鬼滅の刃 ― 礎 ―   作:【規制済み】

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第百五話 ― 奪取

 

崩れていない。

 

それだけで、

戦場は辛うじて形を保っていた。

 

黒死牟の斬撃が走る。

 

悲鳴嶼が受ける。

 

実弥が通す。

 

真壁が、消す。

 

繋がっている。

 

だが、

足りない。

 

削れていない。

 

終わらない。

 

 

 

黒死牟の視線が、

静かに寄る。

 

「……なるほど」

 

落ちる声。

 

「貴様が、軸か」

 

次の瞬間。

 

斬撃の“配分”が変わる。

 

悲鳴嶼でも、

実弥でもない。

 

真壁へ集中する。

 

――ギィンッ!!

 

礎の呼吸――

弐ノ型――止水壁。

 

通るはずの線だけが、

消える。

 

受けていない。

 

弾いてもいない。

 

それでも、

斬撃が届かない。

 

床が砕ける。

 

真壁の足が、

半歩沈む。

 

位置は崩れない。

 

だが――

 

“寄せられている”。

 

黒死牟の圧が、

真壁へ集まったことで、

他への圧が

ほんの僅かに薄れる。

 

その一拍。

 

実弥が踏み込んだ。

 

風の呼吸――

肆ノ型――昇上砂塵嵐。

 

――ザンッ!!

 

黒死牟の着物が裂ける。

 

浅い。

 

だが、

今までより深い。

 

実弥の目が、

僅かに細くなる。

 

(……作れてる)

 

違う。

 

正確には。

 

(コイツが“崩させてねぇ”)

 

黒死牟の斬撃は、

一手崩れれば終わる。

 

触れた瞬間、

連携ごと潰される。

 

だが真壁は、

そこへ“次”を残していた。

 

受け切っているわけじゃない。

 

押し返しているわけでもない。

 

それでも。

 

“繋がる形”だけが残る。

 

実弥は知っている。

 

昔、任務で見た。

 

下弦討伐。

 

山中の狭路。

 

鬼に包囲され、

隊士が崩れかけた時。

 

真壁は、

前へ出なかった。

 

鬼を真っ先に斬ったわけでもない。

 

だが。

 

崩れなかった。

 

隊列も。呼吸も。恐怖も。

 

気づけば、

戦線が戻っていた。

 

実弥はその時、

心底気に食わなかった。

 

(……地味な野郎だ)

 

だが同時に、

理解もしていた。

 

(だがコイツがいると、

妙に崩れねぇ)

 

 

 

黒死牟の刃が、

再び落ちる。

 

今度は、

真壁ごと後衛を潰す軌道。

 

深く、速い。

 

余白ごと斬る一撃。

 

真壁の足が、

沈む。

 

伍ノ型――不動礎。

 

踏む。

 

沈める。

 

“そこに在る”。

 

――ギィィィンッ!!

 

衝撃が、

床を割る。

 

梁が軋む。

 

空間が震える。

 

それでも。

 

真壁の位置は、

変わらない。

 

黒死牟の六つの目が、

静かに細まる。

 

「……ほう」

 

初めて。

 

“予定通り崩れない”。

 

その事実だけが、

そこに残る。

 

 

 

悲鳴嶼の呼吸が、

ほんの僅かに深くなる。

 

半拍。

 

それだけ。

 

だが、十分。

 

今まで、

“崩れる前提”で

繋いでいた。

 

次が来る前に、

潰される前提で。

 

だが今は違う。

 

“次がある”。

 

鉄球の軌道が、

わずかに安定する。

 

鎖が、

空間を制圧する。

 

岩の呼吸――

参ノ型――岩軀の膚。

 

――ドォンッ!!

 

黒死牟の斬撃へ、

鉄球が正面から噛み合う。

 

空間が、

爆ぜる。

 

そこへ。

 

実弥が入る。

 

風の呼吸――

壱ノ型――塵旋風・削ぎ。

 

今度は、

繋がる。

 

――ザッ!!

 

黒死牟の肩口が、

深く裂ける。

 

浅い。

 

それでも。

 

今までで、

最も“届いていた”。

 

 

 

黒死牟の目が、

僅かに動く。

 

「……愉快」

 

声が、

低く落ちる。

 

「貴様」

 

視線が、

真壁へ向く。

 

「崩さぬか」

 

評価。理解。

 

それだけで。

 

圧が、

さらに増す。

 

空間そのものが、

沈む。

 

黒死牟の斬撃が、

変わる。

 

速さではない。

 

“潰し方”が変わる。

 

真壁だけではなく。

 

その後ろ。

 

悲鳴嶼。

 

実弥。

 

無一郎。

 

全員ごと、

一息で断つ軌道。

 

実弥の目が、

開く。

 

(……来る)

 

だが。

 

真壁は、

動かない。

 

半歩だけ。

 

位置を置き直す。

 

礎の呼吸――

壱ノ型――盤脚。

 

踏む。

 

その瞬間。

 

“通るはずだった線”が、

僅かにズレる。

 

――ギィンッ!!

