⸻
白い。
空が。
夜が、
剥がれ始めている。
鬼舞辻無惨が、
走る。
違う。
“逃げている”。
その事実だけが、
戦場へ落ちていた。
「どけェェェ!!」
触手が、
爆ぜる。
――ブワァァッ!!!
建物が消し飛ぶ。
地面が抉れる。
隊士達が裂ける。
それでも。
鬼殺隊は、
止まらない。
炭治郎が踏む。
ヒノカミ神楽。
呼吸が、
静かに落ちる。
余分を削ぐ。
恐怖も。
怒りも。
全部。
“繋ぐ”だけを残す。
義勇が、
横へ並ぶ。
凪。
空間が静まる。
実弥が、
裂く。
伊黒が、
崩す。
甘露寺が、
通す。
善逸が、
速さを作る。
伊之助が、
乱す。
カナヲが、
見抜く。
全員が。
無惨を、
“朝まで繋ぎ止める”ためだけに動いている。
無惨の目が、
揺れる。
理解できない。
何故。
ここまで壊れながら、
まだ立てる。
何故。
死にかけながら、
まだ前へ出る。
「貴様らは……!!」
怒声。
だが。
そこにあるのは、
支配者の怒りではない。
追い詰められた生物の、
悲鳴。
悲鳴嶼が踏む。
限界。
既に。
身体は、
壊れている。
片腕。
出血。
呼吸も浅い。
それでも。
立つ。
「南無阿弥陀仏」
鉄球が唸る。
――ドォンッ!!
真正面から、
無惨の触手を逸らす。
骨が軋む。
膝が沈む。
それでも。
崩れない。
無惨の目が、
悲鳴嶼を見る。
理解できない。
何故、
この男は倒れない。
その瞬間。
悲鳴嶼が、
静かに口を開く。
「人は」
低い。
だが。
確かに落ちる。
「一人では、生きられぬ」
無惨の顔が、
歪む。
否定したい。
理解したくない。
だが。
今。
目の前で。
それを見せつけられている。
⸻
遠く。
鬼の群れが、
なお押し寄せる。
数は減った。
だが。
終わってはいない。
統制を失った鬼達が、
本能だけで暴れている。
その中心。
真壁が、
立っている。
左腕は無い。
血も止まらない。
脚も、
既に砕け始めている。
それでも。
礎国は、
崩れていない。
鬼が飛び込む。
――ザンッ
首が飛ぶ。
次。
――ドォンッ!!
踏み込みが砕ける。
だが。
今までとは違う。
ほんの僅か。
鬼が、
“一歩”入る。
真壁の目が、
静かに細くなる。
(……来たか)
限界。
身体が、
保たない。
呼吸だけで、
立っている。
それでも。
踏む。
礎の呼吸。
終ノ型。
礎国。
――ドォンッ!!!
衝撃。
入った鬼ごと、
後続が吹き飛ぶ。
崩れる。
折れる。
止まる。
だが。
真壁の膝も、
僅かに沈む。
呼吸が、
乱れる。
血が、
さらに落ちる。
それでも。
視線は、
前から外れない。
「……まだ、まだだ」
低く。
静かに。
その言葉だけが、
落ちた。
⸻
地上。
無惨の再生が、
さらに遅くなる。
肉が、
閉じない。
腕が、
戻らない。
老化。
分裂阻害。
細胞破壊。
珠代の薬が、
今なお無惨を蝕んでいる。
「あり得ん……」
無惨が呟く。
否定。
だが。
身体が、
言う事を聞かない。
陽が、近い。
空が、白い。
その瞬間。
炭治郎が、
前を見る。
朝日。
その光が、
ほんの僅かに。
街へ差し始めていた。
「もう少しだ!!」
叫ぶ。
全員が、
踏む。
実弥が吼える。
「押し込めェ!!」
善逸が走る。
伊之助が裂く。
義勇が繋ぐ。
伊黒が崩す。
甘露寺が通す。
カナヲが見抜く。
悲鳴嶼が受ける。
炭治郎が――
通す。
無惨の目が、
大きく揺れる。
逃げ切れない。
その現実が。
初めて。
鬼舞辻無惨の心を、
完全に折り始めていた。
⸻
遠く。
真壁が、
静かに空を見る。
白い。
朝が、来る。
その瞬間。
礎国が、
僅かに揺らいだ。
鬼が、一歩。
前へ出る。
真壁の身体が、
傾く。
それでも。
踏む。
最後まで。
崩さないために。
⸻
朝日が、
差し始める。
街の端。
瓦礫の隙間。
崩れた建物。
その全てへ、
白い光が落ち始めていた。
鬼舞辻無惨の目が、
大きく開かれる。
「……来るな」
低い。
震えている。
初めて。
明確に。
鬼の王が、
“死”を見ている。
触手が、
荒れ狂う。
――ブワァァァッ!!!
