ANGEL WALTZ 作:とくめい
西島京介が停職処分を受けてから、四日目。
西島家では、妹の忍にせがまれ、ケーキバイキングへ来ていた。
忍
「うぇへへへ……」
京介
「……ヨダレ垂れてるぞ……」
響華
「香奈恵ちゃんは大丈夫? おばあちゃん、心配しない?」
香奈恵
「おばあちゃんに、ゆっくりしてきなさいって言われたw」
バイキングの会場は、少し高級なホテルの食堂。
集客を狙ってリーズナブルな価格設定にしているらしく、女性や子供を中心に人気があり、なかなか入れないイベントだった。
忍
「皆でお出かけするの、久しぶりで嬉しい! 香奈恵ちゃんと、どっちが多く食べられるか競走する!」
響華
「よっぽど楽しみだったのね。それは良いけど、無理しないのよ?」
忍
「大丈夫だよ! 香奈恵ちゃんと一緒だもん!」
京介
「……香奈恵は、こういう所来たことあるか?」
香奈恵
「無いw だから忍ちゃんと一緒に食べるw」
京介
「好きなだけ食べな。食える分だけどな……」
そう言う京介を尻目に、忍と香奈恵は、テーブルの上に並んだ色とりどりのケーキに目を輝かせていた。
見渡す限り、会場には女性と子供がひしめいている。
男性は数えるほどしかいない。
その中でも、一際目立つ京介。
BLITZで鍛え抜かれた京介の身体は、周囲の男性陣よりも二回りほど大きかった。
京介
「……なんか……歩きやすい……」
周囲を気にしながら、適当にケーキやアラカルトを皿に取り、響華と共に席へ着く。
響華
「しばらくぶりに、皆でお出かけするわね。でも、お兄ちゃんは大丈夫? こういう所、女の人多いから」
あまり居心地が良さそうには見えない京介に、響華が声をかける。
だが、彼女の目に映った京介は――
子供のように無邪気な顔で、ケーキを頬張っていた。
京介
「……まぁ、たまには良いんじゃないですかね……それに、俺が別行動取ったら、忍が騒いで響華さんが大変でしょうし」
そう言いながら、心配そうな視線を忍達へ向ける。
響華
「確かに、お兄ちゃんとお出かけするの楽しみにしてたものね。そうなったら、お母さんちょっと大変になっちゃうわ」
おちゃらけた響華の言葉に、京介も少しだけ笑った。
そして、響華の皿に目を落とす。
京介
「……飲み物、取ってきますよ」
そう言って席を立った。
ドリンクコーナーの前まで来た京介は、人数分の飲み物を選んでいた。
その時だった。
「ちょっと邪魔だよね……」
「車椅子なんかで来るなっての……」
「あーゆーのが人に迷惑かけても、なんとも思わないんだよ……」
京介にとって、耳障りな言葉が聞こえてきた。
声の方へ視線を向ける。
そこには、目を閉じたまま車椅子に座り、周囲を不安そうに見回している金髪の少女がいた。
おそらく、目が見えていない。
どうやら介助してくれる人とはぐれたらしく、しきりに周囲へ声をかけている。
「……あの……すみません。あの……」
だが、少女の声を気に留める者はいない。
皆、彼女を避けるように、そのまま会場へ流れていく。
京介は少女へ歩み寄ろうとした。
その直後だった。
「車椅子だ!」
聞き間違えるはずのない声。
振り返った瞬間――
忍は京介を素通りし、車椅子の少女へ駆け寄っていた。
忍
「お困りですか?! お手伝いしますよ!」
物怖じすることなく、少女へ声をかける忍。
その後ろから、香奈恵もついてくる。
香奈恵
「ケーキ食べに来たの?w 誰か待ってるの?w」
突然声をかけられた少女は、驚いたように顔を上げる。
そして、自分の手に触れた二人の気配を感じながら答えた。
「……あの、兄と来たんですが、トイレに行ったみたいで……多分、迷ったのか、戻って来なくて……」
どうやら同伴していた兄とはぐれてしまったらしい。
それで入り口付近で困っていたようだ。
忍
「それじゃあ、一緒に食べませんか?!」
香奈恵
「皆で食べると美味しいよw」
「えっ?……いや……あの、ご迷惑になりますから……」
忍
「迷惑じゃ無いです! ねっ? お兄ちゃん!」
唐突に振り向き、京介へ賛同を求める。
京介は少し考える。
兄が戻ってくる予定なら、勝手に会場の中へ連れていくのはまずい。
