ANGEL WALTZ 作:とくめい
――対外的な処分は「停職」
だがそれは、他支部からの目を欺くための建前にすぎない
局長が与えてくれたのは、心身をすり減らす総隊長への、強制的な休息だった。
局長の秘書から告げられたその事実に、京介はただ無言で従う。
すべてを焼き払い、あの日の残党を葬った。 だが、京介の胸にあるのは達成感などではない。
ぽっかりと空いた、底知れない虚無だけだった。
……司さんは弱くなかった
自分ごときが勝ててしまう奴らに、大切な人の命を奪わせてしまった
自分ごときが消し去る事が出来るような奴らに、大切な人の命が奪えるはずがない。
なのに現実には、あの人を殺した敵は、今の自分より遥かに弱かった。
秋浩や菜琉、伽耶ならきっとこう言うだろう。
「京介が強くなっただけ」と。
だが、どれだけ周囲にそう言われようとも、京介の心は七年前のあの日から一歩も動いていない
誰も救えず、無力に震えていたあの日のまま、時間だけが無理やり引き剥がされて大人になってしまった。
だから、自分が強いなどとは到底思えない。 守れなかった過去の自分を置き去りにしたまま強くなったところで、一体何の意味があるというのか。
京介
「……俺は弱ぇんだよ……」
帰路に着く車内。 静まり返った空間に、京介はただ一人、掠れた声を落とした。
――自宅に着いても、京介はしばらく車を降りられなかった。
揺れる車内、ただ白煙だけが虚しく天井へと昇っていく
意識の底で何を考えていたのか、本人すら分かっていなかったのだろう。
やがて、火種がフィルターの限界まで燃え尽き、指先を焦がす。
その鋭い痛みに現実へと引き戻されるように、京介は乾いた息を吐き出し、ようやく重い腰を上げた。
玄関を開けた瞬間、妹の忍が涙声で飛びついて来た
忍
「お兄ちゃん!やっと帰って来たぁ〜……おかえり〜、心配したんだよ!、秋浩くんにもお話したり、菜琉ちゃんに聞いてみたり、寂しかったよぅ……」
一気に捲し立てられ、一瞬戸惑うが、鼻を啜りながら飛び付いて来た妹の頭を優しく撫で、「ごめんな……」と声をかける
奥から母親である響華さんが、忍の様子を心配しながら声をかけた
響華
「こらこら、忍ちゃん、お兄ちゃん困ってるでしょ、お家に入れてあげて」
忍
「だってぇ〜……」
響華
「玄関じゃご飯食べられないでしょ?、お兄ちゃんも着替えたいだろうし、ね?」
忍
「……うん〜……」
それでも余程心配だったのか、忍は手を離さない
寂しい思いをさせて悪かったが、二十歳を過ぎてもこうして全身で甘えてくる妹の姿に、可愛らしさと、これ以上ない申し訳なさが胸を締め付ける。
響華
「お兄ちゃん、おかえりなさい」
京介
「……ただいま」
久しぶりに聞く、その言葉。
甘えん坊の妹と、優しく微笑む母親。
(――俺は、この二人に温かく迎えられるような資格があるのか?)
