⸻
夜明けが、
近い。
空が白い。
僅かに。
だが、確実に。
鬼舞辻無惨の触手が、
荒れ狂う。
――ブォンッ!!
地面が裂ける。
瓦礫が吹き飛ぶ。
隊士達が、
次々と弾き飛ばされる。
止まらない。
止められない。
それでも。
押し切れない。
「……鬱陶しい」
無惨の声が、
低く落ちる。
触手が、
さらに増える。
脈動。
増殖。
肉が、焦るように膨れ続ける。
悲鳴嶼が踏む。
既に限界。
それでも。
鉄球を振るう。
「南無阿弥陀仏」
――ドォンッ!!
衝突。
衝撃。
骨が軋む。
膝が沈む。
だが。
倒れない。
実弥が、
その隙へ噛みつく。
「止まってんじゃねェ!!」
風が裂ける。
――ザァンッ!!
無惨の肉が、
深く裂ける。
焼ける。
赫刀。
再生が、
遅れる。
無惨の目が、
揺れる。
(……まただ)
閉じない。
再生が、
追いつかない。
珠代の薬。
老化。
分裂阻害。
細胞破壊。
積み重なっている。
確実に。
自分を、
削っている。
炭治郎が、
息を繋ぐ。
苦しい。
肺が焼ける。
視界も霞む。
それでも。
前を見る。
(繋ぐ)
真壁が、
止めている。
悲鳴嶼が、
受けている。
義勇が、
繋いでいる。
だから。
止まれない。
踏む。
ヒノカミ神楽。
余分を落とす。
“通す”。
――ザンッ!!
無惨の腕が、
深く裂ける。
再生が、
止まる。
一拍。
ほんの一拍。
だが。
確実に、
止まった。
無惨の目が、
大きく揺れる。
(……遅い)
再生が。
自分の身体が。
“老いている”。
理解した瞬間。
初めて。
無惨の内側に、
明確な恐怖が走る。
「……あり得ん」
低い声。
否定。
だが。
現実は、
変わらない。
⸻
遠く。
また。
――ドォンッ!!
衝撃音。
鬼が砕ける音。
無惨の視線が、
僅かに揺れる。
まだ。
来ない。
鬼が。
一体も。
(……何をしている)
違う。
もう、
理解している。
止められている。
たった一人に。
無惨の中で、
“理解できないもの”が膨らむ。
何故、
そこまで立てる。
何故、
そこまで耐える。
何故、
壊れない。
人間は脆い。
折れる。
潰れる。
死ぬ。
そのはずだった。
なのに。
「……何故だ」
声が漏れる。
炭治郎が、
前へ出る。
義勇が繋ぐ。
伊黒が崩す。
甘露寺が裂く。
実弥が削る。
悲鳴嶼が受ける。
誰も。
退かない。
その姿が。
無惨には、
理解できない。
⸻
別の場所。
鬼が、
なおも押し寄せる。
津波。
重なる。
積み上がる。
終わらない。
その中心。
真壁が、
まだ立っている。
左腕は、既に半ば千切れかけている。
血が、止まらない。
脚も、限界。
それでも。
動かない。
礎国。
“そこだけが崩れない”。
鬼が、
飛び込む。
――ザンッ
首が飛ぶ。
次。
――ドォンッ!!
踏み込みが砕ける。
次。
――ギィンッ!!
牙が逸れる。
鬼達の顔が、
歪む。
押している。
潰している。
数では勝っている。
なのに。
進めない。
真壁が、
静かに息を吐く。
(……まだ)
足が、
沈む。
さらに深く。
空間そのものへ、
礎が落ちる。
⸻
地上。
無惨が、空を見る。
白い。
夜が、
終わる。
その瞬間。
鬼舞辻無惨の思考に、
初めて綻びが走る。
“逃げ”
その言葉が。
初めて、
脳裏を過った。
⸻
“逃げ”
その言葉が、
脳裏を過った瞬間。
鬼舞辻無惨の表情が、
歪む。
「……違う」
否定。
即座に。
そんなもの、
あるはずがない。
自分は、
完全なる存在。
頂点。
永遠。
死とは、無縁。
そう在るべきだった。
なのに。
夜明けが、近い。
珠代の薬が、
身体を蝕む。
鬼は来ない。
禰 豆子も見つからない。
目の前の鬼狩り共は、
未だ折れていない。
理解できない。
理解したくない。
無惨の触手が、
さらに荒れ狂う。
――ブォォンッ!!
