ANGEL WALTZ 作:とくめい
金星の地下奥深く、フリージアとスカーレットスコルピオの戦いの最中、エメラルドドラゴンの乱入により、その場にいた全員に緊張が走る
突如として現れた男は、紗夜とフリージアの味方になり得るのか、それとも……
土煙が晴れた後の場に、男が一人佇んでいた。
柄の悪い男は、その姿を認めた瞬間に悲鳴に近い声を上げる。
「エメラルドドラゴンッ……!」
男は動じる様子もなく、紗夜、フリージア、そして異形の試験体たちへと順に視線を走らせ、やがて呆れたような溜息をついた。
エメラルドドラゴンの男
「相変わらず趣味の悪い事を好んでるようだな……お前は……えーっと、レンヴィ?」
自分の名を呼ばれた男が、激昂して飛び掛かるが、それを易々とかわす
レヴィアタン
「舐めてんのか!色々混じってんだよ!俺はレヴィアタンだ!」
唐突に現れた男が、まるで近所の他人の名前を忘れたかのように軽く接する一方で、レヴィアタンと名乗る男が、屈辱に顔を歪めて牙を剥く。
紗夜とフリージアは、そのあまりに場違いなやり取りに、戦いの痛みさえ忘れて硬直した。
男はレヴィアタンの事など気にもせず、フリージアへ歩み寄る
その周りに群がる試験体たちに向かって軽く手を払うと、瞬く間にそれらは細切れになり、床を汚した。
エメラルドドラゴンの男
「……関わるなと言ったはずだ。なぜそこまでして、何がお前を突き動かす?」
男はゆっくりと少女に歩み寄り、ボロボロの身体を優しく抱き抱える。
そのまま紗夜の元へと歩き出した。
それを動けずに凝視していたスカーレットスコルピオのメンバーは、恐怖のあまり堰を切ったように叫び、一斉に襲い掛かる。
「ふざけやがって!」 「くたばれ!」
だが、無数の能力者たちが男の間合いに入った瞬間、彼らの足は止まった。
いや、止まるしかなかった。 男が放つ不可視の重圧。
それは彼らの死生観すらも歪めるような、圧倒的な暴力の残滓だった。
男はまるで散歩でもするかの様に、淡々とその中を通り抜ける。
その光景を遠くから見つめる紗夜は、息をすることすら忘れていた。
男が通り過ぎる
――その瞬間まで、彼らは生きているつもりだった。
しかし男の背中で、襲い掛かった者たちが一斉に形を崩し、赤い雨となって霧散した。
レヴィアタンは、先程の余裕が無くなり、男の行動に警戒を解けず、その場で固まっていた
紗夜の元まで歩み寄った男は、そっと少女を降ろし、紗夜の首にある制御装置に手をかける
それを警戒し、手を払うが、男が静かに語りかける
エメラルドドラゴンの男
「心配するな……こんな所でわざわざ手にかけるつもりは無い……」
紗夜
「……信用……出来る訳無いでしょ……」
その答えに困った様に首を捻る男
いい事を思い付いたと言う表情で、紗夜に答える
エメラルドドラゴンの男
「なら自己紹介をしよう、俺の名前は……そうだな、ルドラ、とでも名乗っておこう……」
ルドラと名乗った男は、紗夜の制御装置を呆気ないほど簡単に粉砕した。
首に張り付いていた冷たい感覚が消え、全身に眠っていた力が奔流となって駆け巡る。
紗夜
「……なぜ……助けるの……」
男はその問いに応えず、ただ足元で静かに横たわるフリージアへ、一瞬だけ柔らかな視線をやり、紗夜を見据えた。
ルドラ
「…何故?…決まった事よ、お前達は死んで良い程世界を知らない」
その言葉は、冷たい霧のように紗夜の心に残る。
男はそれ以上何も語らず、ただ静かにその場に佇んだ。
紗夜の中に能力が戻る確かな感覚。しかし、救世主のはずの男の目は、まるで深い奈落のように、救いとは無縁な色をしていた。
レヴィアタン
