ANGEL WALTZ 作:とくめい
BLITZ本部
総隊長室
星間飛行場でフリージアを一足違いで見失った京介たちは、BLITZ本部へと戻り、総隊長室で今後の対策を練っていた。
索敵部隊の協力を仰ぐため、伽耶と秋浩を交えた緊急の相談である。
伽耶
「で?30分迷ってたら一足違いで飛んで行っちゃったと?」
秋浩
「……いや、まぁ、そう……なんだけどよ……」
京介
「お前そんなに嫌われてねぇのにwしり込みするからw意外と可愛い所あんのなw」
秋浩
「お前と違って気ぃ使うんだよ!」
伽耶
「それで?とりあえず索敵部隊に応援要請するの?」
秋浩
「まぁ、どこにいるかわかんねぇしな……、とりあえず星間飛行場の高速艇の登録はあるだろ?」
伽耶
「潰れたとはいえ、船には位置情報の申告義務があるから、それを追えばわかると思うけど……」
京介
「……守秘義務とかで勝手に見れねぇからなぁw索敵部隊って今総隊長居る?この時間w」
二人の懸念に、伽耶がタブレットを操作しながら確認する。
いくら総隊長とはいえ、さすがに深夜に常駐するのは、当番の時くらいだろう
伽耶
「今日はどっちも居ないみたい、オペレーターから索敵部隊の責任者にコンタクトして貰うように言ってみるね」
京介
「頼むわwそっから先は俺が話すからw」
小さく頷き、そう言いながら総隊長室から出ていく伽耶を見送り、秋浩と京介が一息つくようにコーヒーを入れ始める
秋浩
「とりあえずフリージアはちょっと保留だな、今のうちに話しておくけどよ……」
そう言いながら今回起きた事を話す
昼間、京介が出ていってから、紗夜とフリージアが帰り、夜になって街中で能力者が暴れていると通報があった事
能力者のいざこざかと思ったが、現場にいたのはフリージアと、紗夜の車の残骸
明らかに戦闘を行った形跡があり、フリージアを治療した後、独断で居なくなった事
そして、そのフリージアの行動を考え、現場に居るはずの紗夜が居ない事から、拉致されたと考えるのが妥当ではないかと話した
京介
「……あの後そんな事あったのかよw」
軽口を叩くが、顔を覆い、いつもの明るさが少し陰っているように感じる
秋浩
「……すまねぇ……」
紗夜とフリージアの二人を、直接では無いにしろ危険に晒し、あまつさえ守れなかったと、京介の不在を預かっていた秋浩が静かに口にした言葉、秋浩なりに責任を感じたのだろう
悲痛な表情で、ソファに座ったまま俯いていた
京介
「なんでお前が謝んだよw別に悪い訳じゃねぇのにw」
秋浩
「いや……悪い……」
京介がマグカップをテーブルに置きながら、秋浩の肩に手を置く
京介
「お前がそこに責任感じる必要ねぇよw、強いて言うならそこに居なかった俺が悪いんだからよw」
「お前は俺よりちゃんとしてるから、余計にそう思うんだろうけどw、お前に非はねぇよw」
秋浩
「……紗夜ちゃんはお前の秘書だしよ……誘ったのは俺だから……」
その秋浩の言葉に、コーヒーを一口飲み、ゆっくりと京介が答える
京介
「仮に拉致されたら、助ければ良いwフリージアがどっか行ったら、見つけりゃ良いw」
「たったそれだけの事だろ?wお前は俺が出来ねえ事しかやってねぇんだからよwそこまで気負うんじゃねぇよw仕事に差し支えるだろw」
秋浩
「……お前が差し支えるとか言うなよ……」
京介はケラケラと笑い飛ばすが、部屋の温度が目に見えて上昇し始めている。
内心では誰よりも動揺しているのだ。その熱気を感じながら、秋浩はかつて自分が紗夜にかけた言葉を思い出していた。
――「君が助けられ飽きるまで助けるよ……」
いつだってそうだ、京介はそうやって道を作ってきた。 秋浩は顔を伏せ、苦笑が漏れるのを隠した。
(……どう見ても焦ってんのはコイツなのに……気ぃ使わせちまったな……)
(……そうならないようにしなきゃいけなかったのは俺なのに……責めもしねぇ……)
京介
「ところで、紗夜ちゃんって拉致されたって思う理由、他にあるか?w」
秋浩
「先に着いてた隊員の話だと、現場には紗夜ちゃんの車の残骸と、フリージアが倒れてたって話だ、あの後の状況考えると、フリージア置いて行くってのは考えられない」
「……となると…やっぱり、拉致されたって考えるのが妥当だろうな……」
京介はコーヒーを口に運びながら考える。
いや、二人とも同じ結論に達するのは早かった。
京介
「……BLITZって知ってて、わざわざ拉致する奴らって、そう何人もいるわけねぇよなぁ……w」
京介の言葉に、すぐさまその可能性の高い組織が浮かぶ
秋浩
「……スカーレットスコルピオ……」
京介の指がテーブルを軽く叩く。
京介
「……アイツらほんと暇なんだろうなw」
三大組織は、どれもBLITZの壊滅を目的としているが、理由がわかってはいない
だが、スカーレットスコルピオ自体は、BLITZを目の敵にしているのが、あからさま過ぎる
今回の事件も、わざわざ秘書である紗夜を拉致したとしたら?
