ANGEL WALTZ   作:とくめい

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case12【切り花と野の花】

すっかり日が落ち、辺りが暗くなり始めた頃、紗夜はハッとしてフリージアに話しかけた。

 

紗夜

「ごめんね、こんな時間になっちゃった。寒くない? 戻ろうか……」

 

そんな紗夜の言葉に、フリージアは小さく頷く。

思いの外ここの景色を気に入ってくれたのだろうか、少し名残惜しそうにも見えた。

 

気のせいかもしれないが、紗夜は自分の感覚を信じて言葉をかける。

 

紗夜

「……気に入ってくれたなら、また一緒に来れるから。今日は帰ろう? ご飯……一緒に食べよう?」

 

当たっているかは分からない。

だが紗夜が感じた雰囲気に対し、フリージアは少し考えながら、ちょこんと頷いた。

紗夜は優しく微笑み、少女の手を取って野原を後にした。

 

帰りの道中、車内では「今日はどうしようか」「遅くなったし外食しようか」と話しかけていた。あまり返事はないが、フリージアの言葉や想いが感じられた事に対して、それは些細な事だった。

 

少しテンションが上がった紗夜は、構わずフリージアに話しかける。

 

紗夜

「今日はちょっと珍しく、海鮮でも食べてみない? 普段あんまり海の幸とか食べないから、どうかな?」

 

そう何気なく少女の方へ微笑みかけた、その時だった。

フリージアの様子が少し違った。

いつも紗夜の方を見つめて聞いている少女が、車のフロントをまっすぐ見つめ、微動だにしない。

 

異変を察知したと同時に、目の前で爆発が起きた。

爆発と呼ぶには威力が低すぎる。

まるで大きな質量の何かが降ってきたような衝撃だった。

 

咄嗟にフリージアを庇い、車両と共に吹き飛ばされる。車は横転し、腹を見せる位置で止まった。

 

混乱する頭で状況を確認する。

土煙と騒ぎのせいで、周囲は喧騒に包まれていた。潰れた車の中で、庇った少女の身を確認する。

 

紗夜

「……フリージア! 大丈夫? 怪我はしてない? 痛いところは無い?!」

 

問い掛けに返事はない。

吹き飛ばされた衝撃で、気を失ってしまったらしい。

紗夜は焦りながら外傷を確認する。

頭は打っていない、怪我もない、しかし意識を失い、声も出さないことに焦りを感じ、病院へ連れて行こうと車から這い出た。

 

だが、目の前に現れたのは、巨大な木々の山だった。

なぜ急に町中にこんな大木が現れたのか。

巨大な大木の中心に、うっすらと人影が見える。

木に囚われているわけではなく、悠々と佇んでいる。よく見ると、樹木が椅子のようにその人影を座らせていた。

 

???

「あらあら……少し勢いをつけ過ぎたみたいかしら……」

 

穏やかだが、異様なほど敵意を孕んだ口調。

 

紗夜はそれに対し、車から這い出たまま、声を荒らげる。

 

紗夜

「……あなたは一体何者なの!」

 

怒号にも似た叫びに、影はまるで意に介さないようなゆっくりとした口調で言葉を続ける

 

???

「……こんなに壊れる予定ではなかったのだけれど……」

 

紗夜の質問に答えず、周りを見回し予定と違う事を悔やんでいる口調で話した

 

そのまま目を話さず睨んでいると、ようやく紗夜に気付き、やっと紗夜の視線が影の焦点と交わる。

影はくすりと喉を鳴らした。

 

アスモデウス

「あらぁ……ごめんなさい……私の名前はアスモデウス……よろしくね、あなたに用があって来たの……」

 

……アスモデウス。その名前には聞き覚えがあった。

スカーレットスコルピオの能力者だ。

紗夜は即座に警戒する。かつてBLITZが研究施設へ突入した際、グラトニーのベルゼブブという男と共にいた人物だ。

突然襲いかかり、しかも自分達に用があるという。

黙って帰すわけにはいかない。

 

紗夜

「私達に、一体なんの用があるって言うの!」

 

アスモデウスはため息を一つ吐き、憂いを帯びた表情で応える。

 

