ANGEL WALTZ   作:とくめい

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case19【獄炎の厄災】

地表から500メートルもの岩盤を、その身一つで掘り抜いて来た京介

アスモデウスは、地響きを上げて現れた男を警戒し、一切の視線を外さず睨みつける。

 

天井の穴はあまりに広く、金星の空が見えるほどだった

穴からは大気が流れ込み、酸性の雨が降り注ぐ。

緊急装置なのだろう、けたたましい警報が鳴り響き、京介の降りてきた穴が自動シャッターで塞がれていく

降りしきる酸の雨が途切れるまで、京介はその場を微動だにせず、ただアスモデウスを見据えていた。

 

アスモデウス

「どうやってここがわかったのかしら?……」

 

京介

「そこに倒れてる子達は、お前の仕業か?」

 

アスモデウスの質問を無視し、紗夜とフリージアのことだけを問う

その態度が癪に障ったのか、アスモデウスが語気を荒らげる。

 

アスモデウス

「今からトドメを刺す所よ!そこで黙って見てなさい!」

 

アスモデウスが樹木を振り下ろす。しかし、手応えはなかった。

不思議に思い振り返った先に映ったのは、焼き斬られ、灰となった木々と、そこに佇む京介の姿だった。

 

(……な……この距離を?……見えなかった……)

 

いつの間にか背後に移動していた京介の気配に、アスモデウスは驚愕し、金縛りにあったように身動きが取れなくなる。

 

京介

「……ごめんな……遅くなって……間に合わなかったか……」

 

表情は読み取れない。

京介はフリージアと紗夜に歩み寄る

背後からアスモデウスが激昂して襲いかかり、周囲の木々を集中させて一気に振り下ろすが――それが届く前に、すべてが消え失せた。

 

何が起きたのか。辺りには夥(おびただ)しい熱が充満し、振り下ろしたはずの木々は、切断されたように切っ先を失っていた。

 

京介はゆっくりとフリージアの傍らに膝をつき、頬を撫でる。

 

京介

「……ちゃんと治すから、少し我慢してくれよ……」

 

その言葉と同時に、フリージアの身体から炎が上がる

アスモデウスは何をしたのか理解できず、嘲笑を浮かべた。

 

アスモデウス

「ここで火葬するのかしら?……随分と見切りが早いのねぇ……」

 

その言葉は届かないのか、次は紗夜の元へ歩み寄る

京介は紗夜の頬をそっと撫でた。

 

京介

「……紗夜ちゃんも一緒にいてくれて良かった……心配したぜ……こんなに頑張ってくれて、今はゆっくり休んでくれよ……」

 

紗夜

「……ア……ェ……」

(……だ……れ?……)

 

再び、紗夜の身体からも炎が立ち上る。二人の身体を包み込む炎を見たアスモデウスが、勝ち誇ったように笑い声を上げた。

 

アスモデウス

「アッハハハ!ボロボロの隊員を助けるどころか、その場で燃やすなんて……酷い隊長さんねぇ……!」

 

ようやく、京介がゆっくりとアスモデウスの方を向く

張り付いた笑顔

だが、その瞳に温度はない。いつもの軽薄な様子とは明らかに違う異質な空気

それに気がつかない彼女は、悦に浸りながら笑い続ける。

 

京介

「それ以上……口を開くんじゃねぇよ……こっちは限界なんだよ……」

 

そう言い放つ京介の表情は、BLITZの誰も見たことのない、凍てつくような怒りに満ちていた。

 

京介

「……殺すぞ……」

 

その凄まじい眼光を向けられたアスモデウスは、一瞬だけ心臓を掴まれたかのような戦慄を覚えたが、自身のプライドがそれを許さなかった、京介に向かって牙を剥く。

 

アスモデウス

「……このっ……BLITZ風情がァアアア!!」

 

絶叫と共に、周囲の空間を埋め尽くすほどの樹木が京介へと殺到する

しかし、どれも京介の数メートル手前で音もなく消え失せた。 その断面を凝視して、アスモデウスは息を呑む

切断された箇所には、黒く焼き切られた跡が残っていた

 

 

京介の冷たく暗い眼差しに、アスモデウスの心は先程から激しく震えていた。

自分でも気づかないうちに、本能が警鐘を鳴らしている。

この男を本当に殺せるのか?

無防備な男の身体を引き裂いているイメージが、何度攻撃を重ねても浮かばない

 

むしろ、何をしても自身が焼き尽くされている映像が浮かぶ

――そんな得体の知れない恐怖が、無意識に攻撃の手を緩めているのか?