フリージアは隊服がBLITZの正規のものでは無かったから見逃されたのか?
京介
「拉致された前提で話すけどよwなんでフリージアだけ取り残されてたと思う?w」
京介のその質問に、改めて考える秋浩
単純に考えれば、紗夜の身内か何かと捉えられ、一緒に連れて行かれてもおかしくはない
だが現状は、たった一人現場に倒れていた
かといって、フリージア単体が無価値かといえば、あの場での状況を考えればそうとも言い切れない。
何故?
誘き出すための餌か?あるいは、何かを観測させるための監視装置か。
秋浩の脳内で、戦術パターンや今までの経験値が高速で回転し、そしてすべてが霧の中へと消えていく。
考えれば考えるほど、疑問しか浮かばない事に、両手を上げ、一言「分からん!……」
さしもの秋浩もそれは思い付かなかった、その様子を見た京介は、苦笑しながらコーヒーを飲み干す
そんな二人の会話の中に飛び込むドアの開閉音、同時にドアの方に目をやると、香奈恵が目を擦りながら立っていた
香奈恵
「……隊長と秋浩くん……どうしたの……」
明らかに寝起きの香奈恵を、京介が迎え入れる
京介
「今日泊まりか?w悪いな、騒がしかったかw」
香奈恵
「……うぅん……トイレ……」
緊張とはかけ離れた答えに、二人は思わず吹き出す
香奈恵
「……紗夜ちゃん……見つからないの?……」
京介
「まだなwまぁすぐ見つけるさw」
寝ぼけているのか、秋浩の横に座り、そのまま眠る香奈恵に、ブランケットをかけ寝かしつける
秋浩
「……一応香奈恵なりに心配なんだな……」
「泊まりで隊長室まで普段来ねぇのに……」
京介
「良くも悪くもコイツの良いところだなw」
ほんの少し微笑ましい気持ちに、京介の気の焦りが落ち着いたのか、室温も同時に落ち着いてきた
そこへ伽耶が丁度戻ってくる
伽耶
「とりあえず、直接こっちに連絡貰えるみたいだから、10分くらい待って……えっ?」
ソファに横たわりながらブランケットに包まり、秋浩の横でスヤスヤと寝息を立てる香奈恵を見て、伽耶は目を丸くした。
何故いるのか問いただし、たまたま来室したと聞かされる
伽耶
「……普段こっち来ないのにね……」
呆れたような、しかしどこか納得したような呟き。
秋浩と全く同じ反応をした彼女に、京介は思わず苦笑いを浮かべた。
京介
「お前らなんで同じセリフ吐くのよw」
微笑ましい光景の中、総隊長室の通信機が鳴る
応答をする京介、索敵部隊の総隊長補佐からの連絡だった
総隊長補佐
「ご苦労さまです、西島大佐、話はあらましはお聞きましたが、高速艇の追跡ですか?」
京介
「ああw頼める?w」
総隊長補佐
「……少々お待ちを……」
カタカタと音が聞こえる、数十秒程度で返事が返ってきた
総隊長補佐
「現在地と、経路からの目的地を算出しました、そちらのモニターに出します」
そう言うと、総隊長室のモニターに、高速艇の経路と、どこに向かっているかのマップが表示される
京介
「……何処に向かってる……w」
京介がモニターに映されたマップをまじまじと見つめる
表示される目的地は、金星
フリージアは単身金星に向かっていた
伽耶
「……金星?、どうしてそんな所に……」
表示されたマップを見ながら、索敵部隊の総隊長補佐に向かい、ありがとうと短く礼を言い、通信を切ろうとしたが、それを遮り総隊長補佐が言葉を続ける
総隊長補佐
「対応したのが自分で良かったです、うちの総隊長なら、もっと時間がかかっていましたから……」
「……西島大佐、今更ではありますが、一度総隊長とお話をして頂けませんか? 当時の件で、やはりまだお怒りの様ですので……どうか、お願いできませんか?」
京介
「あ〜w一回頭下げに行くわw」
短く言葉を交わした後、通信を切るが、秋浩と伽耶は、その不穏な会話に京介を凝視している
秋浩
