ANGEL WALTZ   作:とくめい

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case8 【壊す覚悟、生かす覚悟】

BLITZ 移動拠点

 

先程の謎の男が解き放った、「地表を埋め尽くす」ほどの巨大な虫の大群が、整然と、しかし圧倒的な質量で行進を続けている。

 

その異様な数と大きさは、強固な装甲に守られた拠点からでもはっきりと視認できた。

 

医療班員

「……うっそ……、アレは何なんです……? 地面が……動いている……」

 

窓の外に広がる「悪夢」に、歴戦の医療班員ですら言葉を失い、戦慄していた。そのただならぬ気配を察し、幻十郎が静かに声をかける。

 

幻十郎

「ワシの目には映らんが……地響きが、さっきまでとは違う音になっとるな……。何が起こっとるか、説明してもらえるかの?」

 

杖を突き、あえて軽口を混ぜることで場を落ち着かせようとする幻十郎。だが、窓の外を注視する隊員の震えは止まらない。

 

医療班員

「……あの……虫が……報告書にあった個体とは比較にならないサイズの群れが、辺り一面を埋め尽くしています。……一目で、異常事態だと分かります……」

 

詰まりながらも必死に紡がれる言葉。

その「重さ」から、幻十郎はこれが単なる事故ではなく、火星そのものを揺るがす危機であることを直感した。

 

幻十郎

「……大きさはどんなもんじゃ?」

 

医療班

「……我々がアリだとすれば……、クジラです……それが地平線を埋め尽くすほどに……」

 

幻十郎

「なんじゃと!?」

 

さすがの副隊長とて、この未曾有の事態には言葉を失ったか――。

そう思いながら恐る恐る振り返った医療班の目に映ったのは、アイパッチ越しでも分かるくらいに喜び、まるでおもちゃを見つけた子供のように、無邪気に、そして凶悪に笑う幻十郎の姿だった。

 

医療班

「あ……の……、副隊長?……」

 

幻十郎

「ん? なんじゃ?」

 

医療班

「……もしかして、喜んで……らっしゃいます?」

 

幻十郎

「おっと、すまんすまん。そう見えたか? ……いかんなあ、悪い癖じゃw」

 

医療班は思い知る。

目の前の男が、そしてこの「BLITZ」という組織の幹部たちが、なぜ長年[化け物]と呼ばれ続けてきたのかを。

圧倒的な絶望を前にして、まず「高揚」が先に来てしまう――

 

隊員の一人一人が、常軌を逸した人生を歩んで来た、望もうと望まないとに関わらず、世界から拒絶され、化け物として作り上げられてしまった

 

彼らもまた、人間という枠からはみ出した異質な存在

 

幻十郎が医療班に問いかける

 

幻十郎

「ワシらがなぜ第一部隊なのか……すぐ分かるわいw」

 

医療班は、その言葉の意味を正しく理解できず、反射的に制止の声を上げた。

 

医療班

「まさか出撃する気ですか! 目が見えないのに危険ですよ! それに、班長たちが黙っていません!」

 

だが、幻十郎は止まらない。 その歩みは、まるで自分の庭を散歩するかのように淀みなく、確かな「死」の気配を纏い始めている。

 

幻十郎

「返すようじゃがの……。こんな不足の事態を、何も無く処理できんようじゃ、初めからBLITZになんぞおらんわw」

 

医療班は、その背中に言いようのない威圧感を覚え、言葉を失う。

思い出したのだ。 目の前の男、そしてこの拠点を預かる者たちが、かつて「人間」を蹂躙しようとした無数の災厄を、その「圧倒的な力」だけで捻じ伏せ、平らげてきた絶対的な地球の化身であることを。

 

彼らは「人間に理解される」ことなど最初から諦めている。 ただ、世界から拒絶されたその爪と牙を、今は「人間を守る」ためだけに振るっているに過ぎない。

 

