生者に恐怖を、少女に祝福を   作:狐畑

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 本編前編3話目で、くらやみおばけ、2話目です、果たしてソフィアはこの怪物から無事に逃げ延びることはできるのでしょうか。
 もう少しの間本編前の物語は続くと思います。


file3:くらやみおばけⅡ

 駆けだしてすぐ、化け物が追ってきてるのが分かった。この大きな足音でエミリーが驚いて、怪物の矛先が彼女に向かないかだけが不安だったが、幸いにも202病室の前を通り抜けられた。エミリーの反応はない、何かヤバいのを察して大人しくしてくれたのだろう。

 こんな短距離でも、久しぶりの全力疾走は堪える……呼吸が整えきれなかったのもあって胸が苦しい、呼吸が乱れてしまう。

だが、弱音は吐けない、最悪、私は助からなくても大事なエミリーが助かれば良い。そう強く思って、廊下の奥に向かって走る……奥の方にまで誘導できれば、上手いこと抜けられるかもしれない。

 

「あと少し……大丈夫、大丈夫、私なら逃げ――」

 

 あと少しで奥の分かれ道……病室でも職員さんの部屋でもいい、とにかく撒ける可能性のある場所に行く。そこまで行けばなんとか逃げられる。そう自分に言い聞かせ、ついにカーテンから僅かな光が差し込む分かれ道にたどり着いたというところで、わずかな浮遊感の後に、身体が地面にたたきつけられ、鈍い痛みがやってくる。

 こけてしまった、最悪だ……焦っていたとはいえ、このタイミングとは。

 

『ヴァ……ヴァァ……』

 

 化け物はそんなことも気にせず、迫ってくる。なんとか起き上がって再び走り出そうとしたところで、私はその巨大な手に足を掴まれてしまった。

 

「うっ、あ……放して……」

 

 その言葉は怪物には当然届かない、怪物の巨大な手は、すさまじい力で私を引き寄せようとする。私の力じゃ抵抗は不可能だ、反射で手が何かを掴もうとする。

 咄嗟に私がつかんだのは……カーテンだった。掴む場所としてはあまりに頼りない、掴んで必死に抵抗しても、すぐに伸びてしまい、ぱちん、ぱちん……という音と共に留め具が外れていく。足も限界だ、かなりの剛力、足の骨が、筋肉が、もう限界だと悲鳴をあげているのが嫌でも分かる。このままちぎれてしまうのではないかという不安すら浮かんできたとき。

 

「あっ……やだ……」

 

 ばきぃ! という音と共に、カーテンが外れ、私は怪物側に勢いよく引っ張られる。終わった……そう、確信したとき。

 

『ア……ギャァアアァァァァァ!』

 

 肉の焼けているような音と匂いがしたかと思えば、怪物が悲鳴を上げ、私の足を締め付ける力が緩む。一瞬何が起こったのが分からなかったが、怪物の方を見ると理由はすぐに分かった……。

 光に当たった部分の皮膚が焼けただれている、相当痛いのか、腕で光を防ぐように顔を隠しているものの、その腕も焼けただれてしまっていた。

 あの怪物は何に弱い? 日光、いや……壁を容易く破壊できる怪物だ。マリーの部屋に空いた穴から覗いていた時、なんでこっちまで来なかった? 壁の破壊くらいできたはずだ、じゃあなんで……

 

「……ぁ、逃げないと、はやくっ……」

 

 怪物が後ずさったのを見てはっとした、考えるのは後だ。どっちだ、どっちに逃げる……? 左の病室の方は行き止まり。右に進んだ先の職員さんの部屋……スタッフルームなら化け物の後ろの廊下にぐるっと回れるかもしれない。

 さっきは必死で扉を開けるなんて考える暇なんてなかったけど、今なら距離を取れる。

 とにかく今だ! 今しかない! 私はすぐに駆け出そうとするが、足が痛む。何とか走ろうとするも、何とか片足を引き摺って動くことしかできない。それでも動くしかない、スタッフルームに続く廊下を何とか進む。

 

「あと少し、あとすこ……」

 

 また化け物の足音が聞こえた……どうやら回復して動き出したようだ。来る! そう確信した私はつい、後ろを振り返ってしまった。

 

「あれ、居ない?」

 

 来ない、どこかに行ってしまった。流石に奥まで確認する気にはなれないが、追ってきていないようだ。化け物の声も聞こえない……外から聞こえる小鳥の鳴き声で少し安心した気分になれた。

 

「よし……とりあえず、落ち着いて……よくやった、私」

 

 深呼吸を済ませて、片足の痛みに耐えつつスタッフルームの方に歩く。呼吸のついでに足を確認してみたら、掴まれていたところに青あざがくっきりと浮かんでいた。

気配はない、どうやらここもまだ人がいないらしい。まあ、期待はしていなかった……誰かいたのならさっきの物音で確認にでも来ていただろう。

 まだどっかに居るかもしれない、化け物は部屋を覗いていたし、さっきは天井を破って出てきた。きっとまたどこかからくるはずだ。

 外からの足跡ももうない、とりあえず落ちついて……あとは助けを呼ぶだけ、今回は逃げ切った。あの化け物は一先ずは私を諦めてくれたのだろう。エミリーの存在もおそらく察知されてない、じゃああとは――

 

 そんな甘い考えを抱いていたのは間違いだった、逃れられたと信じたかった。しかし、物事というのは常に良い方向には進まない。安心していた、油断していた。

 ばきばきと、天井が破壊される音がしたかと思うと、私の右腕が天井から身を乗り出した怪物の腕に人形のように捕まれ、一気に上へと引っ張られる。

 