 

苛立ちと焦燥に駆られ、構わずに再度襲いかかるが、結果は変わらない

鋭利であるはずの木々が、京介の間合いに触れた瞬間、すべからく消失する。

 

あり得ない

自分を完全に視界に捉えながら、一切の防御もせず、ただそこに立つだけで攻撃を無効化している

 

理解の及ばない事態に、アスモデウスは狂ったように何度も、何度も木々を叩きつける。 だが、結果は変わらない。 アスモデウスが放つ殺意は、京介という「絶対的な境界線」に触れた瞬間、すべてが塵となって霧散した。

 

京介

「……面倒くせぇ」

 

そう言い放った京介が、アスモデウスの眼前から消えた

紗夜のスピードですら目で追えたのに、この男は追うことは疎か、消えた

 

周りを警戒しキョロキョロと見回すが、どこにもその残影は見えない

どこから来ても対応できるように身構える

 

だがそれをあざ笑うかのように耳元で聞こえた声は、冷たく、薄暗い、まるで深淵から響くような声だった

 

京介

「……遅ぇよ」

 

その声に反応できないまま、アスモデウスの脇腹が深々と陥没した。

肺から酸素が強制的に絞り出され、視界が真っ白に染まる。

為す術もなく吹き飛んだ彼女が、今いた場所を振り返る。しかし、そこには空気が揺れた気配すら残っていない。

 

驚愕に目を見開く暇もなかった。 今度は逆側からの衝撃

それは最早「攻撃」という枠組みを超えた、回避不能の天災だった

肋(あばら)の軋む音、内蔵が潰れる感触。どれも彼女が一生かけて学んできた戦いの理からは、遠くかけ離れた現象だった。

 

(……能力を使わないで……こんな……こんな事が……)

 

何度吹き飛ばされたのか

痛みすら麻痺し、アスモデウスは無様に地面を転がる

最後に耐えられない重い一撃が、彼女の意識を強制的に闇へと引きずり込んだ。

身動きも取れず、涎を垂れ流しながら苦悶する彼女を見下ろし、京介は小さく吐き捨てる。

 

京介

「……お前の弱さに救われたな……そのまま大人しく寝てろ……」

 

炎に包まれた二人、心無しか傷が癒えているように見える

ボロボロだった二人の傷跡が、ほんの少しだけ少なくなっている

 

フリージアの顔を覗き込む京介は、そのまま火が着いたフリージアを抱き抱え、紗夜の隣に寝かせた

 

京介

「……息があって良かった……」

 

フリージアたちを安全な場所に寝かせた後、京介は背を向け、さらに奥へと足を踏み入れた

 

プライドとルドラが居た場所、そこには、瓦礫に腰を下ろして悠然と煙草を吹かすプライドと、柱にもたれ掛かり血を流すルドラの姿があった。

 

座り込み、タバコを吹かすプライドの姿が視界に入った瞬間、ほんの一瞬だけ感心した表情をしたが、それもすぐ元に戻った

 

京介

「……よぉ……久しぶりだな……」

 

プライド

「クリムゾンインパクトの生き残りか……しばらく見ないうちに、随分と鋭い顔になったな」

 

動じない京介。

プライドの顔を見た瞬間、あの忌まわしい雑居ビルの占拠事件が脳裏をよぎる。

一般人数十人の犠牲、5ktの爆弾、そして二人の重傷者。

 

京介

「途中で見た事のある三下がノビてたぜ……」

 

プライド

「……ふんっ、構わん……アスモデウスもいたはずだがな」

 

京介

「そっちもノビてる」

 

それを聞いてプライドは鼻を鳴らし、愉快そうに笑った。予想通りなのか、それとも目の前の男の凶行に感心したのか。

京介は笑うプライドを横目に、柱の影で息絶え絶えのルドラへ視線を向ける。

 

京介

「こいつは誰だ?仲間なら、なんでこんなことになってる?」

 

プライド

「……ソイツは通りすがりのエメラルドドラゴンだ……」

 

プライドのそっけない返答

京介は興味なさげに鼻を鳴らすと、じろりとプライドを睨み据えた。

 

京介

「……ところでよう……わざわざうちの隊員を攫って、無事で済むなんて思ってねぇよなぁ?」 「あそこまでボロボロにされて、笑って終わらせる気はねぇぞ……」

 

京介がそう言うと、両足を踏みしめ、地面がミシリと悲鳴を上げる。

それを気にもせず、プライドはゆったりと煙を吐き出した。

 

プライド

「……火の能力者が、歴史の中で何人生まれたと思う?」

 

唐突な質問にも、京介の表情は微塵も揺らがない。

 

京介

「……知るか……俺以外は一人しか知らん……それもお前らに殺された」

 

プライド

「……あぁ、クリムゾンインパクトの時の奴か……」

 

質問の意図が見えない

京介は苛立ちを隠さず、喉の奥で唸るように言った。

 

京介

「おしゃべりがしてぇのか……?」

 