そして、そんな化け物達を――。

たった一人で「地球を壊滅させられる」とまで称される、常軌を逸した力を一束にまとめ上げ、従えている男。

 

医療班

(……たしかに、医療班の総班長ですら、この人達より強い……)

 

総隊長、西島京介。

どれほど鋭い牙を持つ怪物も、彼を凌駕する事は叶わない。

そんな「化け物の化身」が信頼を置く者たちにとって、地平線を埋める虫の大群など、恐怖の対象ですらないのだ。

 

幻十郎

「……さて、ちょっと階段降りるのを手伝ってくれんかの? 些か足元がおぼつかんでな……」

 

医療班

「……は?……」

 

先ほどまでの、空気を凍らせるような殺気はどこへ行ったのか。

差し出された掌を見て、医療班員は毒気を抜かれたように呆然とする。

 

地球をひっくり返せるほどの力を持ち、世界の道理を捻じ曲げる怪物たち。

けれど、ひとたび戦いを離れれば、彼らもまた「ただの不器用な人間」でしかないのだ。

 

いや、世界が彼等を勝手に畏怖してるだけで、彼等ほど人間らしい人間は居ない

 

医療班

(……BLITZって、……自由……)

 

医療班員は苦笑し、その節くれ立った手をしっかりと支えた。

 

医療班

「……もう。ほら、足元気をつけてくださいよ、おじいちゃん」

 

幻十郎

「誰がおじいちゃんじゃ!まだ30じゃぞ!w」

 

しかし、医療班としては目が見えない状態で戦う事がどれだけ危険か分かっている、情報の7割を視覚に頼るからだ

勿論危険な事はさせられない、危なくなれば止める覚悟をする

 

そんな医療班の思いも、杞憂に終わるのを直後に目の当たりにする

 

幻十郎が左腕のブレスレットを外し、右掌で握る

その姿を見て疑問を問いかける

 

医療班

「それはなんです?」

 

幻十郎

「おぉ、ぬしらはわからんかw、これは動愚(どうぐ)と呼ばれる兵器じゃ、適合者が少なくての、それにコレ自体もそんなに多くない」

 

医療班

「動愚?」

 

幻十郎

「まぁ見てれば分かるw」

 

表に連れ出された幻十郎が、虫を一望出来る場所まで案内してもらう

医療班を下げさせ、動愚を握り呟く

 

幻十郎

「……ワシに力を貸せ……」

 

一瞬、世界の音が消えたように錯覚する、何も聞こえず、虫の地鳴りの音も掻き消えた

そして、虫たちが立てる地鳴りとは明らかに異質な、鼓膜を震わせる「重低音」が拠点を揺らした。

 

拠点から虫の群れへ向け、何かが地を割って噴き出す。

遠目には黒い津波にも見えるそれは、流動する無数の[鉄]――砂鉄か、未知の金属粒子か。

意志を持つかのようにのたうつそれは、瞬く間に「虫」の巨躯を飲み込み、逃げ場を与えることなく無慈悲に圧殺していった。

 

一匹や二匹ではない。視界の端から端まで、その「鉄の惨劇」は広がっていた。

甲虫特有の硬さ、あの大きさならそれも尋常では無いであろう硬度の外殻を、玉子の殻のようにボキボキと飲み込み、柔らかさのある部分までも容赦なく侵食する、湿り気を帯びた破壊音、聞いてて気分が良いものでは無い

 

それと同時に、幻十郎の身体に異変が起こる。

右腕のブレスレットが脈動し、液体状になった金属が彼の肌を、骨を、飲み込むようにして這い上がっていく。

それは主を守る防壁というより、人間という器を塗り潰す「侵食」そのものだった。

 

火星の広大な大地を埋め尽くす虫。

しかし、それを遥かに凌駕する幻十郎の異能と、兵器「動愚」。

 

医療班の思考は、目の前で起こる事象のあまりのスケールに、欠片も追いつくことができなかった。 ただ、圧倒的な「力の事実」に、魂を縛り付けられたかのように立ち尽くすことしかできない。