喉の奥で澱のように溜まる問いかけを、京介はただ飲み込むしかなかった。
忍
「お兄ちゃん、お風呂入る?着替える?ご飯食べる?」
響華
「ご飯出来てるし、お風呂も湧いてるわよ?」
京介
「……先に風呂……入ります……」
忍
「じゃあ私も一緒に入る!」
家に帰らなかった数日が、忍にとっては酷く寂しかったのだろう、まさか帰宅してから風呂までついてくるとは……
京介
「……入ったんじゃ無いのか?……」
忍
「まだ!」
響華
「……忍ちゃん、さっき入ったでしょ……」
忍
「……また入る!……」
バタバタと騒がしい忍と、重い足取りで浴室へ向かう京介。
着替えを取りに行く間も、忍はまるで影のように後ろをついて歩く。
初めは単なる甘えだと思っていた
だが、ずっと一緒に暮らしてきた忍は、異様に勘が鋭い。
――そんなに寂しかったのか、それとも。
この纏わりつくような行動は、ただの寂しさではなく、兄の身に起きた「異変」を察知してのことではないだろうか。
その予感は、確信に変わった。
湯気に霞む浴室のドア越し、忍がふいに呟いた
忍
「……ねぇ、お兄ちゃん?」
京介
「……うん?」
忍
「……なにか、悲しいこと……あった?」
その問いかけには、いつものワガママな響きはなかった。
京介の指が、タオルを握りしめたまま硬直する。
窓越しに伝わる妹の気配に、京介は誤魔化すように答える
京介
「どうしてそう思った?」
忍
「……玄関で泣きそうだった」
京介
「そう見えたか?」
忍
「うん……」
京介
「そうか……」
下手に肯定も否定もできない、今の京介にはそんな余裕が無かった
ただ自分の中の矛盾を、いつまでも消化しきれないままだった
忍
「お兄ちゃん、洗い終わった?」
京介
「うん?……あぁ……今湯船に入るから……」
ガラっ!
その言葉を待っていたかのように、――ガラリ! と音を立てて扉が勢いよく開かれた。
忍
「イェー!」
容赦のない勢いで浴槽に飛び込んでくる妹の姿。
バッシャァァァン!!
爆発的な水音とともに、浴室のすべてが水飛沫に呑み込まれた。
湯船から溢れ出した濁流に、京介は不意を突かれて盛大にむせる。
殺気だった敵を葬るよりも遥かに予想外の攻撃に、京介は言葉を失い、ただ水に塗れながら肩で息をするしかなかった。
滴る水が落ち着き、一頻り咳が落ち着いた頃に京介は自身も浴槽に浸かる
忍の頭にチョップを見舞う
ベシッ!
忍
「アダっ!」
京介
「急に飛び込むんじゃありません、危ねぇだろ」
忍
「えへへ……ごめんなさい……」
全く反省していなさそうな顔で舌を出す忍に、京介は呆れたような、しかしどこか諦めたような微笑みを浮かべ、その濡れた頭をぽんと撫でた。
京介
「怪我したら嫌だろ?……」
忍
「うん……」
そう言いながらも、忍はスルスルと京介に寄り添い、その腕にしがみついて小さく一息ついた。
天井を見上げながら、京介が再び物憂げな気配に沈んでいくのを他所に、忍は浴槽の縁に浮かんでいた黄色いゴム製のアヒルを手に取る。
ぐえっ、ぐえっ、とわざとらしく鳴かせながら、彼女は波間に視線を落としたまま呟いた。
忍
「……お兄ちゃん?」
京介
「うん?……」
忍
「……私に話して、どうにかなりそう?……」
――不意を突かれた問いかけに、京介は思わず手で顔を覆った。
その空いた手を、湯に浸かった忍の頭にのせ、ゆっくりと優しく撫でる。
妹にすら異変をさとられ、逆に気を使わせてしまっている
周囲にそんな姿を見せないよう、完璧に振る舞えているつもりだったのに――勘のいい妹には、とっくの昔に見透かされていたらしい
自分の未熟さに笑いがこぼれる
京介
「……ハハッ…機密事項だ……」
忍