範囲。
速度。
密度。
全てが、
今までを超える。
生きる。
逃げる。
その本能だけが、
暴力へ変わっている。
隊士達が裂ける。
吹き飛ぶ。
地面が抉れる。
それでも。
誰も、
止まらない。
「進め!!」
悲鳴嶼の声。
既に。
身体は限界。
それでも。
鉄球を振るう。
――ドォンッ!!
無惨の軌道を、
逸らす。
実弥が噛みつく。
「終わりだァ!!」
風が裂ける。
――ザァンッ!!
無惨の脇腹が、
大きく吹き飛ぶ。
だが。
閉じない。
戻らない。
再生が、
追いついていない。
無惨の顔が、
歪む。
恐怖。
焦燥。
否定。
全てが、
混ざり始めている。
「私は!!」
吼える。
「私は完全なる生物だ!!」
炭治郎が、
前を見る。
違う。
この男は。
最初から。
何一つ、
完全ではなかった。
誰も信じず。
誰にも繋がらず。
ただ。
一人で生き延びる事だけに、
縋り続けた。
だから。
今。
独りで、
崩れている。
義勇が踏む。
凪。
空間が、
静まる。
無惨の触手が、
流される。
その一瞬。
炭治郎が入る。
ヒノカミ神楽。
――ザンッ!!
深い。
無惨の胸が、
大きく裂ける。
焼ける。
閉じない。
無惨の絶叫が、
響く。
「やめろォォォ!!」
善逸が、
雷のように駆ける。
――バチィッ!!!
霹靂一閃。
見えない。
無惨の脚を、
裂き抜ける。
伊之助が、
横から飛び込む。
「止まれェ!!」
二刀が、
肉を抉る。
甘露寺が、
しなる刃を通す。
伊黒が、
逃げ道を断つ。
カナヲが、
“通る場所”を見抜く。
全員が。
無惨を、
陽の下へ縫い止めるためだけに動いている。
その時。
空から。
完全な朝日が、
差した。
無惨の腕が、
焼ける。
――ジュウゥ……
煙。
肉が崩れる。
無惨の目が、
見開かれる。
「嫌だ」
初めて。
鬼舞辻無惨が、
幼子のような声を漏らす。
「死にたくない」
触手が、暴れる。
だが。
遅い。
もう、遅い。
炭治郎が、前へ出る。
傷だらけ。
血まみれ。
それでも。
立っている。
「お前は」
呼吸が、
静かに繋がる。
「たくさんの人の想いを踏みにじった」
一歩。
踏む。
「だから」
ヒノカミ神楽。
刃が、
朝日を反射する。
「終わりだ」
――ザンッ!!
深く。
鬼舞辻無惨を、
裂く。
その瞬間。
陽光が、
完全に無惨を包んだ。
絶叫。
肉が崩れる。
骨が砕ける。
触手が灰になる。
無惨の身体が、
必死に形を保とうとする。
逃げる。
生きる。
消えたくない。
その執着だけで、
なお動く。
だが。
崩れる。
朝日が、
全てを焼いていく。
無惨の目が、
炭治郎を見る。
そこにいるのは、
あの日の耳飾りの剣士ではない。
違う。
弱い。
脆い。
死にかけている。
それでも。
繋いできた。
想いを。
命を。
人を。
その事実だけが、
無惨には理解できない。
「何故だ」
崩れながら、
呟く。
「何故、お前達は」
炭治郎が、
静かに答える。
「繋いできたからだ」
無惨の目が、
揺れる。
理解できない。
最後まで。
理解できないまま。
鬼舞辻無惨の身体が、
完全に崩れ始める。
⸻
遠く。
鬼の群れが、
焼け落ちていく。
その中心。
真壁が、
まだ立っている。
礎国。
最後まで。
崩れない。
だが。
鬼が消えた瞬間。
真壁の膝が、
初めて崩れた。
踏む必要が、
消えた。
その瞬間。
張り詰めていた全てが、
途切れる。
視界が、白い。
朝日。
その中で。
真壁が、
ゆっくりと倒れる。
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第百二十五話 終