「てめぇ……何勝手な事してやがる!」
怒りを顕にしながら、ルドラに叫ぶレヴィアタン
捕らえていた紗夜の制御装置を破壊され、いつでも逃げられる様にされた事への憤りを、欠片も隠さず吐き出す
ルドラ
「さっきも言ったはずだ……趣味が悪いと、貴様らのやる事には、欠片の美学も無い!」
ルドラが足元を軽く踏みしめる。
その瞬間、空間が軋むような音を立てて、強烈な暴風が渦巻いた。
ただの突風ではない。それは意志を持つかのように、ルドラの周囲だけを避け、敵であるレヴィアタンと残りの兵士たちを容赦なく切り裂いていく、『鋭利な大気』だった
紗夜
「……風……?……」
ルドラ
「俺は木属性でな、だが本来の能力からは外されたみたいで、これしか出来んのだ……」
紗夜を背にルドラが答える
わざわざそんな事を悠長に答える程の余裕を持ちながら、なぜここに現れたのか
理由も分からないまま、紗夜はフリージアを抱き締めながら、少しでも風から守ろうと身を丸くする
抱き締められた少女は、紗夜の服を掴む
それに気づいた紗夜は視線を落とすと、光の無いまま見つめている瞳に安堵し、更に身を縮める
ルドラ
「お前達が奪った物を返して貰おう、そうすれば、命だけは見逃してやる」
悠々とそう話すルドラに、勝手気ままにされたレヴィアタンは、顔を真っ赤にしながら激高する
レヴィアタン
「舐めやがって!!……生きて帰れると思うなよ!」
わなわなと震えながらそう叫ぶと、辺り一面にいつの間にか水が湧き出ていた
その水が一斉にルドラに襲いかかる
レヴィアタンが放った鋭利な水の刃が、ルドラの周囲で渦巻く風と激しく衝突し、耳を劈くような金属音を上げる。
ルドラは水の飛沫を少しも浴びることなく、ただ退屈そうに首を振った。
性質が似ているが、水と風、どちらも攻撃も防御も互角の能力
雌雄を決するのは、能力者自体の強さ
ルドラ
「水は本来綺麗なはずだが、お前と一緒で能力も小汚いな……」
襲いかかる水が、風に巻き込まれてルドラには届かない
何度も繰り返すが、レヴィアタンの攻撃がかすりもしない
レヴィアタン
「この野郎……」
攻撃がことごとく無効化されることに、レヴィアタンは怒りで呼吸を乱す。
しかしルドラの風は、ただ防いでいるだけではない。
ルドラ
「……やはりお前は三下止まりだな……」
ルドラが片手を掲げると、周囲を渦巻いていた風が収束し、目に見えないほどの細い風の刃となってレヴィアタンの四肢をかすめる。 悲鳴を上げる暇もなく、身体を切り裂き、鮮血が噴き出した。
全身から血を吹き出し、辛うじて立っているのがやっとの様子で、レヴィアタンが膝をつく。
それを呆れた様子のままのルドラが、一瞥して見下ろした。
これほどまでの力の差がありながら、なぜ自分に手を貸したのか。
紗夜は分からないままだが、今ならこの場から逃げられる――そう考え、身構えたその時、ルドラが冷たく言い放つ。
ルドラ
「……生きて帰れないんじゃないのか?」
呆れたように挑発をするルドラ
それに対して、先程のように言い返す事が出来ないレヴィアタン
身体中を切り刻まれ、至る所から出血している
いきがる余裕すら無くなる程に、致命的な傷を負っているのがわかる
小刻みに身体を震わせ、立っているのもやっとに見える
レヴィアタン
「……て、てめぇ……」
ガタガタと震える身体で、精一杯の強がりを見せても、為す術なく蹂躙されている事には変わりない
この男はもうすぐ死ぬだろう
突如現れた、エメラルドドラゴンの男に殺される
ルドラ
「……逃げるなら早くしろ……」
恐怖で固まっていた紗夜に向かい、背後を一瞥し言い放つ
なぜ? 自分たちを逃がそうとするのか?
