の意志を継ぎ、今もなお、父のような犠牲者を増やし続けている。

 

みのりが三月を抱えたまま、中空で辺りを見渡す。

その視界に飛び込んできた光景に、彼女は息を呑んだ。

見渡す限りの地平線から、先ほどと同サイズの巨大な虫たちが、次々と大地を割り、這い出していたのだ。

 

(……まずい! これじゃ那由多小隊長はおろか、幻十郎さんにまで危険が及ぶ……!)

 

火星全域を揺るがす未曾有の事態。

だがそれ以上に、腕の中で震える三月が、言葉にできないほど巨大な感情の渦に飲み込まれようとしている。

このまま彼女を置いて部隊に戻ることなど、みのりには到底できなかった。

 

みのり

「……小隊長……信じてます、から……!」

 

遠く離れた仲間たちの無事を祈るように呟くと、みのりは即座に思考を切り替えた。今すべきは、壊れかけた三月の心を繋ぎ止めることだ。

 

着地と同時に、三月が弾かれたように地面に立ち、般若の如き形相で男を睨みつけた。

憎悪、空虚、やり場のない憤り――。

溢れ出す様々な感情が、彼女の心を内側から粉々に砕かんばかりに突き動かしている。

 

三月の身体に、取り返しのつかない異変が起こり始めていた。

 

三月の皮膚の下を、どす黒い血管のような紋様が奔(はし)る。

感情の激昂に伴う能力のオーバーシュート。

本来、敵を死に至らしめるために精製されるはずの超高濃度の毒物や劇薬、他人を治す為の薬物が制御を失って逆流し、彼女自身の細胞を内側から焼き、溶かし始めていたのだ。

 

瞳から流れ落ちるのは、もはや涙か血液か、それとも別の何かか分からない

判別すらつかない異質な液体が、頬を伝い、足元の赤い大地をどろりと変色させていく。

 

殺意と絶望に染まり、今にも「怪物」へと堕ちてしまいそうな三月。

そんな彼女の前に立ちはだかったのは、敵である男ではなく、みのりだった。

 

みのりは三月の火照った頬を、両手で挟むようにパチンと掴み、そのまま離さずに自身の眼前に固定した。

そして、震える声で、けれど一文字ずつ刻みつけるように語りかける。

 

みのり

「……今のあなたが納得出来る答えも、慰める事が出来る言葉も、恥ずかしながらわたしは持ち合わせてません!、ですが!あなたの悲しみや辛さを分かち合って、一緒に苦しむ事は出来ます!」

 

三月の瞳に、みのりの涙で濡れた顔が映る。

 

「あなたがどんな目にあっても!わたしはあなたと共に同じ辛さを分け合います!、だから!……だからお願いです……優しい三月さんに戻って……」

 

気丈に振る舞い、若くして医療班の小班長にまで上り詰めたみのり。

そんな彼女が、一人の少女として曝け出した、精一杯の本音だった。

涙で視界が滲み、もう目の前の三月の顔すら見えなくなっていても。

それでも、想いだけを届けるために、みのりは拙い言葉を繋ぎ続けた。

 

朦朧としながらみのりの言葉を聞く三月

ぺたんと座り込んで、絶望とも虚無とも分からない表情でみのりを見つめる

 

そんな三月に言葉をかけ続けるみのり

反応が鈍い三月に対して、意を決して頬を流れる液体を口にした

三月の頬を伝う「正体不明の劇薬」を、みのりがその口に含んだ瞬間。

 

三月の瞳に、かつてないほどの驚愕と恐怖が走った。

 

三月

「……っ、あ……あぁ……ダメ! ダメぇ!!」

 

絶叫とともに、三月はなりふり構わずみのりの肩を突き飛ばした。 朦朧としていた意識は一瞬で覚醒し、震える足でみのりに駆け寄る。

 

三月

「みのりさん! 吐いて、今すぐ吐いて!! 私ですら、それがどうなるか分からないの!!お願い、みのりさん! 吐いて、お願いだから!!」

 

みのりの肩を掴み、泣き叫びながら必死に処置をしようとする三月。 その手からは、先ほどまで噴き出していた「どす黒い紋様」が、みるみるうちに引いていた。

 

自分の命はどうでもいいと思っていた。

けれど、自分のせいで「この人」を失うことだけは、絶対に、絶対に許せなかった。

 

そんな二人に対して、冷酷に男が言った

 

「死ぬなら勝手に死ねよ、死なないなら、大人しく俺に殺されてくれ」

 

男の言葉が、三月の最後の一線を踏みにじった。

 

三月

「……黙ぁあまぁあれぇええっ!!」

 

三月は喉が裂けんばかりに絶叫し、地に置いた掌、彼女の指先から漆黒を通り越した「無色透明の死」が奔流となって噴き出す。

 

ゴ、ゴゴゴゴ……ッ!!

