⸻
――ギィンッ!!
刃と刃が噛み合い、
空気が軋む。
真壁の足元が、
畳ごと半歩沈んだ。
重い。
速い。
そして、
無駄がない。
一撃で分かる。
“上”ではない。
だが、
並の鬼とは明確に違う。
「……」
真壁は、
歯を食いしばらない。
ただ、
崩れない位置へ置き直す。
盤脚で軸を残し、
止水壁で通る線だけを潰す。
衝撃は通る。
だが、
形は崩れない。
その背後で。
「っ……は……!」
呼吸が乱れている。
隊士だ。
若い。
柱稽古で見た顔。
確か――
「……小守」
呼ばれた本人が、
一瞬だけ目を見開く。
「吸え」
反射で吸う。
「吐け」
吐く。
「崩れるな」
その一言で、
足が止まる。
崩れかけていた呼吸が、
わずかに戻る。
その間に。
二撃目が来る。
キィン――
浅い。
だが、
悪い角度だ。
受ければ崩れる。
避ければ抜ける。
その“どちらも崩れる線”を、
正確に通してくる。
真壁は、
半歩だけ踏む。
刃の腹で、
線を潰す。
流さない。
弾かない。
ただ、
通さない。
一拍。
闇の奥の気配が、
わずかに止まる。
(測っている)
真壁は、
息を吐く。
ここで踏み込まない。
理由は明確だった。
背後に、
“崩れる寸前の人間”がいる。
ここで仕留めに行けば、
一手遅れて死ぬ。
なら――
優先は一つ。
「小守」
短く呼ぶ。
「後ろへ下がれ」
「崩れるな」
「……はい!」
声は震えている。
だが、
足は動いた。
その瞬間。
――カァァァ!!
鋭い羽音。
鎹鴉が、
歪んだ天井を縫って飛び込む。
「真壁堅!!」
「産屋敷輝利哉様より、勅命!!」
空気が変わる。
真壁は、
視線を切らないまま応じる。
「内容を」
「現在、無限城各所ニテ上弦級交戦発生!!」
「最深部一角、戦線崩壊ノ危険極メテ高シ!!」
「真壁堅ヲ当該戦線へ投入スル!!」
その瞬間。
全てが繋がる。
崩れ方。
音。
間に合わない死。
そして、
目の前の“時間を食う敵”。
今、
守るべきはここではない。
だが――
まだ離れられない。
来る。
三本。
同時。
今までで最も鋭い斬撃。
真壁の足が、
沈む。
伍ノ型――不動礎。
受けるのではない。
“在る”。
――ギィィィンッ!!
畳が裂ける。
衝撃が通る。
それでも、
一歩も退かない。
「……そこまでだ」
低い声。
一拍。
闇が揺れる。
その瞬間。
真壁が踏み込む。
参ノ型――砕路。
線を断つ。
押さない。
斬らない。
“通り道”だけを壊す。
初めて、
気配が跳んだ。
避けた。
それで十分だった。
「今だ」
背後へ。
「離れろ」
「合流しろ」
「生きて戻れ」
「……はい!」
小守の足音が、
遠ざかる。
それを確認してから。
真壁は、
初めて構えを解いた。
もう、
ここに意味はない。
“勝つ場所”ではない。
“留まる場所”でもない。
役目は別にある。
「……行く」
踵を返す。
無限城を進む。
足場が変わる。
空間が歪む。
それでも歩幅は変わらない。
崩れない歩幅。
やがて。
音が変わる。
キィン――
ガァン――
ゴォッ――
重い。
深い。
これはもう、
“戦い”じゃない。
削り合いだ。
血の匂いが、
濃くなる。
皮膚が先に理解する。
ここだ。
⸻
踏み込む――
その直前。
風が、変わる。
重い。
今までに感じたことのない圧。
間違いなく、死闘になる。
真壁の眉が、
わずかに寄る。
重さが違う。
壊れ方が違う。
(……ここだ)
迷いはない。
真壁は、
そのまま最深部へ踏み込んだ。
⸻
無限城のさらに奥。
別の一角で。
この場に似つかわしくない、
ほんの小さく――
“笑い声”が混ざった。
⸻
第九十二話 終