アスモデウス

「……端的に言えば、人質になって貰おうかと思って。ほんとは誰でも良かったのだけれど、アナタは総隊長の秘書らしいから……」

 

それを聞き、紗夜はさらに警戒を強める。能力を発動しようとした時、意識のないフリージアが目に入った。この少女を護らなければならない。

 

紗夜

「……大人しく人質になるとでも?」

 

アスモデウスはだるそうに肩をすくめる。

 

アスモデウス

「当然ならないでしょうねぇ。だから少し卑怯な手を使わせて貰うわ……」

 

彼女が木の根のようなものを蠢かせると、その先には衝撃に巻き込まれた一般人が囚われていた。

 

「助けて……!」

 

悲痛な叫びを絞り出す人間に、鋭利な木の根を首に突き立てる。

 

アスモデウス

「……ふふっ。賢い貴女なら、この状況が何を意味するかわかるわよねぇ……」

 

町中で騒ぎを起こせば、非能力者を容易に人質に取れる。

だが理解に苦しむ。わざわざ市街地でリスクを犯してまで、自分達を捕らえる理由は何か。

 

紗夜

「……そこまでして私達を人質に取る理由は? 騒ぎを通報されたBLITZがすぐに集まるわよ……」

 

アスモデウスは嘲笑した。

 

アスモデウス

「貴女[達]では無くて、貴女に人質になって貰うのよ……」

 

――しまった。

秘書である立場から、総隊長の西島京介の弱点を知っていると見越したのか。

 

紗夜

「BLITZの情報や隊長達の弱点でも知りたいの?」

 

アスモデウス

「……バカねぇ。そんなものが欲しかったら、アナタで無くても良いのよ……」

「あの、人を小馬鹿にした忌々しい隊員を、残酷な目に合わせたいだけ……。アナタで無くても良いと言わなかったかしら?」

 

紗夜が言い返す。

 

紗夜

「私を人質に取った所で、何も知らないし、価値なんか無いわよ!」

 

そう言った瞬間、アスモデウスの声が地鳴りのように低く、殺意を帯びたものへ変わる。

 

アスモデウス

「あるわよね……」

 

その迫力に紗夜は一瞬怯む。

彼女がなぜそこまで敵意を剥き出しにするのか。アスモデウスが続ける。

 

アスモデウス

「……少し大人気無かったわね、ごめんなさい。でも、無駄な時間稼ぎなんかしなくても、貴女に価値があるかどうか決めるのは、総隊長では無くて?」

 

紗夜は不敵に笑い、言い放った。

 

紗夜

「仮にそうだとしても、貴女にそう易々と捕まるとお思い?」

 

バチッという音と共に、紗夜の姿が消えた。

 

金属性である紗夜は、身体の電気信号を増幅させ、筋肉を常人の限界を超えて強化できる。

能力者ですら非能力者の10〜15倍だが、紗夜はそれを上回る。

常時発動しているその身体には不相応な体力があり、神経信号の増幅により、紗夜の目には周囲の全てが止まって見えていた。

 

アスモデウスには目で追うことすら不可能だろう。

[目にも止まらない]のではなく、[目に映る事すら無い]動き。

人質の一般人を掴む木を落とし、そのままアスモデウスに焦点を合わせ、無力化しようと踏み込んだ。

 

……そう思っていた。

 

アスモデウスの顔は微動だにせず、先程自分がいた場所を見ている。

そのまま拳を叩き付ければ終わる。動きに一切の無駄はない。

 

そう考えた瞬間、視界の端にありえないものが映り込んだ。 超加速によって静止した世界を、強引に引き裂く影。

空気を歪ませながら、紗夜の至近距離に割り込んできた男がいた。

 

――自分より速い。

 

頭が理解するよりも早く、衝撃が襲う。視界が反転し、次の瞬間、紗夜の体は商店の壁を突き破り、瓦礫の中に叩き込まれていた。

 

その衝撃音に、アスモデウスが音の方を見る。

 

アスモデウス

「……あら、いつの間に……」

 

ゆっくりとした言葉に、男が呆れたように話しかける。

 