プライドはその問いを無視し、愉悦を滲ませた声で続ける。

 

プライド

「最強と謳われる能力者の多くは、歴史的に見てもBLITZの中に収まっている。だが、……BLITZという枠組みの外に、本当に『規格外』が隠れていないと断言できるか?」

 

京介

「……居たところで、関係ねぇ……」

 

その即答を聞いた瞬間、プライドが肩を震わせて笑い始めた

まるで京介が、己の運命に気づかぬまま自ら破滅へ歩み寄る姿が愛おしくてたまらない、とでも言わんばかりに。

 

プライド

「火の能力者は歴史の中でも、BLITZから危険視、重要視されてきた、故に常に監視の目を置き、それを管理しようとしている」

「だがそのBLITZの統制から逃れる者が、今までいなかったと思うか?」

 

カション……シュボ……

 

プライドの話を聞きながら、京介は悠々とタバコに火をつける

大きく一息吸い込み、ゆっくり煙を吐き出す

 

京介

「……その話は休憩が入るやつか?……」

 

目の前の男の余裕に、プライドが肩を震わせ笑いを堪えられずに言う

 

プライド

「そう言わずに、少し付き合えよ……」

 

微動だにせず変わらずタバコを咥えながら、呆れたようにため息を着く京介

 

プライド

「そもそもなぜ強力だと言う理由だけで、BLITZが火属性の能力者を管理する必要があると思う?」

「……答えは単純だ、俺たち火属性の能力者は、世界を滅ぼせる……」

 

拳を握りながら、京介に向かって突き出し、嬉々とした表情で続ける

 

プライド

「BLITZは勝手に火属性の能力者を危険視し、何もしないのにそれを抑制、管理しようとしている……何が起きるか分からない……そう公言している……」

「だが怠慢なBLITZのせいで、それすらもまともに出来ていない、本来非能力者を守る立場にある能力者達が、平和な世の中で怠慢を貪り、能力を使えない者が泣きを見ている」

「それならば、そんな使えない組織ならば、無いのも同じとは思わんか?……」

 

プライドの問いかけに、変わらずタバコを吹かしながら見つめる京介

大きく吸い込んだ煙を吐くと同時に、言葉を投げる

 

京介

「……終わりか?……」

 

吐き出された煙が、二人の間に漂う殺気をかき消すように揺れる。

 

京介

「お前の言ってる意味は理解できるし、やりたい事も分からんでもない。だがな……それが俺の身内に手を出していい理由には、ならねぇんだよ」

 

隠すつもりのない感情を、苛立ちを顕にしながら話し出す

 

京介

「組織だ思想だ、そんなものはどうでもいい。俺の人生の邪魔をするなら、BLITZだろうが何だろうが喜んで敵に回してやる。……お前らの勝手な野心に、人を巻き込むんじゃねぇよ、他所で勝手にやってろ……」

 

京介のその答えに、呆れたように笑うプライド

ひとしきり笑い終わり、大きく息を吸い込みながら話す

 

プライド

「やはりお前には言っても無駄か……ならば力ずくで従って貰おうか……」

 

そう言いながら立ち上がるプライド

その身体には、深紅の炎を纏い、殺意すら隠さない瞳でまっすぐ京介を睨みつける

 

京介

「やってみろよ、お前如きが出来るもんならな」

 

言葉とは裏腹に、構えもせずにプライドを見据える

その表情は、いつもの軽口を叩く飄々とした様子ではなく、目の前にいる男に全ての殺意を向けていた

 

プライド

「驚かないのだな……炎を使える者がいる事に……」

 

京介

「……聞こえなかったか?……知った事じゃねぇ……」

 

その言葉に、フンッと鼻を鳴らしたかと思うと、プライドの姿が消える

刹那、姿を現した時には、京介の眼前に迫っていた

 

炎を纏った拳を、京介の顔面に叩きつけるプライド、その衝撃で、その場の全てが吹き飛ぶ程の暴風が吹き荒れる

砂埃が舞い、何も見えなくなった

 

それが晴れた時、プライドの眼前に映ったものは、微動だにせず、先程と変わらず構えも防ぎもせず、余裕を携えた京介の姿

 

京介

「……こんなもんで、俺に勝てる気でいたのか?……」

「……こんな……こんな情けねぇもんで……」

 

殺意が消えないまま、プライドの腕をゆっくりと掴む

腕を抜こうと動くプライドが、異変に気付くが腕が解けない

もがいて外そうとしても、緩むどころかどんどん腕を掴む力が強くなっていく

 

プライド

(……!何……)

 

京介

「……BLITZを壊滅させようなんてほざくやつが……俺に鼻血の一つも出させる事が出来ねぇクセに……俺の身内をどうにかしようなんてなぁ……」

 