紗夜には何も分からない
しかし、今が好機であることは確かだった。 紗夜はフリージアをしっかりと抱き抱え、ルドラの背中を警戒しつつも、その場から走り去っていく。
二人の姿が見えなくなると、ルドラは小さく息を吐き、静かに視線を落とした。
パチ……パチ……パチ……
レヴィアタンの背後、はるか遠くから、いやに軽快な拍手の音が響いてくる。
ルドラ
「これだけ暴れて、いつ出て来てくれるのか心配だったぞ」
呆れるような物言いではあるが、警戒を解かず、緊張したまま話す
奥から現れたのは、紗夜を拉致した張本人、プライドだった。
彼はレヴィアタンが瀕死の状態で震えていることなど目にも留めず、まるで展覧会の絵画でも眺めるように、優雅に歩みを進める。
プライド
「……女子供を守りながら、よく戦えるな……しかもそれをわざわざ逃がすとはな……」
彼はそう言って一度だけルドラの背後に視線を投げ、すぐに興味を失ったように笑みを浮かべた
その表情は、紗夜を屈服させた時と同じ、氷のような冷たさを孕んでいた。
プライド
「同じBLITZの壊滅を目的とするのに、なぜ逃がした?ここで仕留めれば良かったものを……」
ルドラ
「……お前達と違ってな、BLITZが憎いだけで隊員が憎い訳では無い……それに、女子供に手をかけるなんぞ、貴様らには美学の欠片もない!」
プライドは足を止めると、皮肉げな笑みを深めた。
プライド
「……美学、か……その感傷が、お前の首を絞めることになるのが分からんのか?」
お互いを牽制し合う二人
そこに割り込み、言葉を投げるレヴィアタン
レヴィアタン
「……プ、プライド……手を貸してくれよ……俺一人じゃキツくてよう……」
震える声で手助けを懇願するレヴィアタン
それに向かい、心の底から呆れたように話すプライド
プライド
「……貴様は本当に余計な真似しか出来んらしいな……情けない……逃げた女を追え、その身体でも、そのくらいならできるだろう……」
その言葉に、弱々しく従うレヴィアタン
ルドラは先程と違い、何もせずにレヴィアタンの背中を見ていた
見えなくなり、初めて口を開く
ルドラ
「意外だな、即座に切り捨てるかと思ったが」
プライド
「アレでも一応弟でな……まぁ、そうで無ければ殺してる」
その答えに意外そうな表情で見つめるルドラに、プライドが更に問いかける
プライド
「お前こそ、黙って見送って良かったのか?せっかく逃がしたのに」
ルドラ
「能力さえ使えれば、あの程度に遅れを取らんだろう」
プライド
「……あの程度か……アイツが一人ならな……」
不敵に笑うプライド、だがルドラ自身も、それを予見していたかのように、笑みを浮かべる
ルドラ
「お前ならいざ知らず、あんな小物に加勢ができた所で、あの女が負けるとは思えんがな」
ルドラはそこで視線を真っ直ぐにプライドへと戻し、氷のように冷たい声音で告げた。
ルドラ
「……それよりも、奪った物を返して貰おうか」
そう言い放ち、初めて構えをとるルドラ
一瞬の静寂、その瞬間に暴風が吹き荒れる
ルドラがプライドに飛びかかり、衝撃波が起きる
地下の大きな空間全てに響きわたる程の威力
その戦闘音は、脱出の為に走り出した紗夜達にも聞こえていた
地下坑道跡
ルドラのお陰でひとまずは脱出の為にあの場から逃げられた紗夜達は、脱出用の船を手に入れる為、空中都市へと繋がるエレベーターか、船があればと走っていた
ハァハァと荒く息切れをおこしながら、何処かに脱出出来る船が無いかと必死に探すが、坑道跡が故に無駄に広く、空中都市に向かうエレベーターすら見つけられない
抱えたフリージアは気を失っているのか、呼び掛けているが意識が無い
それもそうだろう、身体中からはおびただしい出血、それに意思のあるタイプの動愚の適合者、見た目の通り年齢であれば、その負担は計り知れない
紗夜
「……フリージア……もう少しだけ、もう少しだから……」
何かに縋るように呟く
無神論者ではあるが、なんでもいい、この子を救って欲しいと
それが自分で無くても構わない、この子さえ無事であればと
そんな切実な願いを、嘲笑うかのように背後から癇に障る声が聞こえてくる
レヴィアタン
「待ちやがれ!逃がさねぇからなぁ!」
姿はまだ見えないが、追い付かれるのも時間の問題
レヴィアタン一人ならこの子を守りながらでも辛うじて勝てるか?でも何かあったら?
