鬼滅の刃 ― 礎 ―   作:【規制済み】

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第百十三話 ― 落月

 

⸻

 

深く、入った。

 

悲鳴嶼と実弥の一撃が、黒死牟の内側へ届いている。赫刀の傷と重なり、焼け、裂け、崩れる。

 

再生が、遅れる。

 

間に合わない。

 

それでも――

 

肉が、動く。

 

骨が、伸びる。

 

再生しようとする。

 

その時。

 

――ザザ……

 

音が、混じる。

 

遠い。

 

だが、確かに届く。

 

『……再生しろ』

 

『止まるな』

 

『価値を示せ』

 

断片。

 

命令。

 

意味は明確。

 

黒死牟の身体が、応じる。

 

動こうとする。

 

だが。――止まる。

 

「……」

 

六つの目が、僅かに揺れる。

 

(……違う)

 

従うはずの命令。

 

“合わない”。

 

内側で、何かがズレている。

 

焼ける。赫刀の傷が、消えない。

 

それだけではない。

 

(……何だ)

 

思考が、引っかかる。

 

戦う理由。

 

斬る理由。

 

強さを求めた理由。

 

――武の果て。

 

それを、目指した。

 

(……その先は)

 

思い出す。

 

遠い。

 

あまりにも遠い。

 

月の下、ただ一人で、剣を振るっていた。

 

誰にも届かず。

 

誰もいない場所で。

 

(……何のために)

 

答えが、ない。

 

いや。

 

最初から――

 

無かったのか。

 

肉が、脈打つ。

 

刀身と腕の境界が、

曖昧になる。

 

再生が、

“形”を保てない。

 

六つの目が、

初めて“己”へ向く。

 

(……醜い)

 

その認識だけが、

 

静かに落ちた。

 

 

 

(……お労しや兄上)

 

「……縁壱」

 

 

 

刃が止まる。

 

再生が止まる。

 

無惨の声が、遠ざかる。

 

『……戦え』

 

『……再生しろ』

 

届いている。

 

だが。

 

もう、意味を持たない。

 

黒死牟の手が、わずかに緩む。

 

(……俺は)

 

初めて立ち止まる。

 

(……道を)

 

「違えたか」

 

だが、確かに。理解する。

 

身体が、崩れ始める。

 

再生しない。

 

する必要が、ない。

 

悲鳴嶼と実弥の刃が、最後まで通る。

 

――ザンッ

 

音は、静かだった。

 

黒死牟の身体が、崩れる。

 

塵のように。

 

消えていく。

 

六つの目が、最後にわずかに細められる。

 

そこにあったのは、

 

怒りでも、執着でもない。

 

ただ――

 

静かな、納得。

 

戦場に、音が戻る。

 

 

 

静かだった。

 

戦いの音は、もうない。

 

崩れた床。裂けた空間。

血の匂いだけが、残っている。

 

時透は、動かない。

 

黒死牟を貫いたままの姿勢で、崩れ落ちている。

 

瞳は、開いている。

 

だが、焦点はもう、合っていない。

 

「……時透」

 

悲鳴嶼の声は低い。

 

短い。

 

返る言葉はない。

 

⸻

 

「こっちへ来るな、戻れ!!」

 

「なんで?僕頑張ったよね?」

 

「なんで?お前また十四だろ!?」

「こんな所で死んでどうする!!」

 

「なんでそんな風に言うの?」

「僕は色んな人に助けられた。だから他の人達を助けた。」

「辛かった事も多いけど、逃げなかったし、目を逸さなかった」

「僕は…兄さんみたいに誰かの為に役に立てた。」

 

「兄さんがあの日僕を助けてくれた。だから今日皆を助けることができたんだ」

 

「頑張ったでしょ?」

 

「俺は、お前に死んでほしくなかった。ただそれだけなんだ」

 

「だけど」

 

「……無一郎」

 

「よく頑張った」

 

⸻

 

少し離れた場所。

 

玄弥の身体は、もう形を保てていない。

 

崩れている。

 

だが。

 

そこに“あった”ことは、確かに残っている。

 

実弥が、歩く。

 

足取りは重い。

 

だが止まらない。

 

近づく。

 

見下ろす。

 

「……玄弥ァ」

 

「クソが」

 

拳を握る。

 

震えている。

 

抑えきれない。

 

そのまま――

 

振るう。

 

――ドンッ!!

 

真壁の頬に、拳がめり込む。

 

音が響く。

 

だが、真壁は動かない。

 

踏んだまま。

 

受ける。

 

「……てめぇが」

 

実弥の声が、荒れる。

 

「もっと早く――」

 

言葉が、続かない。

 

分かっている。

 

誰のせいでもない。

 

それでも。

 

止まらない。

 

もう一度、振るう。

 

「……足りなかった」

 

震えた声。

 

当たる前に、止まる。

 

拳が、宙で震える。

 

ただ、そこにいる。

 

崩れない。

 

それだけ。

 

実弥の肩が、わずかに落ちる。

 

息が漏れる。

 

「アァァァァ……!!」

 

実弥の慟哭が響く

 

悲鳴嶼が、ゆっくりと歩み寄る。

 

片腕を失った身体。

 

それでも、立っている。

 

「……終わってはいない」

 

低い声。

 

静かに、落ちる。

 

「鬼は、まだいる」

 

「無惨を倒すまで――」

 

一拍。

 

「終わりではない」

 

誰も、否定しない。

 

できない。

 

実弥が、顔を上げる。

 

片目は潰れている。

 

だが。

 

前を見ている。

 

「……分かってます」

 

短く。

 

風がない。音もない。

 

それでも。

 

戦いは、まだ終わらない。

 

 

三人は、動き出す。

 

振り返らない。

 

 

残ったものも。

 

失ったものも。

 

すべて背負ったまま。

 

⸻

 

第百十三話 終

 

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