ミシッ……

 

掴む腕がどんどん締め付けられて行く、並の能力者なら既に骨が砕かれている程の腕力

蛇に締められる様にゆっくりと、その力が緩む事はない

 

京介

「……俺が死んでから考えな」

 

その言葉と同時に、ドカンと言う炸裂音とも、衝撃音とも取れない音が響き渡り、京介が拳をプライドに向けてねじりこんだ

インパクトした瞬間、プライドの身体がありえない速度で、広い地下空間の反対側まで吹き飛ぶ

 

凄まじい威力で吹き飛ばされたプライドは、体勢を立て直す事も、その拳を防ぐ事も出来ず、壁の中にめり込んだ

 

ガコォン!という音と共に、壁が崩れ、そこに押しつぶされた

 

プライド

「……なっ……」

 

プライドが何をされたのか理解できないうちに、京介の手が喉元にあり、そのまま地面に叩きつけられていた

 

床が砕け、プライドがめり込む

頭を叩き付けられ、意識が朦朧とする

 

京介

「……この程度で……誰に手を出した?……」

 

目の前の男の異様さに、改めて気付く

だが、それ程までの力の差を見せつけられているにも関わらず、プライドにはまだ余裕が見て取れる

 

プライド

「フフッ……ハハッ……アーッハハハ!」

 

唐突に笑い始めたプライドを、何も変わらずただ黙って見下ろす京介

プライドがひとしきり笑い、立ち上がるのを見ながら佇んで居た

 

プライド

「……これ程までに差があるとはな……お前を殺せれば、実質の無敵という訳だな……」

 

京介

「……殺せればな……」

 

ほんの数秒程の静寂、再びプライドが炎を纏い、京介に襲いかかる

先程より強く、その威力は周りの石塊すら溶解させる程の熱量を持つ

 

並の能力者ならばひとたまりもないであろうその一撃を、真っ向から受け止め、無傷のまま立っている

それだけでは終わらず、続け様に追い打ちをかけるプライド

 

京介に向かい、何度も何度も炎をぶつける

鋭利な炎で焼き切り、炎の竜巻を起こし、拳に纏わせて殴りぬける

 

その動きは、誰の目にも映らない程に素早く、止める事すら叶わない

 

トドメと言わんばかりに、最後の一撃を加え、その周りには異様な熱気と、溶解した鉱石の煙が充満していた

 

ようやく煙が晴れ、京介が姿を現す

 

その光景を目にしたプライドは、信じられないものを見た事に、驚愕して身動きが取れなかった。

 

衣類は焼け焦げ、剥がれ落ちている

だが京介の身体は、多少の焼け跡はあるが、ほとんど綺麗なまま、ただ静かに冷めた目でプライドを見据えていた

 

京介

「……これがお前の全力か?……」

 

一息分のタバコの煙を吸い込み、そのまま吐き捨てる、その小さな火花が、周囲の溶解した鉱石の上で消える。

 

京介

「……お前らが殺した司さんは……こんなもんじゃなかった……」

「……こんなに……弱くなかったぞ……」

「こんなもんで……こんな程度で……誰に喧嘩売ってるか分かってるんだよなぁ……」

 

地の底から響き渡りそうな深くドス黒い声に、竦むプライド

自分は一体何を相手にしているのか?

幾らBLITZの総隊長だとしても、これ程までに異質な人間は見た事がない

 

薬で強化した試験体、その発案者のマモン、実験を続けたベルフェゴール、ベルゼブブ、完成させたラース、それらのどれよりも狂気を孕み

 

今まで見た事の無い憎悪を持ち合わせ、清々しい程に心地よい殺意をぶつけられている

 

自身の浅はかさを悔やんだ

BLITZを壊滅させる事は簡単だと考えていた

だが目の前にいるBLITZの総隊長は、この世の全ての混沌を混ぜ合わせた様な恐ろしさを持ち合わせている

 

今までBLITZなどと言う矮小な組織など、すぐに壊滅出来ると考えていた

本気になれば、世界の理を変えれると自負していた

だが目の前のこの男はなんだ?

