ANGEL WALTZ   作:とくめい

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case24【目覚めるカナリア、根を張る野の花】

BLITZ本部

医療棟

 

総班長室。

 

スカーレットスコルピオの大部分を壊滅させてから五日。

 

未だ目覚めない紗夜とフリージア。

 

バイタルの数値、そして検査による身体的異常は、何も見られなかった。

 

正常すぎるほど正常なのに、未だに目を覚まさない二人を前に、総班長の菜琉は焦りを隠せずにいた。

 

菜琉

「……何で? もう目が覚めたって良いのに……」

 

自身の能力の反動か。

 

それとも、別の要因か。

 

菜琉は、目覚めない二人に対する責任を感じていた。

 

だが、不安がる菜琉に向かって、秋浩も落ち着かせるように語りかける。

 

秋浩

「まだ五日程度だろ? そこまで焦らなくても大丈夫だろうよ?」

 

秋浩の慰めの言葉を聞きながら、菜琉が上の空で返事をする。

 

秋浩も、菜琉が何故焦っているのか、その理由は分かっていた。

 

菜琉の能力。

 

他の生物から生命力を吸い取り、完全回復を実現する。

 

本来なら、そうそう上手くはいかない。

 

菜琉自身が本来の能力を嫌がっているため、それを補うために栄養素の点滴を山ほど使っているからだ。

 

だが今回は、ドナーとして西島京介が自らを差し出した。

 

京介の生命力を受け取ったことで、二人は完全に回復し、元通りの肉体を取り戻した。

 

しかし――

 

二人は意識を失ったまま、目を覚まさなかった。

 

そもそも、ドナーとして名乗りを上げた京介自身が、何ともないことが異常だった。

 

菜琉の能力をまともに使えば、対価としてドナーの命を脅かす。

 

それなのに京介はケロッとしたまま、何事もなく過ごしている。

 

もし、自分の能力が原因で昏睡状態なのだとしたら?

 

京介の能力が、何かしらの異常を来しているのではないか?

 

……二人を見つけた時に包まれていた、燃えない炎の理由も分かっていない。

 

一抹の不安が、菜琉の頭の中にへばり付いて離れない。

 

二人はおろか、京介にすら顔向けができない。

 

そんな責任感が、菜琉をさらに追い詰めていた。

 

秋浩

「……お前も京介と一緒で心配性だな?」

 

気の利いた台詞を言うより、自然体で話す秋浩の言葉に、菜琉も思わず不安を漏らす。

 

菜琉

「……だって……二人が目覚めなかったら……悲しいもの……」

 

菜琉も普段は気丈に振る舞っている。

 

だが、京介同様、無理をしているのがよく分かる。

 

京介と菜琉は、傍から見ればよく似ている。

 

互いに相手のことを「心配し過ぎだ」「無茶をし過ぎだ」と呆れているくせに、自分自身も同じことをしている。

 

昔から二人を知る秋浩には、その姿がどうにも可笑しく見えた。

 

呆れにも似た笑みを浮かべながら、秋浩は口を開く。

 

秋浩

「お前の医療技術は、その辺にいる名医なんかより遥かに高いんだしよ。その能力だって、今まで一度でも治せなかった奴、居ないんだからよ。もっと自信持てよ……気持ちは分かるけどな……まだ五日だぜ? この二人は京介が大事にしてる虎の子なんだからよ。そう心配すんなよ」

 

秋浩自身、何を言っても不安が勝つことを理解しているのか、気休めを言うより、客観的な事実を述べて安心させようとしていた。

 

菜琉

「……うん……分かってるんだけど……」

 

秋浩

「全く……焦っても起きねぇんだから、起きたら食いたいもんでも用意してやろうぜ?」

 

京介を思わせるような物言いに、菜琉が少しクスリと笑う。

 

それを見た秋浩は、まだ笑えることに安堵し、そのまま総班長室を後にした。

 

秋浩

「とりあえず見舞い行ってくるよ」

 

菜琉

「……うん、ありがとう」

 

振り返らずに手の平をパタパタと振り、そのまま二人が眠る病室へ向かった。

 

