ANGEL WALTZ   作:とくめい

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case20【置き去りの咎(とが)】

 

 

金星の地下500mにあった、スカーレットスコルピオの拠点。

そこで起きた一連の夜千与 紗夜の拉致事件が、西島 京介の単独行動と、厄災に相応しい能力により解決した。

 

だが、一番解決したかった本人が、地下の瓦礫の中に佇みながら、悲しげな表情を浮かべていた。

 

図らずも前総隊長、五条 司を死に追いやった組織の大部分を壊滅させた

――それ自体は本来喜ばしい事だ

だが、今の京介の背中は、酷く小さく見えた。

 

スッキリと晴れない自身の心に、自問自答を繰り返す。

 

(……弱い……弱過ぎる……)

 

自身の事を導いてくれた、兄にも等しい人間を、こんな弱い者達に殺された。

それが許せなかった。自分が勝てる能力者に、大切な人を殺されてしまった。

 

五条司、そして亜紀。 二人を自身の弱さで失ったこと

こんな弱い連中に、紗夜やフリージアに手を出させてしまったこと。

すべての責任を、京介は一人で抱え込んでいた。

 

京介

「……情けねぇ……」

 

呆れたように、吐き捨てるように言葉を捻り出す。 タバコを咥えた顔には、涙の筋が流れていた。

 

カツンッ……

 

佇む京介の耳に、石を蹴る音が聞こえる。 動かない京介に向かって、心配そうな声が投げかけられた。

 

「……京……介くん?……」

 

沙耶麻菜琉――医療班総班長。

フリージアと紗夜を、秋浩と共に託したはずの彼女が、京介の様子を気にして戻ってきたのだ。

 

京介

「……菜琉か……二人は大丈夫か……?」

 

俯いたまま尋ねる京介の隣に、菜琉はペタンと腰を下ろす。

 

菜琉

「うん……秋浩くんにお願いしたから……」 

 

京介

「……そうか……」

 

短い沈黙。いたたまれない空気を破るように、菜琉が静かに口を開く。

 

菜琉

「あのね……京介くんの責任じゃないよ」 

 

京介

「……俺が強ければ……こんな事にはならなかった……」

 

菜琉

「そうじゃない……そうじゃないよ……京介くんがいない所を狙われたんだよ……」

 

京介

「俺がもっと強ければ、そもそもそんな気も起きなかった……!」

 

子供のように言い張る京介の頬を、菜琉が強めに手のひらで挟み、無理やり自分の方へ向かせる。 その瞳はまっすぐ京介を見つめ、今にも泣き出しそうなほど切実だった。

 

菜琉

「悪い事をする奴は、相手がどれだけ強かろうと関係ないの。京介くんが弱いからじゃない!……あの二人は、京介くんが悪いなんて欠片も思ってない。それはわたしも、秋浩くんも一緒だよ」

「……京介くんがいくら自分を否定しようと、わたし達はそれを否定するよ、あなたのお陰でみんな助かってるの!」

 

そう言って、京介の身体を強く抱き寄せる。 今にも壊れそうな心を、必死につなぎ止めようと温もりを伝える、ほんの少しでも、できる限り温かさを伝えようと

 

菜琉

「……許せないんでしょ? 亜紀さん達の事があるから……」

「でもね……京介くんが自分を許せなくても、私達はずっと一緒にいるよ。迷惑なんて思って無いし、辛いなら何度でも抱きしめる。いなくなろうとしたって、私が何度でも探し出すから……」

 

幼少期からずっと共にあった仲間たちの、どんな事をしてでも京介を人として繋ぎ止めるという覚悟。

それを痛いほど分かっているからこそ、京介はそれ以上言葉を返せず、ただ菜琉に抱かれたまま、こぼれる涙を止めることができなかった。

 

 

 

一方その頃、空中都市に停泊している高速艇の中。

紗夜とフリージアの容態を確認しながら、秋浩は二人が負っていた痛ましい傷跡を思い返していた。

今は船内で静かに寝息を立てているが、自分達が到着する前に、あの地下で一体どんな惨状が起きていたのか。

 

秋浩

「……このちみっ子は……心配かけよってからに……」

「紗夜ちゃんも一緒なのは、不幸中の幸いだったな……」

 

紗夜とフリージアの顔を撫でながら、安堵の表情を浮かべ、同時に無事で帰ってくれた幸運を噛み締めた

 

