ANGEL WALTZ 作:とくめい
西島京介は純粋だった。
純真すぎて、子供ながらに持っている本気の殺意が、他人に向いてしまった。
理屈は単純な防衛本能。
だけど、そうなるまで理由が分からないのが他人だ。
能力が発現してから、母親である響華さんと一緒に制御しようと頑張ってきた。
ある程度制御できて、穏やかに過ごしていたけれど、周りはそうじゃなかった。
「気持ち悪い」「化け物」「いらない物」
そんな言葉だけが浴びせられた。
子供じみた嫌がらせ、大人がするとは思えないような誹謗中傷。
いくら頭が悪くても分かる。
自分のせいだ、西島京介のせいなんだ。
それでも響華さんは笑っている、ずっと、笑顔で接してくれていた。
他の大人に言っても取り合ってくれない。BLITZに言っても何もしてもらえない。
妹が生まれた。
背中に隠して守らなきゃいけない存在が増えた。
響華さんと忍。
響華さんの言う通り、頑張って我慢した。
同級生は殴らない、死んじゃうから。
火は出さない、死んじゃうから。
でも、響華さんは俺と妹を護ってくれるけれど。
──誰が響華さんを助けてくれるの?
ある日、ママ友たちに詰め寄られている母さんを目撃してしまった。
響華さんは特売に間に合わないとか何とか言って、相手にすらしていなかった。
その腕には、忍を抱いていた。
一人の男が響華さんを突き飛ばした。
忍を、手から離してしまった。
忍は俺が受け止めたけれど、響華さんは腕を擦りむき、血を流していた。
──なんで俺は我慢してるのに、お前らは何もしてない二人を傷つけるんだ?
気づいた時には、近所は火の海だった。
忍を抱いた響華さんが、俺を背中に庇っていた。
「うちの子に触らないで!!」と。
近所の奴らは、石でも投げようとしていたんだろう。
お前らも燃えてしまえと思った。
気づいたら、響華さんの背中が焼け爛れていた。
熱かっただろう、痛かっただろう、いっそ叱りつけてほしかった。
「お前が悪い」と言ってほしかった。
けれど響華さんは、泣きながら謝っていた。 俺の方が悪いのに、俺に向かって謝っていた。
「響華さん、火傷させてごめんなさい。痛くしてごめんなさい」
田舎の小さな街が、一つ消えた。
BLITZはそういう時だけ早く来た。
今まで来なかったくせに。
俺が悪いことをした時だけ。
俺が悪者になる時だけ。
いつもそうだ、だから燃やそうとした。BLITZを焼こうと思った。
でも、なぜか火が出なかった。
BLITZの人間も謝ってきた。
泣きながら謝っていた、泣きたいのは俺だよ。
なのに、涙が出なかった。
何かの薬と制御装置を使われたらしい。
響華さんの傷は、手当の時に本人はあっけらかんとしていたと聞いた。
「子供が無事ならいい」って。
BLITZの大人は、保証がどうとか、隊員の怠慢とか、意味の分からないことを響華さんに話していた。
響華さんは「平和に暮らせるよ」と言っていた。
意味は分からなかったけれど、忍も響華さんも居るから、それでいいやと思った。
西島京介、4歳。
記憶も曖昧な、よく分からない歳。
流行りのヒーローを追いかけ、ごっこ遊びに情熱を燃やす。
そんな当たり前の子供が、ある日突然、意味もわからず蔑まされる。
ある日、本当に突然、世界が一変した。
父親の記憶も曖昧で、いた気もするがよく分からない。
最初に強く覚えているのは、響華さんが俺を抱きしめて謝っている姿だった。
──三条秋浩、沙耶菜流との出会い。
元いた場所から引っ越して、別の街に来た。 「小学校からはここで暮らすんだよw」 響華さんが微笑む。
けれど、俺にはまったく分からなかったし、どうでもよかった。
しばらくは普通に暮らしていた。
忍は2歳で手がかかるから、俺は一人の時間が多かった。
友達も作れない。作り方も分からない。
そんな俺に話しかけてきた女の子が、菜流だった。
次の日、男の子を連れてきた、それが秋浩だった。
なぜ引っ越してきたのか、どこから来たのか、質問攻めにあった。
正直に言った。「街を燃やして引っ越してきた」と。
秋浩は、いい意味で頭が悪かったんだろう。「すげーな! つえーな!」と褒めてきた。 菜流は少し困った顔をしていたが、彼女は昔から聡明だった。
「我慢できないことはしなくていいんだよ」と言って、なぜか俺の頭を撫でてきた。
なぜか気持ちがスッとした。
顔色を窺わなくてもいいんだと思った。
仲良くなるのに時間はかからなかった。
忍と一緒に遊んだりもしてくれた。 ここなら、もう少し頑張れば大丈夫かな、そう思えた。
けれど、いじめっ子はどこにでもいるもので。
ある日、菜流の能力が発現した。
クラスの女の子が膝を擦りむいて泣き喚いているのを見て、「治してあげる」と傷を癒した。
その瞬間、その子は菜流を突き飛ばして逃げていった。
