鬼滅の刃 ― 礎 ―   作:【規制済み】

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百二十九話 ― 静かな席、 鮭大根と昆布締め

 

 

昼時を少し外した寿司屋は、

静かだった。

 

暖簾が揺れる。

 

酢飯の匂い。

 

炙った魚の香り。

 

包丁の音が、

小気味よく響いている。

 

炭治郎が、

少しだけ目を輝かせる。

 

「すごい……!」

 

「静かにしろ」

 

義勇が即座に言う。

 

「す、すみません!」

 

「別に怒ってない」

 

「でも今ちょっと怒ってましたよね!?」

 

「怒ってない」

 

真顔。

 

炭治郎が、

困った顔になる。

 

その横で。

 

真壁は、

湯呑へ静かに口を付けていた。

 

 

今日は珍しく、

四人だった。

 

炭治郎。

 

義勇。

 

真壁。

 

そして――

 

鱗滝左近次。

 

鬼殺隊が解散してから、

こうして顔を合わせる機会も増えた。

 

もっとも。

 

賑やかというよりは、

静かな集まりだ。

 

炭治郎だけが、

時々空気を慌てて埋めている。

 

「好きなもの頼め」

 

鱗滝が言う。

 

炭治郎が、

少し慌てる。

 

「えっ、でも」

 

「今日は儂が出す」

 

低い声。

 

だが、

どこか柔らかい。

 

炭治郎が、

少し嬉しそうに笑った。

 

「ありがとうございます!」

 

義勇は、

既に湯呑を持っている。

 

真壁は、

静かに品書きを見ていた。

 

店主が来る。

 

「ご注文は?」

 

炭治郎が、

少し悩む。

 

義勇は、

即答だった。

 

「鮭」

 

「またですか」

 

炭治郎が反応する。

 

義勇は真顔。

 

「好きだ」

 

「知ってますけど!」

 

鱗滝が、

小さく息を吐く。

 

「偏るな」

 

「……気を付ける」

 

たぶん、

気を付けない。

 

「堅は?」

 

鱗滝が聞く。

 

真壁は、

少しだけ視線を上げた。

 

「白身を」

 

「ほう」

 

「昆布締めがあれば、それを」

 

店主が頷く。

 

「ありますよ!」

 

真壁が、

小さく礼をする。

 

炭治郎が、

少し意外そうな顔をした。

 

「真壁さん、昆布締め好きなんですね」

 

「ええ」

 

静かに頷く。

 

「味が落ち着いているので」

 

義勇が、

ちらりと見る。

 

「分かる」

 

炭治郎が、

少し笑う。

 

「なんか二人らしいですね」

 

「どういう意味だ」

 

義勇。

 

「静かな感じです!」

 

「……そうか」

 

真壁は、

少しだけ湯呑を置いた。

 

「派手なものより、

積み重ねた味の方が落ち着きます」

 

鱗滝が、

僅かに目を細める。

 

「お前らしいな」

 

 

 

寿司が来る。

 

鮭。

 

白身。

 

昆布締め。

 

玉子。

 

湯気の立つあら汁。

 

炭治郎が、

少し嬉しそうに手を合わせた。

 

「いただきます!」

 

義勇は、

既に食べている。

 

早い。

 

炭治郎が慌てる。

 

「義勇さん待ってください!」

 

「待っている」

 

「いや食べてますよね!?」

 

真壁が、

少しだけ口元を緩めた。

 

 

 

昆布締めを、

静かに口へ運ぶ。

 

白身の旨味。

 

昆布の香り。

 

強すぎない塩気。

 

真壁が、

小さく息を吐く。

 

「……美味い」

 

鱗滝が、

それを見る。

 

「少し顔が緩んだな」

 

炭治郎が、

即座に反応する。

 

「本当だ」

 

「えっ」

 

真壁が、

少し止まる。

 

義勇が真顔で言う。

 

「分かりやすい」

 

「義勇さんに言われるとは思いませんでした」

 

「俺は分かりやすいぞ」

 

炭治郎が、

絶妙な顔になる。

 

「義勇さんは、

ちょっと違う意味で分かりやすいです」

 

「?」

 

分かっていない。

 

鱗滝が、

静かに笑った。

 

 

 

しばらく。

 

誰も喋らない時間が続く。

 

でも。

 

気まずくない。

 

酢飯の匂い。

 

湯気。

 

包丁の音。

 

静かな昼。

 

それだけが、

ゆっくり流れている。

 

 

 

炭治郎が、

ふと呟く。

 

「こういう日が来るなんて、

前は想像できませんでした」

 

誰も、

すぐには答えない。

 

やがて。

 

鱗滝が、

静かに言った。

 

「だからこそ、生き残った者は生きねばならん」

 

低く。

 

穏やかな声。

 

義勇が、

湯呑を持つ。

 

真壁は、

静かに頷いた。

 

炭治郎が、

少しだけ目を細める。

 

昼の光が、

店の中へ落ちている。

 