 

医療班

「……目は見えてないのに、どうやって……、それに、副隊長のそのお身体は……」

 

幻十郎

「……金属が自分で勝手に喰ってくれるからのw」

「…じゃがワシは、少し適合者として未熟らしくての……些か堪えるワイ……」

 

唐突に息を切らし、膝を付く幻十郎

そして、金属に侵食された時は既に苦しそうな表情を浮かべていた

 

心臓に負担がかかり過ぎた、何もしなければ危険な状態と判断し、医療班が駆け寄り、幻十郎を支えながら声をかける

 

動愚を使った事により、幻十郎の身体に予想以上の負担がかかった

意識が薄れていく中、無理をし過ぎた事と、動愚についての注意をされた事を、思い出していた

 

 

 

科学班 研究室

 

科学班

「水無月副隊長、わざわざお越しいただいて恐縮です、こちらの適合テストを行わせて頂きますので、右手をお願いします」

 

そう言いながら差し出したのは、何かの鉱石にしか見えない石のようなもの

幻十郎は言われるがまま、右手をその石のようなものにのせる

 

数秒、何も起こらない

幻十郎が諦めながら口を開く

 

幻十郎

「……ワシは不適合かの?」

 

科学班

「いえ、確かに水無月副隊長に反応を示したので、不適合では無いと思うのですが……」

 

そう言う科学班を見ながら、少しイタズラをしようとした幻十郎が、能力を使った瞬間

 

その石は幻十郎にまとわりつき、まるで生き物のような動きでへばりついた後、左腕に纏まりブレスレットのような形になった

 

幻十郎

「なんじゃ?、なかなか不思議なものじゃのう……、何かこう、みなぎる感じがするのう」

 

科学班

「ひとまずお疲れ様です、無事に適合出来ましたね、それと、適合者皆さんに言ってますが、2、3注意点があります」

 

幻十郎

「なんじゃ?」

 

科学班

「これは能力者の力を増大させてくれますが、その代わりに副作用と言いますか、能力者自身に対する負担が、正気の沙汰ではありません、あまり無理をなさらないでください、今回はブレスレットのような形になりましたが、おそらくイメージしながらであれば、形も変えられるかと」

 

その説明を聞いて、別段邪魔にもなら無いなら、このままで良いと答える

 

ささやかな疑問を口にした

 

幻十郎

「これは一体なんなんじゃ?」

 

科学班

「正直、能力者専用の兵器と言う事しかわかってません、いつからあったか、何が原料か、なぜ適合者を必要とするのか、全てまだ謎なんです、お恥ずかしい限りですが」

 

科学班員は、少し言い淀んでから付け加えた。

 

「それに、物によっては意思がある、との報告を受けてます、それはただの兵器の域を逸脱してますので、副隊長とは言えど、くれぐれも気をつけて下さい……」

 

幻十郎

「まぁ、今より強くなれるなら良いわいw」

 

 

科学班に聞いた話が、頭の中で反復する

意識が朦朧とし、呼吸が詰まりかけていた

その「意思」が、今、幻十郎の心臓を強く締め付けている。

 

意識を失い、死の淵に今にも落ちて行きそうな幻十郎を、後ろを任された医療班が必死になって救おうとしている

強心剤が打ち込まれ、必死の投薬を続け、今にも止まりそうな心臓を動かし続ける

 

弱々しく医療機器の音が響く

バタバタと忙しなく動き回る医療班、先程目にした光景よりも、今目の前の尽きかけている火を、消してはならないと

 

それから数十分、何とか呼吸が安定した幻十郎

言い訳がましく重い口を開いた。

 

幻十郎

「ちと張り切り過ぎたか……」

 

手で顔を覆い、少し疲れたように呟く

 

医療班

「はい!もうダメです!戦闘はさせませんからね!!もう動かしませんからね!」

 

