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昼の陽射しが、
庭へ派手に落ちている。
風は穏やか。
洗濯物が揺れ、
どこかで包丁の音がする。
鬼がいなくなってから、
こういう音が増えた。
静かで。
平和で。
少しだけ、
間の抜けた音。
宇髄天元は、
縁側へ大きく脚を投げ出していた。
「暇だなァ」
三人の嫁達が、
同時に振り向く。
「また始まった」
須磨。
「引退したんだから暇なのは当たり前でしょ」
まきを。
「派手に大人しくしててください」
雛鶴。
宇髄は、
不満そうに腕を組んだ。
「お前ら冷たくね?」
「傷開く方が面倒なんです」
即答。
宇髄が、
少しだけ目を逸らす。
図星だった。
無惨との戦から、
しばらく経った。
鬼はいない。
鬼殺隊も、
もう存在しない。
それでも。
身体だけは、
簡単に戦場を忘れない。
左腕。
失った目。
古傷。
派手に動けば、
普通に痛む。
だが宇髄は、
それを黙っていられる性格ではなかった。
「もう平気だって」
「昨日瓦割ろうとしてましたよね?」
雛鶴。
「派手なリハビリだ」
「縁側壊れました」
「……」
宇髄が黙る。
須磨が、
すかさず口を挟んだ。
「しかも痛めて夜中唸ってたし!」
「言うな!!」
「派手に情けなかったです」
まきをが冷静に追撃する。
宇髄が、
深く息を吐いた。
「お前ら、
もうちょいこう……
引退した夫を労わる気持ちとかねぇの?」
三人が、
同時に答える。
「あります」
「だから止めてるんです」
「無茶するからです」
完璧だった。
宇髄が、
顔を抑え天を仰ぐ。
少しして。
昼餉の支度が始まる。
味噌の匂い。
焼き魚の香り。
宇髄は、
縁側から庭を見ていた。
静かだ。
昔なら、
考えられなかった。
夜が来れば、
鬼が出た。
任務へ向かった。
死ぬ奴もいた。
でも今は違う。
昼が、
ちゃんと昼をしている。
その時。
宇髄の視線が、
無意識に庭の塀へ向く。
侵入経路。
死角。
足場。
昔の癖だった。
自分でも気づいて、
少しだけ笑う。
「……まだ見るか」
小さく呟く。
その横へ、
雛鶴が静かに座った。
「抜けませんか?」
「簡単にはな」
宇髄は、
少し肩を竦める。
「まぁでも、
前ほどじゃねぇ」
昔は。
その癖ごと、
命を削っていた。
今は違う。
ただ、
残っているだけだ。
雛鶴が、
静かに茶を置く。
宇髄は、
湯呑を受け取った。
温かい。
しばらく。
二人で庭を見る。
やがて、
宇髄がぽつりと言う。
「……生き残るとは思ってなかった」
雛鶴は、
何も言わない。
宇髄は、
少し笑った。
「派手に死ぬ気ではいたんだけどな」
「嫌です」
即答だった。
宇髄が、
少し目を丸くする。
雛鶴は、
真っ直ぐ前を見たまま続けた。
「もう十分です」
「十分、
戦いました」
静かな声だった。
でも。
宇髄の胸へ、
ゆっくり落ちる。
遠くで、
須磨が騒いでいる。
「まきをちゃんそれ味濃いって!」
「うるさい!!」
いつもの声。
宇髄が、
少し笑う。
戦いは終わった。
失ったものも多い。
仲間も。
身体も。
全部は戻らない。
それでも。
こうして。
昼飯の匂いを聞きながら、
嫁達の喧嘩を眺めている。
それだけで。
悪くないと思えた。
宇髄が、
静かに湯呑を傾ける。
昼の風が、
庭をゆっくり抜けていった。
夕方の風が、
庭を抜けていく。
昼間より少し涼しい。
空は橙色へ変わり始め、
遠くで鳥の声がしていた。
縁側では、
宇髄が胡座をかいている。
その前。
須磨とまきをが、
