鬼滅の刃 ― 礎 ―   作:【規制済み】

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第百四話 ― 岩柱

 

重い。

 

空間そのものが、

軋んでいる。

 

黒死牟の斬撃と、

悲鳴嶼の鉄球がぶつかるたびに、

床が割れ、

壁が歪む。

 

だが。

 

崩れてはいない。

 

成立している。

 

――ように見えるだけだ。

 

鉄球が唸り。

 

鎖が走る。

 

一撃、二撃、無駄はない。

 

広く、重く、正確に。

 

“致命になる線だけを潰している”。

 

黒死牟の刃が走る。

 

速い。重い。正確。

鉄球が、その軌道へ割り込む。

鎖が、死角を塞ぐ。

 

完全には止めていない。

 

斬撃は抜ける。

――ザッ

血が散る。

悲鳴嶼の肩が裂ける。

 

浅い。確実に削られている。

 

「……なるほど」

 

黒死牟の声が落ちる。

 

「貴様が鬼狩りの要石か」

 

「極限まで寝られた肉体」

 

「惜しい。鬼とならぬか」

 

悲鳴嶼は応えない。

 

ただ、踏む。

 

沈む、揺れない。

 

位置が、わずかに押されている。

 

一歩、また一歩。

 

気づかれないほどの差。

 

だが確実に。

 

“後ろへ”。

 

 

岩の呼吸――

 

壱ノ型――蛇紋岩・双極。

 

鉄球が弧を描く。

 

斧が追う。挟む。

 

逃げ場を潰す。

 

――ガァンッ!!

 

衝突。

 

空間が歪む。

 

黒死牟の身体が、

わずかにズレる。

 

が、次の瞬間には、

もう戻っている。

 

崩れない。

 

乱れない。

 

「……素晴らしい」

 

(これ程の剣士…300年振りか)

 

黒死牟が呟く。

 

評価。

 

ただの認識。

 

踏み込む。

 

斬る、繋ぐ。

 

一切の無駄がない。

 

実弥の目が細くなる。

 

(……作れてる)

 

違う。

 

正確には。

 

(いや“持ってる”だけだ)

 

踏む。

 

実弥が、

その一拍へ割り込む。

 

風の呼吸。

 

壱ノ型。

 

塵旋風・削ぎ。

 

――ザッ

 

黒死牟の身体が、

わずかに裂ける。

 

浅い。

 

そのまま。

 

閉じる。

 

瞬時に再生。

 

痕すら残らない。

 

実弥の奥歯が軋む。

 

(……効いてねぇ)

 

届いている。

 

だが。

 

“意味がない”。

 

黒死牟の視線が、

僅かに実弥へ流れる。

 

「……二人か」

 

次の瞬間。

 

斬撃が変わる。

 

速さではない。

 

“通し方”が変わる。

 

鉄球の外。

 

鎖の裏。

 

その隙間だけを、

正確に切り裂く。

 

悲鳴嶼の足が沈む。

 

回す、引く、ずらす。

 

――ギィンッ!!

 

間に合う。

 

完全ではない。

 

――ザッ

 

もう一太刀。

 

血が散る。

 

今度は、

わずかに深い。

 

それでも。

 

崩れない。

 

悲鳴嶼の呼吸が、

さらに深くなる。

 

「南無阿弥陀仏」

 

低く、静かに。

 

押されている。

 

実弥が踏み込む。

 

繋ぐ。通す。

 

それでも。

 

削りきれない。

 

(……クソが)

 

噛み合わない。

 

二人いる。

 

それでも。

足りない。

 

黒死牟の刃が、

再び落ちる。

 

今度は。

重さが違う。

 

――ドォンッ!!

