⸻
崩れ始めている。だが、まだ終わらない。
黒死牟の内側で、焼ける。
赫刀の傷が残る。塞がらない。
再生が“遅れる”
確実に、噛み合っていない。
「……」
黒死牟の呼吸が、わずかに変わる。
整える。乱れを押し込む。
止まらない。止まれない。
踏み込む。
長い刃が、しなる。
――ザァンッ!!
面で来る。層で来る。だが先ほどとは違う。わずかに“ズレる”。
悲鳴嶼が踏む。重い。深い。痣が浮かぶ。
地に根を張るような呼吸。鉄球が唸り、鎖が空間を縛る。
「……南無阿弥陀仏」
受ける。押す。崩さない。
――ドォンッ!!
衝突。今度は“止まる”。完全ではない。だが――押し返す。
実弥が入る。呼吸が変わる。
鋭さが増す。痣が走る。
「遅ぇ!!」
踏み込みが一段速い。黒死牟の“遅れ”へ噛みつく。
――ザァンッ!!
深く入る。再生が、わずかに遅れる。
黒死牟の目が細くなる。
(……合わせてきている)
違う。
(……押し返されている)
理解。
だが。
止まらない。
斬る。繋ぐ。潰す。
――ザザッ!!
連続で叩き込む。だが――
“閉じない”。
傷が閉じない。焼け、重なる。
黒死牟の内側で、痛みが“蓄積する”。
「……見事」
だが。踏み込む。
さらに深く。
――ザァンッ!!
今までで最も速い。
最も重い。
全てを断つ一撃。
悲鳴嶼が受ける。鉄球が軋む。鉄鎖が悲鳴を上げる。
――バキッ
腕が、砕ける。
血が弾ける。
それでも。
離さない。
「……まだだ」
声は低い。
だが、揺れない。
「やらせん」
真壁が踏む。位置を固定する。崩れない。支える。
実弥が入る。削る。通す。
時透は、動かない。
(……離さない!)
だが。
まだ、“繋がっている”。
刃が、黒死牟の中に残っている。
赫刀が、焼き続けている。
黒死牟の動きが、さらに乱れる。
(……消えぬ、なぜだ)
理解している。
だが、対処が追いつかない。
玄弥が踏み出す。
息が荒い。
血が足りない。
それでも。
笑う。
「……効いてんじゃねぇか」
銃を上げる。
最後の一発。
狙いは――
“足”。
引き金。
――ダンッ!!
弾が走る。
黒死牟の足元へ
命中。
――ザッ
即座に芽吹く。
――バキバキッ!!
足元から骨へ。
木が、侵食する。
締める。
止める。
黒死牟の動きが――
初めて、
“完全に止まる”。
一拍。
その一瞬。
全員が、理解する。
(……ここだ)
戦場が、一つになる。
⸻
⸻
止まっている。
黒死牟の足が、完全に縫い留められている。
内側では赫刀が焼き続け、外からは玄弥の血鬼術が骨へ食い込む。
動けない。
ほんの一瞬。だが確かに、“止まっている”。
黒死牟の六つの目が細くなる。
(……なるほど)
理解。
ならば斬る。
長い刃が、軋む。
――ザァンッ!!
その場で振る。踏み込まない。動けなくとも、“届く”。
面が来る。層が重なる。逃げ場はない。
悲鳴嶼が前へ出る。鉄球を引き、鎖を張る。全てで受ける。
――ドォンッ!!
衝突。空間が歪む。骨が軋む。踏み止まる。
だが。
“抜ける”。
細い一線が、残る。
――ザンッ
血が弾ける。
悲鳴嶼の右腕が、飛ぶ。
鉄球が沈む。鎖が軋む。それでも――止める。
片腕で、引く。
「……まだだ」
声は低い。揺れない。
その隙間を、実弥が埋める。踏み込む。止まらない。
黒死牟が返す。最短。
――ザンッ
視界が裂ける。
実弥の片目が、潰れる。
血が流れる。
それでも。
「上等だァ!!」
踏み込む。
風が唸る。
――ザァンッ!!
深く入る。焼けた傷へ重ねる。
黒死牟の内側で、痛みが弾ける。
動きが、僅かに乱れる。
それでも。
止まらない。
黒死牟が腕を振るう。拘束ごと断ち切る構え。
その時。
玄弥が、前へ出る。
もう撃てない。
腕も、震えている。
それでも。
笑う。
「……止まってるだろ」
血が、流れる。
木が、まだ食い込んでいる。
離れない。
「……これで、いい」
視線が、実弥へ向く。
兄を見る。
「……兄貴」
短い。
それだけ。
実弥の足が、止まらない。
止まれない。
「……応」
低く、返す。
それで、十分だった。
鬼の力が、剥がれる。
保てない。
だが。拘束は、残る。残す。
役は、終わってない。
黒死牟の動きが、完全に止まる。
一拍。
その一瞬。
悲鳴嶼が踏み、片腕で鉄球を振る。
「南無阿弥陀仏」
実弥が続く。
「オラァァ!!」
二人の攻撃が、重なる。
黒死牟へ。
――ザァンッ!!
深く。
確実に。
焼けた“内側”へ。
致命の一撃。
⸻
第百十二話 終
幕間 ― 背負うもの
⸻
崩れた音を、覚えている。
乾いた、短い音。
何かが折れる音ではない。
“間”が、消える音。
あの時、足が止まった。
一歩。
それだけでよかった。
踏めば、間に合った。
だが、踏めなかった。
視界の端で、弟が崩れる。
声は、出なかった。
手も、伸びなかった。
ただ、見ていた。
崩れていくのを。
「……兄ちゃん」
呼ばれた気がした。
違うかもしれない。
もう、確かめようがない。
⸻
それからだ。
踏むようになったのは。
考える前に、踏む。
崩れる前に、入る。
“間”を、消させない。
それだけを、繰り返した。
守るためではない。
救うためでもない。
ただ――
崩さないために。
真壁は、息を吐く。
目を閉じる。
すぐに開く。
揺れはない。
もう、止まらない。
前を、見る。
流れが来る。
音が来る。
数が来る。
関係ない。
踏むだけだ。
「……来い」
低く、落ちる。
それだけで、十分だった。
⸻
幕間 終