鬼のいない昼。

 

戦わなくていい時間。

 

それでも。

 

失ったものが消える訳ではない。

 

傷も。

 

記憶も。

 

残る。

 

だが。

 

こうして。

 

誰かと同じ席で、

寿司を食べられる朝がある。

 

それだけで。

 

十分、

前へ進める気がした。

 

 

 

「追加は?」

 

店主が聞く。

 

炭治郎が、

少し悩む。

 

義勇は即答だった。

 

「鮭」

 

「また!?」

 

炭治郎が思わず声を上げる。

 

義勇は真顔。

 

「好きだ」

 

「それはもう分かってます!」

 

「鮭と大根の煮付けもありますよ!」

「貰おう」

 

即答。

 

真壁が、

静かにあら汁を飲む。

 

鱗滝が、

小さく息を吐いた。

 

「義勇」

 

「はい」

 

「少しは周りに合わせろ」

 

「合わせている」

 

「鮭しか頼んでおらん」

 

「鮭は美味い」

 

真壁が、

ぽつりと言う。

 

「私も鮭は好きです」

 

義勇が、

僅かに真壁を見る。

 

「分かるか」

 

「ええ」

 

炭治郎が、

困った顔で笑う。

 

「なんでそこで意気投合するんですか……」

 

 

 

店主が、

少し笑いながら追加を握る。

 

「兄さん達、仲いいねぇ」

 

その瞬間。

 

義勇と真壁が、

同時に否定した。

 

「違う」

 

「そこまででは」

 

ぴたり。

 

重なる。

 

炭治郎が、

吹き出しそうになる。

 

鱗滝が、

静かに茶を飲んだ。

 

「十分仲が良い」

 

「……」

 

「……」

 

否定できない空気だけが残る。

 

 

 

追加の昆布締めが来る。

 

真壁が、

静かに箸を伸ばした。

 

義勇が、

ちらりと見る。

 

「そんなに好きなのか」

 

「好きですね」

 

「どこがいい」

 

真壁は、

少し考える。

 

「派手ではないところです」

 

炭治郎が聞く。

 

「派手じゃない?」

 

「昆布締めは、

寝かせるネタなので」

 

真壁が、

静かに続ける。

 

「すぐ完成しない」

 

「時間を置いて、

少しずつ味を重ねる」

 

「そういうものが、好きです」

 

義勇が、

小さく頷く。

 

「……分かる」

 

炭治郎が、

また笑う。

 

「やっぱり似てますよ二人とも」

 

「似てない」

「似ていません」

 

また重なる。

 

今度は鱗滝まで、

少し肩を揺らした。

 

 

その時。

 

店の奥から、

小さな子供の声がした。

 

「おにーちゃん!」

 

店主の娘だろうか。

 

小さな女の子が、

転びそうになりながら走ってくる。

 

炭治郎が、

反射的に身体を動かす。

 

だが。

 

その前に。

 

真壁の視線が、

入口と足場を確認していた。

 

床。

 

角。

 

湯呑。

 

転倒位置。

 

無意識。

 

完全に、

昔の癖だった。

 

真壁自身が、

それに気づいて少し止まる。

 

女の子は、

店主に抱き止められて笑っていた。

 

怪我はない。

 

静かになる。

 

その時。

 

義勇が、

ぽつりと言った。

 

「まだ見るんだな」

 

責める声ではない。

 

確認のような言葉。

 

真壁は、

少しだけ息を吐いた。

 

「ええ」

 

否定しない。

 

「多分、

もう抜けません」

 

炭治郎が、

静かに真壁を見る。

 

真壁は、

少しだけ笑った。

 

「でも今は、

それでもいいと思っています」

 

昔なら。

 

その癖ごと、

戦場へ縛られていた。

 

だが今は違う。

 

守るべきものが、

変わっただけだ。

 

鱗滝が、

静かに頷く。

 

「癖は消えん」

 

低い声。

 

「だが、それでいい」

 

一拍。

 

「生き残った者は、

背負ったまま生きる」

 

静かな言葉だった。

 

でも。

 

重かった。

 

店の外では、

昼の風が暖簾を揺らしている。

 

炭治郎が、

ふと笑った。

 

「今度は皆も呼びたいですね」

 

「騒がしくなるぞ」

 

真壁。

 

「賑やかなのは嫌だ」

 

義勇。

 

「二人とも絶対途中で疲れますよね?」

 

炭治郎が笑う。

 

その瞬間。

 

真壁と義勇が、

同時に湯呑へ手を伸ばした。

 

また動きが重なる。

 

炭治郎が、

とうとう吹き出した。

 

「やっぱり似てますって!」

 

義勇は、

少しだけ眉を寄せる。

 

真壁は、

静かに目を閉じた。

 

鱗滝だけが、

どこか穏やかに笑っていた。

 

昼の寿司屋に、

静かな笑い声が残る。

 

鬼のいない時間が。

 

ゆっくりと、

流れていた。

 

百二十九話 完

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