病室のベッドの上で、穏やかな寝息を立てながら横になる二人。

 

窓は少し開けられ、換気のためか風が入り込んでいる。

 

紗夜もフリージアも、傍目からはただ眠っているように見える。

 

だが、二人にはバイタルチェック用の医療機器が繋がれていた。

 

秋浩

「……やれやれ、お前さん達の保護者が心配してるから、目覚めてくれると嬉しいんだけどな……」

 

菜琉や京介と同じように、秋浩もまた心配していた。

 

不安がる菜琉に、同じように不安な表情を見せてしまえば、さらにそれを煽ることになる。

 

秋浩もこの二人を、自分なりには可愛がっているのか、心配そうに頬を撫でていた。

 

それからしばらくの間、紗夜は目を覚ますことなく、深い眠りの中にいた。

 

しかし、その意識だけは――現実とは別の場所にあった。

 

(……真っ暗な世界。足元には水のような感触。でも冷たくもなければ、気持ちが悪くもない……)

 

(ずっと遠くで誰かの声が聞こえる……

 

懐かしい……けれど、悲しい声……)

 

(……私は何でここに居るんだろう……どうしてここに?)

 

(……私は誰だろう? ……私の名前は?……)

 

[……紗夜]

 

(紗夜……それが私の名前? ……そうだ……私の名前は紗夜……何故こんな所に? ……どうしてこんな所に?……)

 

(……思い出せない……さっきの声は?……)

 

(……フリージア……フリージアを探してた……

 

……? フリージア?……)

 

[紗夜……]

 

(……誰? ……凄く懐かしい……けど、凄く優しい声……さっきよりハッキリ聞こえる……)

 

真っ暗闇の世界の中、遥か向こうに一筋の光が見える。

 

そこに向かい、ゆっくりと歩みを進め、その光の正体を確認しようとした。

 

目に映るその光の中に、紗夜は懐かしい感覚を覚える。

 

男と少女が見える。

 

無邪気にはしゃぐ少女と、それを暖かい眼差しで見つめる男。

 

親子のように見えるその二人に、目が釘付けになって離せない。

 

(……お父……さん?……)

 

[紗夜、おいで……]

 

次の瞬間、男を見上げながら立ち尽くす少女がいた。

 

……正確には、自分自身が少女になっている。

 

「おぉ〜、来たきた、お姫様はお転婆だなぁ」

 

そう言いながら少女を抱き抱え、満面の笑みで頭を撫でる男。

 

頬擦りをしながら、嬉しそうに少女を抱きしめる。

 

その目には慈愛が溢れていた。

 

言葉や仕草の一つ一つから、心から少女を愛していることが伝わってくる。

 

キャッキャッと喜びながら、無邪気にはしゃぐ少女は、そのまま男にしがみつき、甘えながら身を任せる。

 

遊び過ぎて少し疲れたのか、あくびをしながら目をこすり出した。

 

「おっ? 疲れたかな? 良いよ、ゆっくりおやすみ……」

 

そう言いながら頭を撫で、トントンと背中をゆっくりと撫でる。

 

心地よい感覚。

 

ウトウトとしながら、男が歩くリズムでさらに眠気が襲ってくる。

 

このまま寝てしまいたいと思いながら揺られていると、不意に動きが止まる。

 

「大丈夫ですか?」

 

何事かと声をかけた方に目をやると、荷物をばら撒いた妊婦が見えた。

 

男は相手の返事を待たず、その荷物を拾い集め、妊婦に手渡す。

 

よく見ると、妊婦にしては荷物の量が多い。

 

食品やベビー用品、胎教本。

 

様々な荷物を持って、辛そうに歩いていた。

 

「……お嫌じゃ無ければ、お宅までお持ちしますよ。その身体では大変でしょう」

 

妊婦は驚き、初めは遠慮していたが、最終的には頭を下げてお願いしていた。

 

そこまで距離は無かったが、道すがら何かを話していた。

 

妊婦のアパートに到着し、荷物を玄関に運び入れると、そのまま帰ろうとした。

 

妊婦は御礼をしたいと言ったが、男は言う。

 

「当たり前のことですよ。お気になさらず。それと、何かあれば遠慮なく連絡下さい。ある意味経験者ですから、何かお力になれることもあるかもしれません」

 

そう言いながらメモを手渡した。

 

妊婦は大きなお腹を抱えながら、男に深々と頭を下げる。

 

最後に男が伝える。

 

「大変だけど、甘えられる人を頼るのは悪いことじゃないですから。いつでも頼って下さい」

 

そう言いながら部屋を後にした。

 

(……何で?)

