鬼滅の刃 ― 礎 ―   作:【規制済み】

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第九十五話 ― 覚悟の内側

 

⸻

 

――ギィンッ!!

 

細い刃が、

童磨の懐へ滑り込む。

 

速い。

 

これまでで、

最も無駄のない踏み込み。

 

一点。

 

ただ一点へ、

すべてを通す突き。

 

だが――

 

「うん、いいね」

 

童磨が、

わずかに身体を傾ける。

 

それだけで、

致命の線が外れる。

 

浅い。

 

届いているのに、

“足りない”。

 

しのぶの足が、

静かに着地する。

 

呼吸が浅い。

 

肺の奥が、

ひりつくように痛む。

 

それでも、

崩れない。

 

崩さない。

 

(……やはり)

 

結論は、

もう出ていた。

 

毒は効いている。

 

確実に、

身体へ入っている。

 

だが――

 

足りない。

 

量も。

 

速度も。

 

“殺し切るだけの届き方”が。

 

童磨は、

楽しそうに扇を閉じた。

 

「ねぇ」

 

「そろそろ分かってきた?」

 

軽い声。

 

まるで、

世間話みたいに。

 

「君じゃ、僕は殺せない」

 

断言だった。

 

優しさも、

悪意もない。

 

ただの事実みたいに、

そう言った。

 

⸻

 

しのぶは、

何も返さない。

 

ただ、

静かに息を整える。

 

吸う。

 

浅い。

 

吐く。

 

少し長く。

 

乱れた呼吸を、

無理やり一本へ通す。

 

(……想定通り)

 

その思考は、

驚くほど冷静だった。

 

感情はある。

 

怒りもある。

 

だが、

それはもう

“戦いを乱すもの”ではない。

 

むしろ――

 

最後まで通すための、

芯になっていた。

 

(足りないなら)

 

一拍。

 

(満たすしかない)

 

⸻

 

童磨が、

首を傾げる。

 

「まだやるの?」

 

「もう無理だと思うけどなぁ」

 

その言葉に対しても、

しのぶは反応しない。

 

ただ、

一歩だけ踏み出す。

 

その踏み込みは、

さっきまでとは違っていた。

 

軽くない。

 

速さだけでもない。

 

“重さ”がある。

 

覚悟の重さ。

 

童磨の目が、

ほんのわずかに細くなる。

 

「……あれ?」

 

初めて、

違和感を覚えたような声。

 

しのぶの姿勢が、

ほんの僅かに低くなる。

 

呼吸が、

さらに深く沈む。

 

(ここから先は)

 

心の奥で、

静かに言葉が落ちる。

 

(戻らない)

 

理解している。

 

理解した上で、

踏み込んでいる。

 

⸻

 

――ザッ

 

次の一歩。

 

速さは、

さっきと変わらない。

 

だが――

 

“詰め方”が違う。

 

間を消すのではなく、

“逃げ場ごと潰す”踏み込み。

 

童磨の身体が、

初めてわずかに遅れる。

 

「へぇ」

 

その一瞬。

 

しのぶの突きが、

正確に喉元へ入る。

 

――ズッ

 

深い。

 

今までより、

明らかに深く刺さる。

 

童磨の首が、

わずかに傾いた。

 

だが――

 

それでも。

 

「でも、足りないよ」

 

抜かれる。

 

血が、

軽く飛ぶ。

 

しのぶの身体が、

その反動でわずかに揺れる。

 

呼吸が、

一瞬だけ途切れる。

 

(……分かっている)

 

足りない。

 

このままでは、

絶対に届かない。

 

それでも――

 

ここで終わるわけにはいかない。

 

⸻

 

童磨が、

静かに笑った。

 

「ねぇ」

 

「どうするの?」

 

「このままじゃ、

君が先に壊れるよ?」

 

その言葉は、

もう脅しですらない。

 

ただの観察。

 

ただの結果の予測。

 

だからこそ、

重い。

 

⸻

 

しのぶは、

ゆっくりと構えを解いた。

 

童磨が、

一瞬だけ目を細める。

 

「……あれ」

 

「諦めた?」

 

違う。

 

しのぶの呼吸は、

逆に静かに整っていく。

 

浅かったはずの呼吸が、

ゆっくりと深くなっていく。

 

肺の痛みを、

無視するように。

 

「いいえ」

 

その声は、

今までで一番静かだった。

 

「ここからです」

 

⸻

 

童磨の笑みが、

わずかに揺れる。

 

ほんの、

ほんの僅かだけ。

 

理解できないものを見た時の、

小さな違和感。

 

しのぶは、

ゆっくりと一歩踏み出す。

 

その目は、

もう揺れていなかった。

 

(足りないなら)

 

(私自身を)

 

言葉にはしない。

 

だが、

答えは出ている。

 

童磨を殺すために必要なもの。

 

それは――

 

もう、

自分の中にしか残っていない。

 

⸻

 

少し離れた場所。

 

伊之助は、

さらに速度を上げていた。

 

「……近ぇ」

 

匂いが濃くなる。

 

血。

 

鬼。

 

それと――

 

胸の奥を、

引っかくような何か。

 

「チッ……!」

 

理由は分からない。

 

だが、

止まれない。

 

止まりたくない。

 

この先に、

何かがある。

 

それだけは、

確信できる。

 

伊之助は、

天井へ跳ね上がり、

そのまま次の廊下へ飛び移った。

 

⸻

 

しのぶの足が、

再び踏み込む。

 

その一歩は、

もう迷っていなかった。

 

⸻

 

第九十五話 終

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