「……やっぱりなんかやってんじゃねぇか……」
伽耶
「……当時?……何やったのよ……」
当然の疑問をぶつけられる京介、二人の圧に耐えきれず、気まずそうに口を開く
京介
「……いやぁ……wちょっと……索敵部隊の……ステルス機……燃やしちゃって……w」
伽耶 秋浩
「えっ?」「何?!」
京介
「不可抗力なんだけどな……w」
耳を疑う言葉、索敵部隊のステルス機を燃やしたと、ありえない事を口にする京介
事の顛末を、にじり寄りながら二人に求められる
伽耶
「……また他の部隊に面倒かけて……」
頭を抱えながらため息をつく二人
秋浩
「うちに報告来てねぇぞ……」
京介
「……向こうの隊員が庇ってくれたみたいで……公には試験中の事故になってる……w」
秋浩
「……太陽の周り飛んでも平気な機体のはずなんだけどな……」
顔を覆いながら呆れとため息を存分に吐く二人に、気まずそうに声をかける京介
京介
「いやぁ……wあれは特殊部隊が悪いって……w忍の事まで言い始めたからw」
伽耶
「……そこは解るんだけどさぁ……」
叱るに叱れない理由に、伽耶も秋浩も抱えた頭を起こせない
二人共交流があるが故、京介の気持ちが良くわかる
秋浩の隣でスヤスヤと眠っている香奈恵も、忍と仲が良く、知らなかったら姉妹にも見える程仲が良い
京介
「いやぁw……「頭の弱い妹なんかにかまけて」……なんて言われたからw……」
「ステルス機の尾翼溶けちゃったw……」
秋浩
「……そりゃ向こうが悪いな……」
「……索敵部隊のパイロットが止めに入ってそのまま庇ってくれたのか?……」
京介
「……ぉん……w」
伽耶、秋浩
「……っハァ〜」
深いため息と、言葉をかけられない事に疲弊する二人
とばっちりの索敵部隊には申し訳無いが、京介の家族はBLITZの任務には関係ない
特殊部隊が如何に傲慢か、醜態を晒しているだけで、何にもならないのに何故京介にしつこく絡むのか、頭を抱える
可哀想なのはそのとばっちりの被害にあった索敵部隊の隊員である
秋浩
「ま、まぁ……とりあえずその話は後だな……」
伽耶
「そう、ね……とりあえずフリージアの後を追いましょう……」
二人の言葉に、バツの悪そうな顔で応える京介
些か小言を覚悟した表情になりつつも、フリージアの足跡を辿る
京介
「とりあえず高速艇出せるかね?w」
秋浩
「今から追う気か?」
京介
「なんかある?w」
さも当然のように向かおうとする京介に、伽耶が待ったをかける
伽耶
「ダメに決まってんでしょ!」
伽耶の剣幕に一瞬怯むが、何故だと理由を尋ねる京介
ダメと言う理由が、京介には分からない
だが、昼間から動き詰めている事と、おそらく栄養も取らず、睡眠すら取ってない事、それと今この時間は、日本で言う深夜である
ケーキごときの栄養だけではもちろん足りる訳がない
それに、幾らBLITZが戦闘や作戦で、睡眠を取らずに活動出来るとは言え、意図的にそれをさせる訳にはいかない
まして相手は総隊長である立場の京介
本来ならば、そう易々と戦地に赴いてはいけない立場にある
伽耶はそれを心配し、言葉を続ける
伽耶
「行くなって言う訳じゃなくて、せめて菜琉が帰るまで待って、アタシか菜琉、最低でもうちの班の誰かを随伴させないと」
京介
「いるか?w」
伽耶
「……フリージアの事や、万が一金星に紗夜ちゃんがいたら?、せめて二人を安全に帰したいのよ」
京介
「それなら後から着いてくれば問題ないだろ?w」
伽耶
「……ハァ〜……だからアンタが言う事聞いて大人しくしてくれれば、そんな心配しなくても良いって事なんだけど……」
京介
「……酷くない?w」
二人の会話に大きく頷く秋浩
部屋の空気が少しだけ冷える。
京介の笑みは崩れないが、その瞳の奥には、明らかに焦りが見て取れる