 

「ん? 起きてたか? お母さんになるのは大変なんだ。それに、見過ごせなかった」

 

(……)

 

「紗夜にはまだ難しいかな? 自分に誠実なら、きっと良い事があるから、かな?」

 

「困ってる人がいたら、助けてあげればいいんだよ。いつか紗夜が困った時、誰かが助けてくれるかもしれないだろ?」

 

(……お父さん……)

 

男は優しい笑みで言葉を続けた。

 

慈しむような、それでいて安心する笑顔。

 

「紗夜も誠実で居たから、今良い事が起きようとしてるんじゃないかな?」

 

(!!……)

 

その瞬間、景色が空間に吸い込まれ、再び暗闇の中に舞い戻った。

 

周りを見渡す。

 

真っ暗闇の世界。

 

さっきと違うのは、目の前に少女が佇んでいたことだった。

 

灯りもなく、何も見えない暗闇の中で、その少女だけがハッキリと目に映っていた。

 

フードを目深に被り、左目に血の滲む包帯を巻き、栗色のショートカットで紗夜を見つめる少女。

 

少女は右手を差し出す。

 

何も言わずに、そっと手を伸ばす。

 

その小さい手に優しく触れると、少女は両手で包み込む。

 

……触れたその手がじんわりと熱を帯び、ゆっくりと暖かくなる。

 

「……帰ろう?……」

 

少女の言葉に意識を向ける。

 

その表情は優しい笑みを浮かべ、まるで包み込むように自分を見つめていた。

 

(フリージア……?!)

 

そのままもう一度、口に出す。

 

「フリージア!!」

 

自分の言葉を外に放ち、少女の顔を見た。

 

まるで待っていたかのように、明るい表情に変わっていた。

 

BLITZ医療棟

 

病室。

 

それからも、紗夜は目を覚ますことなく、深い眠りの中にいた。

 

その間も医療班は二人の状態を監視し続けていた。

 

そして――

 

――紗夜達が救出されてから二十日目。

 

医療機器が繋がれた二人のベッドに、相変わらず秋浩が見舞いに来ていた。

 

秋浩

「今日で何日目だっけか? ……いよいよ菜琉を誤魔化しながら話すのも辛くなってきたな……」

 

窓の外を見つめ、伏し目がちに呟く。

 

その表情には、不安が滲んでいた。

 

そろそろ本格的に検査を始めた方が良いと言う菜琉を説得し、自然に目覚めるのを期待していた。

 

だが、菜琉の方が限界を迎えていた。

 

何度検査をしたところで、医療的検査では結果は何も異常がない。

 

それでも菜琉は、どうにか目覚めて欲しくて、また検査をするだろう。

 

満足するまで検査をさせた方が良いかと、秋浩が密かに覚悟を決めた、その時――

 

「フリージア!!」

 

そう思って悩んでいた秋浩の背後で、叫び声が聞こえた。

 

その声に驚き、すぐさま後ろを振り返る。

 

医療機器がけたたましく警報を鳴らしている中、まだどこが現実なのかすら分からない暗い視界のまま、ただ誰かを求めるようにしている紗夜の姿があった。

 

――目の前に向かって必死に手を伸ばし、そのまま硬直していた。

 

秋浩

「紗夜ちゃん……!」

 

荒い呼吸のまま、まだ自分が置かれた現実すら理解できていない様子の紗夜。

 

秋浩は一瞬の間を置いてから、慌てて通信機に手を伸ばし、医療棟の詰め所へと連絡を入れた。

 

バタバタと騒がしく病室に流れ込む医療班。

 

その中には菜琉もいる。

 

菜琉

「紗夜ちゃん?! 大丈夫?」

 