 

今まで会ったどの能力者より、どんな炎使いより、暗く、怖気がする程深い……

 

この男には勝てない……

 

本気でBLITZを壊滅させたいならば、この男を味方につけなければ行けなかった

この男のテリトリーに踏み入れてはいけなかった

 

立ち竦んだまま、プライドが固まったままでいると、京介が口を開く

 

京介

「本当の炎を見た事があるか?……」

 

そう言うと、京介の身体からドス黒い炎が一気に立ち上る

漆黒と言うにはあまりにも暗く、感じた事の無い熱量

脚元の石塊や鉱石が瞬く間に融解、蒸発し、近付く事すら出来ない炎

 

京介の周りだけは、その炎のせいで全ての生命が消え失せる

酸素も無く、光も無い、恐ろしく深い漆黒の炎

 

炎が揺らめいている部分だけ、黒すぎて何も見えず、そして感じた事の無い熱量が肌を焦がしている

同じ炎を使う者として、これ程までに性質が違うものは、1度たりとも見た事が無い

 

京介

「……もう一度来いよ……」

 

挑発的にプライドを誘う京介

手で招きながら、どこからでも来いと言わんばかりに余裕を見せる

 

息を飲むプライド

誘う姿は隙だらけで、何処からでも攻撃が通りそうに見えるが、得体の知れない、見た事のない黒い炎を警戒し、迂闊に踏み込めないでいる

 

その姿を見ながら、京介がゆっくりと間合いを詰める

 

京介

「さっきの威勢はどうした?……力ずくで従わせるんじゃ無いのか?……」

 

抑揚のない、しかし底冷えするほど低い声だった

両手を広げ歩み寄る姿は隙だらけだが、歩く度に足元から黒い炎が立ち上り、コンクリートの地面に焦げ付いた足跡を刻んでいく。

 

これまで「世界を焼き尽くす」と豪語していた炎が、今や自分の手元で震えている

今まで傲慢だったプライドにとって、この圧倒的な「格の違い」を突きつけられることこそが、地獄にも等しい屈辱だった。

 

喉を鳴らし、再度身構える

普段なら、この程度の誘いに乗ることはないしかし、彼の本能は告げている。

この漆黒の炎に触れることが、自分の能力者としての、いや生物としての終焉を迎える事になると

 

プライド

「……星崩しの名は伊達では無いようだな……」

「……だが、貴様程度の事など、俺にも容易い!」

 

その言葉と同時に、プライドの身体を深紅の炎が包み込む

今までが嘘のような業火が立ち上り、全てを飲み込む程に巨大で、触れる物が全て焼き尽くされる程の熱量を生む

 

プライド

「こんな星など消し飛んでも構わん!貴様を道連れにしてもなぁ!」

 

京介の炎の異質さを目の当たりにし、正攻法では勝てないと踏んだのか、自爆覚悟で刺し違えてでも倒そうとした

金星と言う惑星を道連れにし、全てを消し去ろうとする

 

全てが紅く染まり、プライドを中心に炎が広がる

その炎は周りの全てを引きずり込み、消し去ろうとしていた

 

この男に勝てれば、自分の命など惜しくは無い

そう考え、自身の持てる全てを解き放つ

全ての音が消え、深紅の色しか存在しない世界

 

プライドは、自分の存在そのものを燃料にして炎を膨張させた

金星の核すら溶かしうる、破滅的な熱量

しかし、京介はそれを見つめ、ただ困ったように溜息をついた

 

その瞬間、京介から放たれた黒い渦が、太陽をも飲み込まんとするプライドの業火を、まるで水が火を消すように、いや、もっと根本的な『消滅』という形で飲み込んでいった

 

その有り様を目の当たりにし、今まで全てを焼き払って来た自分の炎が、目の前の男には通用していないのを、信じる事が出来なかったプライドが、声を絞り出し、やっとの事で放った一言

 

プライド

「……バケモノめ……」

 

何度聞いただろう、何度言われただろう、心無いものからの、畏怖と恐怖の言葉

それを悲しそうに聞きながら返す

 

京介

「……そのセリフは聞き飽きた……」

 

そのまま漆黒の炎は、プライドごと周りをゆっくりと飲み込み、その闇の中に消える断末魔すらも、静かに溶かしていった、その後には、何も聞こえない静寂だけが残った

プライドの炎も、プライド自身も、初めからそこには何も無かったような静けさだけが残る

 

カション……シュボ……

 

表情が分からないまま、胸ポケットを探り、タバコを取り出し、ゆっくりと火をつける

 

京介

「……喉……乾いたな……」

 

タバコの煙をくゆらせ、物憂げに吹ける京介

何かを考えながら佇んでいる

その表情は、悲しさとも情けなさとも取れた

 

一方、少し離れた柱の影。

 

凄まじい爆発音と熱量がピタリと止み、後に残ったのは、肌がヒリつくような冷たい気配だけだった。

 

血だらけで壁にもたれかかっていたルドラは、ごくりと喉を鳴らす。

(……終わったのか……? プライドの気配が……ない……)

 

圧倒的な格上の存在が文字通り「消失」したことに対する言い知れない恐怖。

誰が勝ったのか、あるいは相打ちになったのか。

(……あのBLITZ……まさか……)

 

息を潜めて闇の先を凝視するルドラの視界に、音もなく、しかし底知れぬ重圧を纏った人影が佇んでいる

 

それは、タバコの煙を静かに燻らせた京介だった。

 