秋浩

「……しかしまぁ、なんでまっすぐ金星に来たんだろうねぇ?、起きて聞ければ聞いてみるか……」

「……聞けるかぁ?……」

 

自身が京介程好かれてないと思っている秋浩は、頭を掻きながら話を聞けるかどうかを不安がっていた

 

 

図らずも金星にあったスカーレットスコルピオの拠点に、その大部分の戦力が密集していた事により、一網打尽に壊滅させられた

 

しかし、スカーレットスコルピオ自体を無くせた訳では無く、残りがどれ程居るかは分からない

だがこの事件が、BLITZの上層部にとっても、重要な事象になった事も事実である

 

 

 

 

数日後

BLITZ本部 統括管理室

 

そこには、BLITZの上層部を担う者たちが重々しく顔を揃えていた。

日本の本部や各支部、さらには海外支部の支部長や副支部長たちが、長大なテーブルを挟んで向かい合っている。

 

東京支部、支部長

「先のスカーレットスコルピオの掃討作戦により、組織の主要戦力は大幅に減殺されました。とはいえ、残党が完全に消滅したと見るのは早計でしょう」

 

ロシア支部、支部長

「……しかし、それを本部の総隊長が単独で成し遂げるとは……功績は認めるが、組織の長としての規律はどうなっているのやら……」

 

大阪支部、支部長

「固いこと言いなや。西島のお陰でどれだけの隊員が救われた思とるんや!問題はそこやないやろ!」

 

金星での事象を巡り、上層部たちの間で喧々諤々の議論が交わされる。

その焦点にあるのは、組織の牙城を壊滅させた多大な戦果と、総隊長という立場でありながら単独行動に走った「危うさ」の天秤だった。

 

圧倒的な武力を持つ「西島京介」という異能の存在と、対能力者特別攻撃隊の「総隊長」という肩書。

その二つが同一人物であるという事実を、組織の上層部はどれほど重要視しているのか。

 

片やお節介で我の強い、どこか危うい男。 片や、世界を相手に渡り合える最強の厄災。

 

それが一人の人間として同居していることに、誰もが複雑な思いを抱いていた。

 

局長秘書

「皆様、お静かにお願いいたします。お手元に資料をお配りしておりますが――『BLITZ狩り』と『スカーレットスコルピオの殲滅』、この二つの大規模事案がわずか二日の間に片付けられました。……さて、この中の支部で、同じ偉業を単独で成し遂げられる方はいらっしゃいますか?」

 

局長秘書の冷徹な問いかけに、京介の気質を熟知し庇護する者たちを除き、場の一同が一斉に口をつぐむ。

 

局長秘書

「確かに、総隊長の単独行動は手順として褒められたものではございません。しかし、忘れないでいただきたい。どちらの事案においても、我々BLITZの隊員たちが瀕死の重傷を負ってはいましたが。彼らを救い出し、これ程素早く根源ごと敵を断った――それこそが、本来もっとも評価されるべき事実ではありませんか?」

 

どこか紗夜を思わせる美しい秘書の冷静な一言に、各支部長たちや京介を疎ましく思っていた者たちが、言葉を失って口をつぐむ。

 

そこへ、おっとりとした口調の本部局長が割って入った。

 

局長

「まぁまぁ、その辺で」

 

局長秘書

「……失礼いたしました」

 

先程までの鋭い剣幕が嘘のように、局長のたった一言でスッと下がる秘書

代わりに、にこやかな笑みを浮かべた局長が話を引き継ぐ。

 

局長

「さて。アメリカ支部での『BLITZ狩り』ですが……実行犯は逃亡、と報告書にはありますな?、アメリカ支部長、詳しくお伺いしても?」

 

アメリカ支部、支部長

「……熾烈を極めた戦闘の末、一度は拘束したようですが、隙を突かれて逃げられたと、現地にいた総隊長および副隊長から報告を受けております。その時の戦闘は、副隊長自身も過去の傷が癒えぬ状況下での無理なものだったとか」

 

局長

「ふむ……。で、そちらの現場での死者は出ていないのですか?」

 

その問いに、アメリカ支部長は静かに頷き、局長をまっすぐに見据えた。

 

局長

「金星の事案にしても同様です。本部の総隊長によって拉致された秘書は無事救出され、いまだ昏睡状態ではあるものの、こちらも死者は出ていません」

 

