ANGEL WALTZ 作:とくめい
ゲインをベッドに寝かせ、身体の至る所から点滴を刺している
良識的な医療機関ではありえない光景に、キャンディが少し戸惑っている
キャンディ
「……そんなに斬新な点滴は見た事ないんだけど……」
菜琉
「だよねぇ、まぁ戦場でもこんな事はしないけど、医療用輸送機だから、必要な栄養を可能な限り補給出来るならしないと」
「患者本人の栄養が足りなくなっちゃうから」
カラカラと笑顔を見せつつも、淡々と準備をしながら、ゲインの治療に取り掛かる菜琉
それをさも当然のように和かに見つめる京介
本部の異常さとレベルの高さが、図らずもこの二人から感じ取れる
菜琉
「……私が倒れたら支えてね」
京介
「おう、優しく抱きしめるさw」
そんな軽口を交わしながら、京介の返答に無言で微笑みゲインに触れながら能力を使う
心なしか薄ぼんやりと部屋の中に温かみを感じながら見ていると、ゲインの怪我が瞬く間に塞がり、点滴の中身がみるみる減っていく
点滴の中身を何度か交換し、底を着いてもまだ終わらない
点滴が切れたそばから、今度は菜琉自身が疲弊し始めた
顔色が悪くなり、汗をかき始める、皮膚に艶が無くなり、見た目にもだいぶ変化が起きていた
それから少しして、菜琉が手を離す、フッと立ちくらみのように後ろに倒れかけた所を、京介がそっと支える
京介
「……お疲れw」
菜琉
「……思ったより……疲れちゃった……さすが副隊長さん……」
そのまま菜琉を抱き上げた京介は、彼女を丁寧にベッドへと運ぶ。
横たわるゲインは、半年かかるはずだった重傷など嘘のように、穏やかな寝息を立てていた。
キャンディ
「総班長さん……大丈夫?」
不安げに菜琉を覗き込むキャンディに、京介は菜琉の頬を優しく撫でながら、静かに語りかける。
京介
「すまねぇな、後はゆっくり寝ててくれw」
菜琉
「……ありがとう……こんなになるとは、ちょっと予想外だった……」
京介
「まぁ少し寝れば治るよwゲインが総副隊長だからさw普通の隊員ならここまでは消耗しなかったろうし、良くも悪くも、あいつは格が違うってことだろw」
京介の言葉に、無言で微笑みながらゆっくり目を閉じる
そんな菜琉に、ブランケットをかけ、そっと頭を撫でる京介
キャンディに向き直り、菜琉が疲弊した理由を話す
京介
「ゲインが総副隊長の実力があるからここまで疲弊したんだよw治す相手が強ければ、治す方も疲弊するからなw」
キャンディ
「いつもこんな事してるの?」
驚きながらも聞くキャンディに、京介がさらに言葉を続ける
京介
「いつもじゃねぇよwそもそも隊長格にいつもやってたら、本部の医療棟で治療する奴がいなくなっちまうだろw」
キャンディ
「……総班長さんの能力を補う為に栄養剤やらの点滴を使ったの?」
京介
「ご名答w菜琉だけでも回復は出来るけど、流石に強い能力者相手じゃアイツが死んじまうからなwだからありったけの点滴使ったんだけど……流石ゲインw予想より足りなかったなw」
難しい顔で考え込むキャンディ、支部でもここまでの異能を持つ医療班は居ない
自身ですら、ここまで短時間での治療、回復は出来ない
どれほど本部の隊員が、熾烈を極める戦場にいるか、程度が伺われる
そんなキャンディの様子を、京介がほぐすように話しかける
京介
「俺たちは基本戦場じゃ作戦より帰還を重要視してるんだwまぁその無茶を叶えようと頑張ってくれた結果が見た通りの能力なんだけどなw」
キャンディ
「……本部の医療班って、みんな出来るの?……」
その問いに京介が頭を捻りながら思い出す、そのまま考えながら口を開き、キャンディに説明する
京介
「ん〜、何人かは出来ると思うけどなぁwただ、菜琉みたいに対価を他の生物から取れるやつは居ないけどなw」
対価を[他の生物]?