フリージアを見つけ、紗夜を一刻も早く救いたいとの思いが、隠しきれずに滲んでいる。秋浩はその気持ちが痛い程わかるが故、伽耶の隣で重々しく頷くしかなかった。
京介
「わかったよw総副隊長も一緒に頷くのは酷くない?wそんなにかね?w」
秋浩
「……お前、仮眠も取ってねぇだろ……目がキマってるぞ……」
伽耶
「アンタお腹空いた時と寝てない時は異様にわかりやすいもん」
冗談じみたセリフではあるが、京介の危うさはそこにもある
睡眠より、食事より、隊員や家族を優先する
秋浩はそれが良く分かっている
子供の頃、妹の忍が山の中に置き去りにされた時、京介は寝る事も、食事もせず、山中を散策していた
それを良くわかるからこそ、最低限の人としての休息をさせたい
能力者になったからと言って、そんな超人の様な変化はない、あくまでも[人間]なのだから
京介
「普段目ぇ細ぇとか言うくせにw」
伽耶
「とりあえずシャワー浴びて来て、その間に食事用意するから」
京介
「変なもん仕込むなよw」
伽耶
「……入れてあげましょうか?」
京介
「いやぁ……すんませんw」
コントの様なやり取りに、秋浩も笑みがこぼれるが、ほんの少しだけでも休んでからなら出撃してもいいと促す
秋浩
「せめて菜琉が帰るまでは休めよ、お前一人で行かせる訳にはいかねぇし、俺が着いて行く訳にもいかねぇんだよ」
「そこは聞けよ」
元来、対能力者特別攻撃隊の総隊長と、総副隊長、二人が同時にBLITZを離れる訳にはいかない
二人同時に本部を離れる事は、大規模な全面的な戦争の様な、本当の意味での緊急時のみとなっている
それは戦闘部隊としての統率や、隊員の管理をする者が居なくなるのを防ぐ為である
医療班も然り、菜琉と伽耶、この二人が同時に出撃すると言う事態は、基本的にはあってはいけない
納得のいかない表情ではあるが、渋々分かったとシャワー室に向かう京介
その後ろ姿を見送りながら、秋浩と伽耶が一息つく
秋浩
「言う事聞いてくれて助かったな」
伽耶
「まぁ、言ってる事に納得する所あったんでしょ」
「秋浩は?ついでだから夜食作るよ」
秋浩
「おう、すまん、俺も少し腹が減ったんだ」
その答えに微笑みながら、総隊長室を後にする伽耶
秋浩はマグカップのコーヒーを一口飲み、ソファに仰け反り香奈恵に目をやる
秋浩
「……香奈恵も起きたらついて行かせるか……」
そう呟きながら、香奈恵の寝顔を優しく撫でた
金星
大気圏内
能力者の惑星開拓により、人類が居住可能な環境の一部は確保されたが、金星の過酷さは依然として健在だ。
大気の96パーセントを占める二酸化炭素と、強烈な硫酸の雲。
地表に大気発生装置を設置しても、短期間で酸により溶かし錆びつかされてしまうため、定住用の大規模なドーム都市を建てるのは不可能に近い。
そのため、人類は硫酸の雲の上、高度50km付近に巨大な空中都市群を構築し、そこを活動の拠点(ベース)としていた。
現在、地表で行われているのは、限られた強化外骨格を持つ作業員や研究者による、命がけの資源採掘と局所的な環境改造のみである。
そのため、この地は空中都市の維持に不可欠な資材搬入や特殊な任務の場となっており、一般人が足を踏み入れることはまずない。
そこに一機の高速艇が近寄る
フリージアが乗る高速艇
エメラルドドラゴンが置いていったメモに目を落としながら、光の無い瞳で酸の雲の中を突き進む
何を思い、どんな気持ちで船を走らせているのだろうか
確かなのは、フリージアの胸の中のざわめきが、未だに消えていない事
空中都市に高速艇が着陸する
誰もいない都市
名ばかりの都市
遥か昔に金星に移住しようとし、環境の過酷さゆえに計画が頓挫し、今ではその名残りの空中都市と、地上のレアメタル等の鉱石を採掘する為の拠点に成り下がっている
空中都市のドーム外壁が、硫酸の雲に晒されて焼けるような音を立てている。