その呼びかけにも答えず、しばらく呆然としていた紗夜。

 

ゆっくりと自分の状況を確認し始める。

 

そして、真っ先にフリージアの身を案じる。

 

紗夜

「……フリージア……フリージアは? 菜琉さん! フリージアは無事なんですか?!」

 

普段の落ち着いた態度からは、到底想像できない取り乱し方をする紗夜。

 

珍しい光景に、菜琉も驚いて固まっている。

 

秋浩

「……元気そうだな……」

 

不意に秋浩が声をかける。

 

その声の方を向くと、隣のベッドの側に立ち、腕を組んで難しい顔をしている秋浩がいた。

 

紗夜は秋浩に視線を移し、その傍らにあるベッドを見つめた。

 

そこにはフードで顔が見えないが、間違いなくフリージアが横たわっている。

 

それを認識した瞬間、フリージアの元に向かおうとする紗夜。

 

ベッドから落ち、立ち上がることもおぼつかない。

 

それでも、ゆっくりとフリージアの元に向かう。

 

医療班の隊員たちは一瞬、紗夜を止めようとした。

 

だが、その身体に異常がないことを確認しながら、彼女が向かおうとしている先を理解する。

 

紗夜

「……フリー……ジア……!」

 

歯を食いしばり、ベッドにしがみつきながら立ち上がる紗夜。

 

フードをゆっくりめくり、その目に映った表情を見つめ、安堵する。

 

そこには目を開け、紗夜に向かい微笑みかける少女のあどけない顔があった。

 

フリージア

「……お、かえ……り?」

 

その言葉を聞くやいなや、フリージアにしがみつき、わんわんと泣き出す紗夜。

 

その姿を後ろから抱きしめ、背中をさする菜琉。

 

ため息をつき、ホッとした表情で傍らに佇む秋浩。

 

秋浩

「ようやく目が覚めてくれたか……」

 

モニターの数値を確認する者。

 

転倒しないよう後ろにつく者。

 

そして、フリージアの覚醒を確認する者。

 

医療班としてやるべきことを続けながら、誰もが二人を見守っていた。

 

菜琉は、紗夜の背中に回した手にそっと力を込め、静かにその震えを受け止めている。

 

医療班たちも互いに顔を見合わせ、それ以上二人を急かすことなく、必要な処置を続けながら、その光景を見守っていた。

 

しばらくして、落ち着きを取り戻した二人に、無理が無いように検査の準備が始まった。

 

医療班による検査では、当然のように異常は見つからなかった。

 

分かりきっていた結果に、菜琉は不安そうに小さく息を吐く。

 

だが、目を覚ました以上、次は科学班による検査が必要だった。

 

医療的な検査で何も分からなかった場合に備え、科学班には以前から、別の角度から二人を調べる準備が進められていた。

 

科学班の班員が、そんな菜琉に声をかける。

 

科学班員

「沙耶麻大佐、そんなに不安な顔をなさらないで下さい。ただの検査ですから……」

 

いつもなら冷静に状況を判断する菜琉が、今は誰が見ても分かるほど不安を露わにしている。

 

それは秋浩も同じだった。

 

だが、ここで二人とも不安を見せれば、菜琉は余計に自分を追い込む。

 

秋浩は平静を装いながら、菜琉へ声をかけた。

 

秋浩

「……検査だけだし、ここで待ってても仕方ねぇよ……班長室にいな? なんか分かったら連絡するからよ?」

 

菜琉

「……うん……でも……」

 

秋浩

「でもは無しだ」

 

言葉を遮るように、秋浩が続ける。

 

秋浩

「京介同様、お前も無理し過ぎなんだよ。言うこと聞いてる伽耶の方が、まだ可愛いぞ」

 

その言葉に、菜琉が息を呑む。

 

何が言いたいのかは分かっていた。

 

総副班長の伽耶も、何も心配していない訳ではない。

 

ただ、菜琉がこれ以上不安にならないように、自分の懸念を口にしていないだけなのだ。

 

それに気付いてしまえば、自分が周囲にまで気を遣わせていたことが、嫌でも分かる。

 