「……意地っ張り……」
そう言うと、グエっ、と言う音と共にアヒルを京介の口にねじ込み、浴槽を飛び出しながら言う
忍
「ご飯食べよ!」
そう言いながら脱衣所に出ていく忍、扉を開けた瞬間
忍
「あっ……」
少し嫌な予感がした
京介
「……着替え濡れてんだろ?……」
忍
「……うん……ごめんなさい……」
あの勢いで飛び込んできたのだから当然である
自分の着替えどころか、脱衣所まで盛大に水浸しになっていた
京介
「俺の分も取って来なさい、忍ちゃん……早く……」
忍
「……うん」
京介
「別に怒ってねぇから、お前もそのままだと湯冷めするだろ?」
そう伝えると、おかぁさ〜ん、と言いながらびしょ濡れの足音を立ててリビングへと走り去っていった。
――命懸けの戦いが渦巻くBLITZの支部とは、似ても似つかない慌ただしさ。
だが、そこにあるのは間違いなく、心地よい平穏だった。
胸の奥でくすぶる矛盾やわだかまりは、まだ消えていない。それでも――。
京介
「……忍が元気なのを喜ぼうか……」
響華が着替えを持って来ながら、京介に声をかける
響華
「お兄ちゃん、随分忙しかったみたいね、大丈夫?無理して身体壊してない?」
母親として、身を案じる声。 その響きはどこまでも優しく、慈しみに満ちていて、かけ値なしに自分の帰りを心配してくれる温もりがあった。
京介
「大丈夫ですよ……多分ね……」
響華
「……そう、忍ちゃんね、お兄ちゃん居ない間ずっと秋浩くんや菜琉ちゃんに電話して、大丈夫?いつ帰ってくる?って聞いてたのよ?」
母の口から語られたその事実を聞き、京介の胸にチクリと痛みが走る。
寂しい思いをさせたのは自分だ
帰れなかったのは、完全に自分の心の弱さとこだわりが生んだ澱のせいなのに。
押し潰されそうな申し訳なさを抱えながら、京介は掠れた声で呟いた。
京介
「……すんません……ちょっと仕事で色々あって……」
すりガラスの向こう、響華の動きがぴたりと止まる。
詳しい詮索はしない
だが、息子の抱えているものの重さを、彼女はわかっているのだろう、親子揃って勘がいい、余計な言葉を言わなくても、自分の心を見透かされてしまう……
響華
「ねぇ?……」
静かなトーンで、響華が呼びかける。
響華
「……私たちで役に立つなら、遠慮なく甘えてね?……忍ちゃんは、かえって頼られると、張り切っちゃうかしらね?」
冗談めかして、微笑むように紡がれる言葉。 その無償の優しさが、今の京介の荒れた心にはあまりに痛く、そして眩しかった。
こんな自分などに、そんな温かい言葉をかけてもらう資格なんてあるのだろうか……
京介
「…ありがとう……ございます……」
響華はそれ以上深く踏み込まず、「夕飯ができてるから、温かいうちに食べましょうね」と優しく告げ、リビングへと戻っていった。
一人残された浴室で、湯気に煙る天井を見上げながら、京介は乾いた笑いを漏らす。
京介
「……情けねぇなぁ……」
しばらく浴室で佇んだ京介は、諦めた様子でその場を後にした
着替えて髪を拭きながらリビングに向かうと、空腹を刺激する香りが広がっていた
忍
「お兄ちゃん、お兄ちゃん、早く食べよう!カレーとおでん!」
一桁の子供のように目を輝かせる忍。
それもそのはず、母・響華の作る料理は一風変わっていながら、どれも言葉を失うほど絶品だ。
カレーとおでん、どちらも単品で店に並べられるクオリティであり、それに両方忍の大好物だ
席に着くなり、京介は思わず我が目を疑う。
響華
「お兄ちゃん大丈夫?量食べられる?」
自分の目の前に鎮座しているのは、山のように盛られたカレーと、湯気をあげるおでんの鉢。
普段の倍近いボリューム、食べれるが、響華さんは普段ここまでしない