かつて人類が夢見た希望の拠点は、今や錆びついた墓標のようだ。
出入りは比較的自由に出来るが、好き好んでこんな所に来る地球人はいない
そんな所にたった一人、幼さの残る幼気(いたいけ)な少女が歩みを進める
ポケットからメモを取り出し、読みながら歩く
エメラルドドラゴンの男に、邪魔をするなと警告されながらも、男はフリージアにこのメモを渡した
そこに書いている内容、スカーレットスコルピオの拠点の座標
金星の地中に、拠点の一つが存在する
フリージアは確証もないが、紗夜はここに居る、そう考え救いに来た。
――それがもし、用意された罠だとしても。
拠点があるならば、可能性が低いにしても、ゼロでは無い。
彼女の決意は、そんな冷徹な計算さえも飲み込んでいた。
居なければ別の場所を探せば良い、きっとそう考えているのだろう
無人の施設に響くフリージアの小さな足音だけが、やけに大きく聞こえる
地上に降りるエレベーターに迷いなく乗り込み、地中を目指す
金星
地下500メートル
スカーレットスコルピオの拠点
金星の地下に建造されたその施設は、地表の過酷さとは裏腹に、快適な状態を保っていた
地下の採掘跡を利用し、巨大な居住施設を建造していた
そこには、スカーレットスコルピオに囚われた紗夜と、数十人程のスカーレットスコルピオのメンバーが滞在していた
おそらく、捉えた人間の実験や処理をしているのだろう
一角には、おびただしい血痕がこびり付き、黒くシミになっていた
捕らえられていた紗夜は、鎖に繋がれ、首には制御装置が取り付けられ、項垂れていた
紗夜
「……わざわざ金星まで連れてきて……そんな手間をかける必要があるの?……」
静かに呟く紗夜の問に、見張りであろう近くにいたスカーレットスコルピオのメンバーが答える
スカーレットスコルピオ
「俺が解る訳ねぇだろ、プライドが連れてきたんだ、お前に有用性があるんだろ」
紗夜
「……馬鹿よねぇ……そんな意味なんか無いのに……」
スカーレットスコルピオ
「意味があるかどうかは俺には分からねぇが、プライドが無意味な事をしないのは、幾らお前でも分かるだろ」
隙を伺って対話をする紗夜、だが首の制御装置が外れなければ、今の自分には何も出来ない
能力を封じられ、一体何が出来ると言うのか
鎮静剤を打たれ、動くこともままならないこの状況でも、諦めてはいないが、逃走する隙が見えない
スカーレットスコルピオのメンバーが、紗夜の鎖を掴み、顔を覗き込んで言う
スカーレットスコルピオ
「良いツラと身体してるからな、後で好きにして良いって言われてるんだ、それまで楽しみにしとけ」
下卑た表情を紗夜に向け、慰みものにしようと言葉をぶつける
紗夜はそんな言葉には動じず、まっすぐ睨み返す
紗夜
「あなたごときに私の相手が務まると思ってるの?……顔と一緒でチンケなんでしょうね?」
その言葉に激昂し、紗夜を殴りつける
数回殴りつけた後に、吐き捨てる様に言う
スカーレットスコルピオ
「てめぇ、自分の立場が分かってねぇみたいだな!、後で後悔させてやる」
そう吐き捨て、どこかへ立ち去って行く
その姿を睨みながら見つめる紗夜、姿が消えてから、ため息をつく
紗夜
「……ハァ……このままじゃ、本当にそうなりそうね……急がないと……」
半ば諦めたような表情だが、何とか拘束を解こうとする
ガチャガチャと鎖を引き、捻り切ろうとするが、見た目通りの力しか出ない今、何も出来ない事を痛感する
どうしようかと悩んでいたところに、ざわめきが聞こえて来る
「誰だ?!」
「BLITZか!」
「分からねぇ!とりあえず人集めろ!」
何かアクシデントが起きたようで、スカーレットスコルピオのメンバーが慌ただしく動いている
一体何が起きた?BLITZの誰かが来た?それにしては早すぎる
そもそも拉致された時に、金星に繋がるものは何一つ無いはず
何故?一体誰が?
