鬼滅の刃 ― 礎 ―   作:【規制済み】

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第百二十六話 ― 朝日

 

 

静かだった。

 

さっきまで。

 

あれほど。

 

音があったはずなのに。

 

触手の音。

 

崩壊音。

 

絶叫。

 

怒号。

 

全部。

 

消えていた。

 

朝の日差しだけが、

落ちている。

 

鬼舞辻無惨の身体が、

崩れる。

 

灰。

 

塵。

 

肉片。

 

全てが、

陽光の中で消えていく。

 

「……あぁ」

 

無惨の声。

 

もう。

 

力が無い。

 

触手も。

 

威圧も。

 

無い。

 

ただ。

 

崩れていく。

 

「私は……」

 

最後まで。

 

理解できない。

 

何故。

 

人間が。

 

ここまで繋がれるのか。

 

何故。

 

自分は、

独りだったのか。

 

その答えは。

 

最後まで。

 

得られない。

 

朝日が、

無惨を包む。

 

そして。

 

鬼舞辻無惨は。

 

完全に、

消滅した。

 

 

 

静寂。

 

 

 

誰も、

動かない。

 

炭治郎が、

膝をつく。

 

呼吸が、

乱れている。

 

肺が痛い。

 

身体中が、

軋んでいる。

 

それでも。

 

目だけは、

前を見ていた。

 

「……終わった」

 

小さい声。

 

誰に向けたものでもない。

 

義勇が、

隣へ立つ。

 

血まみれ。

 

片腕も、

満足に動かない。

 

それでも。

 

立っている。

 

実弥が、

息を吐く。

 

「クソが……」

 

そのまま、

空を見る。

 

白い。

 

朝だった。

 

伊黒が、

膝をつく。

 

甘露寺が、

その横へ崩れる。

 

互いに、

傷だらけ。

 

それでも。

 

生きている。

 

善逸が、

その場へ座り込む。

 

「うそだろ……」

 

震えている。

 

今さら。

 

恐怖が、

戻ってきていた。

 

伊之助は、

荒く息を吐きながら。

 

それでも。

 

笑っていた。

 

「勝った……のか?」

 

カナヲが、

静かに朝日を見る。

 

眩しい。

 

温かい。

 

鬼のいない朝。

 

それを。

 

確かに感じていた。

 

 

 

悲鳴嶼行冥が、

立っている。

 

全身が、

既に限界を超えている。

 

それでも。

 

最後まで。

 

崩れなかった。

 

静かに。

 

息を吐く。

 

「……南無阿弥陀仏」

 

朝日が、

その身体を照らす。

 

悲鳴嶼が、

静かに空を見る。

 

見えているはずのない空。

 

だが。

 

その瞬間だけ。

 

白い光が、

確かにそこにあった。

 

朝日。

 

揺れる木々。

 

涙を堪える実弥。

 

集まってくる隊士達。

 

ぼやけながら。

 

それでも、

確かに見える。

 

悲鳴嶼の目が、

ほんの僅かに開かれる。

 

「……綺麗だ」

 

小さく。

 

呟く。

 

実弥が、

目を見開く。

 

悲鳴嶼は、

静かに笑った。

 

涙の滲んだ、

穏やかな顔だった。

 

「これが……朝か」

 

実弥が、

振り向く。

 

「悲鳴嶼さん」

 

悲鳴嶼は、

静かに空を見る。

 

「終わったな」

 

低い声。

 

だが。

 

どこか、

安堵していた。

 

実弥が、

歯を食いしばる。

 

分かっている。

 

もう。

 

長くない。

 

悲鳴嶼の身体は、

既に。

 

限界を超えている。

 

それでも、

 

最後まで、

立っていた。

 

悲鳴嶼が、

ゆっくりと口を開く。

 

「不死川」

 

「はい」

 

「生きろ」

 

短い。

 

だが。

 

重い。

 

実弥の顔が、

歪む。

 

「……ッ」

 

返せない。

 

言葉が、

出ない。

 

「お前はそんなにも優しい顔だったのだな」

 

他の隊士達も集まってくる。

 

悲鳴嶼は、

それを見て静かに笑う。

 

「若い者達を……頼む」

 

朝日が、

差す。

 

その中で。

 

悲鳴嶼行冥の身体が、

ゆっくりと崩れ落ちた。

 

実弥が、

支える。

 

「悲鳴嶼さん!!」

 

叫ぶ。

 

だが。

 

返事は、

ない。

 

穏やかな顔だった。

 

戦い切った者の、

顔だった。

 

 

 

遠く。

 

崩れた街の端。

 

鬼の死骸が、

朝日の中で崩れていく。

 

その中心。

 

真壁堅が、

倒れている。

 

左腕は無い。

 

全身が、

血に染まっている。

 

呼吸も、

浅い。

 

だが。

 

まだ、

生きている。

 

朝日が、

その身体へ落ちる。

 

静かだった。

 

そこへ。

 

足音が、

近づく。

 

小柄な影。

 

隠。

 

東地小夜。

 

彼女の目が、

大きく開かれる。

 

「……真壁、さん」

 

血。

 

傷。

 

壊れた身体。

 

それでも。

 

その男は。

 

最後まで、

崩れなかった。

 