「……だから一人でやらせるのは気が向かなかったんだ。お前一人では今ので死んでいたかも知れなかったぞ……」

 

瓦礫から身を現し、本気で仕留めるべく再度攻撃を繰り出す。

バチンという炸裂音と共に暴風が吹き荒れるが、男の動きの方が早かった。易々と押さえ込まれ、地面に叩きつけられる。

 

「……ッハァ!……」

 

肺の空気を押し出され、息も絶え絶えに男を睨みつける。

 

紗夜

「あ……なたは一体……」

 

男は紗夜を押さえ込んだまま、冷徹に口を開く。

 

「大人しくしてもらおうか……あまり派手にすれば、困るのはお前の方だと思うがな」

 

男の言葉に周りを見渡すと、人質は倒れ込み、フリージアは意識を失ったまま。

その傍らには柄の悪い男が立っていた。

 

柄の悪い男

「シシシ、コイツはどうする! ここで殺しちまっても良いんだよなぁ!」

 

男が静かに告げる。

 

「……余計な事をするな。そんな事をしたら、俺がお前を殺すぞ……」

 

威圧的に言われ、柄の悪い男は萎縮する。

 

柄の悪い男

「わ、悪かった、そんなに怒らねぇでくれよ……」

 

「前もそうやって余計な事をして、俺の邪魔をしかけたはずだ」

 

明確な上下関係。

しかし柄の悪い男と目の前の男では、実力に天と地ほどの差がある。不気味なほどの静けさを纏う、圧倒的な強者だ。

 

アスモデウス

「あらあら……ごめんなさいねぇ。それじゃあ早く連れていきましょう?」

 

その言葉に応じ、男は紗夜の首に何かの注射を打ち込んだ。

 

――しまった。

 

途端に意識が朦朧とする。鎮静剤だろうか、抗えないほどの眠気が襲う。 朦朧とする意識の中、少女へ手を伸ばすが、体が自由にならない。柄の悪い男がフリージアにも注射を打っているのが見えた。

 

悔しさに唇を噛み、意識の淵で最後に少女の姿を焼き付ける。

 

「……フリー…ジア……」

 

意識は、深い闇の中へと途切れた。

 

 

 

 

騒ぎから数十分後

 

アスモデウスと紗夜達が交戦した場所で、警察とBLITZの隊員達が事態の収拾に当たって居た

 

一般の救急隊員と医療班が怪我人の対応をし、BLITZの特殊部隊が警察と連携して交通整理や現場の規制を行っていた

 

しかし、本来なら主犯の能力者がいた場合に出動するはずの特別攻撃隊の隊員が数名居た

その姿に特殊部隊の隊員は、訝しげな態度を取りながら、何も言わずにいる

 

原因は隠密部隊の少女

 

フリージアがその場に横たわっていた事により、普段の特殊部隊の仕事から外れる状況になっていた

 

BLITZの隊員達に取り囲まれ、医療班の手当を受けながら、口々に労いの言葉をかけられているが、フリージアは何も言わず黙っている

 

京介以外の隊員には、上手く言葉を返して貰えないと、隊員達は知っているが、せめて話せる隊員が来るまで、特殊部隊の隊員の目に触れないように気遣って居た

 

そもそも西島京介の独断で発足した部隊、特殊部隊に要らぬ詮索をさせれば、総隊長同士の軋轢をうみかねない

 

そんな中、総副隊長の三条秋浩が到着した、それを待ち望んで居た隊員達は、安堵の表情で迎える

 

隊員

「副隊長、お待ちしておりました、こちらへお願いします」

 

そう促され、少女の元へ歩み寄る

 

秋浩

「フリージア!」

 

思わず叫ぶ、珍しく動揺する副隊長の姿に、皆驚く

この少女は、それほどまでの存在なのかと

 

秋浩

「どうした?、何があった?」

 

その言葉に答えず、俯いている少女

秋浩は周りの隊員に問いかけた

 

秋浩

「この子の手当は済んだか?、何か話してたか?紗夜ちゃんは?、秘書の」

 

どよめきながら、秋浩の問に応える隊員達

 

「我々が到着した時には、医療班の手当を受けておりましたが、ずっと言葉を話してません」

 

「一応何度か声かけたんすけど、話して貰えなかったッス」

 

「紗夜?って、夜千与大尉でしょうか?、医療班も、特殊部隊も、この子以外は居なかったと……」

 

隊員達の状況報告を聞きながら、秋浩は不味いと考える

少女を残し、紗夜がいなくなるはずは無い、恐らく身柄を拉致された可能性が高い、それに明らかな能力者の襲撃

 

一瞬頭を過ぎる(BLITZ狩り?)