紗夜の頭には疑問しか浮かばない、自身も何が起きているのか把握出来ない
何とか情報をかき集めようと、思考をフル回転させている所に、柄の悪い男が近寄って来る
拉致された時にいた男
おそらく、プライドと呼ばれている、自分をねじ伏せた男と一緒にいた男
柄の悪い男
「ケヒヒ、面白いもんが観れるぜ、お前はまだ殺すなって言われてるからな、良いもん見せてやるよ」
そう言うと、鎖を引っ張り紗夜を引き摺るように歩かせた
狭い部屋から出され、広い地下空間の様な場所に連れてこられた
無理矢理引き摺られた紗夜の目に映るもの
見慣れたフードを被る小柄な少女
光の無い瞳で、まっすぐこちらを見つめていた
紗夜
「フリージア!!」
思わず声が出てしまった
拉致されてから、ずっと気にかけていた少女が、何故か今目の前に現れた
柄の悪い男
「お前を助けに来たんだろうなぁ、健気で泣かせるぜ」
男の声が耳に入って無い紗夜は、少女に叫び続ける
紗夜
「なんで?!フリージア!私の事は放っておいて良いから!」
何故来たのか、何故ここがわかったのか、そんな事はどうでも良い
だが、紗夜の中で大きくなりつつある少女を、無事に逃がさなければと叫んだ
紗夜の言葉を聞き、それでも尚歩みを進めるフリージアに、スカーレットスコルピオが襲い掛かる
「このガキ!」
「死ねぇ!」
ビチャ!
スカーレットスコルピオのメンバーが、一瞬にして血の塊と化した。
何が起きたか分からなかった。
音がしたわけでも、光が走ったわけでもない。
ただ、そこにいた命が、物理法則を無視したかのように潰れた
自分とも、BLITZの隊長格とも違う、異様な雰囲気。
(一体どんな能力を……)
忘れていた、年端もいかない少女と思っていた、可愛らしい女の子と扱っていた
だが、彼女もBLITZの一人、京介が拾い、守っていた
隠密部隊と名付けられ、京介の保護下とは言え、フリージアも能力者だと言う事を
彼女の能力を聞き損ねていた紗夜。今更ながら、京介に聞いておけば良かったと後悔する
……京介同様、自身にも影響する能力なら?
感情の起伏で暴走を引き起こすなら?
彼女に、危険が及ぶ能力だったら?
数十人のスカーレットスコルピオのメンバーが、一斉にフリージアに襲い掛かる
それをものともせず、ゆっくりと歩みを進めるフリージア
屈強な能力者が、いとも簡単に肉塊と化していく
地面に叩きつけられる様な姿で、次々と潰れていく中、それに耐えきった能力者が少女に攻撃する
一撃は大した事は無いだろうが、それが何度も繰り返されれば、さすがに無事では済まない
柄の悪い男
「ケハハ、あのガキ、結構面白いじゃねぇか、けどよ、アイツらに勝てるか?」
そう言われ、目を向けた先には、先程の雑魚とは違う、唯ならぬ雰囲気を纏った能力者が数名居た
鱗の様な体表、血走った瞳、肥大化した腕や爪、爬虫類の様な口元、人と言うには余りにも異質な者たち
紗夜
「……アレは……」
紗夜の目の前に立つのは、かつて人間だったであろう成れの果てだ。
試験体の喉からは、酸素を求めるような苦しげな獣の鳴き声が漏れている。
それは、スカーレットスコルピオがどれだけの人倫を捨ててこの兵器を量産したか、その残虐さを如実に物語っていた。
フリージアが守ろうとしているのは、これほどまでに人間を冒涜した場所に捕らえられた自分なのだと。
柄の悪い男
「ありゃうちで作った薬の試験体だぁ……対BLITZ用のな」
その言葉で、少女に目をやる
変わらず歩みを進めながら、先程と同じく潰れると思ったが、潰れるどころか悠々と向かって来る姿に、フリージアが警戒する
その刹那、見えないスピードで肥大化した爪が襲いかかった
何が起きたか分からないうちに、身体が吹き飛ばされる
避けきれなかったフリージアが、柱に叩きつけられ、うずくまる
紗夜
「……お願い……辞めて……あの子を見逃して……」
弱々しく言葉を吐く紗夜
今まで毅然とした態度で、決して弱みなど見せなかった紗夜が、フリージアの事に対してはこれほどまでに弱くなるのかと
自分自身でも気付かないうちに、紗夜にとって大切なものになっていた
柄の悪い男
「イヒヒ、辞めると思うか?わざわざお前を捉えて、餌にしたんだぜ?まぁ小物だけどよ、まだまだこれから楽しんでもらおうか」