菜琉

「……うん……ごめん……」

 

秋浩

「……ごめんも無しだ」

 

秋浩の顔を見上げる。

 

そこに怒りや責めるような色は無かった。

 

ただ、自分まで不安を見せれば菜琉がさらに苦しむことを分かっているような、穏やかな笑みだけが浮かんでいた。

 

菜琉

「……分かった。なら、待ってる」

 

秋浩

「おう。少し休んでな。伽耶に食事の買い出し頼んでたから、二人とも、ちょっと飯食って仮眠でも取ってな」

 

京介を思わせるような軽い口調。

 

秋浩自身も不安を抱えている。

 

それでも、それを気取られないように振る舞っている。

 

その優しさに少しだけ甘えさせてもらおうと、菜琉はそれ以上何も言わず、秋浩に任せて総班長室を後にした。

 

――科学班・検査用ラボ。

 

科学班員

「まぁまぁまぁ、とりあえず身体検査は異常無し。医療班がしつこく検査してたから、それは良しとして……問題は、その先ですよねぇ」

 

科学班の班員が、どこか嬉々とした様子で紗夜とフリージアの二人を検査用ベッドへ寝かせながら、独り言のように呟く。

 

紗夜

「……あの、何か異常があったんでしょうか?」

 

科学班員

「無いですよ?」

 

紗夜

「……え?」

 

科学班員

「無いから、こちらでも検査するんです」

 

紗夜

「……? はぁ……」

 

全く意味が分からない紗夜に、科学班員は少しだけ笑う。

 

科学班員

「身体的な異常は全く見られない。それなのに、あなたは二十日も昏睡状態だったんですよ? 覚えてますか? 金星で救出された事」

 

紗夜が目を見開く。

 

科学班員

「医療班が治療したのにも関わらず、それだけの期間、目を覚まさなかった。沙耶麻大佐も毎日毎日心配して、何度も何度も検査していたんです」

 

そこで一度、言葉を切る。

 

科学班員

「それと、これは三条副隊長に頼まれたんですが……西島総隊長が停職処分を受け、現在BLITZにはおりません」

 

紗夜

「……え?」

 

科学班員

「ですので……」

 

紗夜

「二十日!? 待って下さい! そんなに眠ってたんですか?! それに西島隊長が停職処分って、どういうことですか!?」

 

一気に慌てふためく紗夜。

 

だが科学班員はそれをものともせず、紗夜の肩をそっと押さえ、再びベッドへ寝かせる。

 

科学班員

「はい、ダメですよぉ。横になってて下さいねぇ。何もお聞きになってないんですか?」

 

紗夜

「目が覚めてから、すぐこちらに運ばれたので……」

 

科学班員

「そうですか。なら仕方ないですね。それでは続けますが……」

 

科学班員は、淡々と説明を続ける。

 

金星から帰還した二、三日後、京介には停職処分が言い渡されたこと。

 

そして、その後を追うように四番隊の八神香奈恵も休暇を取ったこと。

 

もし停職中に紗夜が目を覚ました場合には、その事実を伝えるよう、三条副隊長から頼まれていたらしい。

 

さらに、京介自身も何度か紗夜とフリージアの様子を見に来ていたという。

 

科学班員

「秋浩さんが、総隊長秘書であるあなたのことを、京介さんが気に掛けているだろうと考えて、気を利かせていたようですよ」

 

紗夜

「……眠ってる間に、そんなことが……」

 

自分が総隊長の単独行動の一端を担ってしまった。

 

そんな思いが蘇ったのか、紗夜の表情が曇る。

 

その様子を見ながら、科学班員は淡々と続けた。

 

科学班員

「まぁ、遅かれ早かれ難癖をつけて処分はされる予定だったでしょうね。西島さんは科学班にも無茶ばかり言いますし、何より組織の命令なんか、初めから聞く気が無いでしょうし」

 

その言葉に、紗夜が顔を上げる。

 

科学班員の表情をじっと見つめる。

 

視線に気付いた科学班員は、少しだけ周囲を確認してから、紗夜へ顔を寄せた。

 