京介
「お兄さんの特徴は? 俺が見つけて来ますよ。それまで、妹達と一緒に居てくれると助かりますけど……」
「……えっ……いえ……なんか申し訳ないですから……」
京介
「気にしないで下さい。それに……皆でケーキ食べると美味しいですよ」
「……すみません……」
兄妹揃ってお節介を焼く。
しかも、それを恩着せがましく見せることもない。
少女は少し申し訳なさそうにしていたが、忍と香奈恵に押されるうちに、少しずつ緊張が解けていった。
「アイリス!」
その時、突然大きな声が響いた。
声の方を見る。
そこには、優しそうな青年が血相を変えて近づいて来ていた。
「ごめんよ、遅くなって……」
青年はそう言いながら、車椅子の少女に駆け寄る。
そして、無事を確かめるように声をかけた。
「アイリス、こちらの方達は?」
アイリス
「お兄ちゃんとはぐれたって言ったら、助けてくれたの……」
「そうでしたか……すみません。俺のせいでご迷惑をお掛けして……」
京介
「お気になさらず。妹達が声をかけて、逆にご迷惑じゃないかと心配したんです」
アイリス
「そんなことないです……ずっとここにいましたけど、声をかけてもらえて助かりました……」
忍と香奈恵は、変わらずアイリスの傍らに立っている。
そして二人とも、何故かワクワクした表情を浮かべていた。
忍
「良かったら一緒に食べませんか!?」
香奈恵
「皆で食べると、もっと美味しいよw」
予想通りの言葉だった。
仲良くなりたそうな忍の味方をするように、京介も口を開いた。
京介
「勿論、ご迷惑じゃなければ、ですが……妹さんも、歳の近い子がいれば何かと頼みやすいでしょうし……」
「えっ……いや……」
青年は少し考え込んだ。
だが、車椅子に座る少女は、心なしか少し期待しているようにも見える。
「……すみません。ご一緒させて下さい」
青年は小さく頭を下げた。
「正直、こういう女性の多い所は少し苦手だったんです」
そして、気さくに笑う。
「俺の名前は、ウルフズベイン・アルストロメリア。こっちは妹のアイリスです」
そう言いながら、握手を求めて手を差し出した。
京介はその手を握り、挨拶を返す。
京介
「西島と言います。こっちは妹の忍、その友達の香奈恵。それと、席に母もいますので」
軽い自己紹介を終え、自分たちの席へ移動する。
ウルフと響華は、思いの外すぐに打ち解けた。
忍と香奈恵は、アイリスと一緒に車椅子を押しながら、ケーキを選びに向かっていった。
ウルフ
「すみません……なんか、押しかけたみたいになっちゃって……」
響華
「良いんですよ。妹さんも、車椅子だとなかなかこういう所に来づらいでしょうし、私達で良ければお手伝いしますよ」
京介
「ウルフズベインさんは……」
ウルフ
「長いでしょう?」
そう言って、ウルフは笑う。
ウルフ
「気軽にウルフと呼んで下さい。それに、さん付けも要りません。遠慮なく呼び捨てにして下さい」
絶妙な距離感で一気に懐へ入ってくる。
今どき珍しいほど気さくな性格のウルフに、京介も合わせることにした。
京介
「それなら……ウルフも、妹にせがまれてここへ?」
ウルフ
「いや。妹は見ての通りで、目も見えないから、せめて好きな物を食べてもらいたくて……」
ウルフの妹、アイリス。
やはり盲目だった。
それに加えて、身体もあまり強くないらしい。
だからこそ兄であるウルフが、先回りして妹のわがままや希望を叶えている。
――そんな兄なのだろう。
忍
「お兄ちゃん! アイリスちゃんが選んでくれたケーキ!」
ウルフと話していると、忍達がウキウキしながら戻ってきた。
忍は山盛りにケーキを皿へ乗せている。
アイリスは程々。
そして香奈恵は――
京介
「……手加減無しで盛って来たな……」
心配になるほどの量を運んで来ていた。
響華
「あらあら、いっぱい持って来たわね。食べられそう?」
香奈恵
「美味しいw」
アイリス
「形が分からないから、匂いで選んでみたんだけど……苦手だったらごめんなさい」
忍
「おいひいお!」
京介
「……忍、食べてからお話しなさい……」
三者三様の楽しみ方。