イギリス支部、支部長

「総隊長の秘書が拉致されるなぞ、危機管理能力が疑わしいと言わざるを得ませんな。そもそも、なぜ金星に敵の拠点があると特定できたのか――その経緯が謎のままですが、そこはどう説明なさるおつもりか?」

 

局長

「まぁ……秘書の夜千与大尉に関しては、総隊長からの実質の休暇を言い渡されておりましてな、休息中では気も抜けるでしょう」

「それと、拠点云々に関しては、さすがに把握していませんな」

 

イギリス支部、支部長

「なっ……! そんな不透明なやり方で、対能力者特別攻撃隊の総隊長が務まると仰るのですか!」

 

重箱の隅をつつくようなイギリス支部長の物言いに、粗を探そうとする意図が透けて見えるが、局長も秘書も一切を意に介さない。

のらりくらりとかわす局長は、穏やかな笑みを崩さぬまま言い放った。

 

局長

「――務まっておりますな」

「クリムゾンインパクト以降、西島君が総隊長の任に着いてからは、我がBLITZの隊員に殉職者は一人も出ていません。ひとえに、彼が単独でホウボウを飛び回っているお陰ですが……イギリス支部の隊員たちも、その恩恵を大いに受けているはずでは?」

 

イギリス支部、支部長

「ぐっ!……」

 

局長

「規律や建前も勿論大事ではありますが、本当に大切なのは、隊員達を無事に家に帰す事ではありませんかな?」

「命のやり取りをしている隊員にも、家庭や家族はあります、それを蔑ろにしては、士気にも関わると思いますが、如何かな?」

 

その言葉に、一同が完全に口を閉ざす。 生きて帰すことが、過酷な任務に挑む隊員たちに対する最低限の礼儀であることなど、ここに座る者なら誰もが分かっているからだ。

 

局長

「――それでは、これより小一時間の休憩としましょう。皆様、食事でもなさってください。腹が減っては、余計なイライラも募るでしょうから」

 

そう言って、局長は悠然と立ち上がり、統括管理室をあとにする

秘書もまた、無言でその後を追うように退室していった。

 

本部の静まり返った廊下を並んで歩きながら、二人はひそやかに言葉を交わす。

 

局長

「……西島君の様子……偶然見かけました……まるで罪人かのように、悲痛な顔で嘆いているようでした……」

 

局長秘書

「……僭越ながら、彼に多少の休息を与えてみては如何でしょうか?」

 

局長

「……休息ですか……いっそ形式上の『停職処分』にでもして体裁を繕えば、うるさい方の支部長たちも矛先を収めるでしょうか?」

 

局長秘書

「全員が納得するとは思いませんが、少なくとも、粗探しをしたいだけの連中を黙らせる口実にはなるかと」

 

冷徹に政略を語り合うその声は、しかし不思議と、京介をどうにかして守ろうとする温かい響きを帯びていた。

 

 

 

同時刻

BLITZ医療班

医療棟 

 

 

金星から連れ戻された紗夜とフリージアの傷は綺麗に塞がっていたが、未だに二人は意識を取り戻さずにいた

能力の酷使、極端な体力の消耗、そして精神的なショック――様々な要因が推測されるものの、二人はいずれも穏やかな寝息を立てたままベッドに横たわっている。

 

その一角で、伽耶が腕を組みながら呆れたような息を吐いた。

 

伽耶

「ねぇ、菜琉。あんた京介に対して自分の能力を使ったんだよね?」

 

菜琉

「……うん……」

 

伽耶

「……で、何も異常はなかったと……」

 

菜琉

「いつもと……変わらなかった……」

 

伽耶

「……いや怖いわよ……ちゃんと検査もしたよね、あたし達で……」

 

菜琉

「三回……やったね……」

 

呆れたような、言葉にできない表情で二人は顔を見合わせる。

菜琉の能力――それは、他の生物から生命力を分け与え、致命傷すら治癒する奇跡の力。局長ですら知り得ない能力

 

その絶対的な代償として、本来であれば施療された人間は激しい虚脱感や肉体の衰弱に見舞われ、場合によっては衰弱死する

 

過去、アメリカ支部のゲインを治療した際は、大量の栄養剤を点滴し続け、それでも足りずに菜琉自身が倒れたほどだ。

 