その言葉にキャンディがさらに質問する
キャンディ
「他の生物ってどう言う事?」
京介
「まぁ平たく言えば、植物とか、動物とか、人間とか、そんなのからも生命力?みたいなのを吸い取って治療出来るみたいなんだよw」
キャンディ
「……えっ……」
他の生物から生命力を吸い取っての治療……
そんな漫画の様な能力を、この目の前の総班長が有してる事に、驚きが隠せず動揺する
そんな事が可能であれば、医療の常識が根底から覆る
しかも、裏を返せば[殺す]事も可能な能力、今更ながら本部がどれほど異常か再認識させられる
京介
「まぁ菜琉がそれは嫌がるからなぁw動物は可哀想とか言うしwだからありったけの点滴使って、俺を対価に使わなかったんだw別に使っても良いんだけどよw」
「ちなみにこれ知ってんの、本部じゃ俺と副隊長だけだしw医療班も何人かしかわからんからなw局長も知らねぇしw」
キャンディ
「……はっ?!……」
自身の耳を疑った
本部の攻撃隊の総隊長と副隊長、それと医療班数人しか知らない事を、事も無げに話す京介に、驚きを隠せないまま話す
キャンディ
「……ちょ……それアタシに言って良いやつなの?!」
慌てながら話すキャンディに、笑いながらだがまっすぐ瞳を見ながら答える京介
京介
「だってお前別にペラペラ喋んないじゃんw」
笑ったまま、軽く告げられた言葉。
その瞳の中には、キャンディを疑うような陰も、裏切られることへの不安も一切見当たらない。
そのあまりに純粋な信頼の眼差しに、キャンディは動揺しながらも、不思議と胸の奥が落ち着いていくのを感じた。
キャンディ
「……わ、わかんない…じゃん……」
京介
「野心や打算だけで医療班の総班長にはなれねぇよwそれに、背中預ける医療班疑いだしたら何も出来ねぇしw隊員信じねぇならBLITZで隊長なんかできねぇよw」
なんとまっすぐな言葉だろうか。
これほど純粋に「隊員」という存在と向き合う者が、本当にいたのだろうか。
キャンディがこれまで見てきた上層部というものは、常に損得と保身の皮を被っていた。彼らが言葉を交わす時、そこには必ず計算が混ざる。
しかし、目の前の男にはそれがない。 「隊員を信じる」という、あまりにも当たり前で、しかしこの過酷な戦場では最も難しいはずの言葉を、彼はあまりに自然に、そして本気で口にした。
ジェシカやゲインといったアメリカ支部の隊長格が、なぜあそこまでこの男に心を開くのか。
なぜ彼らの言葉には、組織の人間にはない熱があるのか。
自身の中でバラバラに散らばっていた疑問の欠片たちが、京介のこの一言によって、パズルのようにカチリと音を立てて繋がっていく。
納得――そして、確信。
彼女の眼前にいたのは、組織の肩書きを背負った怪物などではなく、誰よりも「人」を信じようとする、一人の隊長だった。
京介
「あぁ、ちなみにうちの特殊部隊は嫌いだぜwアイツら仕事出来ねぇ癖に偉そうだからwあれじゃ育つ奴も育たねぇよw」
京介はあえて軽薄な態度を装い、組織の内部事情を揶揄して見せた。
だが、その瞳の奥には、ルーインが抱えた絶望に対する深い洞察が覗いている。
京介
「ルーインの境遇を聞く限りじゃ、特殊部隊なんてどこも似たようなもんなのが残念でならねぇw 上層部……うちじゃ副局長の子飼いみてぇなもんだしw本来、一番初めに人に接する、ある意味BLITZの『顔』みたいな連中なんだけどなぁwそんなのが権力を笠に着て威張り散らしてるってのが、実に残念な話よねぇw」
京介の何気ない独白に、キャンディは言葉を失った。 彼がただの「お人好し」ではなく、組織の腐敗を痛いほど理解した上で、それでも「人」を信じるという茨の道を選んでいるのだと悟ったからだ。