尻もちをついた菜流に、俺は近づいて手を差し出した。
京介「痛かった?」 菜流「大丈夫w」
はにかんで応える彼女の目は、悲しそうだった。
「京介くんは、こんな気持ちで我慢してたんだね」
俺はそれに応えられなかった。
菜流の手を握ってやることしかできなかった。
秋浩はなぜか「羨ましい」と喚いていた。菜流もそんな秋浩に呆れたのか、ケラケラと笑っていた。
3人で過ごす時間が増えた。
多分、秋浩も同じことを考えていた。
菜流を悲しませないように、と。
忍が小学校に入った時、秋浩の能力も発現した。
楽天的な秋浩の能力で、誰も来なそうな山に秘密基地を作って、いつも3人でそこにいた。
別にグレるわけでもなく、問題を起こすわけでもない。
けれど周りが勝手に畏怖し、避ける。だから、わざと離れていた。
忍がついて回るのを除けば。
人気者で綺麗だった菜流も避けられ、分け隔てなかった秋浩も、やはり陰口を叩かれるようになった。
そんな場所に忍を巻き込みたくはなかった。 「お兄ちゃん」と俺の後をついて回る姿は愛おしいが、何か起きないか心配だった。
菜流や秋浩も同じだったが、俺たちと一緒にいれば問題はなかった。
だが、失敗した。
家に石を投げ込んできた奴を袋叩きにしたんだ。
問題はそのあとだった。俺に勝てない人間が、報復として忍を的にかけた。
どこか分からない場所に置き去りにしたらしい。
激昂した俺は、相手とその仲間全員を病院送りにするまで叩きのめした。
けれど問題は忍だ。
小学生の体力では、置き去りは命に関わる。しかも彼女は普通の人間だ。
どこにいるか心当たりがない。
置き去りにされてから4時間。 響華さんは泣き崩れるほど疲弊していた。
早く見つけないと。
そうだ、置き去りにされた場所は、秘密基地の一つに近い、一縷の望みをかけて向かった。
──居た。
忍は泥だらけになっていたが、秘密基地に置いてあったお菓子を食べて空腹を凌いでいた。
置き去りにされた場所から、どうやって歩いてきたのか、自力で秘密基地までたどり着いてくれていた。
見つけた時、忍は「お兄ちゃんおはよう」と、目を擦りながらしがみついてきた。
お腹が空いたと言う忍を抱きしめて、家に帰った。
連れ帰った忍を見て、響華さんは珍しく寝込んだ。
ホッとしたんだろう。
菜流は珍しく怒り心頭だった。秋浩とはしばらく会わなかった。
何をしていたか聞いても答えなかったが、忍を置き去りにした奴らの入院期間が伸びていた。
その後、BLITZに入れば家族の安全は保証されるのかと聞いた。
だが、俺は「要警護対象」で、もともと監視はついていたはずだった。
なら、なぜ今回の事態が起きたのか?
隊員の怠慢だった。能力者本人よりも、非能力者の家族が狙われやすいのは定石なのに。
二度目だった。
なら、俺がBLITZに入れば、好きに守ってもいいのかと聞いた。
「問題ない、自由にしてくれ」と許可が出た。
入りたいわけじゃなかった。でも、忍だけは守らないと。
忍の中学入学と同時に、俺はBLITZに正式に採用された。
なぜか秋浩と菜流も、BLITZに入隊し各々配属された。
菜流は医療班、秋浩は俺と同じ部隊だ。
配属直後、当時の総隊長、五条司に言われた。
「小隊には配属しないから、二人とも俺についててねw」
理由を聞くと、五条はこう言った。
「京介って呼んでもいい?w ……君さ、街を焼いたんだよね?」
めんどくさい質問だ。
何か言われるのは慣れていたから
「はいそうです」と答えた。
すると、さっきまでのヘラヘラした態度が一変。
五条は急に立ち上がり、地面に頭を擦り付けながら謝ってきた。
「済まなかった。俺たちの責任だ」
今更だと思ったが、説明された。本来は攻撃隊の管轄だったが、当時の特殊部隊が独断で対応を放棄していた。事態を重く捉えていなかった結果だと。
呆れた。言葉も出なかった。天下のBLITZのずさんさが招いた悲劇。
頭に来ていたわけではなかったが、思わず口からこぼれた。
「情けねぇ……」
その言葉を聞いた五条司は、何も言わず頭を垂れていた。
隊室に沈黙が流れる。
何の感情も、思いもなかった。ただ、情けない。
具体的に誰かにぶつけるつもりはなかったが、溢れてしまった。
いたたまれなくなったのか、秋浩が五条司に声をかけた。
「頭なんか下げなくていい……。あんた一人の責任とも言わない」
「けれど、年端もいかない女の子が危険に晒された。能力のない家族が責められた。好き好んで能力を使えるわけでもない。……俺たちは、みんな普通に生きたかったんだよ。あんたたちが仕事さえしてくれたら、そのささやかな願いは叶っていたんだ……」
「恨みはしない。ただ、その責任を、正しく取ってくれ……」
18歳の少年の口から出るとは思えない、大人への真っ当な批判。
秋浩も、俺の知らないところでずっと、我慢し続けていた……