鬼滅の刃 ― 礎 ―   作:【規制済み】

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第九十三話 ― 笑う鬼・九十四話― 届かぬ毒

 

静かだった。

 

無限城の奥。

 

戦いの音は、確かにある。

刃がぶつかる音も、踏み込みも、呼吸の乱れも。

 

だが――どこか軽かった。

 

ヒュ、と空気が撫でる。

 

直後。

 

――ザンッ

 

何かが、あまりにもあっさりと断たれる音。

 

「……あれ?」

 

間の抜けた声。

 

場違いなほど柔らかい。

 

「もう終わり?」

 

血が畳へ落ちる。

女性鬼殺隊士の身体が、力なく崩れた。

 

そのすぐそばに、一人の鬼が立っている。

 

細い。

白い。

穏やかに笑っている。

 

上弦の弐――童磨。

 

「うーん」

 

首を傾げる。

 

「もうちょっと頑張ってくれると思ったんだけどなぁ」

 

その言葉の直後。

 

空気が変わる。

 

「――そこまで」

 

静かに、だが確実に刺す声。

 

童磨の目がゆっくりと向く。

 

「わぁ」

 

少し嬉しそうに笑う。

 

「あ、女の子だ」

「いいねぇ」

 

そこに立っていたのは、蟲柱・胡蝶しのぶ。

 

小さな身体。

だが一切の揺らぎがない。

 

怒りも焦りも見えない。

 

ただ静かに、童磨を見ている。

 

「やぁ、初めまして」

 

童磨が軽く頭を下げる。

 

「俺は上弦の弐、童磨だよ。君は?」

 

しのぶは答えない。

 

ただ一歩、踏み出す。

 

「……鬼は嫌いです」

 

その声はあまりにも静かだった。

 

――ギィンッ!!

 

刃がぶつかる。

 

速い。

だが重くない。

 

軽いのに、読めない。

 

童磨の扇がひらりと開く。

その一振りだけで空気が歪む。

 

「へぇ、速いね」

 

しのぶの突きが連続で走る。

一点、また一点、すべて急所。

 

だが――

 

当たらない。

 

避けているのではない。

 

——“そこにいない”。

 

しのぶの目がわずかに細くなる。

 

(……違う)

 

距離が、間が、噛み合っていない。

 

童磨は楽しそうに首を傾げる。

 

「毒、だよね?」

 

一拍。

 

「効かないよ」

 

「ちゃんと入ってるのにね?」

 

その瞬間、しのぶの踏み込みがわずかに深くなる。

 

速さが変わる。

圧が変わる。

 

「――そうですか」

 

声は変わらない。

 

だが中身が変わる。

 

戦いが、一段深く沈む。

 

 

その頃。

 

少し離れた廊下を、伊之助が走っていた。

 

「……なんだァ、この感じ」

 

鼻がわずかに動く。

 

血の匂い。

鬼の匂い。

 

だがそれだけじゃない。

 

何かが引っかかる。

 

「……気持ちわりィな」

 

理由は分からない。

だが身体の奥がざわつく。

 

まるで、知っている匂いを忘れているような感覚。

 

伊之助の足が自然と速くなる。

 

その先で、笑う鬼と積み重なった静かな怒りがぶつかる。

 

 

第九十三話 終

 

 

 

第九十四話 ― 届かない毒

 

 

速い。

 

しのぶの突きは、

確実に急所を捉えていた。

 

喉。

 

心臓。

 

肺。

 

頸動脈。

 

人間なら、

一撃で終わる位置。

 

だが――

 

「うん、やっぱり効かないね」

 

「ここ、斬らないと」

 

童磨が、

軽く頸を叩き柔らかく笑う。

 

刃は確かに入っている。

 

肉も裂いている。

 

毒も、流し込んでいる。

 

それでも――

 

“変化がない”。

 

しのぶの目が、

わずかに細くなる。

 

(……効いている)

 

違う。

 

(効いている“はず”)

 

だが現実は、

一切揺らがない。

 

童磨は、

まるで気にも留めていなかった。

 

「でもさぁ」

 

ひらり、と扇が開く。

 

「それ、ずっと同じだよね」

 

「君のコト全部見えちゃってる」

 

次の瞬間。

 

――ヒュッ

 

空気が凍る。

 

しのぶの身体が、

反射で沈む。

 

その頭上を、

見えない刃が通り過ぎた。

 

遅れて、

背後の柱が崩れる。

 

「……っ」

 

冷気。

 

違う。

 

これは“凍り”だ。

 

肺の奥が、

わずかに軋む。

 

呼吸に、

ほんの僅かな遅れが生まれる。

 

童磨が、

楽しそうに首を傾げた。

 

「吸っちゃった?」

 

「辛いよね、肺胞が壊死しちゃってるから」

 

軽い口調。

 

しかし、

内容は致命的だった。

 

だが――

「つらいも何もあるものか」

「この羽織に見覚えあるだろう」

 

「私の姉を殺したのはお前だな」

 

(呼吸を削る……!)