科学班員

「……BLITZ自体、一枚岩ではないんですよ」

 

声を落とす。

 

科学班員

「西島さんを良く思わない方々もいます。それは勿論、上層部にも……」

 

紗夜は何も答えず、静かに俯いた。

 

科学班員はそれ以上を語ることなく、少しだけ表情を緩める。

 

科学班員

「まぁ、そもそも西島さんの単独行動のおかげで、こちらとしても有意義なものを得ることは多いですからねぇ」

 

それだけ言うと、科学班員は話を切り上げ、再び検査へと戻っていった。

 

紗夜は言われた通りに検査を受けながら、眠っている間に起きたことを考えていた。

 

京介は、自分たちのために動いた。

 

そして今も、自分たちのことを気に掛けている。

 

その事実が、胸の奥に重く残っていた。

 

――それから二日。

 

紗夜とフリージアは、ありとあらゆる検査を受け続けた。

 

検査が終わった後も、そのまま病室で過ごすよう指示され、二人は科学班の調査が終わるのを待つことになった。

 

――そして、数日後。

 

BLITZ本部・科学班。

 

総班長室。

 

検査結果を手にした男が、一人で佇んでいる。

 

眼鏡。

 

乱れた髪。

 

白衣。

 

疲労の滲んだ目元と、濃い隈。

 

いかにも科学班、といった風貌の男だった。

 

科学班 総班長

橘 社(たちばな やしろ)

(35)特異系能力者

 

社

「初めましてかな?」

 

社は資料から顔を上げながら問いかけた。

 

社

「攻撃隊の隊員は、西島くん以外、あまりこちらに出入りしないからね。医療班の沙耶麻総班長には先に説明している。後で何か聞かれるかもしれないけど、まぁ、そのまま答えてくれ」

 

紗夜

「……あ、はい。よろしくお願いします……」

 

社

「よろしく」

 

社は軽く頷くと、思い出したように口を開く。

 

社

「ところで、もう一人のお嬢ちゃんは病室かな?」

 

フリージアのことだと察した紗夜は、目覚めたばかりでまだ身体が思うように動かないため、病室で休ませていることを伝えた。

 

社

「……賢明だね」

 

そう呟き、再び手元の資料へ視線を落とす。

 

そして、しばらく資料を眺めた後、静かに口を開いた。

 

社

「とりあえず、結論から言おうか」

 

紗夜が姿勢を正す。

 

社

「君たち二人が昏睡状態に陥っていた原因は、能力によるものだよ」

 

紗夜

「……能力?」

 

社

「そう。ただの使い過ぎじゃない。もちろん、それも原因の一つではある。でも、主だった原因じゃない」

 

紗夜は意味が分からず、黙って話を聞く。

 

社

「君たち二人の能力はね……以前より強くなっている」

 

紗夜

「……強く?」

 

社

「精密な言い方をすれば、単純な成長という意味ではない」

 

眼鏡を押し上げながら言う。

 

社

「能力そのものが変異しているんだ」

 

紗夜

「……どういう、ことですか?」

 

社

「能力者というのは、元々が突然変異で、非能力者とは違う身体構造に変化する。だからこそ、能力を使えるし、肉体的にも一般人より強い」

 

そこで一度、言葉を切る。

 

社

「だけど君たちは、そこからさらに変化している」

 

紗夜

「……さらに?」

 

社

「能力が変化したことで、身体の方も、それに合わせるように変わっているんだ」

 

紗夜は言葉を失う。

 

紗夜

「つまり……私達の身体そのものが、変わった……?」

 

社

「そういうことだね……我々はこれを、二段階目の変異と呼んでいる」

 

紗夜

「……二段階目……」

 

社

「能力者そのものが確認されてから、二段階目の変異が起きた例は、過去に一例しか確認されていない」

 

社の表情が、わずかに変わる。

 

社

「宇宙を巻き込む大規模な戦争……そう、第一次星間大戦の時に、たった一例だけ確認されている」

 

紗夜は黙ったまま、男の言葉を聞いている。

 

社

「その一例を除くと、君たちに同じ症例が現れるまで、たったの一度も確認されていない……当時の記録は少ない。何が原因で起きたのかも、完全には分かっていない」

 