男の言葉に、目の前で蹂躙されている少女の元に行こうと駆け出すが、鎖を掴まれてすぐに引き戻された
紗夜の目には、叩きつけられながらも、さらに起き上がろうとしているフリージアの姿が映る
紗夜
「起きちゃダメ!逃げて!」
その叫びも聞かず、立ち上がり、ゆっくりと試験体に近づくフリージア
フリージア
「……雪月花」
そう呟いたと思うと、フリージアの手には身の丈より大きな鎌が現れる
纏っている衣類と相まって、まるで死神の様な風体になる
紗夜
「……!動愚……」
能力者の中でも、適合者が更に少ない、能力者用兵器
適合者に歳は関係無いのは知っているが、まさかこんな幼気(いたいけ)な少女が適合者とは、思いもよらなかった
紗夜
(……動愚には意思のあるものもあるって……フリージアが口にしたのは……名前?……なら、あの子の身体にかかる負担は……)
紗夜は唇を噛み締め、血が滲むのも気にせずその光景を見つめる。
意思を持つ動愚の適合者
科学班の報告書にあった、その言葉の恐ろしさを彼女は知っていた。
適合者の身体にかかる負荷は、通常の動愚の比ではない。
たとえ敵を殲滅できたとしても、あの子の命がすり減るなら意味がない。
幾ら強くなっても……あの子が居なくなってしまったら
フリージアの身体が急に消える
動愚は能力者の身体能力を強化する、例に漏れず、動愚の力を遺憾無く発揮する
先程吹き飛ばされた試験体に、その大鎌が襲いかかる
だがその身体にある鱗の様な体表に阻まれた瞬間、フリージアの周りの空間が歪む
視認する空間が歪に歪み、そのまま大鎌の切っ先が、その体表を貫く
目の前で起きている事象を飲み込めない紗夜、何が起きた?何をした?あの子は一体?何を
紗夜の思考が追いつかないまま、次々と試験体を薙ぎ払う
だが明らかに疲労が現れている、息が荒く、鼻血を垂らし始めている
身体にかかる負荷が、表面に現れ始めていた
こんなに早く影響が出るとは、思いもよらなかった
紗夜
「……っ!……フリージア!お願いだから逃げて!私なんか放っておいて良いから!……」
「……お願い……あなたがそんなになるくらいなら……」
紗夜の悲痛な叫びも物ともせず、少女は構わず戦い続ける
自身の負傷も意に介さず、真っ直ぐに囚われた紗夜を見据える
試験体に吹き飛ばされ、叩きつけられ、声も上げず立ち上がり続ける
一方的では無いとはいえ、多勢に無勢、能力者をさらに強化した試験体と言う個体
その強靭さは、火を見るより明らかなもの
一撃一撃が少女を蝕む
振り下ろされた大鎌が、試験体の頑強な鱗を紙のように両断する。
だが、少女の視界は既に歪んでいた。
紗夜の声が、遠くの波音のように聞こえる。
霞んだ瞳の先には、自分を抱き締め、包み込んでくれた紗夜の姿
数日とは言え、愛情と言うものを必死で伝えようと足掻き、自分の為に涙を流してくれた、京介以外の安寧の人
そのかけがえの無い人間を救う為に、一歩一歩近づく
鼻から滴る赤が、服を汚していく。
眼球からも血涙を流し、呼吸も荒く、ヒューヒューと異様な呼吸、それでも彼女は、歩みを止めない
――まだ紗夜を掴んではいない、まだ敵が残っている
柄の悪い男
「泣かせるねぇ、見ろよ、お前を助けたくて必死になって、無様だねぇ」
男の言葉は、紗夜には聞こえていない
ただ目の前の少女が、どうかこれ以上傷つかないようにと、祈る事しか出来ない自分を、呪った
最後の一体を叩きつける様に切り伏せ、荒い呼吸のまま、紗夜の方に向かって歩く
紗夜はいますぐにでも、フリージアに駆け寄り抱きしめたい
だが隣にいる男が、それを邪魔する
何度も何度も、鎖を引きちぎろうと、首の抑制装置を外そうと、指先の爪が剥がれる程もがいても、徒労に終わる
ただの無力な人間が、これほどまでに何も出来ないのかと、血が出るほど唇を噛み締めた
柄の悪い男が、紗夜を離しフリージアに近寄る
柄の悪い男
「ケヒヒ、今ので終わりと思ったのか?」
そう言うと、奥からゾロゾロと同じような試験体が現れた
ただの肉体変異ならまだしも、その試験体は能力を使っている
能力が発現したものより、さらに強靭な肉体と能力
紗夜を怖気が襲う
動愚を使い、能力を使えるフリージアですらこの有様
せめて、自分が能力を使えさえすれば、ここからこの子を逃がす事くらいは出来る
そう考えてはいるが、今の自分には何も出来ない無力さを、歯が折れんばかりに噛み締め耐えている