どれくらいの時間そうして居ただろうか、タバコの火が指を焼く程に短くなっていた

それを指で弾くと、ツカツカと歩き出す

その先には、血だらけで壁にもたれかかったままのルドラがいた

 

京介

「……なぁ、気がついてんだろ?」

 

その呼びかけにゆっくりと身体を起こし、京介に視線を向けるルドラ

 

ルドラ

「……バレていたか……」

 

意識はあるものの、見た目通りの重症を負っているルドラは、ゼイゼイと荒い息を押さえながら答える

 

しゃがみこみ、目線を合わせて話す京介

 

京介

「なんでそうなった?……」

 

先程まで、殺意の塊のような姿だった男は、冷酷さが削がれた声色で話しかけ、その姿にルドラはなぜ自分に何もしないのか、疑問をぶつけた

 

ルドラ

「……なぜ……トドメを刺さない……」

 

京介

「……別に俺に何もしてねぇだろ……」

 

フフッと笑い、痛む身体を押さえながら立ち上がろうとするが、思いの外プライドに痛めつけられていた為、苦悶の表情を浮かべ、再び座り込む

 

それをただ見つめていた京介は、ウエストバックを探り、注射銃を出し、問答無用でルドラに打ち込んだ

 

ルドラ

「な!……」

 

京介

「……ただの痛み止めだよ……」

 

殺意の塊のような男が、痛み止めを初めて会った、しかも敵対組織の男に使う、そんなありえない事が信じられないルドラは、警戒し、身構え、身体に何が起こるか待った

 

だが実際は、みるみるうちに痛みが収まり、手を握りしめ、立つことが出来る程に痛みが引いた

 

ルドラ

「なぜこんな事を?……」

 

驚愕した表情で京介に問いかける

 

京介

「少し話が聞きてぇだけだよ、とりあえず俺の目の前では何もしてねぇから、話聞いたら帰って良いよ……」

 

ルドラ

「……仮にしていたら?……」

 

答えはもう既に分かっている、だがルドラの好奇心で聞いてみたくなった

恐る恐る、伺うように聞く

 

京介

「殺す」

 

清々しい程の明瞭な答え、分かりきった事を聞いた事と、馬鹿な質問をした自分を笑った

 

ルドラ

「ハハッ……そうだろうな……無駄な質問だった……」

 

先程の殺意は見えない、だが明確に警戒を解かず、いつでも自分を仕留められる京介の質問に、諦めて答えようと投げかける

 

ルドラ

「何が聞きたい?、答えられる事なら応えよう」

 

京介

「何しに来た?」

 

ルドラ

「奪われたものを取り返しに」

 

京介

「なんでそんなに負傷している?」

 

ルドラ

「お前が相手をした男にやられた」

 

京介

「あっちの女の子に、何かしたか?」

 

あっちの女の子、おそらく先程逃がした女の事だろう、先程の会話は聞こえていた

アスモデウスと衝突したのか?

 

だがこの男は逃げた方から歩いて来た

不安要素を考えながら、ルドラは口を開く

 

ルドラ

「……無事なのか?」

 

京介

「……多分」

 

不安げに多分と言う京介、生きてはいるが、無事とは言い辛い状況なのだろうか?

その一言に、何かを考えながら本来の質問に応える

 

ルドラ

「俺は何もしていない」

 

その質問を最後に、ルドラの瞳をまっすぐ見据え、しばらく後、再びウエストバックから痛み止めを出し、注射した

 

京介

「質問は終わりだ、あとは好きにしな……」

 

ルドラ

「……何を取り戻しに来たか、聞かないのか?……」

 

ルドラの言葉に一瞬宙を見るが、興味が無さそうに答える

 

京介

「別に俺たちに害のあるもんじゃねぇだろ?それと、お前はそんな小細工する柄には見えねぇからな……」

 

そう言うと、そのまま紗夜とフリージアの元に歩いて行く

その後ろ姿を見つめ、思いに耽るルドラ

 

ルドラ

「……小細工をする柄には見えんか……」

(……殺意の塊かと思えば……本当に質問だけで終わらせたな……)

 

動ける程度に痛みが無くなったルドラは、ゆっくり立ち上がり奥へと進んで行く

痛みが抑えられたとは言え、殆ど致命傷に近い重症を負ったルドラは、薬が切れる前に目当てのものを奪取しようと、歩みを進めた

 

先程まで、紗夜が捕えられていた場所のさらに奥

完全に閉ざされた空間の収容室の前で足を止める

 

どんな金属で出来ているのか、鉄でもチタンでも無い金属の扉

取っ手に手をかける、鍵の掛かった扉に向かい、先程のBLITZの隊員に少しばかり感謝をする

(……痛み止めのおかげで開けられそうだな……)