腕を組んで立っていた。
雛鶴は、
少し後ろ。
静かに様子を見ている。
「で?」
まきをが口を開く。
「なんで瓦積んでんの?」
宇髄の横には、
積み上げられた瓦。
どう見ても、
嫌な予感しかしない。
宇髄は、
当然のように答えた。
「リハビリ」
「絶対違う」
須磨が即答する。
「派手に違う!!」
宇髄は、
少し不満そうだった。
「いや待て。
俺だって考えてる」
「片腕でも戦える身体は維持しねぇとだろ」
その言葉に、
三人が少し黙る。
宇髄は、
冗談半分の顔を崩さない。
だが。
その奥にあるものを、
嫁達は知っていた。
戦いは終わった。
鬼もいない。
でも。
この男は、
ずっと“戦う側”だった。
急に全部を止めろと言われても、
簡単に切り替えられる訳じゃない。
宇髄が、
片手で瓦を持つ。
ぐ、と力を入れた瞬間。
「痛っ」
止まる。
沈黙。
須磨が、
じわっと涙目になる。
「ほらぁぁぁ!!」
まきをが、
額を押さえた。
「だから言ったでしょ!!」
雛鶴だけが、
静かに息を吐く。
宇髄は、
少し気まずそうに目を逸らした。
「……いや、
今のは派手に計算ミス」
「身体がまだ戻ってないんです」
雛鶴が、
静かに言う。
責める声ではない。
ただ、
事実を置くような声。
宇髄は、
少しだけ黙る。
夕餉の時間。
食卓には、
湯気が並んでいた。
焼き魚。
味噌汁。
煮物。
派手ではない。
でも、
温かい飯だった。
宇髄が、
箸を持つ。
その手が、
一瞬だけ止まる。
昔より、
少し不便だ。
利き手じゃない側で、
まだ感覚が狂う。
その瞬間。
まきをが、
無言で器の位置を寄せる。
須磨が、
黙って箸を取りやすい向きへ直す。
雛鶴は、
何も言わず味噌汁を置いた。
自然だった。
あまりにも自然で。
宇髄は、
少しだけ目を伏せる。
「……お前ら」
「何です?」
須磨。
宇髄は、
少し笑った。
「いや」
一拍。
「ありがとな」
三人が、
少し止まる。
須磨が、
先に顔を赤くした。
「な、何急に!?」
「派手に素直で気持ち悪い!」
まきをが言う。
「熱でもあります?」
雛鶴まで乗る。
宇髄が、
思わず笑った。
「お前らほんとよォ……」
だが。
その笑い声は、
戦いの時よりずっと軽かった。
食後。
夜風が、
庭を揺らしている。
鬼はいない。
それでも。
宇髄は、
無意識に夜の音を聞いていた。
足音。
気配。
物音。
昔の癖だ。
完全には、
消えない。
その時。
須磨が、
隣へ座る。
「……まだ警戒してる?」
宇髄は、
少し空を見る。
「まぁな」
正直に答える。
「簡単には抜けねぇ」
須磨は、
少しだけ黙った。
それから。
宇髄の肩へ、
そっと頭を預ける。
「でも、
もう大丈夫だよ」
宇髄の目が、
少しだけ細くなる。
昔なら。
「油断するな」
と返していたかもしれない。
でも今は。
静かな夜だった。
虫の声がしている。
誰も、
死なない夜。
宇髄は、
小さく息を吐いた。
「あァ」
短く。
それだけ。
でも。
十分だった。
空には、
静かな月が出ている。
鬼のいない夜。
戦わなくていい時間。
失ったものは戻らない。
傷も残る。
身体も、
昔のようには動かない。
それでも。
こうして、
帰る場所がある。
待っている人がいる。
その事実だけで、
人は案外前へ進けるのかもしれなかった。
宇髄が、
夜空を見上げる。
そして。
ほんの少しだけ笑った。
「……悪くねぇな」
夜風が、
静かに庭を抜けていった。
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百三十一話 完