しかしすぐ頭を振り、自分の考えが間違っている事を訂正する

 

(BLITZ狩りは隊員を連れ去ったりしない、その場で動けない程の重症で捨てられている、やられた隊員の話だとたった一人だと言う、なら……)

 

秋浩

「目撃者の証言は聞いたか?」

 

その問に隊員が応える

 

隊員

「はい、急に空からデカイ木が降ってきて、辺りが壊されたと、それと三、四人程能力者が争っていたと……」

 

その報告を聞き、BLITZ狩りの線は消えたが、明らかにBLITZを狙ったものと認識する

集団でBLITZを狙い、あまつさえ身柄を拉致する

三大組織のどれかの仕業だろうか

 

秋浩

「……ちっ、よりによってこんな時に」

 

苦々しい表情で舌打ちをし、どうするか考える

そうそうすぐにはいい考えなど浮かばない

京介のように思い付きで行動する訳にも行かない

 

秋浩

「……ハァ〜……」

 

煮詰まった頭を冷静にしようと、深く大きなため息をひとつ

表情を切り替え、隊員達に声をかける

 

秋浩

「皆ご苦労だった、撤収してくれ、とりあえずこの子を本部に……」

 

そう言いながらフリージアに目をやる秋浩が止まる

少女がいない

 

辺りを見回すが、どこにもフリージアの姿が見えない

たった今までそこにいたフリージアの、気配の欠片も残っていなかった

 

秋浩

「おい!、フードちゃんはどこ行った!」

 

その声に隊員達も一斉に見回す

 

「アレ?!」

「……今居たよな?」

「どこ行ったんすか!消えたッスよ!」

 

油断した

幾らあどけない少女だとしても、京介の為に戦闘や諜報活動まで行う[隠密部隊]の一人だと言う事を忘れていた

いつもたどたどしく接してくれるその可愛らしい様子に、危険な事をしないで欲しいと、自分の希望も重ね合わせ、大人しくしていると思い込んでいた

 

だが、[隠密部隊]の名に恥じぬ能力者だと言う事を、秋浩自体忘れかけていた

 

秋浩

「……しまった……まさか、紗夜ちゃんを追いかけたのか?!」

 

顔を覆い、何かを考えながら天を仰ぐ

 

秋浩

「……どいつもこいつも……」

 

そうボヤく秋浩は、大きく深呼吸しながら、隊員達に撤退を促す

 

隊員達は一様に大丈夫なのかと副隊長を心配するが、それに向かって問題ない、助かった、と皆を帰す

 

心配ではあるが、副隊長命令では仕方ないと、ボヤきながら撤退する隊員達

それを見送り、秋浩は現場を少し調査する

 

少女のいた場所、それとえぐれた地面、落ちた木片

様々な状況証拠から、やはり拉致された紗夜と、それを少女が追跡したと判断する

 

何よりBLITZの隊員をこの場でどうにかしたのであれば、明らかにおかしいのが、血痕がひとつも無い

 

秋浩

「……さて、京介に報告するか否か……、アイツ、絶対任務放ったらかしで戻るなぁ……」

 

頭を掻きながら視線を落とす

丁度足元に注射銃が落ちている、なぜこんなものが?