医療班の怒鳴り声に言い訳しようとしたが、続けて怒鳴られた

 

医療班

「小班長に怒られるの嫌なんですからね!、本当に地球に戻しますよ!」

 

幻十郎

「……みのりんに怒られても良いじゃろ……」

 

そう呟く幻十郎の言葉は、聞こえるか聞こえないか程度だったが、医療班はこんな時でもふざけるのかとぷりぷり怒る、が、小班長の呼び名に手を止めた

 

医療班

(……みのりん!?……)

 

カタカタ震える医療班、怒ってはいるが笑っては行けないと作業を黙々と続ける

 

 

 

少し前

謎の男が虫を呼び出した直後、大気発生装置の外壁を修理していた那由多達、第一部隊や医療班の班員も、その未曾有の異変に遭遇していた

 

那由多

「おうおう……とんでもねぇなぁ……」

 

恐ろしさや不気味さを通り越して、呆れている那由多

 

それを横目に撤退準備をする隊員が、那由多に叫ぶ

 

第一部隊隊員

「小隊長!退避して下さい!、これは幾らなんでも手に余ります!」

 

焦り散らして怒鳴る隊員に、那由多はいつものような余裕の笑みで答える

 

那由多

「……これくらい何とか出来ねぇと、京介に顔向け出来ねぇだろうがよ……」

 

そう呟いた那由多は、右手の中指に付けている指輪を撫でながら言う

 

那由多

「お前達は拠点にさがれ!、ここは俺一人でどうとでもなる!」

 

小隊長のありえない命令を聞き、隊員がさらに焦る

それもそのはず、先程相手をした虫ですら、能力者の攻撃が然程聞かなかった

今目の前にいる虫は、それの何倍の大きさだろう、とてもではないが、対処するには無謀すぎる

何を馬鹿な、そんな気持ちが思わず口走る

 

第一部隊隊員

「!!、あんたアホか!、怪我で済まないのはわかるでしょうが!!、1匹や2匹ならまだしも、数が多過ぎるし何より今まで見た事ない大きさなんですよ!」

 

心配が焦りに変わって、口調も荒くなっている隊員に、その気持ちを汲みながらも、尚且つ安心させるように那由多が言う

 

那由多

「心配してくれてるのはありがたいがな、さすがにお前らが居ると本気出せねぇんだわ……」

「……悪いけど、撤退しててくれ…、それと、後で上官侮辱罪で始末書書かせるからなw」

 

いつものふざけた那由多の言葉とは裏腹に、目つきが笑ってないのを確認した隊員は、静かに言う

 

第一部隊隊員

「……お気をつけて……、必ず待ってますから!」

 

それに対して背中で応える那由多

 

那由多

「おう!、なんで俺が第一部隊の隊長か、見せてやるよw」

 

隊員たちが一斉に、弾かれたように拠点へと後退していく。

その背中を見送る間もなく、後方――拠点の至近で、天を突くような「黒い壁」が爆ぜるのが見えた。

 

幻十郎の放った、無慈悲なる鉄の奔流。 地鳴りとは異なる、硬質な金属が獲物を磨り潰す不快な破砕音が、大気を震わせてここまで届く。

 

那由多はそれを見上げたまま、呆れと感心が混ざり合った、歪な笑みを浮かべて呟いた。

 

那由多

「幻十郎さん、あの状態で使ったか……、まぁ言っても多分聞かない…んだろうなぁ…」

「……辞めろつってもやるんだよ…京介も一緒だけど、隊長格はそういう癖でもあるのかねぇ……」

 

頭を掻きながら呆れた様子で呟くが、那由多自身の口元は笑っていた

 

那由多

「……それじゃあ、俺も本気出しますか」

 

那由多が指輪を嵌めた手を、火星の大地へ叩きつける。その指先を起点に、空間そのものが悲鳴を上げるように波打った。

彼の周囲に、掌サイズの不気味な黒い球体が無数に浮かび上がる

それは意思を持つ弾丸のように、地平線を埋め尽くす虫の群れへと一斉に射出された。

 

球体は虫の外殻に着弾した瞬間、まるで水滴が吸い込まれるように体内へと「浸透」し、同化する。

 

那由多

「……爆ぜろ」

 

刹那、異様な静寂を貫き、巨大な虫たちの身体が内側から「変り果てた」。 外殻の隙間から、肥大化した肉が突き破るように盛り上がり、内圧は臨界点を突破する。

 

――ドォォォォンッ!!