紗夜

「……じゃあ、私たちは……」

 

社

「そう。今まで確認されていなかった現象が、君たち二人に起きている」

 

資料を閉じながら紗夜をまっすぐ見つめ、続ける。

 

社

「そして、もう一つ気になることがある」

 

紗夜

「……何ですか?」

 

社

「この変異が起きた時、君たちが金星で救助された過程が関係あるのか?」

 

紗夜は息を呑む。

 

社

「君たちの変異のトリガーが何か、全く分からないんだ……あまり大きな声では言えないが、君は沙耶麻総班長の能力を知っているかな?」

 

紗夜

「沙耶麻総班長の能力ですか?」

 

紗夜は俯き、考える。

 

確かに、沙耶麻菜琉の能力は詳細までは把握していない。

 

BLITZの入隊前に、ほんの少しだけその力で治療された。

 

だが、それだけだった。

 

その姿を見ながら、社が続ける。

 

社

「……これは我々隊長格の一部しか知らない事。局長を含め、上層部すら知らない事なんですが……」

 

神妙な顔つきで前置きをし、まっすぐ紗夜の瞳を見つめながら話す。

 

社

「菜琉くんの能力は、他の生命体からエネルギーを吸い取り、それを治療に転換する事が出来るんです……」

 

紗夜

「なっ!……そんな能力を……」

 

社の言葉に慌てる紗夜。

 

しかも、今まで局長すら知らないと言われた。

 

さらに疑問が浮かぶ。

 

紗夜

「……あの、局長すら知らない能力と仰いましたが、それを私に話してもよろしいのですか?……」

 

それに対して社が、事も無げに答える。

 

社

「本来なら西島くんが口止めしてるのですが、今回は菜琉くんが君になら話しても良いと許可を貰っています。なので、あえて話しました……あぁ、勿論他言無用ですよ。私が西島くんに怒られてしまいますから……」

 

口止めをした理由は分かる。

 

他の生命力を吸い取り、治療に転換する。

 

裏を返せば、それは殺すことにも長けているとも取れる能力だ。

 

京介は菜琉を、そんな場所に置きたくない。

 

だから口止めをしているのだろう。

 

局長にも知らせないように、厳重に。

 

紗夜

「……あの……それならば、フリージアは?! フリージアはどうなっていますか?!」

 

社の話を聞き、唐突に不安になる。

 

自身をボロボロになりながら救い出そうとした、大切な家族。

 

突然声を荒らげた紗夜に、社は変わらず冷静に話す。

 

社

「……先程、賢明と言ったのは、その事もある……結論から言えば、現在お嬢ちゃんはなんともない」

 

紗夜

「……現在?……」

 

聞き返した紗夜に、フリージアの検査結果が書かれたタブレットを見せながら話す。

 

社

「君とは違う変異を起こしている……」

 

ゴクリと喉を鳴らし、真剣な眼差しで社を見つめる。

 

社

「あの子の動愚……アレは意志を持つ個体です。その意味は分かりますね?」

 

その質問に、黙って頷く紗夜。

 

意志を持つ動愚は、適合すれば恐ろしい攻撃力や、この世界の法則を無視したような回復力をもたらす。

 

だが、それ自体の適合者も少ない。

 

ましてや、意志を持つものの適合者はさらに少ない。

 

社

「動愚とは、意志を持つ物、持たない物、どちらも区別なく、本来は装飾品や装備品の姿を維持していました。BLITZにいる全適合者がそうです……たった一人を除いては……」

 

紗夜

「たった一人?……」

 

社

「そうです。たった一人……貴女は、それが誰か分かりますか?」

 

そう言われて俯き、考える。

 

動愚の適合者。

 

尚且つ、それが当てはまらない者。

 

紗夜

「……西島……隊長?……」

 

恐る恐る答えた紗夜に、口角を上げながら続ける。

 

社

「……そう。西島くんです。彼は意志を持つ動愚の適合者ではありますが、その形態は装備するもの、身につけるものではありません……」

 

紗夜

「?……」

 