「……あ、だめだめだめ、やめて! やめてよぉ!」

 

 開いた穴から天井裏へと引きずり込まれ、巨大な怪物の濁った眼と眼があった。それは両手で私を人形のように掴みなおすと、大きな口を開けて私の頭に迫る。恐怖に耐えかね、声を抑えることも忘れて叫んでしまった。

 喰われる――そう直感したとき、怪物の動きはいきなり止まった。

 開けていた口を閉じると、大きな濁った瞳を近すぎるほどに寄せて、まじまじと私の事を見てくる。なんだ、何か気になることでもあったのだろうか? いや、今気にするのはそこじゃない、今この拘束を抜けられれば私は下に落ちる。少し痛いだろうけど、このまま怪物に身をゆだねるよりマシだ。

 右手がすごく痛い、さっき無理に引っ張られたせいで関節が外れてしまったのかもしれない。だが、左手はまだ動く、何とか手を伸ばすと、破壊された天井の木片に当たった。先端は運よく尖っている、これなら……

 

『ア、アァ……ソフィ……ァ…』

「これでもくらえ!」

『ギャァアアアアアァァァァ!!!』

 

 怪物が言おうとした言葉に耳を貸す余裕もなく、咄嗟に私は木片を掴み、怪物の目に向かって突き刺した。私程度の力じゃ深くは刺さらない……が、大抵の生物は目が弱いはずだ。それが大きな目玉に刺さると同時に怪物は悍ましい絶叫を上げ、私の手を放す。

 どさっ、と私の体が地面に放り出される。

 

「いったぁ……はやく、はやくいかないと……」

 

 天井から暴れている音が聞こえる、そうとう痛かったはずだ。きっと怒り狂って追いかけてくるだろう。右腕と足に走る激痛に全身をズキズキと蝕む落下の痛みを堪え、私は立ち上がる。

足を引きずりながらも急いで部屋に入り、別の扉を開けて再び廊下に出た。

 よほど痛かったのか、すぐには降りてこない。苦痛に耐えてエントランスに続く道に出る……が、エントランスに続く入り口には、床から鉄格子が出てふさがっていた。何かあった時の非常用にこういう設備があるとは聞いたことがあったけど、電力が切れただけで作動するようなものだったのだろうか。だとすればだいぶ問題があると思ってしまう。

 

「え、あ、どうし……あった、ボタン!」

 

 パニックになりかけたがすぐ横にあるボタンが目に入る、ああ、よかった、これを押せばいいだけか。安心感に包まれながら私はボタンを押す。

 カチッ――という乾いた音だけが空間に響いた。何も起きない。

 

「あっ、え……誰か、誰かいないの! ねぇ、誰か!」

 

 半端パニックになりつつも私はエントランスに向かって叫ぶ……が、返事は帰ってこない。駄目だ、何とかしないと。こうなったら屈んで鉄格子の隙間を無理やり通ってみるか? 考えを巡らせるうちにも、どたどたと足音が迫ってくる、怒り狂ったアレが迫ってきているみたいだ。

 

 ふと、床に落ちている2本の小さな棒状の物体が目に入った……ヒューズだ。そういえば、少し前に職員さん2人が設備の故障で抜けないはずのヒューズがすぐに外れてしまうみたいな話をしていた。電力とかに関するものらしいが、詳しくはよくわからない。

 私の記憶だと、この部品はボタンの横のボックスにはまっていたはず……嵌めなおせば何とかできるかもしれない。

 追い詰められたときは、思考が加速するみたいな話は本で読んだことがあるが、それを実感する。怪物が迫る中、自分でも意外なほどに冷静にヒューズを拾い、1つ1つボックスの中に嵌めていく。そこまで難しくない作業なのも功を制した。

 2つのヒューズが無事に終わった。よし、これで――

 

「あっ……」

 

 すさまじい胴体への圧迫感と共に、身体が空中に持ちあがる。怪物はもうすぐそこまで迫っていた。あと少しだったのに。やれることはやった、あとは私を食って満足してくれればいい……大事な妹、エミリーさえ無事でいてくれればそれでいい。だから、どうか……あの子には幸せに。

 そんな諦めと絶望で思考が満たされたとき、一気に視界が明るくなる。

 

『アァァアアアア!!!』

 

 怪物がすさまじい悲鳴をあげると共に、今度は体の一部ではなく、その全身の皮膚が溶け、焼けだたれていく。それと同時にもがく怪物は私を奥の壁に向かって吹き飛ばすように手を放した。

 

「あがっ……」

 

 すさまじい速度で壁にぶつかり、どんっ!という音がなる。背中の強い痛みと共に脳が揺れ、意識が朦朧としてきた。あの怪物は強い光に弱い、さっきの絵本の怪物……くらやみおばけをふと思い出す。段々と暗くなっていく視界に映るのは、廊下の奥に急いで退散していく怪物。

 電気が復旧したなら、もうここに入ってこれないはずだ、なら、あとは……体を動かそうとするも、私は無情にもそこで意識を手放してしまった。




 The girlからは何とか逃げ延びたものの重症のソフィアちゃんでした。運と機転で何とか生き残れたものの、正面から勝ち目は当然ありません。
 正直施設の設備とかこれでいいのかとも思いましたが、原作で3つのクォーツの話をしたメモがあったりするので、きっとあの世界の施設はこんな設備が多いのでしょう。とはいえグレースから見たら変なギミックでは一般的ではないようなので、きっとおかしいと感じる人もいるはず、きっと。
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