小夜が、

ゆっくりと膝をつく。

 

震える手で。

 

そっと。

 

真壁の肩へ触れる。

 

温かい。

 

生きている。

 

その瞬間。

 

張り詰めていたものが、

少しだけ緩む。

 

真壁の瞼が、

僅かに動く。

 

朝日が、

差している。

 

鬼のいない朝。

 

長かった夜が。

 

ようやく、

終わった。

 

 

静かだった。

 

戦いは、

終わった。

 

鬼はいない。

 

もう。

 

どこにも。

 

朝日だけが、

街へ落ちている。

 

 

鬼殺隊本部。

 

産屋敷亭の一つ。

 

いや。

 

もう、

そう呼ぶ必要もないのかもしれない。

 

産屋敷輝利哉が、

空を見ている。

 

白い。

 

長い夜だった。

 

傍らには、妹達。

 

誰も、

言葉を発さない。

 

必要がない。

 

全部。

 

終わったのだから。

 

「……皆」

 

輝利哉が、

静かに息を吐く。

 

「本当に」

 

小さい声。

 

「よく、生きて帰ってきてくれました」

 

その言葉だけが、

朝の空気へ落ちた。

 

 

少し離れた場所。

 

崩れた瓦礫の上で、

愈史郎が空を見ていた。

 

朝日。

 

鬼が消えた朝。

 

珠代の願いは、

果たされた。

 

愈史郎の手には、

血のついた簪が残っている。

 

もう。

 

呼ぶ声はない。

 

叱る声も。

 

微笑む顔も。

 

それでも。

 

愈史郎は、

静かに目を閉じた。

 

「……見ていますか」

 

小さく。

 

本当に小さく。

 

その呟きだけが、

朝の風へ溶けていく。

 

やがて愈史郎は、

ゆっくりと立ち上がった。

 

鬼は、

もういない。

 

だが。

 

自分はまだ、

生きていく。

 

託されたものを、

残すために。

 

朝日が、

静かにその背を照らしていた。

 

 

炭治郎が、

目を覚ます。

 

眩しい。

 

白い天井。

 

薬の匂い。

 

遠くで、

誰かの足音。

 

「……ここは」

 

身体を起こそうとして。

 

激痛。

 

「いっっ……!!」

 

その瞬間。

 

横から声。

 

「起きんな馬鹿」

 

実弥だった。

 

包帯だらけ。

 

片目も潰れている。

 

それでも。

 

生きている。

 

炭治郎の目が、

大きく開く。

 

「不死川さん……!」

 

実弥が、

小さく鼻を鳴らす。

 

「騒ぐなァ」

 

だが。

 

どこか、

力が抜けている。

 

炭治郎の視線が、

周囲を見る。

 

善逸。

 

伊之助。

 

義勇。

 

皆、

傷だらけだ。

 

それでも。

 

生きている。

 

炭治郎の目が、

揺れる。

 

「……勝ったんですね」

 

誰に向けた訳でもない。

 

実弥が、

静かに答える。

 

「あァ」

 

短く。

 

それだけ。

 

だが。

 

十分だった。

 

 

別室。

 

伊黒が、

静かに目を開ける。

 

視界は、

ぼやけている。

 

その隣。

 

甘露寺蜜璃が、

眠っている。

 

包帯だらけ。

 

それでも。

 

呼吸している。

 

伊黒が、

ゆっくり息を吐く。

 

「……良かった」

 

小さく。

 

呟く。

 

甘露寺の指が、

僅かに動く。

 

その瞬間。

 

伊黒の表情が、

少しだけ緩んだ。

 

 

廊下。

 

カナヲが、

静かに歩いている。

 

窓の外を見る。

 

青空。

 

もう。

 

鬼はいない。

 

胡蝶しのぶも。

 

もう、

戻らない。

 

それでも。

 

終わった。

 

託されたものは、

繋がった。

 

カナヲが、

小さく目を閉じる。

 

「……姉さん」

 

風が、

吹く。

 

穏やかな朝だった。

 

 

少し離れた部屋。

 

真壁堅が、

眠っている。

 

左腕は、

失われている。

 

全身、

包帯だらけ。

 

呼吸も、

まだ浅い。

 

小夜が、

椅子に座っている。

 

ずっと。

 

そこにいた訳ではない。

 

治療班の手伝いをしながら。

 

何度か、

この部屋を見に来ていた。

 

その度に。

 

「まだ生きてる」

 

それを、

確認していた。

 

理由は、

自分でもよく分からない。

 

ただ。

 

あの朝。

 

朝日の中でも、

最後まで立っていた姿が。

 

頭から、

離れなかった。

 

真壁の指が、

僅かに動く。

 

小夜の肩が、

揺れる。

 

「……真壁さん?」

 

瞼が、

ゆっくり開く。

 

ぼやけた視界。

 

白い天井。

 

静かな空気。

 

生きている。

 

その事実だけが、

ゆっくりと落ちてくる。

 

真壁が、

小さく息を吐く。

 

「……終わったか」

 

小夜は小さく、笑った。

 

「……生きてましたね」

 

朝日が、

部屋へ差し込む。

 

長かった夜は、

終わっていた。

 

 

第百二十六話 終

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