【戦国配信】五年早く生まれた伊達政宗は天下を取る   作:悠・A・ロッサ @GN契約作家

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第5話 勝っただけでは足りん

 先に動いたのは、向こうだった。

 

 木曽川筋の川向こうに、白地に薄青の桔梗が揺れている。

 明智秀満の旗だ。

 

 高くはない。派手でもない。

 けど、崩れない旗だった。

 

 ああいうのが一番めんどくせえ。

 見た目は地味でも、見た奴に「こっちなら生き残れそうだ」と思わせる。

 

 秀満は川向こう、橋詰めの少し後ろに旗を置いていた。

 列の乱れも、荷駄の流れも、橋口の詰まり方も見える位置だ。

 

 いい場所だ。

 あいつもちゃんと分かってる。

 

 木曽川筋の橋場には、秀満が拾うつもりのものが集まってた。

 

 織田の残兵。

 荷駄。

 乾ききっていない兵糧。

 宙ぶらりんの浪人。

 そして、次にどこへ流れるか決めきれていない兵の群れ。

 

 橋を越えた奴から、明智方に組み込まれる。

 なら俺が奪うべきは、橋の向こうじゃねえ。

 

 橋を渡る前の迷いだ。

 

 今日の勝ち筋はひとつ。

 秀満の首じゃない。

 橋を渡る前の人と荷を奪い、あいつに追撃を切らせる。

 

 そこまで行けば、この小競り合いはこっちの勝ちだ。

 

「若殿」

 

 近習が低く言う。

 

「こちらは三十余。向こうは護衛と残兵を合わせて百五十はおります」

 

「知ってる」

 

「正面からやれば押し返されます」

 

「正面からやる気もない」

 

 俺は橋場の列を見た。

 整ってる。秩序がある。

 だからこそ、乱れた時に目立つ。

 

「宗介」

 

「はいはい」

 

「生で回せ」

 

「景気よくいきます?」

 

「橋と荷駄と、こっちへ来る顔が全部見えるようにな」

 

 宗介が、いかにも楽しそうに端末を構えた。

 

「南蛮動画、回してますよ皆さん。ご覧の通り、若殿は圧倒的不利です。さて、どうすんでしょうね」

 

 余計なことまで言う。

 けど嫌いじゃない。

 

 秀満側も、こっちに気づいた。

 すぐに兵を寄せてくる。

 早い。

 さすがだ。

 

「若殿、来ます」

 

「来させろ」

 

 俺はあえて前へ出た。

 よく見える場所へ。

 よく聞こえる場所へ。

 

「伊達政宗だ!」

 

 川音の向こうへ、声を飛ばす。

 

「まだ迷ってる奴にだけ言う! 橋を渡れば明智の兵だ! 主君討ちの旗で安く使われるのが嫌なら、こっちへ来い!」

 

 向こうがざわついた。

 

 いい。

 一瞬でいい。

 列がほどけるなら、それで十分だ。

 

 ヒュッ、と矢が飛んでくる。

 ガッ、と橋板に刺さる。

 浅い。脅しだ。

 

 俺は笑った。

 

「ほら見ろ。橋を渡らせる前に、もう焦ってる」

 

「若殿、笑ってる場合ですか」

 

「お前たちも笑え。しみったれたところに人が集まるかよ」

 

 小競り合いは、すぐ始まった。

 

 こっちは少ない。

 だから速い。

 

 ザッ、と秀満側の兵が橋口へ寄る。

 その前に、こっちは荷駄の脇へバッと回り込み、橋口へ人を差し込む。

 

 正面で押し切る戦じゃない。

 橋を止めて、荷を切り離して、迷ってる奴の逃げ道をこっちへ開く戦だ。

 

「飯はあるぞ!」

 

 俺はわざと、戦場で言うには妙なことを叫んだ。

 

「銭も出す! 来た奴から使う! 名前も拾う! 橋を渡るな、こっちへ来い!」

 

 近習が目をむく。

 向こうの足軽も、一瞬だけこっちを見る。

 

 そうだ。

 それでいい。

 勝ち方なんぞ、相手が想像していないほど強い。

 