キャンディが抱いていた「本部への恐怖」は、京介という男の「抗い」を目の当たりにしたことで、得体の知れない不安から、一つの確固たる敬意へと変わっていく。
飄々と笑いながら佇む京介。そのあまりに人間臭い強さに、キャンディは得体の知れない衝動に駆られた。
自分の中の感情の名前が分からない。
だが、この熱をどこかにぶつけなければ気が済まなかった。
京介より頭半分ほど背が高いキャンディが、椅子に座る彼の眼前までゆっくりと歩み寄る。
そして次の瞬間、彼女は大きく腕を広げ、京介の頭を包み込むように抱きしめた。
京介
「なんだよw」
キャンディ
「んふふ〜、わかんないw」
京介
「わかんないってw」
抱きしめられたまま、京介は少し呆れたように笑う。
だが、その声に拒絶は一切ない。 キャンディは彼から伝わる体温と、その柔らかな信頼の気配に、胸のつかえが降りるのを感じた。
キャンディ
「なんか……スッキリした気がしたの……ありがとうね、隊長さん」
お礼でも、感謝でもない。そんなありきたりな言葉では足りない気がした。
ただ、自分がこの男を心底「気に入った」ことだけは、胸の鼓動が証明している。
似た者同士。
思いつきで突飛な行動を取り、組織の論理よりも自分の直感を信じる二人。
そんな二人の間に流れるのは、言葉以上の静かな共鳴だった。
菜琉
「……恋人の前で……いちゃつかないで頂けると……嬉しいなぁ……」
不意にかけられた言葉にキャンディが飛び上がる
京介は動じず、飄々と言葉をかける
京介
「悪ぃwんなつもりは無かったんだけどなwヤキモチでも妬いてくれたか?w」
菜琉の言葉に対して謝る京介、いつもの事と呆れた様な顔で答える
いつもまっすぐ人に対して話す京介
良いものは良い、嫌なものは嫌、美味しいものは美味しく、そうでない物はハッキリ言う
それ故勘違いされ易いが、純粋なだけなのを菜琉は理解している
腹を隠す物言いをしない京介の、数少ない理解者の菜琉は、ほんの少しだけ膨れる真似をしながら言ってみた
菜琉
「……キャンディが可愛いから……ちょっとね……」
京介
「すまねぇw怒んなよw」
そう言いながら菜琉の額に唇を当て、優しく頭を撫でる
菜琉はそれに微笑みながら、能力の疲労で本格的に眠ると言い、再び目を閉じる
目を閉じながら呟く
菜琉
「……冗談だよ……」
京介
「にししw俺の惚れた女だwそのくらいは肝が据わってるだろ?w」
そう言いながらまた頭を撫で、キャンディの方へと歩み寄る
キャンディ
「……えっと、なんかごめん」
気まずかったのか、謝るキャンディに京介は気にするなと声をかけ、小さくなってるキャンディの頭を撫でる
京介
「別に菜琉もなんとも思ってねぇよw 大丈夫w 逆に気にするなってw 菜流の軽口だからよ」
小さくなったまま、どこか居心地悪そうにしているキャンディに、京介はいたずらっぽく笑みを深めて続けた。
京介
「それにお前が可愛いからって言ってたろ?w だから口出したんだよw」
「だいたいそんな事でへそ曲げるくらい小さくねぇってw」
そう言いながら、今度はキャンディの頭を優しく抱きしめる。
京介の体温と、その言葉に含まれた絶対的な信頼。
キャンディはそれに身を委ね、先ほどまで抱いていた気まずさが、どこか温かい安堵感へと変わっていくのを感じた。
キャンディ
「……うん、じゃあ気にしないw(ジェシカの言ってたヴァルキリーって……)」
微笑みながらそれを見つめる京介。
頭をポンッとひと撫でしてから、ふと意識をゲインのベッドへと向けた。
心電図のリズムが、先ほどとは違う。
荒く、そして力強くなっている。 京介がゲインの傍らに寄り添うと、ほどなくして低い唸り声と共に、ゲインがゆっくりと意識を浮上させた。