響華さんなりに労ってくれているのだろう
京介
「このくらいなら大丈夫っすね」
忍
「がんも!がんも食べたい!」
……二十歳だと言うのに、相変わらず渋い好みに、京介は思わず苦笑を漏らす。
忍の好きな具をよそい、それを目の前に差し出す
忍
「ありがとう!いただきマース!……あっふぃ!」
待ちきれずに一気に口に放り込んだせいで、熱々のおでんに見事にやられる忍。
響華がクスリと笑いながら、すかさずお茶を手渡した。
響華
「そんなに慌てなくてもまだいっぱいあるから、ゆっくりね?」
騒がしくも温かい、いつもの我が家の光景がそこにあった。
忍
「次は巾着食べたい!」
京介
「……なんでそんな熱っついのばっかり好きなんだよ……」
忍
「美味しいもん!」
空いた皿をこちらにぐいっと突き出し、次をよこせと言わんばかりに目を輝かせる忍。 そんな妹の世話を焼く京介の横顔を、響華は穏やかな微笑みをたたえながら、じっと見守っていた。
忍
「味のミミックやぁ!」
箸を片手に、恐らくグルメ番組か何かのセリフを真似たのだろう、急にそれっぽいポーズを決め、それっぽいトーンで言うが、ミミックは宝箱型のモンスターだ……
京介
「……もう少しネタを固めてから披露しなさい」
忍
「うししw」
反省する気ゼロの笑みを浮かべつつ、忍はまた美味しそうにカレーを口に放り込む。
外の世界でどれほどの闇を背負っていようとも、この温かな食卓の前では、京介はただの「お兄ちゃん」に戻るしかなかった。
京介は、目の前の団欒を穏やかな微笑みで見つめていた。
笑顔で料理を頬張る忍と、それを優しく見つめる響華。
その姿に重なるように、遠い記憶の残影が頭を過った。
――あたたかい、団欒の記憶。
五条司、そして亜紀。
忍と一緒に、あの二人の家に招かれたあの日も、こんな何気ない光景が広がっていた。
いつまでも、当たり前のように続くと信じていた光景。
だがそれは、わずか数日のうちに脆くも崩れ去り、二度と同じ時間を過ごすことはできなくなってしまった。
忘れていたはずの記憶の断面に浸っていた、その時。
忍
「……?お兄ちゃん!どうしたの?大丈夫?」
ふと、忍の箸がピタリと止まる。
妹の慌てた様子に何事かと目を向け、さらに向かいに座る響華を見やれば――母もまた、ハッとした表情でこちらを見ていた。
響華
「お兄ちゃん?どうしたの?!」
二人がこれほどまでに慌てふためく理由が分からない。
不審に思いながら、京介がそっと自分の頬に触れた――その指先が、濡れていた。
……なんだコレは……
なぜ、自分の頬を涙が伝っているのか。
泣こうとしたわけではない
悲しみに浸っていたつもりもない
あまりに唐突すぎた現象に、京介自身が誰よりも驚愕していた。
理由すら分からないまま溢れる水分に戸惑う京介の隣へ、忍がガタリと椅子を引いて飛びついてくる
小さな手が、怯えるように京介の頭を優しく撫でた。
忍
「大丈夫?、そんなにがんも食べたかった?」
反対側からは響華が立ち上がり、震える京介の背中をそっと包み込むようにさすってくれた。
響華
「何か思い出しちゃったのかしらね?、大丈夫よ、大丈夫……」
温かな団欒に触れたことで、京介のなかで張り詰めていた心の綻びから、長年溜め込んでいた過去の淀みが零れ出してしまったのだろうか。
本人すら、意識していなかったというのに。
ただ、目の前にある優しさに包まれながら、胸の奥で思う。
あの日の温もりが――あまりに懐かしく、そして、あまりに遠かった。
京介
「……大丈夫だよ、ご飯食べな?……」
忍
「ほんとに大丈夫?、がんもじゃ無くて玉子の方がいい?」