 

渾身の力を込め、かかっている鍵をこじ開ける

バキンッ!と言う音と共に、ゆっくりと扉が開く

 

その扉の中には、少女がいた

 

目が見えないのか、瞼を閉じ、両手を鎖に繋がれて、足が動かないのか、座ったままで囚われていた

 

扉の開く音に反応し、声を上げる

 

少女

「……だ……だれ?……」

 

怯えながら問いかける姿は、何をされるか分からない様子で、震えている

 

ルドラ

「……大丈夫か?、迎えに来たぞ……」

 

少女

「オ……オジサン?……」

 

ルドラの声を聞いた瞬間、安心したのか涙声になり、堰を切ったようにように泣き始めた

その姿に、安心させるように近寄り、少女を抱きしめ頭を撫でる

 

ルドラ

「遅くなってすまなかった、もう安心だ……何も心配するな……怖かったな……」

 

ルドラの言葉に頷くしか出来ない少女

それをただ優しく、安心させる事しか出来なかった

 

少女

「……こ、怖かったよぅ……オジサン……」

 

精一杯に絞り出した言葉、それを宥めるように、ただ抱きしめ、背中をなで続けるしか出来ないルドラ

 

少しの間、少女が落ち着くまでそのままでいたが、身体の痛みを思い出し、脱出しようと少女を抱き抱える

 

ルドラ

「……帰ろうか……」

 

少女

「……うん……帰りたい……」

 

そのまま元来た道を戻り、自身の乗ってきた船がある空中都市に向かって歩いて行く

 

 

──時を同じくして。

金星の分厚い大気圏の雲を切り裂くように、もう1隻のBLITZの高速艇が侵入していた。 医療設備を搭載した専用機の中で、疲弊した表情の秋浩と菜琉がコクピットの計器を見つめている。

 

緊張と呆れが入り混じった溜息を吐きながら、秋浩は高速艇のスピードをさらに上げる。

――地上で何が起きているかを知る由もないが、彼らの全速前進が、確実に「終わった後の世界」へと近づいていた

 

 

 

秋浩

「……やっと着いた……」

 

菜琉

「お……お疲れ様……」

 

疲弊した表情の二人、暗い顔で疲れている秋浩と、不安気な菜琉の姿が見える

 

秋浩

「……大人しくしない事を考慮しなかった俺の責任だった……スマン……」

 

菜琉

「秋浩くんは悪く無いから、きちんとお仕事してたじゃない?……」

 

不穏な会話をする二人

 

秋浩

「まさかシャワー浴びてすぐいなくなるとは思わんかった……計算外だったわ……」

 

そう言う秋浩は、本部でのやり取りを思い浮かべ、頭を抱える

 

 

数時間前

BLITZ本部

 

総隊長室で、伽耶の食事を急いで終わらせた秋浩が、不意に伽耶へ質問する

 

秋浩

「なぁ?……京介遅くねぇか?……」

 

伽耶

「……だよね?」

 

秋浩

「……ちょっと見てくるわ……」

 

伽耶

「お願い……」

 

嫌な予感を感じつつ、シャワー室へ様子を見に行く秋浩

数分部屋で待っていた伽耶の耳に、バタバタと足音が聞こえた

 

秋浩

「野郎!行きやがった!」

 

伽耶

「えっ……」

 

慌てた様子の秋浩と伽耶の元に、通信が入る

ようやくアメリカ支部から戻って来た菜琉からの通信だった

 

菜琉

「お疲れ様、もうすぐ着陸するから、5分くらいで合流出来るよ」

 

その通信を聞くやいなや、菜琉に叫ぶように返事をする秋浩

 

秋浩

「菜琉!そのまま乗り換えて高速艇の準備してくれ!京介追いかけるから!」

 

菜琉

「えっ?」

 

秋浩

「野郎、一人で行きやがった!」

 

菜琉

「……やっぱりかぁ……」

 

呆れとも諦めとも取れる表情で天を仰ぐ菜琉

そのまま腕で顔を覆い、表情が分からなくなるが、見える口元には笑みが浮かんでいた

 

そのまま慌ただしく金星に向かう二人

眠っている香奈恵の事を頼み、本部での待機を命じられた伽耶

本部に置き去りにされたことに文句を言いながら了承し、おもむろに総隊長室の冷蔵庫を漁る

 

伽耶

「……秋浩も大変だよねぇ……」

 

総隊長室で京介の隠していたケーキを突きながらボソリと呟いく

 

 

 

金星

空中都市 離発着場

 

秋浩

「なぁ?、さっきセンサーに熱源写ってたんだけど……アイツだよな……」

 

菜琉

「……そんなに大きかった?……」

 

秋浩

「大きかった……」

 