それを拾い上げ、まじまじと観察する

そして近くにいた医療班に声をかける

 

秋浩

「よう、今何班が来てる?」

 

それに対して忙しそうにしていた医療班が、足を止め応える

 

医療班

「今ここにきてるのは、責任者の八尺伽耶副班長と、第二班ですが……小班長をお呼びしましょうか?」

 

医療班の気遣いに礼を述べたが、そこまでしなくていいと足を止めた事を謝り、八尺伽耶の元へ向かう

 

秋浩が一際騒がしい場所に向かうと、そこには副班長である八尺伽耶と、第二班の小副班長がいた

 

伽耶

「他に怪我人は?いるだけ搬送できた?!人通りが少なかったとは言え、まだ怪我人の確認が終わってないでしょ!」

 

第二班小副班長

「特殊部隊と警察の連携のお陰で、比較的早く収容出来たみたいです、あの壊されてる商店、中は無人で人が住んで無かったみたいですし」

 

伽耶

「ならあの救護車両が最後なのね?」

 

第二班小副班長

「はい!今ウチの小班長が確認に回ってます」

 

バタバタとしている医療班に、声をかけあぐねていると、伽耶の方が気付いてくれた

 

伽耶

「秋浩くん、どうしたの?何か確認?」

 

今までの鋭さから一変、少し柔らかい口調で話しかけて来た

 

秋浩

「邪魔してスマン、ちょっとこれ調べられる?」

 

そう言いながら、先程の注射銃を伽耶に見せる

伽耶が秋浩から受け取った注射銃を、まじまじと観察し、秋浩に疑問を投げかける

 

伽耶

「コレは?」

 

秋浩

「さっきあそこのフードちゃんがいたとこに落ちてた、何か手がかりがあるかと思って」

 

拾った所を指さし、伽耶に説明する秋浩

それに対して伽耶も心配事を問いかける

 

伽耶

「そう言えばそのフードちゃんは?、手当したっきりで、落ち着くまで待っててって言ったんだけど」

 

その言葉に、少しバツの悪そうな顔をしながら応える

 

秋浩

「……消えた……」

 

伽耶

「…ハァ?!消えたって……居なくなったの?!」

 

やはりそう言う反応になるなと、さらに疲弊した秋浩は、伽耶に続けて話す

 

秋浩

「一瞬目ぇ離したら消えてた……」

 

それには流石の伽耶も呆れてため息をつく

秋浩にではなく、西島京介を始め、戦闘部隊はなぜ医療班の指示を基本聞かないのと言う落胆だった

 

伽耶

「……ッハァ〜……」

 

秋浩

「一応探せるけどよ、少し時間かかるけど、それとこの件は京介にも連絡しとかねぇと行けねぇし」

 

伽耶

「…それで?、わたしは何をすればいい?」

 

すぐさま切り替えて、副隊長の指示を仰ぐ伽耶、その判断の速さは、戦場では何より必要だ

 

秋浩

「さっきの注射の成分、多分場所的にフードちゃんが打たれた可能性高いから、どんな薬か知りたい」

 

伽耶

「それならすぐわかるわよ、少し待って」

 

そう言うと、伽耶は注射銃の中身を、ガーゼで拭い、それを機械にセットし、ボタンを押す

 

待つこと数十秒、成分が画面に表示された

それをブツブツ読みながら確認し、振り返った伽耶が秋浩に伝える

 

伽耶

「不味いかもしれない……」

 

その不穏な言葉に秋浩が慌てる

 

秋浩

「不味い?、どういう事だ?毒か?」

 

伽耶

「毒とかじゃないんだけど、成分だけ見ると、鎮静剤と、能力抑制剤が入ってる……」

「抑制剤は一時的なものだけど、この量だと、ほぼ普通の人間と変わりないレベルになるの、鎮静剤の量は、能力者でも丸一日昏睡するレベルだよ……」

 

その言葉にさらに二人が慌てる

一般人では丸一日昏睡する量の鎮静剤を打たれ、能力抑制剤まで打たれているとなれば、今能力者に襲われたらひとたまりもない

 

秋浩

「ちょっと急いで探すか……、とりあえず本部に戻ってからで良いから、京介に連絡取れるなら取って貰えないか?」

 

伽耶

「それは構わないけど、秋浩はどうするの?」

 

秋浩

「俺はこのままフードちゃんを追跡するよ」

 

そう言いながら、地面からひと塊の土を拾い上げ、手で捏ねながら形を整える

大雑把な人型の土の塊を、空に向かって思いっきり放り投げた

ひとつで収まらす、次々幾つも幾つも放り投げた

 