京介を心底心配し、ズレた言葉ではあるが、我が妹ながら本心から心配しているのが伝わる
響華
「……京介くん……」
静かに、しかし痛切に名前を呼ぶ響華の声。
これ以上、この人たちに余計な心配をかけるわけにはいかない
しばらく家に帰れなかったことで、忍の中にどれだけ不安を溜め込ませてしまったかを思えばなおさらだ。
だが、今の京介の内に残っているのは、すり減った心と拭えない過去の影だけ。
響華の不安を完全に払拭できるような安心感など、今の自分は持ち合わせていなかった。
それでも、ここで暗い顔を続けるわけにはいかない。
京介は乾いた笑みを貼り付け、精一杯の「カラ元気」を絞り出すようにしてうなずく
忍
「お兄ちゃんほら、はんぺんと大根あげるから、元気だして?」
響華
「忍ちゃん、多分ご飯の事じゃないわよ」
忍
「なんで?美味しいよ!?」
ちぐはぐなやり取り。だが、その底にある純粋な優しさは、荒れた京介の胸に痛いほど染みてきた。
妹は懸命に兄をを思い遣り、母親の響華は、言葉なく寄り添い続けてくれる。
あまりに温かい。
だからこそ――今の京介にとって、そのすべてが、自分自身の不甲斐なさを責め立てる材料になってしまう
静かに笑みを浮かべながら、忍の頭を撫で、響華の手を握り返し一言静かに言う
京介
「……大丈夫だよ……大丈夫……ご飯、食べようぜ……」
心配しながら向き直る忍、不安な気持ちを拭いきれない響華を見つめ、小さく「ありがとう」と声をかける
響華はその表情を見つめ、大人しく席に戻った
二人は京介を気にかけながら食事を済ませ、京介も、そんな二人に余計な心配をかけまいと、気丈に振る舞いながら団欒を噛み締めた
リビングで一息ついていると、忍が何気なく話しかけてくる
忍
「お兄ちゃんお兄ちゃん!アイス食べよう!」
ソファに寝転びながら目をやると、満面の笑みでカップアイスを両手に掲げた忍が立っている。
京介
「……あんなに食ったのに?」
忍
「デザートだもん!」
微笑みながら快諾し、京介は忍と並んでソファに座り、テレビを見ながらアイスをつつく。
戦場での殺伐とした日々を思い返せば、こんな時間がどれほど贅沢か
京介は静かにスプーンを動かした。
忍
「お兄ちゃん次いつ休みなの?」
忍の何気ない一言に、京介はふと、今日言い渡されたばかりの処分を思い出す
それを隠すことなく、何気なく言葉にした
それに響華が驚いて声をあげる
響華
「停職処分?!、お兄ちゃん、何かしたの?」
キッチンからガチャンと音を立てて、響華が慌てて顔を出す。
一方の忍は、アイスのスプーンをくわえたまま首をかしげた。
忍
「定食処分って?」
京介
「……多分忍が考えてる[ていしょく]は、意味が違うぞ」
忍
「???」
……忍は頭が良い
兄である京介が贔屓目を抜きにしても賢い自負はある。
だが、自分の興味がないことにはとことん無頓着で、たまに繰り出すポンコツムーブに、驚かされる
京介
「厳密に言えば、まぁいつも何かしてたんですけど、停職処分の理由にそれが当てはまるだけで、多分……ワザとそうされただけですよ……」
「……悪くて停職になった訳じゃ無いんで、そんなに心配しないで下さい」
不安げに近寄り、京介の肩にそっと手を置く響華。
その瞳は、京介の言葉が本当かどうかを確かめるように、じっと京介の顔を見つめていた。
響華
「……本当に、なんでもないのね?」
京介
「秋浩や菜琉に聞いてみて下さい、本当に大丈夫ですから」
響華
「……そう、なら良いんだけど……」
息子の作り物ではない笑顔を確認し、響華はふっと息をついてキッチンへと戻っていく。
忍
「ていしょく処分って?」
京介
「ん〜、とりあえず今回は1ヶ月くらい休ませられたんだよ」