誰とでも仲良くなれる忍が、アイリスと香奈恵と三人で仲良くしてくれているようで、京介も安心した。
ウルフ
「……ハハッ……」
ウルフが笑みを零す。
ウルフ
「いや、すまない。妹のあんな楽しそうな顔、久しぶりに見て……」
目が見えないとはいえ、無邪気にケーキを頬張る少女は、忍や香奈恵と何も変わらない。
京介
「楽しそうで良かった……」
ウルフ
「こちらこそ。思い掛けず楽しませてもらって、感謝するよ」
響華もウルフも、三人の少女達を見ながら優しい笑みを浮かべ、このひと時を楽しんでいた。
忍
「香奈恵ちゃん! リスみたい!」
香奈恵
「へんぶほいひいもw」
京介
「……香奈恵……どうやって詰め込んだ……」
ケーキをつつきながら聞いた話では、両親はおらず、兄妹二人だけで暮らしているという。
妹のアイリスは盲目だが、点字を翻訳することができる。
兄のウルフは、大きな貿易会社で働いているらしい。
ウルフ
「ところで、京介はどんな仕事を?」
京介
「俺は……BLITZで働いている……」
ウルフ
「……BLITZ? どうりで良い身体をしている訳だ」
ウルフが事もなげに答えたことに、京介は少し疑問を抱いた。
京介
「……能力者が嫌じゃ無いのか?」
至極当然の質問だった。
だが、ウルフは変わらぬ笑みを浮かべたまま、不思議そうに首を傾げる。
ウルフ
「……? どうしてだい? 能力者だからって、何かしたのかい?」
少しだけ間を置いて、続ける。
ウルフ
「少なくとも、能力者だとして、俺の妹を手助けして、楽しい時間をくれたのは君だろ?」
響華
「……あらあら……」
思わず響華が声を漏らした。
京介は、何も言わずにウルフを見る。
こういう風に、自分を能力者ではなく、一人の人間として見る人間は久しぶりだった。
だが、ウルフが気にしていたのは、そこではなかった。
ウルフ
「俺が気になるのは、そこじゃない……」
ニヤリと笑う。
ウルフ
「平日の昼間に、何故BLITZがこんなところで家族サービスをしてるか、という所だね。サボりかな?」
京介
「……ハッ……ハハッ……違うよ。停職処分さ。ちょっとヘマしてね……」
ウルフ
「そうか、ハハッ。やっぱりBLITZとは言っても、完璧超人じゃないんだね。安心したよ」
響華
「フフッ……ウルフくん、面白いわね」
京介も、思わず笑ってしまう。
このウルフという男は、妙なほどまっすぐだった。
アイリス
「お腹苦しい……」
忍
「……香奈恵ちゃんに負けた……」
香奈恵
「もう一回取ってくるw」
ウルフと他愛のない話をしている間に、大食い勝負は香奈恵の勝利で終わったようだ。
悠々と勝利のケーキを取りに行く香奈恵とは裏腹に、忍とアイリスは満腹でうんうん唸っている。
京介
「動けるか?……満足したか?」
忍
「大満足……だけど、少し休む……」
アイリス
「……もう食べられないのが悔しい……」
ウルフ
「楽しかったかな?……喜んでくれて嬉しいよ」
香奈恵
「おばちゃんと一緒に食べるw」
響華
「あら、私の好きなベリーケーキ。香奈恵ちゃん、ありがとう」
そんなひと時を過ごすうちに、思い掛けない出会いから始まった交流は、自然と親睦を深める形になっていた。
ホテルを出るまでの間に、お互いの連絡先も交換していた。
京介は、アイリスがケーキを食べに来るほど好きなのだと知り、お土産まで持たせる。
アイリス
「えっ……あの……」
京介
「良いんだ。妹達も楽しんでたから。良かったら、また一緒に遊んでくれると嬉しいかな」
ウルフ
「ありがとう。俺たちもまた遊んでみたいから、良かったら一緒に」
京介
「勿論。また一緒に何処か行こう」
そう言って、ホテルの前で別れる。
アイリスは満腹で苦しそうにしていたが、それでも忍や香奈恵のことを楽しそうにウルフへ話していた。
アイリス
「今日はびっくりしたけど、ほんとに楽しかった……ありがとう、お兄ちゃん」
ウルフ
「ごめんな、遅れちゃって。けど、そのおかげで友達ができたみたいだから、少し安心したよ」
アイリス
「忍ちゃんって面白いんだよ。香奈恵ちゃんも、すっごく可愛いし」
ウルフ
「ハハッ……そうだな。アイリスには負けるけど、可愛かった……それに、お兄ちゃんの西島京介っていう方も面白い……」