ゲイン
「…………うぅん…………」
しばらく自分の置かれた状況と格闘するように、ゲインの視線が虚空を彷徨う。
やがて記憶が繋がったのか、彼は目を見開くと、いきなり飛び起きて京介の襟首に掴みかかった。
ゲイン
「Hey! 西島! 俺はどうなった!? ルーインは? 親父は……!」
身体の激痛も忘れたかのように、ガクガクと京介を揺さぶる。
あまりの勢いに言葉も挟めない京介だったが、キャンディがすぐさま介入した。
キャンディ
「ちょっと!副隊長さん!落ち着きなよ、ちゃんと話すから!」
その怒声に近い制止に、ゲインがハッと我に返って手を離す。
彼は荒い息を吐きながら、まだ重傷の残り香があるはずの己の身体を触り、確認する。
そして、すぐそばに立つキャンディへと戸惑いながら視線を向けた。
キャンディ
「怪我の方の確認したいんだけど、痛みとか吐き気はある?手足の痺れとか、どこか突っ張るとか……」
ゲイン
「……無い……痛みも傷も……なんにも無い……」
ゲインは自分の腕や胸元を呆然とさすり、信じられないものを見るように辺りを見回す。そして、すぐ隣のベッドで深い眠りについている菜琉を見つけた瞬間、バネ仕掛けのように目を見開いた。
ゲイン
「WOW……! なんで本部の総班長がここに……? それにここは……支部の医療センターじゃない……うちの医療用車両の装備とも違う……」
戸惑うゲインに、京介が肩をすくめて答える。
京介
「本部の医療用輸送機だよw 菜琉は俺が呼んだんだ、それにお前のその体、菜琉が治したんだぜw 起きたら礼言っとけよ?w」
ゲイン
「本部の……あの大型医療輸送機かよ!……それに、俺の怪我は全治半年だったはずだぞ……それを治したってのか……?」
慌てるゲインに、京介は事の経緯を語った。ただし、菜琉の能力の根幹や、彼女が自らの命を削ったという詳細には触れず、要所だけをかいつまんで話す。
ゲイン
「……嘘だろ……本部の医療班はそんな技術を持ってるのか……それにこの船、ただの輸送機じゃねぇ……軽々しく飛行許可なんか出るサイズじゃ……これが……SAMURAIか……」
京介
「いや侍は関係ねぇだろw」
京介の説明を未だに飲み込めないゲインが、ハタと気がつく
ゲイン
「ジェシカは!ジェシカは大丈夫なのか!」
慌てながら言うゲインに、扉を指さしながら答える
京介
「隣の部屋で寝てるよw あっちはそこそこ軽い怪我だったから、菜琉の能力は使ってねぇからなw普通に手当てしただけだw」
ゲイン
「……無事……なんだな?……」
縋るように不安げな表情で問うゲインに、キャンディが呆れたような溜息をつき、一歩前に出る。
キャンディ
「二人とも、基本的に能力の使いすぎによる疲労の方が大きいの。ジェシカはまだマシだけど……副隊長さんは半年の重傷を押して無理に動いてたでしょ? どちらかと言えば『無事かどうか』は、今ここで私が副隊長さんに言いたい言葉なんだけど?」
それを聞くと、安堵の表情で落ち着きを取り戻す
ゲインは大きくため息をつくと、視線を京介へと戻し、真剣な面持ちで口を開いた。
ゲイン
「……すまない……そして、助かった、感謝する」
その様子を見ていた京介は、変わらず穏やかな笑顔を浮かべて答える。
京介
「別に感謝する筋合いも必要もねぇよw同じBLITZだw支部だろうが本部だろうが、仲間助けんのは至極当然だろ?w」
アッケラカンと述べる京介に、唖然としながら何かを言おうとするが、それを遮り京介が続けた
京介
「結果無事なら問題ねぇよw恩着せがましい事言うつもりもねぇし、お前らが何か気にする筋合いもねぇよw」
ゲイン
「……ok…なら、ディナーでも奢らせてくれ、せめてそのくらいなら受けてくれるんだろ?」
