鬼滅の刃 ― 礎 ―   作:【規制済み】

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第九十六話 ― 選ぶ眼

⸻

 

落ちた直後。

 

空間は、すでに狂っていた。

 

床が傾く。

 

壁が滑る。

 

天井が、静かに裏返る。

 

だが――

 

栗花落カナヲの足は、

止まらなかった。

 

踏む。

 

ずらす。

 

もう一歩。

 

視界に頼らない。

 

足裏の感覚。

 

空気の流れ。

 

音の遅れ。

 

それだけで、

“立てる位置”を選び続ける。

 

一瞬で、

姿勢が整う。

 

呼吸が、

崩れていない。

 

 

 

障子が横へ流れる。

 

廊下が縦に立つ。

 

その中で、

カナヲは迷わない。

 

選ぶ。

 

右。

 

次は、上。

 

一拍置いて、左。

 

迷いはない。

 

“優しくしなさい”

 

かつての声が、

今はもう問いではなく、

判断の中に溶けている。

 

躊躇がない。

 

速いからではない。

 

“決めている”からだ。

 

コインは、

もう投げない。

 

(……行く)

 

理由も、

確証もいらない。

 

 

足は止まらない。

 

 

 

角を越えた先で、

鬼が二体。

 

同時に来る。

 

だがカナヲは、

構えを変えない。

 

吸う。

 

吐く。

 

最短。

 

――ヒュン

 

一閃。

 

一体。

 

返す刃で、

もう一体。

 

音が残る前に、

二つの頸が落ちた。

 

静かだった。

 

無駄がない。

 

迷いもない。

 

ただ、

選んでいるだけだった。

 

⸻

 

その時。

 

ほんのわずかに。

 

空気の奥で、

何かが引っかかった。

 

(……?)

 

足が、

一瞬だけ止まる。

 

匂いではない。

 

音でもない。

 

もっと、

曖昧な何か。

 

だが――

 

確かに、

“違う”。

 

この無限城の中で、

一箇所だけ。

 

空気の質が、

わずかに歪んでいる。

 

(……あっち)

 

言葉にはしない。

 

だが、

選択は決まっている。

 

誰かが呼んでいる――

 

カナヲは、

静かに進路を変えた。

 

 

 

その先で。

 

まだ誰も知らない戦いが、

静かに進んでいる。

 

⸻

 

しのぶの足が、

畳を踏む。

 

浅く。

 

だが、

迷いはない。

 

童磨の扇が、

ゆるく開く。

 

「まだ来るんだ、元気だねぇ」

 

軽い声。

 

だが、

目がほんの少しだけ細い。

 

違和感。

 

名付けるほどではない。

 

だが確かに、

さっきまでとは違う。

 

しのぶの踏み込みが、

また一段深くなる。

 

速さは同じ。

 

だが、

“詰め方”が違う。

 

逃げ場を削る。

 

間を潰す。

 

積み上げたものを、

最後まで通すための一歩。

 

――ギィンッ!!

 

刃が噛み合う。

 

童磨の手が、

ほんのわずかに遅れる。

 

「……あれ?」

 

小さな声。

 

初めての、

明確な違和感。

 

しのぶの突きが、

深く入る。

 

血が、

わずかに散る。

 

だが――

 

「うーん、これもダメだ足りないね」

 

軽い声が、

すぐ近くで落ちる。

 

抜ける。

 

崩れない。

 

止まらない。

 

童磨の身体は、

まだ“終わっていない”。

 

バッ――

 

(……斬られた!?)

 

「頸、斬ればいいのに」

 

「あー無理かあ、小さくて可愛いから」

 

しのぶの呼吸が、

さらに浅くなる。

 

肺が軋む。

 

それでも、

目は揺れない。

 

(足りない)

 

分かっている。

 

(なら)

 

次の一歩。

 

迷いはない。

 

⸻

 

童磨が、

わずかに首を傾げる。

 

「ねぇ」

 

「なんで、そんなに来れるの?」

 

純粋な疑問。

 

理解できないものを見る目。

 

しのぶは答えない。

 

ただ、

もう一度踏み込む。

 

その一歩が、

さらに深くなる。

 

⸻

 

少し離れた場所。

 

伊之助が、

梁を蹴っていた。

 

「……近ぇぞ」

 

匂いが、

濃くなる。

 

血。

 

鬼。

 

それと――

 

胸の奥を、

ざらつかせる何か。

 

思い出せない。

 

だが、

離れない。

 

「チッ……!」

 

加速する。

 

天井から壁へ。

 

壁から廊下へ。

 

無理やり距離を詰める。

 

その先で何かが起きている。

 

それだけは、

確信できた。

 

⸻

 

別の方向から。

 

カナヲもまた、

同じ“歪み”へ向かっていた。

 

速くはない。

 

だが、

止まらない。

 

選び続ける足取りで、

確実に近づいていく。

 

⸻

 

そして。

 

その中心で。

 

しのぶの刃が、

再び踏み込む。

 

その一歩は――

 

もう、

戻ることを考えていなかった。

 

⸻

 

第九十六話 終

 

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