 

その時童磨が思い出したかの様に軽く笑う

 

「ああ!花の呼吸の女の子かな?」

「優しくて可愛い子だった、ちゃんと食べてあげたかっ」

 

しのぶの踏み込みが変わる。

 

速さを上げる。

 

短く終わらせるしかない。

 

「――ッ!」

 

一気に距離を潰す。

一点へ集約する。

 

柱稽古で積み上げた、

“無駄を削った動き”。

 

だが――

 

「あら、惜しいなぁ」

 

童磨が、

ほんの半歩だけズレる。

 

それだけで、

全部が外れる。

 

“当たる形”が、

成立しない。

 

しのぶの瞳が、

わずかに揺れる。

 

(……違う)

 

速さじゃない。

 

精度でもない。

 

(間が、合っていない)

 

こちらの最適解に、

相手が乗ってこない。

 

噛み合わない。

 

だから、

積み上げたものが機能しない。

 

童磨は、

その様子を見て

くすりと笑った。

 

「ねぇねぇ」

 

「怒ってる?」

 

その問いに、

しのぶは答えない。

 

ただ、

もう一歩踏み込む。

 

「そっかぁ」

 

童磨が、

本当に納得したように頷く。

 

「じゃあお姉さんの代わりにキミを食べてあげるとしよう」

 

その瞬間。

 

距離が消えた。

 

――ドンッ!!

 

しのぶの身体が、

横へ弾かれる。

 

速い。

 

見えた時には、

もう終わっている。

 

畳を滑る。

 

体勢を立て直す。

 

だが、

呼吸が乱れる。

 

肺の奥が、

じわじわと冷えていく。

 

「ほら」

 

童磨が、

変わらず穏やかに立っている。

 

「長引くと、君の方が壊れちゃうよ」

 

事実だった。

 

しのぶの呼吸が、

わずかに浅くなる。

 

毒は通っている。

 

確実に、

流し込んでいる。

 

だが――

 

“殺し切れない”。

 

その現実だけが、

静かに積み上がっていく。

 

 

少し離れた廊下。

 

伊之助の足が、

急に止まった。

 

「……ッ」

 

空気が違う。

 

冷たい。

 

重い。

 

それなのに、

どこか“軽い”。

 

矛盾した感覚。

 

鼻が、

強く反応する。

 

血。

 

鬼。

 

それと――

 

(……なんだ、この匂い)

 

分からない。

 

だが、

身体の奥がざわつく。

 

嫌な感じじゃない。

 

怖いわけでもない。

 

ただ――

 

“引っかかる”。

 

伊之助の指が、

無意識に刀の柄を強く握る。

 

「……いるな」

 

低く呟く。

 

その足が、

自然と向きを変える。

 

理由はない。

 

理屈もない。

 

だが――

 

間違いなく、

そこへ行かなければならない。

 

伊之助は、

一気に駆け出した。

 

 

再び、童磨の前。

 

しのぶの呼吸は、

すでにわずかに乱れていた。

 

致命ではない。

 

だが、

確実に削られている。

 

童磨は、

それを見て微笑む。

 

「ねぇ」

 

「もう終わりにしよう?」

「すごく苦しそうだよ」

 

優しい声だった。

 

だが、

その言葉の意味は一つしかない。

 

しのぶは、

ゆっくりと構え直す。

 

その目に、

迷いはない。

 

(……足りない)

 

理解している。

 

(それでも――ここで退く理由にはならない)

 

 

「いいえ」

 

短く答える。

 

「ここで終わるわけにはいきません」

 

童磨が、

少しだけ目を丸くする。

 

「へぇ」

 

その反応すら、

どこか軽い。

 

しのぶは、

静かに息を吸う。

 

肺が軋む。

 

それでも、

止めない。

 

ここで止まれば、

終わる。

 

だから――

 

「――もう一度」

 

踏み込む。

 

その一歩が、

これまでで一番深かった。

 

だがその先にあるのは――

 

まだ、

“届かない距離”だった。

 

 

第九十四話 終

 




九十三話がかなり短い為九十四話と繋げました。

形式に違和感等々あれば教えて頂けますと幸いです。
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