 

それが酸なのか、あるいは未知の融解剤なのかは分からない。

ただ、触れた瞬間に火星の強固な岩盤がシュウシュウと白い煙を上げ、飴細工のように溶け、崩落していく。

 

逃げ場を奪うように。

男の余裕ごと、その足元の世界を丸ごと飲み込むように。 広大な大穴が、底なしの口を開けて男を奈落へと引き摺り込んでいく。

 

「ほう、こんな真似もできるのか……」

 

男が奈落へと消えたその瞬間、三月は大地を削っていた力を無理やり引き剥がした。 崩落の余韻も待たず、崩れ落ちるようにみのりを抱き抱える

 

三月の手は、自分自身の能力の余熱で、そして何より「大切な人を失う恐怖」で、激しく震えていた。

気が動転し、自分でも何をすべきか分からず、ただみのりの体を揺さぶる。

 

だが、三月の腕の中で、みのりが弱々しく、けれど確かな力で三月の服を掴み返した。

 

みのりは三月の腕を振り払うようにして、今しがた開いたばかりの「底なしの大穴」へと身を乗り出した。

 

みのり

「オロロロロロェッ……!!」

 

胃の内容物どころか、内臓すら全て吐き出してしまうのではないかというほどの、凄まじい嘔吐。

三月の毒が、みのりの喉と食道を焼き、胃壁を荒らし尽くした結果の拒絶反応だった。

 

滝のように穴の底へ零れ落ちていく。

それは、三月のドロドロとした執念を、みのりがその身を挺して受け止め、そして命がけで追い出した証でもあった。

 

三月の腕の中で、みのりは大穴に向かって全てを絞り出すように戻し続けた。

ひとしきり出し切り、ぐったりと項垂れながらも、みのりはまるで酒焼けしたようなガラガラの声で三月に話しかける。

 

みのり

「……っア゛ア゛……っ、ギリギリ……でした……。体内に水分を吸収して……なきゃ……今頃アウトでし……ウォロロロロ……ッ!!」

 

言い切る前に、再び胃が跳ねる。 その凄惨で、けれど必死な姿。

 

美しくも、気高くもない。 人生の中で、おそらく一番マヌケな姿を見せている。

 

(……でも、私の人生で……一番、かっこいい友人)

 

涙でぐちゃぐちゃになりながら、三月は祈るようにみのりの背中をさすり続けた。

自分のために、ここまで無様になれる人がいる。

その事実が、三月の心にこびりついていた黒い執念を、静かに、けれど完全に溶かしていった。

 

ひとしきり戻したみのりが、三月の肩を掴み

まっすぐ言葉を発する、ゼェゼェ言うみのりに向かって、少し休んでからと言うが、みのりはまっすぐ三月を見つめながら、ゆっくりと話した

 

みのり

「……三月さん…、ゼェ、具体的な事は分かりませんが…、要点だけ言います……、さっきの男はクリムゾンインパクトで…実験をしていた男が死んだと言いました……ゼェ……」

 

三月はその言葉を、一語一句逃さないように聞き耳を立て、頷く

 

みのり

「……ゼェ、クリムゾンインパクトの……生き残りは……ゼェ……誰でした?……」

 

みのりの言いたかった事はわかった

すんなり納得できた

 

対能力者特別攻撃、総隊長 西島京介

彼がクリムゾンインパクトの、たった一人の生き残り

 

その時に、三月の仇は既に誰かが打ってくれていたのかと……

 

みのり

「ゼェ……あの時……BLITZの攻撃隊はほぼ全滅しましたが……彼等の誰かが……三月さんの代わりをしてくれたと……ゼェ……考えるのは……無理ですかね?……」

 

みのりの言葉が、三月の心に深く、静かに染み渡っていく。 復讐という名の黒い霧が晴れ、代わりに温かい、けれど切ない光が差し込むような感覚。

 

三月は天を仰いだ。 あの日、絶望の中で石一つ投げられなかった自分を、ずっと責め続けてきた。

けれど、自分が地獄の底で震えていたその時、自分よりも深く重い地獄にいた誰かが、文字通り命を懸けてその元凶を断ってくれていた。

 

それは決して自分を助けるための行動ではなかったかもしれない。

けれど、その「誰か」の意志が、今のBLITZに、そして今の自分に繋がっている。

 

三月

「……ちょっぴり……ほんの少しだけ、悔しいですけど……西島隊長なら、納得も出来ます……」

 

三月の瞳から溢れたのは、先ほどまでの毒々しい液体ではなく、透明な、温かい涙だった。

それを確認して、みのりは安心したように「あへっ」と力なく笑い、そのまま三月の肩に頭を預ける。

 

みのり

「ゼェ……やっと……戻りましたね……ゼェ……まだ……もうひと踏ん張り……お願い……します……ゼェ」

 

三月はある意味助け出せたが、問題はまだ残っている

謎の男と、巨大な虫の大群

 

この二つの他に、ライオットがまだ片付いてはいなかった

 

三月はみのりの身体を支え、意を決して呼応する

 

三月

「……もうひと踏ん張り……頑張りますね!」

 

 

 

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