鬼滅の刃 ― 礎 ―   作:【規制済み】

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第百二話 ― 雷の真髄

 

間合いが、詰まる。

 

速い。

 

だが――まだ足りない。

 

獪岳の斬撃が走る。

 

弐ノ型。参ノ型。肆ノ型。

 

歪んだ雷が、

空間を裂くように迫る。

 

速い。

 

だが。

 

線が多い。

 

善逸は、踏む。

 

壱ノ型。

 

ただ、それだけ。

 

――ギィンッ!!

 

ぶつかる。

 

弾く。

 

通す。

 

獪岳の眉が、歪む。

 

「……なんなんだよ、お前」

 

苛立ちが混じる。

 

「壱ノ型しか使えねぇくせに」

 

「なんで止まらねぇ」

 

善逸は答えない。

 

呼吸を、繋ぐ。

 

一歩。

 

また一歩。

 

同じ型。

 

同じ踏み込み。

 

それでも。

 

確実に、近づいている。

 

獪岳が踏み込む。

 

今度はまとめて来る。

 

複数の型を繋げた一撃。

 

逃げ場を潰す軌道。

 

 

普通なら、詰みだ。

 

 

だが。

 

善逸は“選ばない”。

 

 

最短だけを通す。

 

踏む。

 

壱ノ型。

 

ズレる。

 

抜ける。

 

届く。

 

――ザッ

 

また一太刀。

 

浅い。

 

だが、確実に削る。

 

「チッ……!」

 

獪岳の顔が歪む。

 

余裕が消える。

 

「なんでだよ!」

 

「なんでお前なんかが!!」

 

怒り。

 

焦り。

 

歪み。

 

その全部が、

刃に乗る。

 

だから。

 

崩れる。

 

善逸の呼吸が、

さらに静かになる。

 

恐怖はある。

 

だが。

 

もう、揺れない。

 

(じいちゃん)

 

声はない。

 

だが、

確かにそこにある。

 

(これでいいんだよな)

 

返事はない。

 

それでも。

 

踏む。

 

今までと同じ。

 

壱ノ型。

 

だが。

 

違う。

 

“その先”へ。

 

善逸の足が、

これまでより深く沈む。

 

音が、消える。

 

 

 

雷の呼吸

 

漆ノ型

火雷神

 

 

 

走る。

 

一直線。

 

だがそれは、

これまでの霹靂一閃とは違う。

 

速さだけじゃない。

 

積み上げてきた“意志”がある。

 

逃げない。

 

曲がらない。

 

迷わない。

 

ただ。

 

貫く。

 

獪岳の目が、

大きく見開かれる。

 

「……は?」

 

遅い。

 

理解が。

 

身体が。

 

すべてが。

 

置いていかれる。

 

 

――ズバンッ!!

 

 

音が、

後から来る。

 

 

 

獪岳の身体が、

真っ二つに裂ける。

 

 

崩れる。

 

再生が、追いつかない。

 

「……なんで」

 

 

膝が、落ちる。

 

 

「なんでお前が……」

 

善逸は、

振り返らない。

 

ただ、立っている。

 

「俺は」

 

静かに、口を開く。

 

「壱ノ型しか使えなかった」

 

一拍。

 

「だから、それを極めた」

 

それだけだった。

 

獪岳の視界が、

ゆっくりと崩れる。

 

「……クソが」

 

「俺がクソならお前はクズだ」

「地獄の底でじいちゃんに詫びろ」

 

最後まで、

歪んだまま。

 

身体が、

崩れ落ちていく。

 

静寂。

 

無限城の奥で。

 

――遅れて、雷鳴。

 

その軌跡だけが、

確かに残っていた。

 

 

静かだった。

 

さっきまで、

あれほど激しく鳴っていた雷の音が、

嘘みたいに消えている。

 

善逸は、

その場から動かなかった。

 

呼吸だけが、

浅く上下している。

 

肺が熱い。

 

脚も痛む。

 

全身が、

軋むみたいに重い。

 

だが――

 

立っていた。

 

獪岳は、もう崩れている。

 

灰となり、

無限城の闇へ散っていく。

 

その最後まで、

視線を逸らさなかった。

 

「……終わった」

 

小さく、

声が落ちる。

 

けれど。

 

その言葉は、

どこか実感が薄かった。

 

勝った。

 

仇も討った。

 

じいちゃんの無念にも、

答えた。

 

それなのに――

 

胸の奥は、

妙に静かだった。

 

 

ふと。

 

鉄を打つ音が、

脳裏に浮かぶ。

 

カン。

 

カン。

 

一定の音。

 

夕暮れ。

 

火の熱。

 

汗の匂い。

 

「また逃げたのかお前はァ!!」

 

耳に痛い、

怒鳴り声。

 

善逸が、

思わず顔をしかめる。

 

「し、仕方ないじゃん!!

怖ぇもんは怖ぇんだよ!!」

 

昔の自分。

 

情けなくて、

泣き虫で、

逃げてばかりだった頃。

 

桑島慈悟郎は、

そんな善逸の頭を、

思い切り叩いた。

 

「馬鹿者!!」

 

ゴッ――ン!!

 

「いッッッッッッッッ!?」

 

涙目になる善逸を見ながら、

じいちゃんは深くため息を吐く。

 

「お前はすぐ逃げる」

 

「すぐ弱音を吐く」

 

「すぐ諦める」

 

善逸が、

しゅんと肩を落とす。

 

だが。

 

その後だった。

 

「だが――」

 

じいちゃんの声が、

少しだけ低くなる。

 

「逃げてもいい」

 

善逸が、

顔を上げる。

 

「泣いてもいい」

 

「情けなくてもいい」

 

火の音が、

静かに鳴っている。

 

「だが最後だけは立て」

 

その言葉は、

怒鳴り声よりずっと強く、

善逸の胸に残った。

 

「一回でいい」

 

「最後の最後だけ、

逃げずに前へ出ろ」

 

「それが出来る奴は、

弱くない」

 

 

 

無限城の冷たい空気が、

再び肺へ入る。

 

善逸は、

ゆっくりと目を閉じた。

 

怖かった。

 

今でも怖い。

 

本当は、

逃げたかった。

 

だが――

 

最後だけは、

前へ出た。

 

それだけは、

できた。

 

善逸の手が、

静かに刀を握る。

 

あの頃、

壱ノ型しか使えない自分を、

恥だと思っていた。

 

劣っていると思っていた。

 

けれど。

 

違った。

 

一つしかないなら、

一つを極めればいい。

 

じいちゃんは、

最初からそれを

教えようとしていた。

 

「……じいちゃん」

 

小さく、

息を吐く。

 

返事はない。

 

もう、

聞こえることもない。

 

それでも。

 

あの背中は、

今も確かに残っている。

 

善逸は、

ゆっくりと前を向いた。

 

無限城は、

まだ終わっていない。

 

遠くで、

また戦いの音が響いている。

 

なら――

 

行かなければならない。

 

善逸の足が、

静かに踏み出す。

 

もう、

止まらない。

 

 

第百三話 終

 

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