京介
「あぁwここにいる連中で行こうかw」
軽々しく返してはいるが、ゲインの中には「支部の責任を負う者」としての自覚がある。
ディナー程度では到底返せないほどの恩を背負ってしまったという自覚が、彼を苦しめていた。
その根源にいるのは、今回の『BLITZ狩り』の首謀者。
アメリカ支部前総隊長であり、ゲインの父親でもあるルーインだ。
京介はその重い空気を見極めるように、静かに本題を切り出した。
京介
「ところで、ゲインはルーインをどうしたい?w」
その名前が出た瞬間、ゲインの動きが止まる。
己を完膚なきまでに叩きのめし、ジェシカにまで刃を向けた存在。だが、その正体は死んだはずの肉親。
ゲイン
「……ルーインが……ここにいるのか?」
複雑な心中で問いかけるゲインに、京介はジェシカとのやり取りを噛み砕き、淡々と語り聞かせた。
ゲイン
「……自分の、気持ち……」
ゲインはボソリと呟くと、それ以上は何も言えなくなった。
ぎゅっと握りしめた拳を見つめ、記憶の底を遡る。
あの瞬間、ルーインに向けた銃口の重さ。
共に過ごした幼い頃の記憶。
父親を裁くべきか、それとも息子として救うべきか。
隊長としての責務と、息子としての情――その重すぎる二つの問いが、彼の心の中で激しくせめぎ合っている。
京介はただ何も言わず、窓の外の闇を見つめながら、ゲインが言葉を紡ぎ出すのを静かに待っていた。
傍らのキャンディも、呼吸すら忘れたかのように固唾を飲んでその光景を見守っている。 目の前で起きているのは、単なる事後処理ではない。
一人の男が、自らの過去と未来を天秤にかける、人生の分水嶺そのものだった。
やがてゲインが重々しくその口を開く
ゲイン
「……ルーインと……親父と……話をさせてくれ……」
その言葉を聞き、京介は微笑を浮かべた。
だが、その瞳だけは氷のように冷たく、鋭くゲインを射抜いている。
それは相手の覚悟を見極める、総隊長の瞳だった
京介
「……一人で話すか?wジェシカと一緒に?w」
ゲイン
「……一人で良い……」
思い詰めた様子のゲインに、京介は小さく頷く。
京介
「……そこの扉から行ける、お前もう歩けるだろw」
扉を指さし、自分の足で決着をつけに行けと促す。
親と子、前総隊長と現総副隊長。
おいそれと他人には測れない因縁を、ゲインがどう消化し、どう決着させるのか。
部下を傷つけられ、死を偽り、それでもこの世に生きていた父親。 その存在をどう受け止めればいいのか。
ゲインの表情には、深い苦悩と、どこか吹っ切れない迷いが澱のように沈んでいた。
ゲイン
「本当に治ってるんだな、驚いたぜ……」
ゲインは最後にもう一度、自分の身体を確かめるように小さく呟いた。
京介
「うちの総班長舐めんなw」
京介の軽口に、ゲインは無言で頷くと、決然とした足取りで扉の奥へと消えていった。
その背中が視界から消えた瞬間、京介は小さく、だが深くため息をつく。
京介
「どんな結果になるかねぇ?w」
誰に問いかけるでもない独り言。
だが、その声には総隊長としての重圧と、一人の人間としての案じが混ざり合っていた。 その呟きに、そばにいたキャンディは、自分がどう言葉をかければいいのか戸惑う。
――今は、ただ側にいること。
キャンディは、京介の肩にそっと手を添えた。
自分なりに寄り添い、少しでも彼の重荷を分け合いたいという無言の意志。
その予感が正しかったのか、京介はその手を拒むことなく、自らの手でキャンディの指先を優しく握り締めた。
言葉には出さないが、その仕草は彼女の気遣いに対する、何よりの感謝の証だった。
暗い部屋に、男が横たわっている
