鬼滅の刃 ― 礎 ―   作:【規制済み】

147 / 154
百三十一話 ― 派手な後日談

⸻

 

昼の陽射しが、

庭へ派手に落ちている。

 

風は穏やか。

 

洗濯物が揺れ、

どこかで包丁の音がする。

 

鬼がいなくなってから、

こういう音が増えた。

 

静かで。

 

平和で。

 

少しだけ、

間の抜けた音。

 

宇髄天元は、

縁側へ大きく脚を投げ出していた。

 

「暇だなァ」

 

三人の嫁達が、

同時に振り向く。

 

「また始まった」

 

須磨。

 

「引退したんだから暇なのは当たり前でしょ」

 

まきを。

 

「派手に大人しくしててください」

 

雛鶴。

 

宇髄は、

不満そうに腕を組んだ。

 

「お前ら冷たくね?」

 

「傷開く方が面倒なんです」

 

即答。

 

宇髄が、

少しだけ目を逸らす。

 

図星だった。

 

 

 

無惨との戦から、

しばらく経った。

 

鬼はいない。

 

鬼殺隊も、

もう存在しない。

 

それでも。

 

身体だけは、

簡単に戦場を忘れない。

 

左腕。

 

失った目。

 

古傷。

 

派手に動けば、

普通に痛む。

 

だが宇髄は、

それを黙っていられる性格ではなかった。

 

「もう平気だって」

 

「昨日瓦割ろうとしてましたよね?」

 

雛鶴。

 

「派手なリハビリだ」

 

「縁側壊れました」

 

「……」

 

宇髄が黙る。

 

須磨が、

すかさず口を挟んだ。

 

「しかも痛めて夜中唸ってたし!」

 

「言うな!!」

 

「派手に情けなかったです」

 

まきをが冷静に追撃する。

 

宇髄が、

深く息を吐いた。

 

「お前ら、

もうちょいこう……

引退した夫を労わる気持ちとかねぇの?」

 

三人が、

同時に答える。

 

「あります」

 

「だから止めてるんです」

 

「無茶するからです」

 

完璧だった。

 

宇髄が、

顔を抑え天を仰ぐ。

 

 

 

少しして。

 

昼餉の支度が始まる。

 

味噌の匂い。

 

焼き魚の香り。

 

宇髄は、

縁側から庭を見ていた。

 

静かだ。

 

昔なら、

考えられなかった。

 

夜が来れば、

鬼が出た。

 

任務へ向かった。

 

死ぬ奴もいた。

 

でも今は違う。

 

昼が、

ちゃんと昼をしている。

 

その時。

 

宇髄の視線が、

無意識に庭の塀へ向く。

 

侵入経路。

 

死角。

 

足場。

 

昔の癖だった。

 

自分でも気づいて、

少しだけ笑う。

 

「……まだ見るか」

 

小さく呟く。

 

その横へ、

雛鶴が静かに座った。

 

「抜けませんか?」

 

「簡単にはな」

 

宇髄は、

少し肩を竦める。

 

「まぁでも、

前ほどじゃねぇ」

 

昔は。

 

その癖ごと、

命を削っていた。

 

今は違う。

 

ただ、

残っているだけだ。

 

 

 

雛鶴が、

静かに茶を置く。

 

宇髄は、

湯呑を受け取った。

 

温かい。

 

しばらく。

 

二人で庭を見る。

 

やがて、

宇髄がぽつりと言う。

 

「……生き残るとは思ってなかった」

 

雛鶴は、

何も言わない。

 

宇髄は、

少し笑った。

 

「派手に死ぬ気ではいたんだけどな」

 

「嫌です」

 

即答だった。

 

宇髄が、

少し目を丸くする。

 

雛鶴は、

真っ直ぐ前を見たまま続けた。

 

「もう十分です」

 

「十分、

戦いました」

 

静かな声だった。

 

でも。

 

宇髄の胸へ、

ゆっくり落ちる。

 

 

 

遠くで、

須磨が騒いでいる。

 

「まきをちゃんそれ味濃いって!」

 

「うるさい!!」

 

いつもの声。

 

宇髄が、

少し笑う。

 

戦いは終わった。

 

失ったものも多い。

 

仲間も。

 

身体も。

 

全部は戻らない。

 

それでも。

 

こうして。

 

昼飯の匂いを聞きながら、

嫁達の喧嘩を眺めている。

 

それだけで。

 

悪くないと思えた。

 

宇髄が、

静かに湯呑を傾ける。

 

昼の風が、

庭をゆっくり抜けていった。

 

 

 

夕方の風が、

庭を抜けていく。

 

昼間より少し涼しい。

 

空は橙色へ変わり始め、

遠くで鳥の声がしていた。

 