その言葉を聞くや否や、忍がパッと目を輝かせた。
忍
「お兄ちゃんお休みなの?!ほんとに?!」
何故か急にはしゃぐ忍、そんなに嬉しいのかと考えている所に、矢継ぎ早に話される
忍
「やったァ!一緒にお出かけしようよ!ケーキ食べ放題とか行きたい!あ、あと新しいお店出来たんだよ!そこ行こうよ〜」
単純な休暇だと思ったのだろう(実際そうなのだろうが)一緒に遊びに行く算段を、はしゃぎながら話す忍
響華
「忍ちゃん、お休みとかとは違うんじゃ……」
京介
「大丈夫ですよ、多分……実質その扱いなんで……」
忍を静止しようとした響華だったが、京介は苦笑しながら手を振った。
京介の言葉と、どこか肩の力が抜けた穏やかな表情を見て、響華も最後には小さく微笑んだ。
響華
「そ、そう……それじゃあ、忍ちゃんの事、お願いしても良いのかしら?忍ちゃんはあんまりお兄ちゃんの事困らせちゃダメよ?」
忍
「お兄ちゃんも楽しいよ!お母さん心配し過ぎだよ!お土産買って来るから!」
京介
「……だろうな……じゃないと困る……」
悲しげな微笑みを浮かべながら、はしゃぐ忍の頭を撫でる
忍は京介にまとわりつきながら、アイスを頬張り鼻歌を歌いながら、出かける予定を考えてるのだろう
響華
「……忍ちゃん……明日は学校だから、週末に出かけるのよ?」
忍
「あっ……うぅ〜……」
忍はまだ大学生、大学はまだ休みでは無い事に、今更ながら気が付いたようで、京介との予定と大学とを天秤に掛けながら唸っていた
そんな様子の忍を、頭に手を置き慰める京介
京介
「一ヶ月も休ませられてんだから、何時でも行けるし、そんな顔すんなよ……なっ?」
しばらく考え、京介を向き直り答える
忍
「んじゃ土曜日……金曜日の夜から皆でご飯食べに行こうよ!ね?良いでしょ〜?お兄ちゃん……」
わかりやすい猫撫で声で甘えた言い方をする
そんなに一緒に出かけたかったのか、ダメとも言ってないのにねだって来る
京介
「……ご飯じゃなくてケーキ食いに行くのがメインだろ……」
忍
「……バレた?w」
他愛も無い会話で、少しだけ自分を忘れる事が出来た
どれ程この二人に救われた事か……
深夜、部屋で一人グラスを傾けながら物思いにふける京介
帰って来てからの出来事を思い返し、普段は飲まない酒を煽る
仲間、戦場、命令、そしてBLITZという組織。
そのすべてが、今の自分を形作る呪縛であり、無視できない現実だった。
変わらず纏まらない頭を、酒を煽り無理やり黙らせる
せっかく得た暖かさを逃さぬように、ベッドに潜り込む
少しして、部屋の扉が開いた
忍
「……お兄ちゃん……寝てる?……」
京介
「寝れないのか?」
その言葉には返事をせず、ゆっくり部屋に入ってくる忍
なんだと思っていると、無理やりベッドに潜り込んで来た
京介
「……どうした?」
モゾモゾとベッドの中で動きながら、京介と同じ目線まで入り込んで来た
忍は京介の頭を抱き寄せ、そのまま小さく呟く
忍
「……ずっと泣きそうな顔してた……だから心配だった……」
その言葉にハッとする
妹は、気丈に振る舞う兄の心がずっと見えていた
そう思わせないようにしていたが、忍には隠せていなかったようだ
自分を強く抱き締めるその腕に、情けなくも温かさを感じてしまう
自身の不甲斐なさを恥じ、どこかであの日の弱さを引きずっている自分を呪った。
そんな京介の荒れた心を包み込むように、忍が優しく囁く。
忍
「……いつも無理して……たまには甘えてよ……」
その言葉に何も返せなかった
何も言えず、かと言って妹を突っぱねる事も出来なかった
何も出来ない京介を、忍はさらに強く抱き締め、その小さな手で、意識が途切れるまで京介を撫で続けていた……