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柱稽古の終盤。
山の空気は、
どこか張り詰めていた。
朝も。
昼も。
夕方も。
訓練場のあちこちで、
木刀の音と、
荒い呼吸と、
叩きつけられる足音が絶えない。
誰もが、
追い込まれていた。
誰もが、
削られていた。
そして――
誰もが、
少しずつ変わっていた。
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その一角。
柱たちの稽古場から
少し離れた場所で、
隊士たちの訓練を見ている男がいた。
真壁だった。
「重心が高い」
短く落ちる声に、
前へ出ていた隊士の肩が跳ねる。
「踏んだ瞬間に浮くな」
「浮けば、
次の一歩が死ぬ」
隊士が、
息を切らしながら構え直す。
真壁は、
それ以上は何も言わない。
ただ、
立ち位置を半歩ずらす。
それだけで、
隊士の姿勢が崩れる。
「……っ!」
「今のだ」
真壁の声は、
静かだった。
怒鳴らない。
煽らない。
だが――
逃げ道もない。
「支えられていないから、
押された瞬間に残れない」
「腕で誤魔化すな。
通すなら、最初から最後まで通せ」
隊士が、
歯を食いしばってもう一度踏み込む。
今度は、
さっきよりわずかに崩れない。
真壁は、
ほんの少しだけ目を細めた。
「そうだ」
それだけだった。
だが、
言われた隊士の顔が
わずかに変わる。
積み上がる時は、
いつもこんな一歩だった。
派手じゃない。
劇的でもない。
だが――
確かに、
前より残る。
前より通る。
その一歩の積み重ねだけが、
最後に人を支える。
真壁は、
それを知っていた。
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別の場所では、
丸太を担いだ隊士たちが
肩を震わせている。
一人が、
途中で膝をついた。
「……ぐっ」
呼吸が乱れる。
姿勢が落ちる。
丸太が傾く。
真壁は、
その前まで歩いていく。
「そこで終わるな」
低い声だった。
隊士が、
歯を食いしばる。
「立て」
短い。
ただそれだけだった。
だが、
その一言には
不思議と命令以上の重さがあった。
隊士は、
震える脚で踏み直す。
肩を入れる。
腰を通す。
息を吸う。
吐く。
そして――
もう一度、
丸太を持ち上げた。
「……よし」
真壁は、
それ以上褒めなかった。
褒めるより先に、
身体へ残さなければ意味がない。
戦いになれば、
誰も励ましてはくれない。
崩れたままでは、
死ぬだけだ。
だからこそ今は、
支えを身体へ刻むしかない。
昼を過ぎる頃には、
訓練場の空気は
さらに重くなっていた。
疲労で顔色を失った者。
息を切らしたまま
地面へ手をつく者。
腕を震わせながら、
それでも立ち上がろうとする者。
その全員を、
真壁は黙って見ていた。
厳しい目だった。
だが――
切り捨てる目ではない。
足りないことを知った上で、
それでも前へ出させる目だった。
「……時間がないな」
誰へ向けるでもなく、
真壁が小さく呟く。
理由は、
分かっている。
だが――
それを口にする必要はなかった。
積み上がっている。
それは確かだ。
だが――
足りない。
まだ足りない。
まだ届かない。
それでも、
止めるわけにはいかない。
届かなくても、
積むしかない。
それが鬼殺隊だった。
ふと、
遠くの山の方から
滝音が微かに響いてくる。
悲鳴嶼の稽古場だ。
真壁は、
そちらへ一瞬だけ視線を向けた。
何も言わない。
だが、
その目は静かだった。
竈門たちも、
今あの中で積んでいる。
潰され。
削られ。
それでも、
最後に残るための土台を
必死に作っている。
(……間に合わせろ)
声には出さない。
だが、
その願いにも似たものが
胸の奥へ静かに沈む。
誰もが、
それぞれの場所で積んでいる。
柱も。
隊士も。
支える側も。
戦う側も。
今はまだ、
その全部が一本にはなっていない。
だが――
積み上げたものは、
消えない。
最後の瞬間、
それだけが人を立たせる。
真壁は、
もう一度訓練場へ向き直る。
「次」
その一言で、
隊士たちが息を呑む。
逃げる暇はない。
休む暇もない。
だが、
それでよかった。
優しさより先に、
残る形を刻まなければならない。
そのために、
今ここにいる。
真壁は、
静かに構えを見据える。
もう、
遠くない。
その気配だけが、
空気の底に沈んでいた。
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幕間 終