鬼滅の刃 ― 礎 ―   作:【規制済み】

111 / 122
第九十五話 ― 覚悟の内側

 

 

――ギィンッ!!

 

細い刃が、

童磨の懐へ滑り込む。

 

速い。

 

これまでで、

最も無駄のない踏み込み。

 

一点。

 

ただ一点へ、

すべてを通す突き。

 

だが――

 

「うん、いいね」

 

童磨が、

わずかに身体を傾ける。

 

それだけで、

致命の線が外れる。

 

浅い。

 

届いているのに、

“足りない”。

 

しのぶの足が、

静かに着地する。

 

呼吸が浅い。

 

肺の奥が、

ひりつくように痛む。

 

それでも、

崩れない。

 

崩さない。

 

(……やはり)

 

結論は、

もう出ていた。

 

毒は効いている。

 

確実に、

身体へ入っている。

 

だが――

 

足りない。

 

量も。

 

速度も。

 

“殺し切るだけの届き方”が。

 

童磨は、

楽しそうに扇を閉じた。

 

「ねぇ」

 

「そろそろ分かってきた?」

 

軽い声。

 

まるで、

世間話みたいに。

 

「君じゃ、僕は殺せない」

 

断言だった。

 

優しさも、

悪意もない。

 

ただの事実みたいに、

そう言った。

 

 

しのぶは、

何も返さない。

 

ただ、

静かに息を整える。

 

吸う。

 

浅い。

 

吐く。

 

少し長く。

 

乱れた呼吸を、

無理やり一本へ通す。

 

(……想定通り)

 

その思考は、

驚くほど冷静だった。

 

感情はある。

 

怒りもある。

 

だが、

それはもう

“戦いを乱すもの”ではない。

 

むしろ――

 

最後まで通すための、

芯になっていた。

 

(足りないなら)

 

一拍。

 

(満たすしかない)

 

 

童磨が、

首を傾げる。

 

「まだやるの?」

 

「もう無理だと思うけどなぁ」

 

その言葉に対しても、

しのぶは反応しない。

 

ただ、

一歩だけ踏み出す。

 

その踏み込みは、

さっきまでとは違っていた。

 

軽くない。

 

速さだけでもない。

 

“重さ”がある。

 

覚悟の重さ。

 

童磨の目が、

ほんのわずかに細くなる。

 

「……あれ?」

 

初めて、

違和感を覚えたような声。

 

しのぶの姿勢が、

ほんの僅かに低くなる。

 

呼吸が、

さらに深く沈む。

 

(ここから先は)

 

心の奥で、

静かに言葉が落ちる。

 

(戻らない)

 

理解している。

 

理解した上で、

踏み込んでいる。

 

 

――ザッ

 

次の一歩。

 

速さは、

さっきと変わらない。

 

だが――

 

“詰め方”が違う。

 

間を消すのではなく、

“逃げ場ごと潰す”踏み込み。

 

童磨の身体が、

初めてわずかに遅れる。

 

「へぇ」

 

その一瞬。

 

しのぶの突きが、

正確に喉元へ入る。

 

――ズッ

 

深い。

 

今までより、

明らかに深く刺さる。

 

童磨の首が、

わずかに傾いた。

 

だが――

 

それでも。

 

「でも、足りないよ」

 

抜かれる。

 

血が、

軽く飛ぶ。

 

しのぶの身体が、

その反動でわずかに揺れる。

 

呼吸が、

一瞬だけ途切れる。

 

(……分かっている)

 

足りない。

 

このままでは、

絶対に届かない。

 

それでも――

 

ここで終わるわけにはいかない。

 

 

童磨が、

静かに笑った。

 

「ねぇ」

 

「どうするの?」

 

「このままじゃ、

君が先に壊れるよ?」

 

その言葉は、

もう脅しですらない。

 

ただの観察。

 

ただの結果の予測。

 

だからこそ、

重い。

 

 

しのぶは、

ゆっくりと構えを解いた。

 

童磨が、

一瞬だけ目を細める。

 

「……あれ」

 

「諦めた?」

 

違う。

 

しのぶの呼吸は、

逆に静かに整っていく。

 

浅かったはずの呼吸が、

ゆっくりと深くなっていく。

 

肺の痛みを、

無視するように。

 

「いいえ」

 

その声は、

今までで一番静かだった。

 

「ここからです」

 

 

童磨の笑みが、

わずかに揺れる。

 

ほんの、

ほんの僅かだけ。

 

理解できないものを見た時の、

小さな違和感。

 

しのぶは、

ゆっくりと一歩踏み出す。

 

その目は、

もう揺れていなかった。

 

(足りないなら)

 

(私自身を)

 

言葉にはしない。

 

だが、

答えは出ている。

 

童磨を殺すために必要なもの。

 

それは――

 

もう、

自分の中にしか残っていない。

 

 

少し離れた場所。

 

伊之助は、

さらに速度を上げていた。

 

「……近ぇ」

 

匂いが濃くなる。

 

血。

 

鬼。

 

それと――

 

胸の奥を、

引っかくような何か。

 

「チッ……!」

 

理由は分からない。

 

だが、

止まれない。

 

止まりたくない。

 

この先に、

何かがある。

 

それだけは、

確信できる。

 

伊之助は、

天井へ跳ね上がり、

そのまま次の廊下へ飛び移った。

 

 

しのぶの足が、

再び踏み込む。

 

その一歩は、

もう迷っていなかった。

 

 

第九十五話 終

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。