 

凄まじい破砕音と共に、緑色の体液と内臓の雨が降り注ぐ。 那由多はその残骸を全身に浴びながら、一切の回避をせず、冷徹に次なる球体を放ち続けた。

 

那由多

「……『動愚』は、道具として使わねぇとな」

 

強気な言葉とは裏腹に、異変はすぐに訪れた。

「動愚」の暴走的な負荷が、那由多の肉体を内側から破壊し始める。

 

こめかみの血管が蛇のようにのたうち、内圧に耐えかねた毛細血管が次々と弾け飛んだ。バシュッ、とホースが切れるような音と共に頭や首筋から、鮮血が噴き出す

降り注ぐ虫の粘液と、彼自身の熱い血が混ざり合い、ドロドロとした赤黒い泥となってその顔を覆っていく。

 

それでも那由多の唇は、獲物を屠る悦びに歪んだままだった。

血の涙を流しながら笑うその姿は、守護者というよりは、戦場に顕現した「災厄」そのものだった。

 

地平線まで続く虫の海を、那由多は自らの命を火種にするようにして、縦横無尽に解体していった。

 

那由多

「……このまま行けば、被害が最小限に抑えられる……俺が持てば…だけどな……」

 

その言葉通り、荒い呼吸と共に那由多の身体から鮮血がとめどなく溢れ出した。

隊服の袖口から、襟元から

熱を帯びた赤が奔流となって流れ落ち、足元の赤い大地をさらに濃い黒赤色に染め変えていく。

 

まるで指輪に宿る「意思」が、主の命を栄養として直接吸い上げ、地面へと流し込んでいるかのようだった。 大地に吸い込まれる血の量に比例して、那由多の視界は白く霞み、四肢の感覚が遠のいていく。

 

それでも、那由多は攻撃を止めない、自らの血管が弾け、意識が削られるたびに、前方の虫たちはより凄惨に、より確実に爆ぜていく。

 

それは戦闘などではない。

自らの命を燃料にし、絶望を焼き尽くそうとする、壮絶な自壊の儀式だった

 

 

???

「なぁにやってるんですかぁ!!」

 

誰かの声が聞こえた

そちらに気を向けた瞬間、鼓膜を突き刺すような絶叫。

那由多が反射的に意識をそちらへ向けた瞬間、どこから現れたのか、ちょっとした津波程度の質量の「水」が彼を丸呑みにした

 

那由多は何が起きたか確認しようとした

しかし確認するまでもなく、それの正体がわかった

 

みのり

「あれ程単独で使わないで下さいって言いましたよね!!」

「小隊長のあなたも、副隊長の幻十郎さんも!!なんなんですか!わたしに喧嘩売ってるんですか!!そんなに医療班の仕事増やして!楽しんでるんですか!!」

 

呆気にとられる那由多

まさかのタイミングで現れた医療班第五班の小班長

傍らには、連絡の取れなかった三月を携えて

 

那由多が何かを口にしようとしたが、力が入らない

そのまま為す術無く崩れ落ちた

何が起きたか分からないまま、呂律も回らない口を開いたが、言葉が出せない程に力が抜けていた

 

みのり

「もうダメです!戦闘は禁止します!医療班命令です!しばらく休んで下さい!」

 

目線だけで何かを訴えようとした那由多に向かって、さらにみのりが続ける

 