そんな葛藤を繰り返しながら、歩みを止めず出口を探す
このままただ逃げるだけならば、いずれジリ貧になる
それならば……
紗夜はフリージアを扉の中に寝かせ、今来た道を向き直る。
彼女の瞳から、先程までの感情の色が消え去った。
代わりに宿ったのは、血で汚れた肌に似つかわしくないほど鋭い、冷徹な眼光
大きく深呼吸をし、今来た道を向き直る
そこへ、満身創痍ではあるが、余裕の戻ったレヴィアタンが姿を現す
レヴィアタン
「ケケっ……逃げるのは諦めたか?、とんだ邪魔が入ったが、お前を捕まえりゃチャラだ……大人しくしろよ」
ルドラの攻撃で満身創痍のはずが、ニヤニヤとそう言いながらゆっくり近付く
制御装置が外れた事を警戒しているが、鎮静剤の効果はまだ残っている
今なら容易く捕獲出来ると踏んでいるのだろう
紗夜はボヤけた視界の中でも、レヴィアタンを真っ直ぐ見据え、いつでも応戦出来るように構える
レヴィアタンが嘲笑いながら間合いを詰めてくる。
彼は紗夜が黙っているのを、恐怖や諦念と勘違いしているようだ。
紗夜は心の中で、呟く
(……BLITZの総隊長の秘書が、この程度に勝てないのに、務まる訳が無い……)
紗夜の身体を巡る電光が、パリパリという微かな音から、周囲の空気を震わせる「バチバチ」という破壊的な音へと変貌する。
紗夜
「……貴方水属性なんでしょ?……私とは相性が悪いわよ?……」
レヴィアタン
「ほざけ!相性が悪くたって、お前をとっ捕まえるには問題ねぇよ」
紗夜
「そう……なら、試してみましょうか……」
そう言いながら、紗夜の身体を電撃が走る
神経伝達信号を増幅させ、視神経や脳神経の信号も増大させる
周りの動きはゆっくりと、時に止まって見えるようになる
それに対して肉体の神経伝達の信号を増大させる事により、反応速度や動きにもそれが現れる
常人ではありえない動き、能力者ですら、紗夜の動きを捉えるのは難しいだろう
[目に映らない]動きを可能にする
紗夜の身体を、青白い電光が駆け巡る。
脳内で激しく信号が伝達され、視界の隅で舞う埃の一粒さえもが停止したかのように鮮明に映る。
彼女にとって、レヴィアタンの動きはあまりに鈍重だった。
紗夜が踏み込んだ瞬間、彼女の姿はレヴィアタンの視界から消失する。
物理法則を無視したかのような、不可視の神速。
レヴィアタンが驚愕に目を見開いたその時には、すでに紗夜は彼の懐深く、ゆっくりと拳が顔面を捉えた
警戒していたのだろう、水が盾のようにレヴィアタンの身体を覆っていたが、硬化させるのが遅すぎた
レヴィアタンの顎を貫いた瞬間、彼の周囲を覆っていた水の膜が、内圧に耐えきれずに霧散した。
響いたのは、硬い骨が軋む乾いた音と、遅れてやってくる大気が破裂するような衝撃波の轟音。
鉛のような衝撃が彼を襲う
一度ではない、何度も何度も何度も、その細腕からは到底考えられない衝撃が、自身の身体を蝕んで行くのを、為す術なく受け入れるしかなかった
紗夜
「…………相性関係無かったわね……不安だったけど……勝てた……」
シンプルな殴り合い、いや一方的に殴り飛ばしただけだが、自分の能力が通用するのを、紗夜が再確認する
殴り飛ばされたレヴィアタンは、頭を振られた事で、完全に意識が途切れていた
荒い息を吐き出しながら、紗夜は自身の腕を見る
能力を使った事で、ただでさえ余裕のない身体に、どうやら追い討ちをかけてしまったようだ
視界の端がわずかに赤く滲む
勝てた事に対する安堵と同時に、すでに肉体の限界が見えてしまった
紗夜は大きく溜め息をつきながら、フリージアを迎えに振り返る。しかし、その背後に響いた声に、全身の血が凍りついた。
アスモデウス
「あらあら、やっぱり一人だと何も出来ないみたいねぇ……」
「着いてきて正解だったわ……」
どう考えても、レヴィアタンより遥かに格上の気配。
紗夜は痛む身体に鞭打ち、再び臨戦態勢を取る。
紗夜
「貴女は……」
自分が拉致された時に出くわしたアスモデウスに、更に警戒を強める
そもそもなぜ自分を誘拐し、フリージアを残したのか、それが引っかかっていた
アスモデウス
「仕方ないわね……大人しくしてて欲しいのだけれど、その様子ではそれも聞いて貰えないかしら?……」
紗夜
「……貴女に聞きたい事があるわ……」