だが、今回の紗夜とフリージアの治療時、京介は自ら菜琉の手を握り、「俺を使え」と願った

本来であれば生命力を吸い尽くされ、干からびて死んでもおかしくないほどの負荷がかかるはずだ。

それにもかかわらず、京介は治療が終わるやいなや「もう済んだか?」と平然と言い放ち、あまつさえ何事もなかったかのようにタバコをふかしていたのだ。

 

伽耶

「……で、結果は『異常なし』……」

 

菜琉

「……うん……」

 

伽耶

「怖いわっ……!一人でも治療したら死んでるよ?!……で、本人は今どこにいるわけ? さっきから姿が見えないけど」

 

菜琉

「今は、少し一人にしておいた方がいいかもしれない……。紗夜ちゃんたちのこと、全部自分の責任だって、今でもすごく思い詰めてるから……」

 

伽耶

「……これだから……脳筋ハゲが……!」

 

菜琉

(……ハゲ?!……)

 

何ともいたたまれない表情で悪態をつく伽耶だったが、その声のトーンに棘はない

彼女もまた、京介のどうしようもないまでの自責の念を痛いほど理解していた。

 

理解しているからこそ――何もしてやれず、ただ見守ることしかできない自分の無力さに、ひそかに歯噛みしていた。

 

 

菜琉、伽耶のやり取りより少し遅れ

BLITZ本部 屋上

 

本部の最上階。本来は立ち入り禁止区域とされているが、BLITZの隊員たちは基本的に素手で壁を登れる程度の身体能力を持ち合わせているため、そのルールの効力はあってないようなものだった。

 

そのだだっ広いコンクリートの床に、京介は大の字で寝転び、物憂げに空を仰いでいる。

 

五条夫妻の事、紗夜とフリージアの事、そして自分の事。

いくら考えても答えなど出ないというのに、自分を責めるためだけに、同じ思考のループをグルグルと巡らせていた。

 

纏まらない、まとめられない考えを無駄にこねくり回していると、カサリと足音がして、秋浩が缶コーヒーを片手に声をかけてきた。

 

秋浩

「……おい、アホ……」

 

京介

「アホ……w」

 

秋浩

「無理して繕(つくろ)うな……」

 

その言葉に、京介は何も返せず、ただ寂しげな笑みを返すだけだった。

 

秋浩は京介の隣に静かに腰を下ろすと、持ってきた缶コーヒーを一つ放り投げる。「サンキュ」と呟いてそれを受け取り、ゆっくり口に運んだ。

 

秋浩はどんな言葉をかければいいか頭を悩ませ、京介は何と言っていいか分からない。

 

付き合いの長い間柄ではあるが、それでも今の京介が心から納得するような言葉をかけてやれない自分をもどかしく思いながら、二人は並んで静かにコーヒーを啜った。

 

どれほどそうしていただろう

不意に、京介が掠れた声で呟いた。

 

京介

「……司さんってさ……強かったよな……」

 

秋浩

「……あぁ……俺らじゃ足元にも及ばなかったな……」

 

京介

「……亜紀さんもさ……強かったよな……」

 

秋浩

「……医療班なのに、俺は一度も勝てたことがなかったな……」

 

静かに、ただ事実を確認するように、記憶の中の強者たちの姿を淡々と口にする秋浩。

 

京介

「……スカーレットスコルピオの連中さ……弱かったんだよ……弱かった……」

 

秋浩

「……おう……」

 

京介

「……その弱ぇ奴らにさ……司さん達は、殺されたんだよ……」

 

秋浩は相槌も打たず、ただ黙ったままそれを聞いている。

 

京介

「……俺なんぞが、簡単に勝てる奴らに……司さん達を殺させちまったんだ……」

 

秋浩

「……」

 

京介

「……ダセェな……」

 

京介はきっと自身を責めて欲しいと願っている

痛いほどにそれを理解出来る秋浩は、あえて責める事をしない

 

人生の何回分の地獄を味わい、誰よりも隊員を気遣い、誰よりも前でその身を盾にする

そんな男を責められない

責められる筋合いも無い

 

そう思っている秋浩は、一息つきながら、言葉をかけた

 

秋浩

「……ダサイとは思わんが……お前何日帰って無い?……」

「……何日寝てない?……」

 

その質問に京介は答えず、コーヒーを黙って口に運ぶ

 