菜琉

「……なら間違い無い……よね?……」

 

BLITZの高速艇のセンサーに映る程の熱源の理由に、二人とも頭を抱える

金星の採掘で起こる熱量は、大きくても小規模の爆発程度、秋浩が気にする程度の大きさではない

 

それが菜琉に相談する程大きかったと言う事自体が、不安要素を募る原因になる

 

重い気持ちを引きずりながら、着陸した高速艇から医療用器具を抱え、菜琉が走り出す

地下に向かうエレベーターの前で、もどかしく数字を見つめる

 

直接地上に降りても良かったが、高速艇の装甲が酸性の雨に耐えきれない

多少時間がかかっても、対装甲の船を使えば良かったかと秋浩が顔をしかめる

 

エレベーターが開き、二人が急いで乗り込む、アメリカから帰路に着いた菜琉は、秋浩以上に気が急いていた、地下に到着する少しの時間が、果てしなく長く感じる

 

菜琉

「……何も無ければ良いんだけど……」

 

秋浩は菜琉の肩に手を置き、安心させるように声をかけた

 

秋浩

「……フリージアも京介も、BLITZの隊員だ……」

 

菜琉

「……うん……」

 

地下に到着するまで、エレベーターの中には不安と緊張に包まれていた

階数をじっと見つめ、気を紛らわせる

しばらくして、ようやく地下に到着し、エレベーターの扉が開いた瞬間、二人の目に写った光景

 

採掘場跡のはずが、キチンと整備され、基地としても使える強固な要塞

 

菜琉

「えっ……金星の地下って、こんな風になってるの?……」

 

秋浩

「……いや、こんな作りじゃねぇはずだ……」

 

異質な情景に呆気にとられながら、警戒しながら歩を進める二人

しばらく歩いて行くと、大きな広場に出るが、一面瓦礫に埋もれていた

 

秋浩

「……なんだこりゃ……」

 

秋浩が周りを見渡し、驚いていると、菜琉が急に叫びながら走り出す

 

菜琉

「フリージア!紗夜ちゃん!」

 

その声を目で追い、菜琉が走り出した先に見えたものは、炎に包まれた紗夜とフリージア、そして瓦礫に座り込み、頭をもたげる京介

 

秋浩

「京介!」

 

菜琉

「待って!フリージアも紗夜ちゃんも燃えてる!早く消さないと!」

 

着ていた隊服を二人に被せ、急いで消火しようと焦る菜琉に向けて、京介が疲れたように話しかける

 

京介

「心配すんなよ……そりゃ俺の能力だ……二人の治療、してやってくれ……」

 

菜琉

「えっ?」

 

そう言われてハッとする、全く熱を感じない

恐る恐る炎に手を伸ばし、確かめる

 

ほんのり暖かい程度で、燃える事も焼けることもない炎に包まれている

 

菜琉

「コレは……」

 

京介

「説明は後でするよ、フリージアから見てくれ……」

 

その言葉に、頷きながら二人を見る

フリージアは生きてる事が不思議な程の重症だが、辛うじて息はある

急いで医療用機材を展開し、治療にあたる

 

横目で紗夜を見ると、呼吸が落ち着いているが、怪我が酷い

身体の所々に内出血が見える

触って見ると、筋肉が断裂していた

 

眼球も紅く染まり、瞳孔も開いている

どちらも予断が許さない状況

精一杯治療するが、何もかもが足りない

 

そんな菜琉の焦る気持ちを察するように、京介が手を握り、菜琉に向かってまっすぐな瞳で語りかける

 

京介

「……お前の能力を使え……」

 

京介のまっすぐな瞳を見つめ返し、意を決して能力での治療を施す

 

フリージアの身体がみるみる回復する、危うかった呼吸も安定し、外傷も無くなっていった

続け様に紗夜にも治療を施す

 

紗夜とフリージア、二人の傷が完治し、一息付いた菜琉は、京介に目をやる

先程と変わらず、タバコを咥えながら、静かに佇む姿のまま、そこにいた

 

京介

「……済んだか?……」

 

黙って頷く菜琉は、京介の身体も診療するが、二人を連れて先に戻れと言う

 

菜琉

「……京介くん?……」

 

京介

「……俺も……すぐ戻るからよ……」

 

唯ならぬ雰囲気に、菜琉も秋浩もその言葉に従った

紗夜とフリージアを連れ、高速艇の離発着場まで戻る

 

秋浩

「……空中都市にいるからな……戻れよ……」

 

多くを語らず、秋浩が放つ言葉に、俯いたまま片手を挙げて返事をする京介

 

金星の地下奥深く、瓦礫の山に腰を下ろし、タバコを咥えながら深くため息をつき、俯いたまま佇む一人のBLITZの姿がそこにはあった

 

 

 

 

 

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