鬼滅の刃 ― 礎 ―   作:【規制済み】

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百三十一話 ― 派手な後日談

 

昼の陽射しが、

庭へ派手に落ちている。

 

風は穏やか。

 

洗濯物が揺れ、

どこかで包丁の音がする。

 

鬼がいなくなってから、

こういう音が増えた。

 

静かで。

 

平和で。

 

少しだけ、

間の抜けた音。

 

宇髄天元は、

縁側へ大きく脚を投げ出していた。

 

「暇だなァ」

 

三人の嫁達が、

同時に振り向く。

 

「また始まった」

 

須磨。

 

「引退したんだから暇なのは当たり前でしょ」

 

まきを。

 

「派手に大人しくしててください」

 

雛鶴。

 

宇髄は、

不満そうに腕を組んだ。

 

「お前ら冷たくね?」

 

「傷開く方が面倒なんです」

 

即答。

 

宇髄が、

少しだけ目を逸らす。

 

図星だった。

 

 

 

無惨との戦から、

しばらく経った。

 

鬼はいない。

 

鬼殺隊も、

もう存在しない。

 

それでも。

 

身体だけは、

簡単に戦場を忘れない。

 

左腕。

 

失った目。

 

古傷。

 

派手に動けば、

普通に痛む。

 

だが宇髄は、

それを黙っていられる性格ではなかった。

 

「もう平気だって」

 

「昨日瓦割ろうとしてましたよね?」

 

雛鶴。

 

「派手なリハビリだ」

 

「縁側壊れました」

 

「……」

 

宇髄が黙る。

 

須磨が、

すかさず口を挟んだ。

 

「しかも痛めて夜中唸ってたし!」

 

「言うな!!」

 

「派手に情けなかったです」

 

まきをが冷静に追撃する。

 

宇髄が、

深く息を吐いた。

 

「お前ら、

もうちょいこう……

引退した夫を労わる気持ちとかねぇの?」

 

三人が、

同時に答える。

 

「あります」

 

「だから止めてるんです」

 

「無茶するからです」

 

完璧だった。

 

宇髄が、

顔を抑え天を仰ぐ。

 

 

 

少しして。

 

昼餉の支度が始まる。

 

味噌の匂い。

 

焼き魚の香り。

 

宇髄は、

縁側から庭を見ていた。

 

静かだ。

 

昔なら、

考えられなかった。

 

夜が来れば、

鬼が出た。

 

任務へ向かった。

 

死ぬ奴もいた。

 

でも今は違う。

 

昼が、

ちゃんと昼をしている。

 

その時。

 

宇髄の視線が、

無意識に庭の塀へ向く。

 

侵入経路。

 

死角。

 

足場。

 

昔の癖だった。

 

自分でも気づいて、

少しだけ笑う。

 

「……まだ見るか」

 

小さく呟く。

 

その横へ、

雛鶴が静かに座った。

 

「抜けませんか?」

 

「簡単にはな」

 

宇髄は、

少し肩を竦める。

 

「まぁでも、

前ほどじゃねぇ」

 

昔は。

 

その癖ごと、

命を削っていた。

 

今は違う。

 

ただ、

残っているだけだ。

 

 

 

雛鶴が、

静かに茶を置く。

 

宇髄は、

湯呑を受け取った。

 

温かい。

 

しばらく。

 

二人で庭を見る。

 

やがて、

宇髄がぽつりと言う。

 

「……生き残るとは思ってなかった」

 

雛鶴は、

何も言わない。

 

宇髄は、

少し笑った。

 

「派手に死ぬ気ではいたんだけどな」

 

「嫌です」

 

即答だった。

 

宇髄が、

少し目を丸くする。

 

雛鶴は、

真っ直ぐ前を見たまま続けた。

 

「もう十分です」

 

「十分、

戦いました」

 

静かな声だった。

 

でも。

 

宇髄の胸へ、

ゆっくり落ちる。

 

 

 

遠くで、

須磨が騒いでいる。

 

「まきをちゃんそれ味濃いって!」

 

「うるさい!!」

 

いつもの声。

 

宇髄が、

少し笑う。

 

戦いは終わった。

 

失ったものも多い。

 

仲間も。

 

身体も。

 

全部は戻らない。

 

それでも。

 

こうして。

 

昼飯の匂いを聞きながら、

嫁達の喧嘩を眺めている。

 

それだけで。

 

悪くないと思えた。

 

宇髄が、

静かに湯呑を傾ける。

 

昼の風が、

庭をゆっくり抜けていった。

 

 

 

夕方の風が、

庭を抜けていく。

 

昼間より少し涼しい。

 

空は橙色へ変わり始め、

遠くで鳥の声がしていた。

 