アイリス
「あの人、なんだかお兄ちゃんに似てたよ? だからかな? そんなに怖くなかった」
ウルフは車椅子を押しながら、微笑ましい兄妹の会話を続けて歩いていく。
その道すがら――
身体の大きな男と、細身だがガッチリとした男が現れた。
「迎えに来たぞ。さすがに遠かっただろう」
その言葉に、アイリスが反応する。
アイリス
「オジチャン!」
嬉々としてはしゃぐアイリスは、抱きしめろと言わんばかりに両手を伸ばした。
ウルフ
「……ルドラ、わざわざ迎えに来てくれたのか? ありがとう……」
ルドラ
「なに、俺がアイリスを見たかっただけだ。金星から帰ってきてから、身体が心配だったからな」
金星の地下奥深くでプライドと戦い、京介に見逃されながら、奪われた少女を取り返しに行ったルドラ。
その男が、今はアイリスを優しく抱き上げている。
ウルフ
「トールはどうして? タケミカヅチと一緒じゃ無いのか?」
トール
「この辺のケーキ屋、美味しいからw ルドラが迎えに行くならって、ついてきたw」
アイリス
「トールはいつもお菓子食べてるよね? 虫歯にならない?」
トール
「アイリスみたいに、歯磨き忘れて寝ないからねw」
アイリス
「むぅ……お土産あげない!」
三人のやり取りを、ウルフは楽しそうに眺めていた。
だが、その光景を知る者が見れば、少し違った印象を受けるだろう。
BLITZと対峙し、その実力を見せつけてきた能力者達。
それが今は、まるで一つの家族のようにそこにいる。
ウルフ
「ライオットは? 相変わらず行方不明?」
ルドラ
「まぁ、アイツは風来坊じみたところがあるからな……」
ウルフ
「仕方ないか……」
アイリス
「……ライオット……ご飯、食べてるかな?……」
ウルフは、アイリスを抱いているルドラへ目配せする。
アイリスを車へ送るように合図した。
ルドラもその意思を受け取り、小さく頷く。
ルドラ
「さぁ、お家に帰ろう。車までちょっと散歩だ」
その言葉に、アイリスはキャッキャッとはしゃぐ。
先程のホテルで見せていた姿とは違う。
ここでは、とても安心しているのだろう。
トール
「なんか良いことでもあった?w 顔が笑ってるよw」
ウルフ
「そう見える?……BLITZの総隊長に会ったんだ。すごく楽しそうな人だったよ……」
トール
「ふーんw 綺麗めの女の子、近くにいなかった?w 顔つきの整った子w」
ウルフ
「顔つきの整った?……可愛い子はいたけど、綺麗めなのは彼の母親だけだったかな?」
トール
「前にスカーレットスコルピオの一人をやっつけに行った時に会ったんだw 発現したばっかりで、殴り方も分からない女の子w」
ウルフ
「タケミカヅチが言ってた子か。トールが面白がってたって」
トール
「そうそうw 今はどうかな?ってw BLITZの総隊長がいたなら、多分近くにいるんじゃないかと思ってねw」
ウルフ
「フフッ……彼は今、停職処分だって言ってたよ」
トール
「チェッw ならいないかw」
そう言って笑みをこぼすウルフとは対照的に、トールは少しつまらなそうに鼻を鳴らした。
ルドラの遥か後方を歩きながら、二人は当たり前のように会話を続けていた。
――その内容を、京介達はまだ知らない。
◆
――時を同じくして。
忍
「お腹いっぱい! また来たい! アイリスちゃん、一緒に来てくれるかな?」
響華
「香奈恵ちゃん、口にチョコレートついてるわよ」
京介
「連絡先交換したんだろ? 誘ってみたら良いさ」
香奈恵の口元を拭きながら、京介と忍の話を微笑ましく聞いている響華。
その姿は、どこからどう見ても仲の良い家族だった。
何も知らなければ――
ただの、仲の良い家族。
だが、この中に一人でも能力者がいると分かれば、途端に周囲の反応は変わる。
能力者とは、そういう扱いを受ける存在だった。
京介はずっと、その扱いを受けてきた。
いい加減、慣れてきたつもりでもある。
だが、家族はそうではない。
――それでも。
京介には、分からなかった。
何故、非能力者達は、そこまで能力者を嫌うのか。
能力者全員が、自分達のように穏やかなわけではない。