ただ静かに呼吸をしているだけなのに、どんな能力者よりも近寄り難い雰囲気を纏いながら
ルーイン
「……ゲインか……」
おもむろに口を開く、来るのがわかっているように静かに……
ゲイン
「……親父……」
しばしの沈黙、お互いどんな言葉をかけていいのか分からない
しかし、覚悟は決めている
沈黙を破ったのはルーインの方だった
ルーイン
「聞きたい事があるなら言え……無いならBLITZの規律で俺を裁けばいい……」
その言葉にゲインが唇を噛む
そんな言葉が聞きたかった訳じゃない、そんな気持ちが、ゲインの頭を駆け巡る
ゲイン
「……なぜ、隊員を襲った……なぜ、死を偽装した……」
ゲインの問いかけに、ルーインは一切の感情を排したかのように、淡々と事実を告げる。
ルーイン
「……BLITZの戦力を削るためだ。……俺は組織に絶望しただけで、隊員たちが憎いわけじゃない」
「だが、BLITZという強固な力を無力化するには、まず戦力を削ぎ落とさねばならなかった」
ルーインは一度目を閉じ、自らの影に潜むように言葉を続けた。
ルーイン
「……そして、俺という強大な能力者が組織の頂点に留まり続けることは、組織の変革を阻む足枷になる……」
「……だから死を偽装した……あの日から、この組織を崩壊させるためだけに準備を重ねてきたんだ」
ゲインの拳が、白くなるほど強く握りしめられる。
かつての父親の言葉と、今の冷徹な戦略家の言葉。そのあまりの乖離に、ゲインは呼吸を忘れるほど動揺していた。
ゲインがその感情に言葉を乗せようとした瞬間、扉が蹴破られるように開く。
扉に掴まりながら、恨めしそうな表情でルーインを睨みつけ、息も絶え絶えのジェシカがそこに現れた
ジェシカ
「……だから隊員を襲った?だからアンタは死んでも良いって? ……笑わせるな!……アタシたちは……アンタのなんだってんだい!……アンタの……駒だって言うのかい!……」
キャンディが支えようとするが、ジェシカはその手を払い除け、痛みを堪えて一歩踏み出す。
ゲイン
「ジェシカ、お前、その状態で……!」
ゲインの制止にも構わず、ジェシカは震える指先でルーインを射抜くように指差した。
ジェシカ
「……親の居なかったアタシに!……親の温かさを教えてくれたのはアンタだった!……そんな想いを教えておいて……このザマだって言うのかい……応えろルーイン……アンタにとって、アタシは……ゲインは……一体なんだってんだい!!」
その叫びに、ルーインは答えない
沈黙を守り、言い淀んでいるようにも見える
ジェシカの決死の叫びが、ルーインに届かないのだろうか?
皆が固唾を飲む中、ゆっくりと沈黙を破るルーイン
ルーイン
「……家族だ」
一瞬、部屋から音が消えた。
ジェシカの瞳が大きく揺れ、その直後、怒りよりも深い悲哀が彼女の表情を歪める。
ジェシカ
「……ッ!……だったら尚更!、なんでアタシ達を巻き込まない!!1人だけ放り出すのが家族か!!……助け合うのが家族だろう!!……アタシ達はそんなに……そんなに……」
その言葉は、アメリカ支部の頂点に立つ総隊長が、かつての師に対して突きつけた「哀れみへの決別」だった。
彼らはもう、ルーインが守るべき「弱き子供」ではない。
共に茨の道を掻き分け、時には背中を預け合い、互いの傷を補って来た「戦友」なのだ。
ジェシカは震える声で、最後の言葉を叩きつける。
ジェシカ
「あんたが守りたかった未来の為に!……アタシ達の命くらい……一緒に掛けてみろよ!!……」
ジェシカの問いかけが、薄暗い部屋にこだまする。
ルーインはただ静かに、彼女の震える肩を見つめていた。
かつて自分が教え導いた少女が、今や自分を越えるほどの意志を宿し、正面から対峙している。
