鬼滅の刃 ― 礎 ―   作:【規制済み】

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第九十八話 ― その身に宿すもの

 

遅くはない。

 

だが――足りていない。

 

しのぶの刃は、

確かに届いている。

 

肉を貫き、

毒を流し込み、

削っている。

 

それでも。

 

「うん、やっぱりダメだね」

 

童磨が笑う。

 

「効いてるのは分かるよ」

 

「でも、それだと俺を“殺せない”よ」

 

事実だった。

 

毒は回っている。

 

だが――致命にならない。

 

再生が、

すべてを上回る。

 

しのぶの呼吸が、

浅く揺れる。

 

肺が軋む。

 

視界が、

わずかに霞む。

 

削られている。

 

確実に。

 

逃げ場はない。

 

「ねぇ」

 

童磨が首を傾げる。

 

「なんでまだ立てるの?」

「キミ本当に人間?」

 

純粋な疑問。

 

理解できていない目。

 

しのぶは答えない。

 

必要がない。

 

(足りない)

 

分かっている。

 

(このままでは届かない)

 

それでも。

 

踏む。

 

詰める。

 

通す。

 

 

積み上げてきたものを、

一つも崩さず、

最後まで繋げる。

 

それだけ。

 

だが――

 

それでもなお。

 

届かない。

 

 

童磨の扇が、

ゆるく振られる。

 

――ドッ

 

衝撃。

 

しのぶの身体が、

大きく弾かれる。

 

橋を滑る。

 

壁にぶつかる。

 

息が抜ける。

 

それでも。

 

立つ。

 

足が、重い。

 

呼吸が、

遅れる。

 

それでも――

 

止まれない。

 

 

 

童磨が、

ゆっくりと近づく。

 

「もうさ」

 

「諦めよう?ね?」

 

優しい声。

 

本気でそう思っている声音。

 

しのぶは、

静かに立つ。

 

膝は震えない。

 

呼吸は浅い。

 

だが――

 

折れていない。

 

(……そうですね)

 

心の中で、

静かに肯定する。

 

(このままでは、勝てません)

 

現状の確認。

 

それだけ。

 

だから。

 

次で終わらせる。

 

しのぶの足が、

沈む。

 

踏み込みが変わる。

 

速さではない。

 

距離の潰し方。

 

逃がさないのではない。

 

離れないための一歩。

 

童磨の目が、

わずかに細くなる。

 

「……ん?」

 

 

違和感。

 

今までと同じ動きのはずなのに、

決定的に違う。

 

しのぶの刃が、

深く入る。

 

だが――

 

引かない。

 

そのまま。

 

距離を詰める。

 

「……え?」

 

近い。

 

近すぎる。

 

しのぶの顔が、

すぐ目の前にある。

 

その目に、

迷いはない。

 

「……かわいいね、何してるの?」

 

 

童磨の声に、

初めて“分からない”色が混じる。

 

しのぶは、

静かに言う。

 

「これでいいんです」

 

一拍。

 

「私は――」

 

「あなたを殺すために、ここに来ました」

 

童磨の目が、

わずかに見開かれる。

 

そして――

 

「偉い!」

涙を浮かべ笑った。

 

「頑張ったね!全部全部無駄だというのに!」

 

「そんなに一生懸命になれるなんて、本当にすごい!」

 

「君はやっぱり俺が喰うに相応しい」

 

穏やかな声。

 

「永遠に共に生きよう。」

 

 

その言葉は、

何一つ噛み合っていなかった。

 

しのぶは、

何も返さない。

 

ただ。

 

さらに距離を詰める。

 

その瞬間。

 

 

童磨の中で、

違和感が“形”になる。

 

 

「……あれ?」

 

おかしい。

毒が。

 

多すぎる。

 

刃から入った量ではない。

 

回り方が、

違う。

 

「……なんで」

 

理解が、

追いつかない。

 

しのぶの身体が、

わずかに崩れる。

 

だが――

 

離れない。

 

逃がさないのではない。

 

“すべてを流し込む”ために。

 

童磨の目が、

初めて大きく開かれる。

 

「……え?」

 

 

その時、

ようやく理解する。

 

この人間は――

 

最初から、

毒だった。

 

「地獄に堕ちろ」

 

(あなたは、

そこにしか行けない。)

 

 

遠く。

 

伊之助の足が、

さらに速くなる。

 

 

「……変わった」

 

 

空気が違う。

 

匂いが違う。

 

何かが、

決定的に動いた。

 

カナヲもまた、

同じ方向へ進んでいる。

 

選び続ける。

 

迷わず。

 

その先へ。

 

 

 

しのぶの身体が、

静かに沈んでいく。

 

童磨の腕の中で。

 

 

崩れながらも。

 

 

その表情は、

変わらない。

 

怒りも。

 

憎しみも。

 

悲しみも。

 

外へ出さない。

 

ただ一つ。

 

やり切った者の静けさだけが、

そこにあった。

 

九十八話 終

 

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