伽耶

「それで見つかる?」

 

秋浩

「単純な指示程度なら認識出来るみたいだから、見つけたら戻って来るか、地面伝ってわかるようになってるよ」

 

伽耶

「土捏ねて投げるって、真面目にやってるんだけど、絵面が子供みたいに見える……ごめんw」

 

その言葉で、秋浩はちょっと気にしてる事だったのか、食い気味に言い訳する

 

秋浩

「わかってんだよ!、それに、使った方がもっと早いけど、流石に[動愚]使う訳には行かねぇだろ?」

 

伽耶

「それはダメ、少なくとも、使って解決する訳じゃないし、それに秋浩の[動愚]は、他の隊員と違って、京介同様強過ぎるんでしょ?ならダメだよ、あなた達の[動愚]は、索敵や偵察より、遥かに戦闘向きなんだから」

 

適合者や、そのもの自体の数が少ないが、適合すれば尋常ならざる力を得る能力者専用兵器[動愚]未だ謎に包まれているが、BLITZの隊長格が止める程度の威力

 

その代償は、己の命

 

秋浩も自身の動愚がどの程度に危険なものか、痛い程理解していた

 

伽耶のその言葉を、わかっていると返し、そのまま夜の街に消えていく

伽耶に後の事を任せると言いながら、少し不安そうに付け加える

 

秋浩

「……京介に連絡とれたら、俺が追っかけてる、って必ず伝えてくれるか?、気休めくらいにはなるだろ」

 

京介が命令無視と任務放棄をして戻るのをわかっている秋浩は、せめてもの時間稼ぎになればと、そう伽耶に託す

 

 

そのまま頭を抱え、先に医療処置を優先する事にした

 

「……一旦本部戻ろ……」

 

街の騒ぎを、肉眼では見えない距離から、じっくり観察する不穏な人影が1つあった

何も言わず、何もせず、ただBLITZや騒ぎを見つめていた

 

 

 

 

 

 

 

騒ぎのあった街から遠く離れた郊外、街灯もまばらで、人通りも全くない

そんなあまり治安の良くない場所を、足早に歩く人影

息を切らし、苦しそうだが、平然と無表情で足速に歩き続ける

 

隠密部隊の少女、フリージア。

騒ぎのあった街から、すでに常軌を逸した距離を離れていた。

能力を封じられているはずの少女が、なぜこれほど短時間で移動できたのか。

 

その答えは、彼女のすぐ背後にあった。

 

同じフードを深く被った人影が、フリージアの背後に寄り添うように歩いている。

まるで地面を滑るような尋常ではない速度。足音すら一切響かせない異様な気配で、一言の言葉も交わさず、ただ前を見据えている。

 

京介に拾われ、隠密部隊として匿われた、似た境遇の人物

その人物が、フリージアの肩に無言で触れ、合図を確かめるように二人が視線を交わし、短く頷く。

 

能力者でも丸一日昏倒する量の鎮静剤を打たれ、ものの数十分でここまで動いている事が信じられない

BLITZの医療班が不味いと言う量の投薬、幾ら能力者とは言え、平常ではいられないはずではあるが、少女はやはり辛そうにしている

 

無表情だが、息が荒く、汗もかいている、一体何が少女をそこまで駆り立てるのだろうか

 

 

その瞬間、影の一つが闇に溶けるように霧散した。

 

フリージアは、相棒が消えたことにも頓着せず、ただ歩みを速める。

 

彼女自身がまだ気付いていない、歪な感情。 自身でも認識できず、名前すら分からない、やり場のない感情が、静かにその胸中で胎動していた。

 

彼女は何度も、無機質な思考の中で問いを繰り返す。

 

なぜ、こんなにも切迫しているのか。

なぜ、心臓の奥が締め付けられるように苦しいのか。

なぜ、自分の中に埋めようのない「欠落」が生まれているのか。

 

何かが足りない

(……何が、足りない?)

