鬼滅の刃 ― 礎 ―   作:【規制済み】

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百二十八話― 陽だまり

 

 

静かだった。

 

――はずだった。

 

蝶屋敷の昼下がり。

 

風は穏やか。

 

日差しも暖かい。

 

庭では雀が鳴いている。

 

本来なら、

昼寝には最高の環境だった。

 

だが。

 

「ギャアアアアッ!!!

何でまだ痛ぇんだよォォ!!」

 

絶叫。

 

蝶屋敷に響き渡る。

 

アオイが、

額に青筋を浮かべた。

 

「うるさいです!!!」

 

 

 

我妻善逸が、

布団の上で暴れている。

 

包帯だらけ。

 

涙目。

 

騒音。

 

完全復活である。

 

「無理無理無理!!

絶対肋折れてるって!!」

 

「折れてます」

 

「即答ァ!!」

 

アオイは、

容赦なく薬を置く。

 

「飲んでください」

 

「苦いのヤダァ!!」

 

「子供ですか」

 

「傷病者だよ!!」

 

その瞬間。

 

障子が、

勢いよく開く。

 

「オラァ!!」

 

嘴平伊之助。

 

元気だった。

 

異常なほど。

 

「飯だァ!!」

 

「静かにしてください!!!」

 

アオイの怒声。

 

だが伊之助は止まらない。

 

「今日の魚うめぇぞ!!

お前も来い黄色!!」

 

「誰が黄色だ!!」

 

「黄色は黄色だろ!!」

 

「髪色で呼ぶな!!」

 

いつもの流れだった。

 

だが。

 

少しだけ、

違う。

 

善逸が、

立ち上がる。

 

前なら。

 

痛い。

 

怖い。

 

死にたくない。

 

それだけで、

動けなくなる時もあった。

 

でも今は。

 

「……っいてぇ……」

 

文句は言う。

 

泣きもする。

 

でも。

 

ちゃんと、立つ。

 

伊之助が、

それを見る。

 

猪頭の奥で、

少しだけ鼻を鳴らした。

 

「おせぇ」

 

「うるっせぇ!!」

 

善逸が怒鳴る。

 

でも。

 

その声は、

少しだけ軽かった。

 

 

 

食堂。

 

隊士達の声。

 

湯気。

 

飯の匂い。

 

鬼が消えたあと、

蝶屋敷には少しずつ

“普通の音”が戻り始めていた。

 

伊之助が、

山盛りの飯をかき込む。

 

「うめぇ!!」

 

「ちゃんと噛め!!」

 

善逸が怒鳴る。

 

伊之助は無視。

 

そのまま魚へ突撃。

 

「魚うめぇ!!

米もうめぇ!!

全部うめぇ!!」

 

「お前ホント幸せそうだな……」

 

善逸が、

少し呆れたように笑う。

 

伊之助は、

きょとんとした。

 

「腹減ってる時に食う飯は最強だろ」

 

真っ直ぐだった。

 

飾りがない。

 

だからこそ。

 

善逸は、

少しだけ笑ってしまう。

 

戦いが終わった。

 

鬼もいない。

 

それでも。

 

飯が美味い。

 

その事実だけで、

救われる瞬間がある。

 

ふと。

 

善逸の視線が、

窓の外へ向く。

 

青空。

 

昼。

 

平和。

 

前なら、

考えられなかった景色だ。

 

「……変な感じだな」

 

小さく呟く。

 

伊之助が、

魚を咥えたまま見る。

 

「何がだ!」

 

善逸は、

少しだけ黙る。

 

そして。

 

「夜なのに、

鬼の事考えなくていいの」

 

伊之助が、

少し止まる。

 

「……おー」

 

短い返事。

 

それだけだった。

 

だが。

 

分かっていた。

 

二人とも。

 

ずっと。

 

夜は、

死ぬかもしれない時間だった。

 

眠る時も。

 

歩く時も。

 

任務へ向かう時も。

 

常に、

鬼がいた。

 

でも今は違う。

 

夜は、

ただ暗いだけだ。

 

伊之助が、

ふいに笑う。

 

「じゃあ山行けるな」

 

「話飛びすぎだろ!!」

 

「魚捕るぞ!!」

 

「お前の思考どうなってんだ!?」

 

善逸が叫ぶ。

 

だが。

 

笑っていた。

 

伊之助も笑う。

 

食堂の隊士達も、

少しつられて笑う。

 

戦いのあと。

 

失ったものは大きい。

 

戻らないものも多い。

 

それでも。

 

こういう馬鹿みたいな声が、

ちゃんと残っている。

 

それが、

少し嬉しかった。

 

 

食事を終えたあと。

 

縁側。

 

善逸が、

疲れたように座る。

 

「はぁ……」

 

伊之助は、

隣で寝転がっている。

 

静かな風。

 

昼の光。

 

その時。

 

伊之助が、

ぽつりと言った。

 

「お前、変わったな」

 

善逸が、

目を向ける。

 

「は?」

 