絶体絶命とは、こういう事を言うのか……
何も言わず、変わらない瞳で試験体を見つめるフリージア
大鎌を握りしめ、ただ目の前の障害物を排除する事だけを考える
ブゥゥウンと言う空気の震える音と共に、試験体が数名地面に潰れる
床が割れ、そこには赤い塊が数個
それを見ていた柄の悪い男が、紗夜に向かって話す
柄の悪い男
「まだやる気じゃねぇか、泣けてくるねぇ」
ヒュー、ヒューと、肺の奥から潰れたような音が鳴っている、まだ残る試験体と戦闘を続けるフリージア
血を撒き散らし、試験体に吹き飛ばされ、叩きつけられても尚その大鎌を振り降ろし、一体一体確実に仕留めていく
どのくらいの時間そうしていたのだろう
ボロボロになりながら、鎌を杖代わりにして辛うじて立っている少女
未だにその目は紗夜を見据えている
試験体の残りが、あとどれ位残っているのか、倒しても倒してもまた次が出てくる
終わりのない闘争
紗夜
「……貴方たちは、あんなものを一体どれだけ作ったと言うの……」
柄の悪い男
「どれだけ?、ちょいと誤解だな、アレは薬で幾らでも作れる、能力者に、更に肉体と能力の強化をもたらす、ただまぁ、見た目がだいぶ変わっちまうがな」
その言葉に更に歯を食いしばる紗夜
終わりが見えない戦いを、フリージアがいつまで続け無ければならないのか
いつまで自分は傍観しなければいけないのか
遥か昔、同じような光景を思い出す
BLITZに入る前、まだ能力すら発現していない、ただの子供の時の記憶
医療班の総副班長、八尺伽耶
彼女が自分を救う為にボロボロになっていた
BLITZに入隊し、戦えると慢心していた
皆と肩を並べたつもりになっていた
その慢心が、今の状況を生んでしまっている事に、自分自身に憤りを覚える
歯を食いしばり、口から流血しながら、更に柄の悪い男を睨む
試験体の陰に隠れ、フリージアの攻撃が当たらない場所でいけしゃあしゃあと余裕ぶっている姿に、紗夜の中の今まで感じた事の無い感情が生まれていた
人の殴り方も分からず、戦いとは何かすら分からなかったあの時から、今まで感じた事の無い初めての感情
「……殺してやる……」
人に向ける、生まれて初めての、本気の殺意
紗夜のその目から、一切の優しさが消え去っていた。
涙で視界が滲み、鎖を掴む指先が白く軋むほど震える。
今の自分は、きっと誰にも見せられない程、醜く、そして歪んだ表情をしているのだろう。
(……フリージアには見せたくない……)
ほんの少しだけそう思い、すぐにその自意識を切り捨てた。
そんなことを考えている余裕などない。今の彼女にとって、そんな些細な恥じらいすらも、あの子を守るのに邪魔になる
その時、遠くから地鳴りのような音が聞こえてくる
その場の誰も気がついていない
いや、フリージアだけが気がついていた
その音に一瞬気を取られ、試験体の攻撃をダイレクトに受け、はるか遠くに吹き飛ばされる
壁に叩きつけられ、地面に転がり、息も絶え絶えだがまだ起き上がろうとする
鎌を支えに、震える身体を無理やり起こそうとする
柄の悪い男
「おやおやぁ?そろそろ限界かぁ?、まぁコイツら相手によく持った方だけどな」
そう言いながらフリージアに近寄る
「そろそろお終いにしてやるよ」
そう言う男の言葉より、地鳴りの方に意識が向いているフリージア
段々その音が近づいて来る
紗夜もその音に気が付き始めている
ガゴォォオン!ドゴォォオン!
柄の悪い男も、ようやくその音に気がついた直後、男の付近の壁が炸裂した
バゴォォオン!
パラパラとコンクリートの欠片が降り注ぎ、土煙が舞っている
その煙が晴れた中に、男が一人立っていた
「……目測を誤ったな」
土煙の中から現れた男は、まるで散歩でもしているかのような落ち着いた足取りだった。
煙が晴れると同時に、スカーレットスコルピオの男が血相を変えて叫ぶ。
柄の悪い男
「てめぇ!エメラルドドラゴンが何しに来やがった!!」
紗夜の視線の先、その男は傷ついたフリージアを一瞥し、そしてまっすぐに紗夜を見つめた。
その瞳には、スカーレットスコルピオのような卑猥な下心はない
あるのは、ただ獲物を値踏みするような冷徹さだけだった
何故三大組織の人間がこんな所に?
紗夜もフリージアも、状況が飲み込めず、唖然とその光景を見つめていた