みのり

「今のは三月さんの能力です!麻酔を水に混ぜてぶつけました!そんなに血だらけになってまで能力を使うのを、黙って見過ごせません!!」

 

三月

「……麻酔と言うか、神経毒に近いんですけどねぇ……」

 

ゆっくりと那由多に近付き、水で流されたとは言え、血や泥にまみれた那由多を、静かに抱き抱えながら、三月が話す

 

三月

「…命令無視をしたことは謝ります……、きちんと処罰も受けます、ですからせめて、みのりさんの言う通りに休んで下さい……」

 

みのり

「先程幻十郎さんの能力も見えました!、お陰で大分数が減ったのは確認出来ました!なので、残りは私たちが引き受けます!」

 

那由多は何を言っているのか分からなかった

一介の医療班が、戦闘部隊である自分達を差し置いて、自ら戦闘をすると公言する

全く状況が読めない

 

みのり

「能力者は……、複雑なジャンケンだと教わりました!故に戦闘能力の強さイコール、その能力者の強さでは無いです!」

 

三月

「……まぁ、総隊長やうちの総班長達は例外ですけどねぇ……」

 

三月に抱き抱えられたまま、那由多は混乱した思考をまとめられずにいた

言ってる意味は何故かわかってしまうが、何を言ってるか理解が追いつかないからだ

 

みのりを止めようと歩き出そうとしたが、足がもつれて三月の胸に倒れ込む

その姿を見て、那由多を近くに寝かせてから、静かに説明する

 

三月

「まだしばらくは声も出せないですよ……、当番とは言え、私たちがどうして一番隊に随伴出来たのか、何故私たちなのか、那由多さんにはその理由を見てて頂きますね…」

 

みのり

「うちの総班長が、いつも総隊長が言う事聞かないって、心配してたから!!、わたし達医療班は、最悪攻撃隊を抑え込めないとダメなんですよ!、……まだ全員出来るわけじゃないですが……」

 

三月

「……まぁ強さの序列もありますからねぇ……」

 

2人が説明している最中でも、みのりは能力を使い水を操り準備をしていた

 

それに、ここに来る途中、大気発生装置の1台を、破壊覚悟でフル稼働させて来た

そのせいでみのり達の付近には、雨雲が立ち込め、雨と言うにはあまりにも強いスコールが降り注いでいた

 

しかしそれらを余す事なく集めていたみのり達の周りは、1滴足りとも濡れてはいなかった

 

空を仰ぎ見、眼球だけで確認する那由多

虫には水がとめどなく滴ってはいた、雨音も聞こえてはいた

しかし3人のいる場所は、何一つ濡れるものが無かった

 

那由多の応急処置をする三月、慣れた手つきで那由多の傷を手当する

みのりの能力を目で追いながら、那由多に話しかける

 

三月

「……すみませんねぇ……、私達はどんな状態でも、最低限生きて隊員を本部に連れ戻す事が、通常のマニュアルなんです……、勿論それは自身も含まれます……、まぁ、総隊長があんなのですから、うちの総班長が心配するのは無理もないんですが……」

「……それと、それは総隊長が医療班に対してお願いしたみたいなんですよ……、生存率を上げる方が、作戦遂行より大切らしいので……」

 

その言葉を、那由多は信じがたい思いで咀嚼した。

地球の盾であるBLITZにおいて、作戦を捨ててでも命を拾うなど、本来なら許されない行為

だが――それを現実に、今日まで成立させてきた「事実」がある。

 

那由多の脳裏に、いつもヘラヘラと笑う年下の総隊長の顔がよぎった。

いつもふざけておちゃらけて、働きたくない、早く辞めたいと言いつつも、クリムゾンインパクトの日から、悲しい顔も、辛い顔も今まで見せた事がないのに気付く

 

いや、那由多はわかっていた

自分より年下の総隊長は、自分の人生より遥かに壮絶な人生を歩んでいた事で、人に執着する

しかし、その執着が隊員達の生存率と、その家族の笑顔を護る事に繋がる

 