秋浩

「……お前の机の書類、全部目を通してたな……それに、隊舎の設備……全部直ってた……掃除とかよ……」

「……言い出したらキリねぇが……どうせ夜中にやってんだろ?……家に帰んねぇでよ……」

 

隊舎にある故障している設備や、清掃の必要な箇所が、ことごとく修理、清掃されている事、京介の仕事である書類の全てが、終わらせてある事を話す

 

秋浩

「……紗夜ちゃんとフリージアの事、心配なんだろうけどよ……」

「……忍ちゃん……心配してたぞ……妹に心配かけんのは、ダセェぞ……」

 

京介

「……おう……」

 

静かに短い返事を聞いた秋浩は、隊服のポケットをゴソゴソと探り、新たな缶コーヒーと共に一通の封筒を京介に手渡す

 

秋浩

「……ん……」

 

京介はその封筒を、何も警戒せずに開き、中にあった書類に目を通す

無言のまま読み進める京介に向かって、秋浩が補足のように付け加える

 

秋浩

「……形式上の停職処分だとよ……その封筒は局長の秘書に直接手渡された……」

 

秋浩の言葉を無言のまま聞き入れ、新しい缶コーヒーを開ける京介

 

秋浩

「……大っぴらには言えんが、給料はそのまま、BLITZにも出入りして良いとよ……」

「……多分だが、局長なりの気遣いだろうよ……お前が弱くてどうでも良かったら、そんな扱いもしねぇだろ?」

 

京介

「……」

 

秋浩

「今は少し休めよ……なぁ?総隊長……」

 

そう言いながら、京介の背中を軽く叩き、残っているコーヒーを一気に飲み干した

二人が見上げた空には、久しく見てなかった夕焼けが、酷く綺麗に写っていた

 

 

BLITZ本部 隊舎

 

すっかり日が落ち、慌ただしく隊員たちが往来する隊舎の廊下を、四番隊副隊長の香奈恵が栄養バーを齧りながら歩いていた。

 

そこへ四番隊の隊員が小走りで追いつき、香奈恵の足をとめる。

香奈恵はふわりと振り返り、相好を崩した笑顔のまま、首をかしげた。

 

四番隊隊員

「八神副隊長、三条総副隊長から伝言を預かっています」

 

香奈恵

「秋浩くんから?wなぁに?w」

 

そう言って笑う香奈恵の目の前で、隊員は手持ちの封筒から一枚の書類を取り出し、ひらりと見せた。

 

【BLITZ本部 対能力者特別攻撃隊 総隊長:西島 京介】

命令違反、及び単独行動につき、BLITZの規律に違反した為―― 『停職処分一ヶ月に処す』

 

その書類を、香奈恵はきょとんとした顔でまじまじと見つめた。

 

香奈恵

「……わかんないw」

 

おおよそ予想通りの反応に、隊員は慣れた手つきで噛み砕いて説明を始める。

 

四番隊隊員

「要するに、総隊長はしばらく長めのお休みをとるということです」

 

香奈恵

「隊長がお休みするの?wいいなぁw じゃあアタシも休むw」

 

軽口を叩く香奈恵に、隊員は待ってましたとばかりに、もう一枚の別の書類をスッと差し出した。

 

四番隊隊員

「でしたら、お休みを取得するために、こちらの休暇申請書をご自分でお書きになって提出していただく必要があります」

 

香奈恵

「……わかんないw」

 

四番隊隊員

「……お手伝いしますので、こちらへどうぞ」

 

香奈恵

「ほんと?ありがとうw」

 

おそらく内容の半分も理解していない様子の香奈恵と、それを完全に見越していた四番隊の隊員たち。

BLITZの攻撃隊の中で、どこの部隊よりも圧倒的な統率を誇る四番隊。

 

四番隊に小隊長が居ない代わりに、副隊長である香奈恵の統率はほぼ京介が取っていると言っても過言では無い

 

総隊長である京介の不在が、フリーダムな香奈恵に及ぼす影響の大きさをあらかじめ予見しての――あるいは、これを口実に休ませるための、手際が良すぎる連係プレーであった。

 

香奈恵に書類を書かせ、そのまま総副隊長室に向かう隊員

総副隊長室では秋浩が机に座り、書類に目を通していた

 

コンコンと言うノックの音に、何も考えず入室を促す

扉が開き、珍しい隊員の姿に目を丸くした

 