社

「現在BLITZで確認されている適合者の中で、唯一、動愚が寄生……と言っても良いでしょうか」

 

紗夜

「寄生!?」

 

驚きの声を上げる紗夜。

 

それもそうだろう。

 

今まで動愚の適合者は幾度となく目にしたが、皆一様に指輪やネックレスなどの装飾品、あるいはナイフや武器に見える装備品だった。

 

それが突然、寄生していると言われれば、驚きもする。

 

社

「そう……寄生しています。その症例も、第一次星間大戦時に確認されたものが最初で最後だったんですが、クリムゾンインパクトの後、彼に動愚が適合しました。勿論、初めはネックレスのような形態で装備していましたが、いつの間にか、それが寄生型に変異していたんです……」

 

紗夜

「……待って下さい! その説明だと、フリージアも寄生型の動愚になっているように聞こえますが……仮になっていた場合、何か危険な事になるんですか?! フリージアは、あの子は大丈夫なんですか?!」

 

フリージアを心配するあまり、叫びながら詰め寄る紗夜。

 

その姿に少し気圧されながらも、社は淡々と答える。

 

社

「落ち着いて。現在は問題ない……そう言いましたよ」

 

紗夜をなだめ、ソファに座らせながら説明を続ける。

 

社

「さて、寄生型になったからとは言え、問題が無いのは西島くんを見ていれば分かると思いますが、二人とも同じとは限らない……だから、しばらく医療棟で過ごして頂く事になります」

 

紗夜

「……」

 

社

「ちなみに……この寄生型への変異ですが、未だに解明が出来ていません。何が原因となっているか、我々も究明出来ていないのです……これは我々科学班の、痛恨の極みです……」

 

そう言いながら、社は頭を垂れ、見るからにガッカリした様子を見せる。

 

その顔には、未知を解明できないことへの悔しさがありありと浮かんでいた。

 

社

「未だに能力者と言う者! 動愚と言う未知の物体の状態を解明出来ない事に加え! 立て続けにそれが起き! しかも、それが分からないと来ている! ……私は……科学班は……それが堪らなく悔しいのです……」

 

唐突に拳を握りしめ、探究心を剥き出しにして語り始めたかと思えば、今度は見るからに落ち込んで肩を落とす。

 

そのあまりの落差に、紗夜は言葉を失った。

 

それほど悔しいのか。

 

それとも、単純に未知そのものを楽しんでいるのか。

 

紗夜には、もはや判断がつかなかった。

 

ただ、一つだけ分かったことがある。

 

橘 社という男は、西島京介とは向いている方向こそ全く違う。

 

それでも――

 

一つのことに対する執着の強さだけは、どうしようもないほど似ている。

 

紗夜

「……ハァ……」

 

おそらく何もない状態でも、既に理解し難い情報量を叩き込まれていた。

 

そこへ目の前の科学班総班長の強烈な個性まで加わったことで、紗夜の処理能力は完全に限界を迎えていた。

 

下を向き、真剣な表情で考え込む紗夜を横目に、演説をしていた社はビーカーを取り出した。

 

そのままコーヒーメーカーからコーヒーを注ぎ、紗夜の前にコトリと差し出す。

 

社

「とまぁ、今一気に説明した事を理解するのは難しいでしょうから、とりあえず君も休養して下さい。勿論、お嬢ちゃんと同じ病室ですので」

 

目の前のビーカーに少し驚きながらも、社の言葉に小さく頷く。

 

社

「菜琉くんや、西島くん、答え合わせは後でいくらでもできますからね。それに、お嬢ちゃんが心配でしょう。後はゆっくりして下さい」

 

変人と思っていた科学班から、思わず人間味のある言葉を聞いた紗夜は、ビーカーのコーヒーよりも、その言葉に驚いた。

 

社

「……なんです? ……その顔は……」

 

紗夜

「……いえ……なんでもありません……」

 

俯きながら小刻みに肩を震わせる紗夜を、訝しげな瞳で見つめながら、コーヒーを口にする社。

 

そこには、つい先ほどまで未知の現象に頭を抱えていた科学者とは思えないほど、いつもの落ち着いた姿があった。

 

 

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