縁側では、

宇髄が胡座をかいている。

 

その前。

 

須磨とまきをが、

腕を組んで立っていた。

 

雛鶴は、

少し後ろ。

 

静かに様子を見ている。

 

「で?」

 

まきをが口を開く。

 

「なんで瓦積んでんの?」

 

宇髄の横には、

積み上げられた瓦。

 

どう見ても、

嫌な予感しかしない。

 

宇髄は、

当然のように答えた。

 

「リハビリ」

 

「絶対違う」

 

須磨が即答する。

 

「派手に違う!!」

 

宇髄は、

少し不満そうだった。

 

「いや待て。

俺だって考えてる」

 

「片腕でも戦える身体は維持しねぇとだろ」

 

その言葉に、

三人が少し黙る。

 

宇髄は、

冗談半分の顔を崩さない。

 

だが。

 

その奥にあるものを、

嫁達は知っていた。

 

戦いは終わった。

 

鬼もいない。

 

でも。

 

この男は、

ずっと“戦う側”だった。

 

急に全部を止めろと言われても、

簡単に切り替えられる訳じゃない。

 

 

 

宇髄が、

片手で瓦を持つ。

 

ぐ、と力を入れた瞬間。

 

「痛っ」

 

止まる。

 

沈黙。

 

須磨が、

じわっと涙目になる。

 

「ほらぁぁぁ!!」

 

まきをが、

額を押さえた。

 

「だから言ったでしょ!!」

 

雛鶴だけが、

静かに息を吐く。

 

宇髄は、

少し気まずそうに目を逸らした。

 

「……いや、

 今のは派手に計算ミス」

 

「身体がまだ戻ってないんです」

 

雛鶴が、

静かに言う。

 

責める声ではない。

 

ただ、

事実を置くような声。

 

宇髄は、

少しだけ黙る。

 

 

 

夕餉の時間。

 

食卓には、

湯気が並んでいた。

 

焼き魚。

 

味噌汁。

 

煮物。

 

派手ではない。

 

でも、

温かい飯だった。

 

宇髄が、

箸を持つ。

 

その手が、

一瞬だけ止まる。

 

昔より、

少し不便だ。

 

利き手じゃない側で、

まだ感覚が狂う。

 

その瞬間。

 

まきをが、

無言で器の位置を寄せる。

 

須磨が、

黙って箸を取りやすい向きへ直す。

 

雛鶴は、

何も言わず味噌汁を置いた。

 

自然だった。

 

あまりにも自然で。

 

宇髄は、

少しだけ目を伏せる。

 

「……お前ら」

 

「何です?」

 

須磨。

 

宇髄は、

少し笑った。

 

「いや」

 

一拍。

 

「ありがとな」

 

三人が、

少し止まる。

 

須磨が、

先に顔を赤くした。

 

「な、何急に!?」

 

「派手に素直で気持ち悪い!」

 

まきをが言う。

 

「熱でもあります?」

 

雛鶴まで乗る。

 

宇髄が、

思わず笑った。

 

「お前らほんとよォ……」

 

だが。

 

その笑い声は、

戦いの時よりずっと軽かった。

 

食後。

 

夜風が、

庭を揺らしている。

 

鬼はいない。

 

それでも。

 

宇髄は、

無意識に夜の音を聞いていた。

 

足音。

 

気配。

 

物音。

 

昔の癖だ。

 

完全には、

消えない。

 

その時。

 

須磨が、

隣へ座る。

 

「……まだ警戒してる?」

 

宇髄は、

少し空を見る。

 

「まぁな」

 

正直に答える。

 

「簡単には抜けねぇ」

 

須磨は、

少しだけ黙った。

 

それから。

 

宇髄の肩へ、

そっと頭を預ける。

 

「でも、

 もう大丈夫だよ」

 

宇髄の目が、

少しだけ細くなる。

 

昔なら。

 

「油断するな」

と返していたかもしれない。

 

でも今は。

 

静かな夜だった。

 

虫の声がしている。

 

誰も、

死なない夜。

 

宇髄は、

小さく息を吐いた。

 

「あァ」

 

短く。

 

それだけ。

 

でも。

 

十分だった。

 

空には、

静かな月が出ている。

 

鬼のいない夜。

 

戦わなくていい時間。

 

失ったものは戻らない。

 

傷も残る。

 

身体も、

昔のようには動かない。

 

それでも。

 

こうして、

帰る場所がある。

 

待っている人がいる。

 

その事実だけで、

人は案外前へ進けるのかもしれなかった。

 

宇髄が、

夜空を見上げる。

 

そして。

 

ほんの少しだけ笑った。

 

「……悪くねぇな」

 

夜風が、

静かに庭を抜けていった。

 

 

百三十一話 完

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