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数合。それだけで十分だった。
戦場の“質”が変わる。
猗窩座の踏み込みは速い。だが違う。
先ほどまでの“読む速さ”ではない。
“合わせている”。
――ギィンッ!!
本来成立しないはずの衝突が起きる。
義勇の足がわずかに沈む。
初めて、明確に“崩されかける”。
「……そうか」
「そういうことか」
理解。猗窩座が踏み込む。
“避けていない”。
“通している”。
――ドンッ!!
衝撃。義勇の体勢が半歩だけ崩れる。
完全ではない。
だが“届いている”。
炭治郎の目が開く。(……来た)
猗窩座がさらに詰める。今度は炭治郎へ。
速い。深い。外さない。
だが炭治郎は踏む。
ヒノカミ神楽。“線”だけを通す。
――ザッ
浅い。違う。“浅くされた”。
猗窩座の腕が、最短でそこにある。
「見えている」
「だが」
「もう、遅くはない」
適応している。炭治郎の呼吸がわずかに揺れる。その一瞬で距離が詰まる。
――ドォンッ!!
衝撃。炭治郎の身体が弾かれる。
義勇が割って入る。
だが今度は“消せない”。
猗窩座の拳が内側で残る。
――ギィンッ!!
完全ではない。だが“通る”。
義勇の目が細くなる。
(……速い)
違う。
(……慣れている)
猗窩座の口元がわずかに歪む。
「いい、ようやく噛み合ってきた」
戦場の圧が変わる。
炭治郎が立つ。
呼吸を繋ぐ。乱れてはいない。
だが削られる。このままでは“届く前に終わる”。
「お前達、名は」
「鬼に名乗る名は持たない」
炭治郎も答えない。
「ならば聞き出すまでだ」
猗窩座が踏み込む。
さらに一段、速く、深く。
それでも炭治郎は踏む。
揺れながら、崩れながら、“線”を探す。
猗窩座の目がわずかに動く。
(……まだか)
完全には“消えない”。
一拍、その一瞬だけ“読めない”。
踏み込む。
戦いが、さらに加速する。
――ドォンッ!!
衝撃が弾ける。
炭治郎の身体が、大きく吹き飛ぶ。
床を削り、壁へ叩きつけられる。
呼吸が乱れる。肺が焼ける。
猗窩座は止まらない。間を与えない。
次で終わらせる踏み込み。
その瞬間。
「義勇さんッ!!」
思わず、声が出る。
一拍。
猗窩座の動きが、止まる。
ほんの僅かに。
だが確かに。
「……そうか」
低い声。
「お前は、義勇というのか」
視線が、移る。
炭治郎ではない。
義勇へ。
「いい名だ」
次の瞬間
さっきまでとは違う。
“狙い”が変わっている。
――ギィンッ!!
義勇が受ける。
だが。
今度は、沈み切らない。
――ザッ
浅い裂傷。
だが、確実に“届いている”。
猗窩座の口元が歪む。
「惜しい」
一歩、詰める。
逃がさない。
「その技量」
さらに一歩。
「その胆力」
義勇の足が、わずかに沈む。
「ここで潰すには、あまりにも惜しい」
踏み込む。
「義勇、鬼になれ」
静かに。
拒否を許さない声。
義勇は、動かない。
呼吸も変わらない。
「必要ない」
一瞬、空気が止まる。
猗窩座の目が、細くなる。
「……そうか」
次の踏み込み。
今までで最も速い。
――ドンッ!!
凪が揺れる。
崩れかける。
炭治郎が立つ。呼吸を繋ぐ。
乱れている。
(……まだだ)
踏む。
ヒノカミ神楽。
線を。探す。
猗窩座の目が、動く。
(……まだ、消えない)
一瞬。
ほんの一瞬だけ。
“読めない”。
――ドンッ!!
衝突が弾ける。
猗窩座の拳が差し込まれる。
速く深い。外さない。
義勇が受ける。
水の呼吸、流し、逸らす。
だが完全には殺しきれない。衝撃が残る。
一歩、押される。
猗窩座が踏み込む。
「義勇。その水の技、極まっている」
さらに詰める。
「その技量実に惜しい。鬼になれ」
義勇は答えない。
刃を返す。弐ノ型、水車。
回転で軌道をズラす。猗窩座の腕を外す。
完全ではないが、“通させない”。
その一拍、炭治郎が入る。
ヒノカミ神楽。最短で“線”を通す。
――ザッ
浅い。だが入る。猗窩座の身体がわずかにズレる。
「いい連携だ」
視線が炭治郎へ移る。
「お前もだ。杏寿郎が言っていた。確か竈門だったか」
「その動き、その消え方……磨けば伸びる」
踏み込む。今度は炭治郎へ一直線。
――ドォンッ!!
受ける。重い。耐えきれず弾かれる。
壁に叩きつけられる。呼吸が乱れる。
それでも立つ。
猗窩座が言う。
「お前も鬼になれ」
「さらに強くなれるぞ」
その言葉で、炭治郎の中の何かが噛み合う。
「ふざけるな」
低い声。踏み出す。
「人の命を何だと思ってる」
呼吸が揺れる。それでも進む。
「家族を奪って、妹を鬼にして……それで強さだと?」
一瞬だけ、爆発する。
「ふざけるなッ!!」
踏み込む。ヒノカミ神楽。速い。鋭い。
“通す”ためだけの一撃。
――ザンッ!!
深い。今までで一番。猗窩座の身体が大きくズレる。
だが次の瞬間、炭治郎の呼吸が崩れる。揺れが戻る。維持できない。
猗窩座が踏み込む。
「違うな。怒りでは届かない」
拳が落ちる。義勇が割り込む。
参ノ型・流流舞い。
軌道を流し、衝撃を散らす。
今度は“消さない”“逃がす”。
炭治郎が息を整える。
(……違う)
理解する。さっきのは違う。
猗窩座の目が細くなる。
「来い。本物を見せろ」
踏み込みがさらに速くなる。戦場の圧が、一段深く沈む。
踏み込む。
ヒノカミ神楽。
今までとは違う。
速さではない。
“迷いがない”。
――ザッ
深い。
猗窩座の身体が明確に揺れる。
再生が、遅れる。
「……?」
初めて。
猗窩座の目が揺れる。
(……なんだ、これは)
理解が、追いつかない。
技ではない。
速さでもない。
――違う。
「……貴様」
声が、僅かに変わる。
その瞬間。
炭治郎の“気配”が、
完全に消える。
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第百七話 終