 

悲鳴嶼の鉄球が、

間に合う。

 

実弥が、

踏み込める。

 

無一郎が、

呼吸を繋げる。

 

戦場が、

崩れない。

 

黒死牟の目が、

初めて僅かに細まった。

 

(……一人で成立させているのではない)

 

違う。

 

(戦場そのものを、繋いでいる)

 

 

 

壁際。

 

時透無一郎の指が、

僅かに動く。

 

血が落ちる。

 

視界は霞む。

 

呼吸は浅い。

 

それでも。

 

音が届く。

 

鉄球。風。

 

鈍い衝突。

 

そして。

 

一定の拍。

 

崩れない音。

 

霞の向こうで、

戦場が初めて

“一つになっている”。

 

(……まだ終わってない)

 

無一郎の足が、

床を捉える。

 

立つ。揺れる。

 

それでも。

 

前を見る。

 

一方。

 

玄弥の呼吸は、

乱れていた。

 

腹の傷。

 

失血。

 

視界も暗い。

 

だが。

 

終わっていない。

 

そこへ。

 

楔のように刺さっていた刀を抜き、

無一郎が駆け寄る。

 

「動けるか、玄弥」

 

「……無一郎」

 

短い息。

 

玄弥が、

震える腕を伸ばす。

 

「俺の身体を……

押さえつけてくれ」

 

無一郎が、

力を込める。

 

骨が軋む。

 

肉が、

無理やり繋がる。

 

玄弥の喉が、

僅かに止まる。

 

血の匂い。

 

上弦の壱…濃い鬼の肉片。

 

鉄みたいな臭い。

 

本能が、拒絶する。

 

喰うなと、叫ぶ。

 

だが――

 

遠くで。

 

実弥の風が鳴る。

 

悲鳴嶼の鉄球が唸る。

 

そして。

 

崩れない拍が、

聞こえる。

 

(……ここで終われるかよ)

 

無一郎の視線が、

一点を捉える。

 

黒死牟の肉片。

 

畳へ落ちた、

ほんの僅かな欠片。

 

「……最後まで戦おう」

 

短い声。

 

「足りねぇ…あの欠片を投げてくれねぇか…」

 

瞬時に意図を察した無一郎は

肉片を、玄弥投げる。

 

理解より先に、

歯が動く。

 

噛む。拒絶する本能を抑え無理やり飲み込む。

 

 

 

“喰らった”。

 

 

 

玄弥の身体が、

さらに軋む。

 

骨が鳴る。

 

血が巡る。

 

鬼の力が、

流れ込む。

 

(……これならすぐに)

 

異様な再生速度。

 

だがその瞬間。

 

――――。

 

頭の奥で、

“誰か”の声がした。

 

『黒死牟』

 

低い。

 

冷たい。

 

感情がない。

 

『柱は何人殺した』

 

玄弥の目が、

見開く。

 

知らない声。

 

だが、

本能が理解する。

 

“逆らってはいけないもの”だと。

 

『……まだ近づけるな』

 

『総力を使え』

 

『私の元へ寄せるな』

 

視界が、

ぐらりと揺れる。

 

知らないはずの恐怖が、

内側へ流れ込んでくる。

 

違う。

 

これは、

自分の感情じゃない。

 

鬼の。

 

もっと奥。

 

“始まり”の恐怖。

 

玄弥が、

奥歯を噛み締める。

 

(俺、どうなるんだ…)

 

「………ッッうるせぇ…!」

 

ノイズが、

弾けるように消えた。

 

 

黒死牟の目が、

わずかに動く。

 

認識は速い。

 

だが。一拍遅い。

 

その一拍で、

変化が走る。

 

 

戦場が、

一段変わる。

 

真壁が保つ。

 

悲鳴嶼が繋ぐ。

 

実弥が通す。

 

無一郎が戻る。

 

そして――

 

玄弥が、

前を向く。

 

“崩れない形”は、

確かに厚みを増していた。

 

その時。

 

遠く。

 

まるで別の場所で。

 

全く違う

“衝突音”が響いた。

 

質が違う。

 

重さが違う。

 

それは。

 

今この場とは別の――

 

“もう一つの決戦”の音だった。

 

 

第百五話 終

 

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