秋浩

「珍しいな、四番隊が来るのは……」

 

そう言いながらコーヒーメーカーに立ち上がり、ソファに座るように促す

 

四番隊隊員

「お仕事中に失礼致します、お邪魔して申し訳ございません」

 

秋浩

「いや、気にしなくて良い、なんだ?香奈恵か?」

 

勘のいい秋浩の言葉に、静かに頷きながら、申し訳無さそうに書類を差し出す

 

受け取りながら苦笑いを浮かべ、やっぱりと言わん表情でそれを見つめる

 

秋浩

「別に良いよ、予想通りだし、まぁ京介が居ない状態が香奈恵には悪いしなw」

 

四番隊隊員

「……恐れ入ります」

 

即座にその書類に判を押し、机の確認済みの書類に混ぜた秋浩

入れたコーヒーを進めながら、四番隊の隊員に言葉をかける

 

秋浩

「すまんな、総隊長も一応人間だからよ……」

 

その言葉を慌てて遮り、四番隊の隊員が言葉を被せる

 

四番隊隊員

「辞めて下さい!我々はお二人の負担を減らせればと思っております、三条副隊長がそんな事を仰る必要はありませんので」

 

秋浩

「とは言え、香奈恵の戦力は痛いだろ?」

 

秋浩の懸念を、自信ありげな表情で言い返す

 

四番隊隊員

「その為に我々は訓練を重ねております、八神副隊長が居なくとも、それ以上の戦果をお約束します」

 

その言葉を聞き、笑みがこぼれる秋浩

香奈恵より年上の隊員達にとって、京介同様に香奈恵を可愛がっている様子で、安心したのだろう

 

物思いにふける秋浩

 

――クリムゾンインパクト以降、京介が奔放に単独行動を続けてくれたおかげで、今のBLITZにいる隊員たちはこれほどまでに恵まれている

本人も自虐的に言う、隊長としては0点

だがそのお陰で、隊員が戦場で命を落とす事が無くなっていたその事実を、秋浩は改めて噛み締め、胸の奥が熱くなるのを覚えていた。

 

幼少期から共に歩んできたあの男は、気づけばこれほどまでに多くの者たちから敬愛されている。

 

命令無視に単独行動――組織の論理から言えば上官として致命的な失態の数々

図らずも、救われた隊員達の結束をより強固なものへと変えていた

 

もちろん誰もが手放しで肯定しているわけではないだろうが、先ほどから見てきた部下たちの気概に触れては、感傷に浸るなと言う方が無理というものだった。

 

天井を見上げ、フッと小さく息を吐いた秋浩は、目の前にいる四番隊の隊員に引き出しから菓子を差し出し、マグカップを軽く傾けた。

 

秋浩

「少し、嬉しく思ったんだ。……嫌じゃなければ、ここで少し寛いでいってくれ」

 

最初こそ戸惑いの表情を浮かべた隊員だったが、秋浩の穏やかな笑みを見ると、どこかホッとしたように肩の力を抜いた。

 

四番隊隊員

「……それでは、ありがたく」

 

差し出された菓子に手を伸ばし、隊員はほんのつかの間の、穏やかな休息を味わった

 

 

 

 

――数日後、統括管理室や各支部に提出された公式の作戦報告書は、どこか現実離れした数字を並べていた。

 

アメリカ支部での『BLITZ狩り』における実行犯は、死闘の果てに一度は拘束されたものの、アメリカ支部総隊長、及び総副隊長の重傷による手当ての隙を突かれて逃亡

未だ行方は知れない。

一方、金星のスカーレットスコルピオ拠点における夜千与紗夜拉致事件は、結果として組織の大部分を壊滅させる大掃討作戦へと変貌した。

 

現場からは、幹部格と思われる『レヴィアタン』と『アスモデウス』が生存・捕縛。アスモデウスはすでに拘束済みの『ベルゼブブ』と共に児童誘拐への関与が浮上しており、徹底的な取り調べが予定されている。レヴィアタンについても、先のビル爆破事件の主犯として厳重な調査が進められていた。

 

どちらの凄惨な事件においても――結果として、BLITZ側の殉職者は一人も出なかった。

 

それこそが、上層部がどれほど頭を悩ませようとも、現場の人間が京介という男を絶対に手放さない最大の理由だった。

 

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