地面が消し飛ぶ。
建物が砕ける。
隊士達が、
吹き飛ばされる。
悲鳴嶼が踏む。
既に限界を超えている。
それでも。
退かない。
「南無阿弥陀仏」
鉄球を振るう。
――ドォンッ!!
真正面から、
ぶつける。
衝撃。
骨が軋む。
片脚が沈む。
それでも。
崩れない。
その隙へ。
実弥が、
噛みつく。
「逃がさねえェ!!」
風が爆ぜる。
――ザァンッ!!
無惨の脇腹が、
深く裂ける。
焼ける。
再生が、
遅れる。
無惨の目が、
揺れる。
「貴様らァ……!!」
怒声。
初めて。
余裕が崩れる。
炭治郎が、
息を繋ぐ。
肺が痛い。
視界が霞む。
身体も、
限界。
それでも。
前を見る。
(繋ぐ)
その意志だけが、
残る。
義勇が、
横へ並ぶ。
凪。
空間が静まる。
伊黒が、
軌道を崩す。
甘露寺が、
裂く。
全員が、
“次へ通す”ためだけに動いている。
無惨には、
それが分からない。
何故。
死にかけながら、
立てる。
何故。
壊れながら、
前へ出る。
何故。
自分を削ってまで、
誰かへ繋ぐ。
理解できない。
だから。
怖い。
無惨の内側で、
初めてその感情が形を持つ。
恐怖。
縁壱へ抱いたものと、
同じ。
陽への恐怖。
終わりへの恐怖。
消滅への恐怖。
「……違う」
否定する。
だが。
身体が、
応えない。
再生が遅い。
思考も、
鈍い。
老化。
分裂阻害。
細胞破壊。
積み重なっている。
確実に。
⸻
遠く。
――ドォンッ!!!
また。
衝撃音。
鬼が、
砕ける音。
無惨の視線が、
揺れる。
未だ。
鬼は来ない。
止められている。
たった一人に。
その現実が、
無惨の思考を軋ませる。
⸻
別の場所。
鬼が、
押し寄せる。
終わらない。
積み上がる。
重なる。
津波。
その中心。
真壁が、
立っている。
――ザンッ
肉が裂ける。
骨が砕ける。
左腕が、飛ぶ。
骨が見えている。
肉が裂けている。
それでも。
位置は、
一歩も動かない。
礎国。
“そこだけが崩れない”。
鬼が、
飛び込む。
――ザンッ
首が飛ぶ。
次。
――ドォンッ!!
踏み込みが砕ける。
次。
――ギィンッ!!
牙が逸れる。
真壁の呼吸が、
さらに深く沈む。
盤脚。
止水壁。
砕路。
鎮環。
不動礎。
盤界静断。
積み上げてきた全てが、
この場へ落ち続けている。
鬼達の顔が、
歪む。
押している。
潰している。
それでも、
進めない。
真壁が、
静かに口を開く。
「……まだだ」
踏む。
さらに深く。
礎が、沈む。
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地上。
無惨の目が、
初めて炭治郎から逸れる。
空。
白い。
夜明け。
その瞬間。
鬼舞辻無惨の中で、
本能が叫ぶ。
“生きろ”
勝利ではない。
支配でもない。
ただ。
生存。
そのためだけに、
思考が傾き始める。
悲鳴嶼が、
それを見る。
「……そうか」
低く。
静かに。
理解する。
「貴様」
「逃げる気か」
無惨の目が、
大きく開かれる。
次の瞬間。
空気が、変わる。
焦燥。
恐怖。
生存本能。
それら全てが、
暴力へ変わる。
――ブワァッ!!!
無数の触手が、
一斉に爆ぜる。
範囲。
速度。
密度。
全てが、
今までを超える。
「散れェ!!」
実弥の怒号。
全員が飛ぶ。
遅れた隊士達が、
裂ける。
それでも。
柱達は、
まだ前を見ている。
夜明けまで。
あと僅か。
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第百二十一話 終