 宗介が横で笑いを噛み殺している。

 

「若殿、生で『戦場で求人すんな』『卑怯』って流れてます」

 

「卑怯? 乱世だぞ、って返せ」

 

「いやあ、好きですねえ」

 

 秀満側の指揮が飛ぶ。

 崩れない。列を締め直すのがうまい。

 

 そこが格上だ。

 そこは認める。

 

 だからこそ、全部は取らない。

 取れるところだけを奪う。

 

 橋の脇で、二、三人の足軽がためらった。

 秀満の列へ戻るか。

 こっちへ走るか。

 

 俺は馬を寄せた。

 

「迷ってる暇があるなら来い! 働けば食わせる! 働けば上げる!」

 

 ひとりが動いた。

 次が続く。

 三人目は荷駄ごとこっちへ走った。

 

「若殿、荷が一つ来ます!」

 

「止めるな! 通せ!」

 

 秀満側の兵が追う。

 追うが、列を崩せばこちらの狙いどおりだ。

 

 橋口でひときわ粘ってた男がいた。

 足軽頭あたりか、ただの雑兵じゃない。

 声も通るし、踏ん張りも利く。

 

 ちょうどいい。

 

 俺は馬を切って、その前へ出た。

 ドッ、と橋板を叩く蹄の音まで、こっちの拍子にしてやる。

 

 相手が槍を突き出す。

 ヒュッ、と穂先が来る。

 真正面から受けない。

 

 ギッ、と半歩ずらし、穂先を外し、そのまま斜めに踏み込む。

 

 ズバッ、と短く、鋭く、一太刀。

 

 男が崩れる。

 

 橋口の空気が、一瞬だけ止まった。

 止まったところへ、おおっ、とこっちの歓声だけが先に走る。

 

 派手すぎる勝ちはいらない。

 けど、見せ場はいる。

 

 宗介が、きっちりそこを抜いた。

 

「はい今の見ました? 伊達の太刀筋、あれは売れますねえ! 橋口を止めて、一番うまいところをちゃんと持っていく! コメントも『今の切り抜き』で埋まってます!」

 

「余計な実況するな」

 

「視聴衆はそこ好きなんですよ」

 

 好きで結構。

 今日はそれごと使う。

 

 結局、こっちが取ったのは大勝ちじゃない。

 

 荷駄ひとつ。

 橋口の足軽頭ひとり。

 その場で流れてきた残兵十一。

 浪人三。

 そして、橋を渡るはずだった流れの一部。

 

 だが、それで十分だった。

 

「引くぞ」

 

 近習がぎょっとした。

 

「ここでですか?」

 

「勝ったからだ」

 

「まだ押し切ってません」

 

「必要ねえ。流れが見えねえのか」

 

 俺はそう言って、川向こうを見た。

 

 秀満の旗はまだ立っている。

 完全には崩れてねえ。

 

 そこが賭けだ。

 

 あいつは負け顔のまま突っ込んでくるような男じゃねえ。

 来るなら、勝てる形で来る。

 そして、ここで追撃を食らえば、せっかくこっちへ曲がった流れがまた向こうへ戻る。

 

 だから、まだ終わってねえ。

 

 来るか。

 

 来ないか。

 

 追って来るなら、もう一段削られる。

 荷も、人も、まだ途中だ。

 ここで噛みつかれたら、今日の勝ちは痩せる。

 

 その時、川向こうで陣太鼓が低く鳴った。

 

 ドン。

 ドン。

 

 攻めの刻みじゃねえ。

 列を締め直す音だ。

 

 秀満の旗のそばから伝令が二騎、ザッと橋口へ走る。

 追いかけかけていた兵が、そこでぴたりと止まった。

 

 ……切った。

 

 来ねえ。

 

 口の端が、勝手に上がった。

 

 よし。

 

 勝った。

 狙い通りだ。

 

 近習が、息をのんだ。

 

「若殿……追ってきません」

 

 俺は笑った。

 

「来られんよ」

 

「なぜです」

 

「追えば、もっとほどける」

 

 宗介が、端末を掲げたまま笑う。

 

「いやらしい勝ち方ですねぇ。倒した数は向こうでも、戦力を増やしたのは伊達だ」

 