 

答えの出ない問いを消化できないまま、彼女は光を失った瞳で闇を見据える。

長い間殺し続けてきたはずの感情を抱えながら。

無表情のまま、彼女は祈るように胸のブローチを強く、ただ強く握りしめて歩き続けた。

 

 

 

 

 

 

地球外軌道

大気圏上空

 

 

巨大な宇宙船――船と呼ぶには些か大きすぎる深紅の船体が、宇宙の闇の中で不気味に佇んでいる。

 

スカーレットスコルピオが所有するその艦内に、紗夜は囚われていた。

能力抑制剤によって無力化され、首には不穏な形状の装置が装着されている。

 

 

紗夜

(……ここは?……能力が使えない……)

 

両足に繋がれた拘束具の感触を感じながら、紗夜はゆっくりと意識を覚醒させる。

指先に触れる首元の違和感に、鋭い思考が走った。

 

紗夜

(……これは?……爆弾? いや、そんなものは能力者に対して意味がない……抑制装置?)

 

装置の感触を確かめようと指を動かし、現状を打破しようと身体を動かすが、拘束の強さに阻まれる。

 

拘束具だけは、能力者の膂力(りょりょく)をも封じ込める特注品だった。

抵抗の無意味さを悟り、紗夜はふう、と小さく息を吐く。

自身の置かれた状況への冷ややかな分析を止め、真っ先に脳裏をよぎったのは、残してきたフリージアの安否だった。

 

 

紗夜

「……フリージア……どうか……無事で……」

 

 

 

不穏な船内に、数名の人物が話をしている

 

アスモデウス

「……わざわざ私の船まで連れてきた理由を説明して欲しいのだけど……」

 

「説明が欲しいか?」

 

柄の悪い男

「ケヒヒ……」

 

先程紗夜を襲撃し、連れ去った者たちがそこで話していた

あの後、紗夜を連れ去り、宇宙にまで運び込んだ事に、アスモデウスが疑問を投げかけている

 

男の余裕のある語り口に、アスモデウスが少々苛立ちを隠せないでいた

 

アスモデウス

「……幾らあなたがキングのお気に入りでも、説明する義務はあるでしょう?」

 

そう言うアスモデウスに、ため息混じりに呆れながら説明する男

 

「……あのまま地球に居たら、BLITZだけで無く、エメラルドドラゴンにも目をつけられていたからだ」

 

その名前を聞き、一瞬アスモデウスが怯む

それを気にせず男が続ける

 

「それに、総隊長をおびき出すのは良いが、地球ではBLITZが集まりやすい、確実に叩くのであれば、他の星で確実に仕留めれば良いだけの事……」

 

BLITZを壊滅させる為に、ここまで大胆な行動をとるこの男は、一体何を考えて居るのだろか

 

それにアスモデウスが返す

 

アスモデウス

「エメラルドドラゴンが居た?……どうしてそれがわかるの?……それにいた所で関係ないのではなくて?……」

 

アスモデウスのその軽薄な疑問に、男がさらに続けた

 

「……タダでさえ面倒な総隊長を相手にするのに、戦闘狂の揃うエメラルドドラゴンを相手にしたいのか?、お前が相手を出来るとは思えんがな……」

 

アスモデウス

「……あんな猿山のサル……私一人でも十分よ……」

 

その答えに頭を振り、呆れた様子で言葉を止める男

自意識過剰か、余程自信があるのか、それとも本当にそれが可能なのかは分からないが、同じ巨大組織、BLITZからは三大組織と呼ばれている、エメラルドドラゴンとスカーレットスコルピオのメンバーがぶつかれば、地球の地形がまた変わる事は避けられない

 

アスモデウスが皮肉を込めて男に言い放つ

 

アスモデウス

「名前の通りの傲慢さね……」

 

その言葉を鼻で笑い、アスモデウスに言い返す

 

プライド

「……ベルフェゴールも、ベルゼブブも、そしてラースも、その怠慢さのせいでBLITZに敗北してるのではないのか?」

 

アスモデウスが苦い顔を見せる

横を向いた顔に、ハッとした表情が浮かぶ

 

アスモデウス

「……ラース?、アイツがBLITZにやられたの?」

 

プライド

「火星で虫の実験をしていた時、BLITZと接敵したらしい……、己を過信し過ぎた結果が、あの火星の虫の残骸の山だ……マヌケが……つくづく救えん……」

 