その事実に、ルーインの中で張り詰めていた「復讐」という名の論理が、軋みを立てて崩れ始める。
彼はゆっくりと、重い口を開いた。その声には、先ほどまでの冷徹な響きは微塵もなかった。
ルーイン
「……父親は……娘が可愛いものだ……」
「……息子も……等しく、守りたいものだ……」
ルーインは俯き、自らの手のひらを見つめた。
BLITZを壊滅させるために鍛え上げ、無数の血を吸ってきたその掌で、かつて我が子を優しく抱きしめた記憶が蘇る。
ルーイン
「……親とは……どうしようもなく、我儘な生き物だ」
「俺より未来を生きるお前たちを……この呪われた道に巻き込むわけにはいかなかった……なんと思われようと……お前達の未来を護りたかった……」
ルーインの声には、後悔ではなく、親としての悲しいほどの「責任」が籠もっていた。
その言葉を聞いたジェシカとゲインは、言葉に詰まる
彼らがずっと欲していたのは「BLITZ狩りの理由」ではなく、自分達が信じた「父親の言葉」だからだ
ベッドに横たわるルーイン、立ち尽くすゲイン、床に這いつくばっているジェシカ、それを支えるキャンディ
誰も言葉を発しなかった
発する事が出来なかった
皆の中の想いが、各々の気持ちを支えたくても支えきれない、そんな状態を作り出していた
京介の拍手が、重苦しい静寂を軽快に切り裂いた。
パンパンッ!!
皆が一斉に音の方を振り向く。そこには、いつものようにどこか食えない笑みを浮かべた京介が立っていた。
京介
「腹の晒し合いは出来たか? 数年越しの思いの丈を存分にぶつけられたか?w」
京介はそんな軽口を叩きながらも、テキパキとジェシカの身体を支えて車椅子へ座らせる。
ゲインの足元には椅子を蹴り出し、戸惑うキャンディにも「ほら、座って」と椅子を勧めた。
病室の狭いテーブルに、手早く飲み物を並べていく。
自分の分を手にし、一口飲んでから、京介はどこか冷めた、しかし温かい眼差しで全員を見渡した。
京介
「んじゃあw本題に入るけど、アメリカ支部は一連のBLITZ狩りの犯人、見つけたいか?wそれとも見つからなかったか?w」
一瞬京介の言葉が分からなかった
見つけたい、見つからなかった……
ほんの一瞬思考した皆は、何を聞きたいか理解する
初めに口を開いたのはジェシカ
車椅子に縋りながら、解いた髪を振り乱したまま、俯きながら、震えた声と潤んだ瞳で京介を向き、静かに言った
ジェシカ
「……あ、アタシは……ルーインを捌けない……」
いつも勝ち気で勇ましく、自信に満ち溢れた姿からは想像も出来ない、まるで少女のような弱々しさを見せながら、ゆっくりと話した
京介はそれを微笑みながら見つめる
次にゲインを見る
ゲインも同じく目を伏せ、いつもの陽気さは欠片も見せず、ゆっくりと答える
ゲイン
「……隊員達には悪いが……親父……を……罰したいとは思えない……」
京介は全員の反応を満足げに眺め、最後にキャンディへと視線を向けた。
京介
「さてキャンディw総班長はどういう意見だ? 医療班として、この状況をどう総括する?w」
予想外の問いに、キャンディは肩を震わせ、驚きに目を見開いた。彼女は攻撃隊の戦力ではない。
だが、流された血を誰よりも見てきた医療班として、彼女の言葉は、この場に重い楔を打ち込むことになる。
キャンディ
「……隊員たちを重症に追い込んだのは、許せない。それは絶対に、正義じゃない……」
キャンディは努めて冷静に、しかし絞り出すような声で続ける。
キャンディ
「……でも、BLITZの歪んだ体制を変えたかったっていう動機も、二人に対する不器用な愛情も……理解できてしまう……だから……ごめん……答えられない……」
京介
「んじゃ次が最後だwルーイン、アンタは隊員……子供達を傷付けた責任を取る気はあるか?」