レヴィアタンより遥かに強い事は、実際に戦ったからわかる
今は前と違い、油断をしている様子がない
せめて隙を作ろうと、わざと言葉を投げかける
アスモデウス
「なぁに?……お答えできる事が
あるかしら……」
余裕を持ちながら、こちらの攻撃に備えているのがわかる
佇んでいるだけでは無く、いつ仕掛けられても良いように、隙だらけに見えるが、隙が少ない
紗夜
「……なぜあの子を残したの?なぜ私だったの?……」
紗夜の質問に、憂いを帯びた表情のまま、物腰柔らかく答える
アスモデウス
「ふふっ……貴女はBLITZの総隊長秘書だから、可愛がられているでしょう?だから貴女を探して追って来るのを狙っていたの……」
やはり総隊長に近しいと言う理由が、今回の拉致の動機だった事に、唇を噛み締めて悔しさを飲み込む
アスモデウス
「それと、あの子……実は追跡用のナノマシンを注射していたの……まぁ、一人でここに来た事が意外だったのだけれど……どうやってここがわかったのかしら?……」
ナノマシン――その言葉に紗夜の背筋に悪寒が走る。
アスモデウス
「あの子……面白い身体をしているわね……骨の左半分が金属になってる……」
「ナノマシンが、ただの追跡用だと思う?……」
思考の隙を与えまいと、紗夜は地を蹴った。 先ほどと同じ、神経信号を限界まで高めた神速の踏み込み
スピードならこちらが勝っている――そう信じて放った渾身の拳。
だが……
アスモデウスの瞳は、完全に紗夜の軌跡を捉えていた
紗夜の目が見開かれる
いつの間にか足元から生えていた木々の根が、まるで生き物のように紗夜の軌道を先読みし、容赦なくその身体を薙ぎ払った。
轟音と共に壁に叩きつけられ、紗夜は血を吐く。
紗夜
「……な、んで……前は見えていなかったのに……」
アスモデウスは優雅に歩み寄り、崩れた口元に妖艶な笑みを貼り付けた。
アスモデウス
「初めに会った時? ああ、あれは私一人じゃなかったから……ちょっと見せ場を作ってあげたのよ。ふふっ、貴女の動きが見えないほど、私が弱いとでも思ったかしら?」
――ブラフだった
手玉に取られていたという事実が、激痛以上の屈辱となって紗夜の胸を突く
油断した、スピードでは勝っていたと思った相手に、まさか手玉に取られていたとは……
痛みと悔しさで顔を歪める
能力者の本当の戦いとは、これほどまでに高みにあるとは、思いもよらなかった
壁に叩きつけられた紗夜が、鈍い痛みの中で荒い息を吐く。
アスモデウスは、楽しげに舞うような足取りで近づくと、紗夜の髪を指先で弄んだ。
アスモデウス
「……さてと、少しお勉強してみましょうか……」
アスモデウスは無邪気に笑った。
紗夜の眼前に、鋭利な木が迫る
ほんの少しだけ力を入れたら、そのまま突き刺さる程の距離
アスモデウス
「追跡用のナノマシンだけれど、もちろんそれだけじゃ無いのは、わかるわよねぇ?……」
質問の意図が分からないまま、黙ってアスモデウスの言葉を聞く紗夜
アスモデウス
「仕込んたナノマシンは、用途によっては性質を変えながら使うのだけれど……今回のは微弱な熱を放つのよ……」
紗夜
「……まさか!……」
何かに気づいた紗夜が声を上げ、扉の中にいるフリージアに意識を向ける
アスモデウス
「以前、人体実験をしたの……血液がどこまで沸騰せずに耐えられるか……まぁ、ただの人間だったから、すぐに事切れたけどね……」
紗夜の背筋に、凍りつくような悪寒が走る。
その言葉にアスモデウスを睨む紗夜
意に介さず構わず続ける
アスモデウス
「ふふっ……あの子の血液を、蒸発するまで煮立たせてみましょうか?……」
アスモデウスの「あの子の血液を沸騰させる」という残酷な言葉が脳裏に響く。
フリージアを救うため、紗夜は絶叫と共に再び地を蹴った。
だが、限界を超えた筋肉はすでに悲鳴を上げている
空気との摩擦で体表が焼け、眼球の毛細血管が裂け、視界が鮮血のような赤に染まった。
紗夜
(こんな事で……こんな所で……)
アスモデウス
「あらあら……段々目で追うのが厳しくなってきたわね。貴女の能力は、いつまで持つかしら?」
限界を超えた高速の打撃は、アスモデウスの木々に絡め取られ、余裕であしらわれていく。
そして、さらに加速しようと能力で神経信号を跳ね上げたその時――
パァンッ!