 俺は笑った。

 

「褒め言葉だ」

 

 宗介が、さらにわざとらしく声を張る。

 

「はい、皆さん見ましたか! 明智秀満、ここで追撃を切りました! 橋口を止められ、荷駄一つ、残兵十余、浪人三を伊達に持っていかれた以上、これ以上追えば自分の列が崩れる! つまり――」

 

 端末の向こうで、コメントが一気に流れた。

 

『あ、これ勝負ついた』

『秀満、追えないんだ』

『橋口止められて、その隙に荷と人持ってかれてる』

『これ普通に政宗の勝ちだろ』

『いや勝ち方がえげつない』

『戦場で人かっさらってくの普通に怖い』

『でもあそこで追撃切らせた時点で伊達の勝ちでは?』

『卑怯っていうか、乱世の食い方がえぐい』

『いや乱世だからこそアリなんだろこれ』

 

 宗介がにやりと笑う。

 

「いいですねえ。褒めてるのと引いてるの、ちょうど半々です」

 

「半々か」

 

「戦場で人集めは卑怯だ、ってのと、でも勝ちは勝ちだろ、ってので綺麗に割れてます」

 

 俺は笑った。

 

「なら十分だ。迷う奴が増える」

 

 宗介はさらに端末を掲げた。

 

「はい。視聴衆も分かったようです。これは伊達の勝ちですねえ」

 

 その瞬間、胸の奥で何かが一気に弾けた。

 

 熱い。

 笑うしかないくらい、熱い。

 

 近習が、やっと強張った肩を落とした。

 

「……勝った、のですか」

 

「そうだ」

 

 俺は顎で後ろを示した。

 

 飯を抱えた足軽。

 荷駄を引く男。

 息を切らしながらこっちへ転がり込む浪人。

 もう伊達の列へ混ざり始めている。

 

 あれが戦果だ。

 

「首より価値がある」

 

 宗介が、横でにやりとした。

 

「若殿、それ今、言います?」

 

「言うに決まってる」

 

 俺は南蛮動画が回っているほうを見た。

 

「聞いとけ。勝ちってのはな、倒した数じゃない」

 

 川向こうでは、秀満の旗がまだ立っている。

 あいつは負けてない顔をしている。

 それでいい。

 今日欲しかったのは、あの首じゃない。

 

「終わったあと、誰がこっちへ流れてくるかだ」

 

 配信の向こうで、南蛮鳥がまた鳴き始める。

 

『伊達、やっぱ勝ってるじゃん』

『秀満に引かせたのデカい』

『これ情報戦込みで完全に政宗の勝ち』

『働けばすぐ使うの、マジだって証明されたな』

『伊達につくか迷うわこれ』

『いややり口はだいぶ悪い』

『戦場であれやるの、普通に引く』

『でも引くほど効いてるんだよな』

『明智につくのが嫌になる気持ちは分かる』

『きれいじゃないけど、勝ち方としては強すぎる』

 

 その時だった。

 

 土手の上で、でかい男がひとり、からからと笑った。

 

 派手な着流し。

 立ってるだけで目立つ。

 知らないはずがない。

 

 前田慶次だ。

 

 中央の喧嘩と色気を、そのまま人の形にしたみたいな男。

 

 どこの旗にもきっちり収まらず、面白い戦のほうへふらりと寄ってくる手合いでもある。

 

 まだこっちへは来ない。

 ただ、戦そのものじゃなく、戦の終わり方を見て笑ってた。

 

「ははっ、なるほど! 首は少ねえが、勝ち筋だけはきっちり持っていきやがった!」

 

 面白がっている。

 そこがいい。

 

 秀満は向こう岸で崩れないまま立っていた。

 あれは本物だ。

 だから、次もめんどくせえ。

 

 けど今日は、俺が取った。

 

 人を。

 荷を。

 流れを。

 そして、次に迷う連中の目を。

 

 最初の一勝なんてものは、そのくらいが一番うまい。

 

「勝っただけでは足りん」

 

 俺は笑った。

 

「欲しいのは、そのあと流れてくるものだ」

 

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