 

呆れながらラースの所業を良くは思っていない様子で、吐き捨てるように答えた

 

アスモデウスがそれをどう感じたのか、冷静さを取り戻し、プライドに答える

 

アスモデウス

「……それなら私達も、BLITZを何人か仕留めないといけないかしら……」

「いよいよ本気にならないと……私達が弱いみたいじゃない……」

 

その言葉に、プライドがニヤリとほくそ笑む、えも言われぬ不気味さを漂わせ、アスモデウスに応える

 

プライド

「人質でおびき寄せれば、後は簡単だ……邪魔なBLITZを排除出来ればそれで良い……」

「……奴らには、代償を払ってもらう……」

 

 

 

 

地球

郊外の人気のない場所

 

フードを被った少女が、足速に先を急いでいた

不意に足を止め、スンスンと鼻を鳴らし辺りを見回す

 

その様子に気付いたように、暗い闇から一人の人物が現れた

 

何者だろう、敵意の感じられない様子が、さらに少女の警戒心を煽る

 

その人物は、無言で少女に近付き、言葉を発する

 

「……お前は関わるな……」

 

予想しない言葉だが、少女は無表情でその人物を凝視する

 

ため息混じりに呆れながらも、さらに言葉を続ける

 

「……お前の目的は地球にはいない、追うなら止めないが、俺たちの邪魔になる……」

 

「大人しくしていろ……」

 

何を言われても顔色一つ変えず、常に無表情で自分を見つめ続ける少女に対し、呆れた様子でため息をつく

 

「……仕方ない……」

 

そう言うと、フリージアの目の前に折り畳んだメモを差し出した

 

「……おそらくここに向かうだろうが、もう一度言っておく……俺たちエメラルドドラゴンの邪魔をするな……」

 

そう言い放った瞬間、謎の人物は煙のように消えた

 

ポトリと落ちたメモを開き、まじまじと観察する少女

メモを読み終わり、ポケットに押し込むと、顔を上げながらまた歩き続ける

 

いつも鋭く、感の良いフリージア

紗夜の事と今の人物に動揺したのだろうか

背後にいた秋浩の土人形に気が付かず、その場所を後にする

 

土人形は自らを砕き、フリージアの衣類の至る所に入り込んだ

 

 

その土人形の反応を、遥か遠い場所にいた秋浩が感じ取っている

 

秋浩

「……やっと見つけた……わかっちゃいたが、そんな遠くまで行ってたのか……」

 

疲弊した表情で、呆れながらも口元は少し笑っている

少女を見つけられた事に対しての安堵だろうか

 

秋浩が通信機のスイッチを入れ、誰かに応答をする

 

通信機の向こうから聞こえて来たのは、医療班の総副班長の伽耶の声

 

秋浩

「伽耶?、フリージア見つけた」

 

伽耶

「見つけた?無事なの?」

 

秋浩

「場所がわかるだけで、本人見てる訳じゃねぇよ」

 

そんなやり取りをし、秋浩の返答を聞いた伽耶が、少し残念そうに答えた

 

伽耶

「そ、そう……でも場所がわかっただけでも収穫だよ!、私も今そっちに向かうから」

 

それに対して、制止する秋浩

 

秋浩

「いや、来ない方が良い、とりあえず俺が追っかけるから、何が起きるかわからんし、あの子に警戒されるぞ?」

 

そう言う秋浩の言葉も一理ある、伽耶は渋々了承し、フリージアの安否を優先してくれと伝える

 

伽耶

「……わかった、ならお願いするけど、くれぐれも気をつけて……」

 

秋浩

「おう、副隊長の俺を信じなさ〜い」

 

その冗談めいた口調で、また連絡すると、そのまま通信機を切る

 

秋浩

「……さてさて、一体どこに行くつもりだい?、京介に心配かけたらイカんよ……」

 

そう独り言を呟き、暗闇の中を歩き始めた

 

目指す先も、フリージアが何を考えているのかも、今はまだ分からない。

ただ、京介に託された「大切な秘書」を守れなかった責任と、部下である少女を一人で戦わせたくないという想いだけが、彼の足を動かしていた。

 

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