凄まじい炸裂音と共に、紗夜の身体が弾き飛ばされた
筋肉が断裂し、もはや制御を失った肉体が地面を転がる
全身を焼き切るような激痛の中、視界が完全に闇に沈んでいった。
アスモデウスの放つ鋭利な木々の刃が紗夜の身体を抉り、痛みの限界を突破した肉体は、糸の切れた人形のように地面へと崩れ落ちる。
耳鳴りと視界の暗転の中、紗夜の喉から濁った血の音が漏れる。
アスモデウスは、倒れ伏した紗夜を見下ろすと、満足そうに細く目を細めた。
アスモデウス
「……頑張ったのに、残念ねぇ……真っ赤な瞳が綺麗だったのに……もうおしまいかしら……」
アスモデウスの皮肉も、もはや紗夜の耳には聞こえていなかった
フリージアを逃がす事すらままならない事に、痛みの中、悔しさを噛み締める事しか出来ない紗夜
(……そんな……もう少しなのに……)
紗夜の喉から、血と混じった濁った音が漏れる。
「……ア……グ……」
それを聴いたアスモデウスは、愛おしいものでも眺めるように、歪んだ笑みを深めた。
アスモデウス
「貴女はもう動け無いわね……それじゃああの扉の中にいるお嬢ちゃんに相手をしてもらおうかしら?……」
そう言いながら紗夜を木で持ち上げ、フリージアの隠された扉の方を向く
持ち上げられた紗夜は、触るだけで激痛が身体中を駆け巡る
「ィ…ギ…」
アスモデウス
「痛かったかしら?……でも我慢してね、貴女が助けようとした子に、どんな風になるか見せないと行けないから……」
アスモデウスが瀕死の紗夜を木で持ち上げ、フリージアの方へと振り返ったその瞬間――
ドンッ!!
凄まじい重圧が空間を歪ませた。
周りの壁や床が粉々に砕け散り、アスモデウス一人のみを押しつぶすように、圧倒的な重力が牙をむく。
アスモデウス
「なっ……!?」
驚愕して視線を向けた先には、気絶しているはずのフリージアがいた。
扉にもたれ掛かり、立っているのがやっとの状態でありながら、彼女は憎悪を込めた瞳でアスモデウスを見据えていた。
アスモデウス
「くっ……オイタが過ぎるわね……!」
アスモデウスがナノマシンを一気に活性化させる
フリージアの身体から煙が立ち上り、皮膚が焼ける異臭が周囲に充満する。
限界を超えた反撃の代償に、フリージアの血管が沸騰し、その場に糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
アスモデウス
「ゴホッゴホッ!……この……状態で良くここまで……油断したわ……」
肋骨を抑えながら這いずるように立ち上がったアスモデウスは、怒りに歪んだ顔で、その場に倒れ伏している二人の少女を見下ろした。
アスモデウス
「……このままバラバラにして、BLITZに捨てて来れば少しは溜飲も下がるかしら?……」
冷酷な笑みを浮かべ、冷やかに纏っていた樹木を再び紗夜に向け、アスモデウスがトドメを刺そうとしたその時――。
空間を揺らすほどの、規則的な地鳴りが響いた。
アスモデウス
「……一体、何の音……?」
その音が直上から迫るのを感じ、アスモデウスが天井を見上げた瞬間。
ドンッ!!!!!
頭上の天井が爆発四散し、凄まじい熱量をまとった何かが、真っ直ぐに地面へと降臨した。 舞い散る土煙の向こう側から、聞き覚えのある声、気だるげで、しかし怒気を孕んだ低い声が響く。
「随分手の込んだ真似してくれたなぁ……年増ぁ……」
土煙が晴れ、そこに立っていた男の姿を認めた瞬間、アスモデウスは憎々しげに歯をむき出しにして叫んだ。
アスモデウス
「……貴方……会いたかったわよ……BLITZの総隊長!」
京介
「俺も会いたかったぜぇ?……」