 

鉄球が受ける。

 

床が砕ける。

 

鎖が軋む。

 

悲鳴嶼の身体が、

わずかに沈む。

 

耐えている。

 

しかし“押されている”。

 

黒死牟の声が落ちる。

 

「まだ浅い」

 

空間が沈む。

 

圧が増す。

 

次の一撃。

 

さらに深い。

 

実弥の目が開く。

 

(……ヤベェな)

 

 

理解する。

 

このままでは。

 

崩れる。

 

一手。

 

たった一手で。

 

この均衡は、

消える。

 

最初から、均衡など存在していない。

 

ただ。

 

崩されていないだけで

 

崩れる寸前。

 

成立しているように見える戦場は、

ほんの一手で瓦解する位置にある。

 

黒死牟の刃が落ちる。

 

悲鳴嶼が受ける。

 

床が砕ける。

 

実弥が踏み込む。

 

通す。浅い。戻る。

 

繋がらない。

 

その繰り返し。

 

削られているのは、

互いではない。

 

こちらの“余白”だった。

 

次の一撃で、

崩れる。

 

その認識が、

共有されるよりも早く――

 

空気が、

変わった。

 

一歩。音がしない。

 

踏んだはずの床が、

揺れない。

 

沈まない。

 

乱れない。

 

真壁が、

そこに立っていた。

 

視線が走る。

 

全体を見る。

 

数ではない。

 

位置でもない。

 

“崩れ方”を見る。

 

(足りていないのは、間だ)

 

黒死牟の刃が、

次を描く。

 

悲鳴嶼へ届く軌道。

 

その途中。

 

ほんの一瞬。

 

通る線がある。

 

 

真壁の足が沈む。

 

礎の呼吸――壱ノ型――盤脚。

 

踏む。

 

そこに“あったはずの線”が、

消える。

 

――ギィンッ!!

 

斬撃が、

逸れる。

 

受けたわけではない。

 

止めたわけでもない。

 

“通らなかった”。

 

 

黒死牟の目が、

僅かに動く。

 

 

「……ほう」

「次々と湧くものだ」

 

初めて。

 

斬撃が、

“予定通りに届かなかった”。

 

悲鳴嶼の鉄球が通る。

 

実弥の刃が続く。

 

今度は、繋がる。

 

――ザッ

 

黒死牟の肩口が裂ける。

 

浅い。

 

それでも。

 

“繋がった”こと自体が、

それまで無かった。

 

真壁は動かない。

 

踏み込まない。

 

ただ。

 

次の崩れを見る。

 

(ここも、崩れる)

 

黒死牟の斬撃が、

角度を変える。

 

今度は実弥へ。

 

速い。深い。

 

逃げ場がない。

 

真壁の足が、

半歩だけ動く。

 

弐ノ型――止水壁。

 

“通る軌道”だけが、消える。

 

“そこに無かったかのように”。

 

――ギィンッ!!

 

実弥の身体が、

わずかにズレる。

 

致命の線が、

外れる。

 

「……チッ」

 

短く。それだけ。

 

踏み込みは止まらない。

 

黒死牟の視線が、

真壁へ向く。

 

「愉快」

 

声が、

僅かに深くなる。

 

「貴様は……崩さぬか」

 

 

評価。理解。

 

それだけで。

 

圧が一段、

増す。

 

 

次の斬撃。

 

速さが変わる。

 

重さが変わる。

 

“余白ごと潰す”軌道。

 

真壁の足が、

さらに沈む。

 

 

伍ノ型――不動礎。

 

 

受けない。

 

抗わない。

 

“そこに在る”。

 

――ギィィンッ!!

 

衝撃が、

床を割る。

 

それでも。

 

位置は変わらない。

 

悲鳴嶼の鎖が走る。

 

実弥が踏み込む。

 

今度は

三人が、繋がる。

 

戦場が、

初めて“形”になる。

 

その時。

 

壁に打ち付けられたままの身体が、

僅かに動いた。

 

時透無一郎。

 

視界は霞む。

 

呼吸は浅い。

 

血の匂いが濃い。

 

それでも。

 

(……まだ、終わっていない)

 

音が届く。

 

鉄球。鎖。刃。

 

そして。

 

“繋がっている音”。

 

(……戻れる)

 

判断ではない。

 

理解でもない。

 

“選ぶ”。

 

(死ぬのなら、役に立ってから死ね)

 

無一郎の指が、

僅かに動く。

 

血が落ちる。

 

それでも。

足が、

床を捉えた。

 

黒死牟の刃が、

再び振り下ろされる。

 

三人が、

受ける。

 

繋ぐ。通す。

 

まだ足りない。

 

それは変わらない。

 

それでも。

 

“崩れない”

 

その一点だけが、

今この場を繋いでいた。

 

そして。

 

もう一人。

 

静かに。

 

戦場へ戻ろうとしていた。

 

 

第百四話 終

 

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