まさかの質問に一同がギョッとする
しかしルーインがどんな言葉を放つのか、全てが決まると考え、皆固唾を飲む
ルーイン
「……無論だ……」
その答えを間違いないかと再び聞き返し、同じ答えを聞いた京介は、満足した表情をしながら口を開いた
京介
「んじゃあwBLITZ狩りの犯人は見つからなかったって報告書書きなw」
「ルーインw悪いがアンタは途中下車して貰うw」
その言葉の持つ意味を理解したジェシカとルーインが、かろうじて声を震わせる。
ジェシカ
「……あ、アンタ……」
ルーイン
「……貴様……」
二人の怒りとも戸惑いともつかない視線を受け流し、京介は飄々と言い放つ。
京介
「文句があんなら正式に抗議しなw慎んで受け取らせて貰うぜw総隊長なんぞ幾らでも辞めてやるw」
「それとも報告書丸投げするのが気に入らねぇか?wこの隠蔽工作を告発すりゃ、俺を総隊長は疎か、BLITZから締め出せるぜw」
京介はわざとらしく笑い、付け加えた
京介
「悪いがルーインは死んだままだwまともな身分証なんぞ金出したら売ってくれるやつが居るだろ?w特にアメリカは日本よりそんなの多いだろうしw」
「記録上、ルーイン・J・トンプスンは戦死してるからなwどっかの何とかさんなら何時でもどこでも会えるだろ?w」
京介のその言葉に、それまで張り詰めていた空気が、まるで氷が解けるようにゆっくりと緩んでいく。
ゲインとジェシカは互いに顔を見合わせた。手放しで笑えるような解決ではない。けれど、胸の奥で燻っていた重苦しい何かが、音を立てて消えていくのを感じていた。
京介
「何より、何処かの誰かさんは、BLITZの隊員達に貸しがあるからwひょっこり返してくれたりもするだろうしなw」
話しながら輸送機の出入口まで歩いて行き、後ろを振り向かずに続ける
心無しか声にいつもの調子が乗らないように感じる
京介
「……それに正直これ以上良い案が思いつかねぇw……スマン……」
「ただ……ただ…人として間違ってないと思いてぇw」
扉の開閉スイッチを操作しながら、一瞬沈黙する
心無しか悲しそうに見えるその後ろ姿から、振り向きざまにまた明るいトーンに戻り、おちゃらけて見せる
「組織としたら0点だけどなw」
その言葉は、いつもの飄々とした余裕が感じられたが、普段の様子とは少し違うように見えた
京介
「……まぁw隊員が一人でも殉職してたら、こんな事言わないけどなw」
皮肉めいた言葉に、ルーインがふんッと鼻を鳴らす
ゆっくり身体を起こし、荷物を手に傷ついた身体を引きずり、開いた扉に向かうルーイン
すれ違いざまに京介に耳打ちする
ルーイン
「……借りは返すぞ……」
その言葉を、ヘラヘラと返す京介
京介
「返す相手は俺じゃねぇw少し考えたらわかるでしょ?w」
「それと、その箱を渡す子供達にもでしょ?w」
その言葉に何も返さず、ルーインは暗闇の中に消えて行く
その後ろ姿に向けて、京介が敬礼をする
それを見たジェシカ達も、思わず敬礼をし、またいつか会えると信じ、その姿をただ見送る
ルーインの姿が見えなくなってから、京介がゆっくり口を開いた
京介
「……正しいのか間違ってるか、お前達が決めてくれw正しいとは思わないが、間違ってるとも思ってねぇ……」
そう言いながら、菜流の横たわる部屋へと進んで行った
重たい鉄扉が静かに閉まる音が、夜の静寂に吸い込まれていく
何も言わず、何も言えず、京介の問に対しての答えは誰にも分からない
事実として、BLITZのアメリカ支部の隊員(イギリス、カナダ、メキシコ支部の数名含む)は、重傷者がいるとはいえ、誰一人欠けず、一連のBLITZ狩りは終わりを告げた
それが今回の顛末