忘れていた、自身の総隊長は、命令無視をしてでも隊員達を連れ戻す事

彼は、自分たちの命だけじゃない。その帰りを待つ家族の笑顔まで、たった一人で守ろうと足掻いているのだ。

 

呆れて笑いがこぼれる

麻酔(神経毒)が少し切れて来たのか、那由多が言葉を発する

 

那由多

「……ガキに……、気……使わせたら……ダメ……だよ……、なぁ……」

 

三月

「……さすが第一部隊の小隊長ですねぇ……、もう話せるんですか……」

 

那由多が口を開いたことに関心しながら続ける

 

「……まぁ、今は最悪の場合には程遠いですからねぇ……」

 

三月はそう呟くと、那由多の処置を終わらせて、みのりの元へ近付く

 

みのりが集めた水泡に手を挿れ、体内から精製した純度の高い薬品を水に溶かし混ぜ始める

 

三月

「……どの程度にしておきます?……」

 

みのり

「とりあえず……と言うか、虫を跡形もなく溶かせる程度でお願いします!」

 

その必死な言葉に、三月は静かに微笑みながら能力を発動する。

 

医療班は、直接的な戦闘力が秀でている必要はない。 隊員を可能な限り無傷で、それが叶わなくとも、最低限「生きて」連れ帰る。そのための能力さえあれば、それでいい。

 

三月の脳裏に、疲弊した顔の総班長が浮かぶ。

あの総隊長を支えているのだから無理もない。

だがそこには、言葉にすれば野暮になるほどの深い信頼と絆があった。

 

互いに隊員の命が最優先。

アプローチは違えど、目的地は同じ。

その事実だけで、他のどの地球組織にも自慢したくなるほど、自分たちは贅沢な環境に身を置いているのだと三月は思う。

 

三月が、宙に浮かぶ水の塊にそっと指先を伸ばした。

水中に手が触れたそばから、能力によって精製された劇薬が溶け出していく。

 

見る間に、およそ安全とは言い難い変色を遂げる水球。

混ぜてはいけない種類を掛け合わせると、これほどまでに毒々しくなるのかと感心するほどの色に染まった。

 

三月

「……この濃度なら、おそらく跡形もなく溶けるでしょうね……」

 

みのり

「『おそらく』じゃダメなんです! 『確実』にお願いします!」

 

三月

「……これ以上の濃さだと、あなたにも少なからず影響が出ますよ」

 

みのり

「構いません! 優先するのは第一部隊! 私はその次でいいんです!」

 

必死すぎるあまり、当然のように自身を勘定から外すその姿に、三月は少し寂しそうな顔をした。

そんなところまで総班長に似なくてもいいのに、と。

 

だが、そんな危うい少女を突き放せない自分もまた、大概なのだ。

三月はすぐに自虐的な笑みを浮かべ、諦めたように水の彩度を一段、深く落とした。

 

水はおどろおどろしい色になった

それを見た三月は、みのりに合図する

 

三月

「みのりさん、虫に向かって満遍なくぶつけて下さいねぇ……、1滴でも生物には致命的ですから……」

 

みのり

「了解です!離れて下さい!」

 

みのりは間髪入れず、空に広がる水球を、虫の残党に向けて一気に解き放った。

 

それは、乾いた赤茶色の世界に突如として現れた漆黒の津波だった。

火星にあるはずのない物質、あったとしても、これほど異様な量の水を目にすることなど一生に一度もないだろう。

あれほど恐ろしく、絶望の象徴だった虫の集団が、その波に飲み込まれた瞬間、文字通り跡形もなく消え去った。

 

後に残ったのは、虫の成れの果てが混じり合った、粘り気のある水の残骸だけだ。

虫以外のあらゆる有機物すら、強力な過塩素酸塩の濃縮液の前では、水に浮かべた和紙のようにことごとく溶け落ちていく。

 

 

 

 

 

 

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