「前より逃げねぇ」

 

善逸は、

少し黙る。

 

そして。

 

小さく鼻を鳴らした。

 

「……まぁな」

 

怖いものは、

今でも怖い。

 

死ぬのも怖い。

 

痛いのも嫌だ。

 

でも。

 

逃げたくない時が、

あると知った。

 

守りたい時が、

あると知った。

 

善逸が、

空を見る。

 

青かった。

 

「……悪くないな」

 

伊之助が、

寝転んだまま笑う。

 

「だろ」

 

昼の風が、

静かに吹いていた。

 

昼の風が、

縁側を抜けていく。

 

善逸が、

ぐったり座っている。

 

「はぁぁ……」

 

伊之助は、

横で寝転がったまま。

 

「腹減った」

 

「さっき食っただろ!!」

 

「もう減った」

 

「燃費どうなってんだお前!?」

 

いつもの騒ぎ。

 

その時。

 

ぱたぱたと、

軽い足音が近づく。

 

善逸が、

反射的に振り向く。

 

そこにいたのは。

 

竈門禰豆子だった。

 

 

 

陽の下。

 

普通に。

 

何事もなく。

 

禰豆子が、

立っている。

 

善逸の口が、

半開きになる。

 

未だに、

少し信じられない時がある。

 

鬼だった。

 

陽を避けていた。

 

箱へ入っていた。

 

夜しか歩けなかった。

 

その禰豆子が今。

 

昼の光の中で、

普通に笑っている。

 

「こんにちは」

 

小さく。

 

柔らかい声。

 

善逸の目が、

一瞬揺れる。

 

次の瞬間。

 

「禰豆子ちゃぁぁぁん!!!」

 

絶叫。

 

「今日も可愛いねぇぇぇ!!!」

 

「うるせぇ」

 

伊之助が即答する。

 

善逸が、

高速で縁側を滑る。

 

「禰豆子ちゃん!!

今日は何!? 散歩!? 日向ぼっこ!?

俺も行く!!」

 

禰豆子が、

少し困ったように笑う。

 

その顔を見て。

 

善逸が、

少しだけ止まる。

 

笑っている。

 

普通に。

 

苦しそうでもなく。

 

怯えてもいない。

 

ただ。

 

穏やかに。

 

その事実が。

 

善逸の胸へ、

ゆっくり落ちてくる。

 

禰豆子が、

縁側へ座る。

 

日差しが、

髪へ落ちている。

 

伊之助が、

じっと見る。

 

「お前、ほんとに平気なんだな」

 

「うん?」

 

「太陽」

 

禰豆子が、

少し空を見る。

 

青空。

 

暖かい光。

 

そして。

 

小さく笑った。

 

「うん。あったかい」

 

善逸が、黙る。

 

前なら。

 

泣き叫んでいたかもしれない。

 

嬉しくて。

 

安心して。

 

でも今は。

 

違う。

 

静かに。

 

その言葉を聞いていた。

 

伊之助が、

寝転がったまま言う。

 

「じゃあ山も行けるな!!」

 

「また山かよ!!」

 

「魚捕るぞ」

 

「お前魚しか頭にねぇのか!!」

 

禰豆子が、

くすっと笑う。

 

その笑い声に。

 

善逸も、

つられて笑ってしまう。

 

風が吹く。

 

洗濯物が揺れる。

 

遠くで、

誰かが掃除をしている音。

 

炊き出しの匂い。

 

昼の光。

 

全部。

 

昔は無かった。

 

鬼がいた頃には。

 

どこかで、

常に死が近かった。

 

でも今は違う。

 

何も起きない昼が、

ちゃんと存在している。

 

禰豆子が、

ふと善逸を見る。

 

「善逸さん」

 

「は、はい!!」

 

背筋が伸びる。

 

伊之助が、

呆れた顔をする。

 

禰豆子が、

少しだけ笑った。

 

「ありがとうございました」

 

善逸が、

止まる。

 

「……え?」

 

「いっぱい守ってくれて」

 

静かな声。

 

でも。

 

ちゃんと届く。

 

無限城。

 

無惨戦。

 

夜明け。

 

善逸は、

確かに戦った。

 

怖くても。

 

震えても。

 

逃げずに。

 

善逸の喉が、

少し詰まる。

 

「……っ」

 

うまく、

言葉が出ない。

 

だから。

 

少しだけ顔を逸らして。

 

ぶっきらぼうに言う。

 

「……当たり前だろ」

 

伊之助が、

横で鼻を鳴らす。

 

「おせぇな黄色」

 

「うるせぇ猪!!」

 

怒鳴る。

 

だが。

 

声は笑っていた。

 

禰豆子が、

空を見る。

 

眩しそうに。

 

でも嬉しそうに。

 

陽の下で、

普通に笑っている。

 

その姿を見ながら。

 

善逸は、

小さく思う。

 

(……良かった)

 

本当に。

 

良かった。

 

鬼のいない昼は、

静かに続いていた。

 

 

 

百二十八話 完

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