それは京介だって分かっている。
それでも――
何もしていない人間まで、最初から怖がられる。
そのことだけは、何年経っても納得できなかった。
そして、そんな扱いを受け続ければ。
誰かを助けようと思わなくなるのは当然の事……
純粋な子供ですら、淀みが続けば段々濁ってどす黒くなる……
京介がそう考えた、その時だった。
忍
「あっ! お兄ちゃん、あの服可愛い!」
突然、忍が叫んだ。
反対側のショーウィンドウに映る服を指差し、そのまま走り出す。
京介
「……忍!!」
横断歩道を無視して駆け出した忍を止めようとした。
だが――
一瞬、反応が遅れた。
丁度、交差点を曲がってきたトラック。
運転手はよそ見をしていたのか、忍に気付かないまま迫ってくる。
響華は驚いて忍を追おうとする。
香奈恵は飛びつこうと、身体を屈める。
全てがスローモーションに映る、ゆっくりと、止まっているように
そして京介が、そのまま走り出しかけた――
その瞬間。
一瞬、全員の視界が真っ白に染まった。
視界を覆っていた白が、ゆっくりと晴れていく。
トラックの運転手は突然の眩しさに驚いたのか、慌ててブレーキを踏んだ。
交差点一帯が、一瞬で静まり返る。
そして――
忍の姿を捉えた。
そこには、忍を小脇に抱えた細身の、不健康そうな男が立っていた。
京介
「……ライオット……」
その姿を見た瞬間。
京介の脳裏に、一人の男が浮かんだ。
ライオットは忍に二、三言葉を掛けると、そのまま煙のように姿を消した。
慌てて忍へ駆け寄る京介達。
京介・響華
「忍!」
「忍ちゃん!」
ポカンとした忍が、地面に座りながら二人を見上げる。
香奈恵
「大丈夫?w」
忍
「……ウン……ビックリした……」
京介
「何か言われたのか?……」
忍
「……危ないよ、って……信号見ないとね、って言われた……」
響華は忍を強く抱きしめる。
無事だったことへの安堵と、心配が入り混じった表情だった。
響華
「……そうね……信号、よく見ないとね……」
そして、もう一度。
忍を抱きしめる。
響華
「……無事で良かった……」
しばらくすると、周りの一般人が数名駆け寄って来た。
「大丈夫?」
「なんにもされなかった?」
「怪我は無い?」
「怖かったわよね、今の能力者でしょ?危なかったねぇ」
忍を心配する声の中に、能力者への偏見が混じっていた。
今の能力者は何もしなかった。
むしろ忍を助け、当たり前のように注意をしただけだ。
それでも――
「能力者に会って怖かった」
そう言われてしまう。
京介は、何も言わずに周囲を見ていた。
分かってはいた。
それでも――
これは、あまりにも報われない。
当たり前の事をしても、この有様だ。
忍
「なんで、みんな能力者のこと嫌いなの?……」
ぽつりと、忍が呟いた。
誰に向けたわけでもない、純粋な疑問だった。
忍
「今の人は助けてくれたのに……怖くなかったよ?」
そして、京介を見上げる。
忍
「怖くないし、お兄ちゃんみたいに優しかった!」
その言葉に、周囲の人間は戸惑ったような顔を浮かべる。
まるで、変なことを言う子供を見るような目だった。
京介
「……まぁ、とりあえず次行くか……」
響華
「うん……次はお洋服でも見に行く?」
香奈恵
「隊長w 喉乾いたw」
京介
「……あんだけ食えばな……」
忍を背負い、その場を後にする。
後ろから向けられる冷たい視線には慣れている。
陰口だって、今さら気にならない。
それでも――
背中でブツブツと呟く忍の声だけは、やけに耳に残っていた。
忍
「……お兄ちゃん、怖くないもん……」
京介
「ハハッ、ありがとうな。嬉しいよ……」
響華
「お兄ちゃんは怖くないけど、周りの人達はそれを分かってくれないものね。忍ちゃんには、ちょっと嫌だよね……」
香奈恵
「私も隊長大好きw」
京介
「……ありがとな、二人とも」
忍は消化しきれない気持ちを抱えたまま、それ以上は何も言わなかった。
二人の少女達の笑い声が、少しずつ遠ざかっていく。
そして京介は、忍を背負ったまま歩いていく。
その背中は――
いつものBLITZ総隊長ではなく。
ただ、妹に好かれている一人の兄だった。