縁側では、

宇髄が胡座をかいている。

 

その前。

 

須磨とまきをが、

腕を組んで立っていた。

 

雛鶴は、

少し後ろ。

 

静かに様子を見ている。

 

「で?」

 

まきをが口を開く。

 

「なんで瓦積んでんの?」

 

宇髄の横には、

積み上げられた瓦。

 

どう見ても、

嫌な予感しかしない。

 

宇髄は、

当然のように答えた。

 

「リハビリ」

 

「絶対違う」

 

須磨が即答する。

 

「派手に違う!!」

 

宇髄は、

少し不満そうだった。

 

「いや待て。

俺だって考えてる」

 

「片腕でも戦える身体は維持しねぇとだろ」

 

その言葉に、

三人が少し黙る。

 

宇髄は、

冗談半分の顔を崩さない。

 

だが。

 

その奥にあるものを、

嫁達は知っていた。

 

戦いは終わった。

 

鬼もいない。

 

でも。

 

この男は、

ずっと“戦う側”だった。

 

急に全部を止めろと言われても、

簡単に切り替えられる訳じゃない。

 

 

 

宇髄が、

片手で瓦を持つ。

 

ぐ、と力を入れた瞬間。

 

「痛っ」

 

止まる。

 

沈黙。

 

須磨が、

じわっと涙目になる。

 

「ほらぁぁぁ!!」

 

まきをが、

額を押さえた。

 

「だから言ったでしょ!!」

 

雛鶴だけが、

静かに息を吐く。

 

宇髄は、

少し気まずそうに目を逸らした。

 

「……いや、

 今のは派手に計算ミス」

 

「身体がまだ戻ってないんです」

 

雛鶴が、

静かに言う。

 

責める声ではない。

 

ただ、

事実を置くような声。

 

宇髄は、

少しだけ黙る。

 

 

 

夕餉の時間。

 

食卓には、

湯気が並んでいた。

 

焼き魚。

 

味噌汁。

 

煮物。

 

派手ではない。

 

でも、

温かい飯だった。

 

宇髄が、

箸を持つ。

 

その手が、

一瞬だけ止まる。

 

昔より、

少し不便だ。

 

利き手じゃない側で、

まだ感覚が狂う。

 

その瞬間。

 

まきをが、

無言で器の位置を寄せる。

 

須磨が、

黙って箸を取りやすい向きへ直す。

 

雛鶴は、

何も言わず味噌汁を置いた。

 

自然だった。

 

あまりにも自然で。

 

宇髄は、

少しだけ目を伏せる。

 

「……お前ら」

 

「何です?」

 

須磨。

 

宇髄は、

少し笑った。

 

「いや」

 

一拍。

 

「ありがとな」

 

三人が、

少し止まる。

 

須磨が、

先に顔を赤くした。

 

「な、何急に!?」

 

「派手に素直で気持ち悪い!」

 

まきをが言う。

 

「熱でもあります?」

 

雛鶴まで乗る。

 

宇髄が、

思わず笑った。

 

「お前らほんとよォ……」

 

だが。

 

その笑い声は、

戦いの時よりずっと軽かった。

 

食後。

 

夜風が、

庭を揺らしている。

 

鬼はいない。

 

それでも。

 

宇髄は、

無意識に夜の音を聞いていた。

 

足音。

 

気配。

 

物音。

 

昔の癖だ。

 

完全には、

消えない。

 

その時。

 

須磨が、

隣へ座る。

 

「……まだ警戒してる?」

 

宇髄は、

少し空を見る。

 

「まぁな」

 

正直に答える。

 

「簡単には抜けねぇ」

 

須磨は、

少しだけ黙った。

 

それから。

 

宇髄の肩へ、

そっと頭を預ける。

 

「でも、

 もう大丈夫だよ」

 

宇髄の目が、

少しだけ細くなる。

 

昔なら。

 

「油断するな」

と返していたかもしれない。

 

でも今は。

 

静かな夜だった。

 

虫の声がしている。

 

誰も、

死なない夜。

 

宇髄は、

小さく息を吐いた。

 

「あァ」

 

短く。

 

それだけ。

 

でも。

 

十分だった。

 

空には、

静かな月が出ている。

 

鬼のいない夜。

 

戦わなくていい時間。

 

失ったものは戻らない。

 

傷も残る。

 

身体も、

昔のようには動かない。

 

それでも。

 

こうして、

帰る場所がある。

 

待っている人がいる。

 

その事実だけで、

人は案外前へ進けるのかもしれなかった。

 

宇髄が、

夜空を見上げる。

 

そして。

 

ほんの少しだけ笑った。

 

「……悪くねぇな」

 

夜風が、

静かに庭を抜けていった。

 

⸻

 

百三十一話 完

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。