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音が、違った。
無限城の奥。
崩れ続ける空間の中で、一箇所だけ妙に澄んでいる。
刃が擦れる音。
踏み込み。
呼吸。
それらが、はっきりと届く。
我妻善逸は、そこに立っていた。
動かない。
構えも、小さい。
ただ静かに、前を見ている。
呼吸は乱れていない。
「……よぉ腰抜け。まだ生きてたのかよ」
軽い声。
現れたのは――獪岳。
その目には、何もない。
かつての兄弟子ではない。
ただの敵だ。
「腰抜けは逃げてりゃよかったのによ」
善逸は答えない。
一歩、踏み出す。
――ギィンッ!!
雷がぶつかる。
だが。
噛み合っていない。
獪岳の刃は歪んでいた。
弐ノ型、参ノ型、肆ノ型――
複数の型を繋ぎ合わせた斬撃。
速い。
精度もある。
型としては成立している。
だが――
繋ぎが、歪んでいる。
“次に繋ぐための間”が存在しない。
ただ、
押し付けているだけだ。
対して。
善逸は、一つだけだった。
壱ノ型。
踏み込み。
直線。
最短。
それだけ。
再び衝突。
火花が散る。
距離が開く。
獪岳の眉が、わずかに動く。
「……なんだそれ」
違う。
速さじゃない。
“崩れない”。
善逸は、迷わない。
ただ、音だけを拾っている。
踏む。
ずらす。
通す。
その直前。
ほんの一瞬。
記憶がよぎる。
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刀鍛冶の里。
炉の熱。
鉄を打つ音。
「壱ノ型しか使えないなら、それでいい」
善逸の声は、小さい。
だが――揺れていなかった。
刀匠が、短く頷く。
「……なら、その型に合わせて打つ」
叩く。
叩く。
何度も。
“最短で通すための刃”へ。
その横で。
(お前はそれでいい)
(逃げてもいい、泣いてもいい)
(だが――最後は立て)
善逸の呼吸が、深くなる。
恐怖は消えていない。
喉が、
わずかに震える。
それでも――
「……終わらせる」
獪岳が、笑う。
「は?お前が――」
踏み込む。
壱ノ型。
ただの壱ノ型ではない。
無駄がない。
揺れない。
迷いがない。
“通すためだけに磨かれた一撃”。
雷の呼吸
壱ノ型
霹靂一閃・神速
音が、消える。
――だが。
「その動き、見えてんだよ」
――ギィンッ!!
止まる。
初めて。
壱ノ型が、
真正面から“止められる”。
一瞬。
時間が、伸びる。
善逸の目が、開く。
(……違う)
止められたのではない。
“読まれた”。
同じ軌道。
同じ間。
それだけだ。
獪岳の刃が、押し返す。
「それで全部かよ」
嘲り。
だが――
善逸は、崩れない。
踏み直す。
同じ型。
同じ構え。
だが。
呼吸が、
わずかに変わる。
踏み込みが、深くなる。
速さは同じ。
だが――
“届き方”が違う。
雷が、走る。
今度は。
ズレない。
――ザンッ
獪岳の身体が、
遅れて裂ける。
血が、散る。
今度は――
深い。
「……は?」
獪岳の目が、初めて揺れる。
善逸は止まらない。
もう一度。
踏む。
壱ノ型。
同じ技。
だが――
もう、
読めない。
雷は、一つでいい。
もう、
迷わない。
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第百一話 終